9.材料の調達
大変お待たせしました。
新作の連載を始めましたので、こちらは完結に向けて本日連続更新をします。
「組合を通さないと、薬草の仕入ができなくなっちゃったの!」
そう言ったアリスの言葉の裏を取るため翌日、幸助は方々へ走り回った。残念ながらアリスの言葉通り、原材料である薬草を仕入れるためには、組合に加盟しなければならないというお達しが出ていた。
イリスの活動を応援してくれている。そう言っていつも原材料を卸してくれた商人を訪れてみても、「組合の指示ですので……」と申し訳なさそうに言うだけだった。
「せっかく軌道に乗ってたのに……」
あとは着実に現金を貯めて、商業街にちゃんとした店を出すだけ。それで依頼は完遂と考えていた幸助は頭を抱える。
薬店組合は領内に昔からある五店舗の薬店で構成されている。もちろんイリスの店は加盟していない。それは「共存共栄」を標榜する組合の方針に乗ることができなかったからだ。
共存共栄。耳あたりのいい言葉ではあるが、裏を返せば自分たちの利益を何としてでも守り抜くという精神が蔓延っている。だから皆で示し合わせて、原価のほとんどかかっていない質の悪い薬を売っている。その結果が、領民の薬離れだった。
そんな組合だからこそ、ここ最近注目を集めているイリスに対し何らかの妨害をしてくるという可能性は考えていた。しかしこれほどまでに大胆な手を打って来るとは思わなかった。
今回の規制で、イリスだけでなく市場での薬草の自由売買までも禁止されたのだ。領民の多くは薬店を信用せず自分で薬草を買って調合している。幸助が風邪を引いた時にもサラは自分でおどろおどろしい|ダークマター(薬)を煎じていた。それすら禁止したに等しいのだ。
規制の名目は「正しく扱える人間だけが薬草を販売してもいい」ということだったが、本当の理由は組合加盟店の売上が減っているから。そしてイリス潰しなのは言うまでもない。
市場を管轄しているのは、薬店組合の上部団体である商業ギルドだ。どんな政治力を発揮させたのかは分からないが、こうなってしまったらひっくり返すのは難しいだろう。
幸助は商業ギルドとの関係性構築をあまりしてこなかった。だから意見などできない。そしてこれを領主にかけあったとしても、魔道具に関すること以外の動きはひどく鈍いため、あまり期待はできないだろう。
ちなみに仕入と同時に、組合員以外が薬を販売することも禁止されている。ただし禁止されたところで、司法にまで影響力は及ばないため、その罰則は組合から除名されるだけ。もともと組合に加盟していないイリスの店は関係ない。だからこそ今回の問題は仕入に絞られる。
「コースケ、どうしよう……」
今日も対策会議のために幸助の屋敷を訪れたアリスが、力なく言った。
食うに困っていた二ヶ月前。藁にもすがる思いで幸助の門をたたき、話の通じない姉を制御して突っ走ってきた。それがようやく軌道に乗り始めたところ、こんな形で営業妨害されるのは、はらわたが煮えくり返る思いだろう。アリスは先ほどから何度も大きなため息を落としている。サラが用意したお茶も既に冷めてしまっている。
「とりあえず在庫でしのぐことは?」
「そんなの無理だよ。もともと少なかったんだから。それに風邪薬なんかは薬草の鮮度も必要だから」
「そうですか……」
材料は鮮度が命。在庫は風前の灯火。だが仕入はできない。
それでいて、往診のオーダーはひっきりなしに入ってくる。
このままではせっかく得てきたイリスの評判も落としかねない。
この状況を打開するには他の町から材料を仕入れるか、自前で調達するしかない。とはいえ自前で調達するのはハードルが高いだろう。
薬には薬草だけでなく魔物からとれた素材を使ったりしている。だから他の町から仕入れるのが遥かに楽だ。しかし、鮮度が必要ということは、組合の影響が及ばない他領から馬車で運び込むのも現実的ではないのかもしれない。
「ちなみに普段使ってる風邪薬はどんな材料を使ってるんですか?」
幸助はアリスと共に来ている薬師のイリスへ視線を切り替える。
まずは売れ筋商品でもある風邪薬に限ってでも、材料調達のめどをつけなければならない。往診で行う治療にはイリスの魔力も使われているため、この風邪薬でほとんどの病を治癒している。この原料を調達するために必要な労力によって今後の行動も変わるだろう。
「この薬草よ」
そう言いながらイリスが手にしたのは、稲のような葉っぱだった。一見したところそのあたりに生えている雑草のように見えなくもない。しかし採取してから時間が経っているのか、かなりしおれている。きっとこれはもう使えない素材なのだろう。
「ちなみにこの薬草はどこに生えてるんですか?」
「その辺にたっぷりと」
幸助が感じた通り、そのあたりに生えている雑草がまさかの薬草だった。
「他にはどんな材料を?」
「これだけよ……?」
あら、知らなかったの? と言わんばかりに小首をかしげながらイリスは言った。
「え、そうなんですか? 地竜のアレとか聞いていたのでてっきり……」
地竜の生殖器やオークの肝臓などという素材を使った薬をもらったことのある幸助。普通の風邪薬にも特殊な素材ばかりが必要だと思い込んでいた。しかしそれは幸助の思い込みだったようだ。
「それは特殊な用途に使うからよ? あら、コースケ。地竜の生殖器だなんて、またアノ薬、欲しくなっちゃったのかしら? お盛んなのね」
うっとりとした目でそう言ったイリスは、幸助を一瞥するとおもむろに自分のバッグをあさり始めた。
「いや、いらないです! 必要ありませんから!!」
幸助の必死の訴えに、イリスは「まあ」と開いた口に手を当てる。
「若いってステキね」
別な方向に解釈したらしい。
「違いますから! いや、違わない!? って何言わせてるんですか!」
幸助はまだ二十代。運動不足気味ではあるが、そっち方面の薬のお世話になる必要は、今のところ無い。
「もう、コースケさん!」
そんな声と共に幸助の肩に衝撃が走る。横を見てみれば、顔を赤くしたサラがうつむいていた。完全にイリスのペースに巻き込まれてしまっている。
「と、とにかく。その辺に生えてるなら材料は自前で調達しましょう」
幸助は無理やり話を本題へと戻した。
「でも……」
そう言ったのはアリスだ。
「でも?」
「その辺に生えてるって言っても、この薬草が自生してるのは森の中の開けた場所だけだよ。自分たちで取りに行くのはちょっと……」
危険があるということだ。森の中には必ずと言っていいほど魔物がいる。確かにアリスやイリスだけだとそうかもしれない。
「なら冒険者に頼むっていうのは?」
話を聞きながらパタパタと手をうちわにしていたサラがそう言った。
幸助は冒険者ギルドには何度か行ったことがある。壁面に貼られている依頼ボードには、薬草などの採取依頼も多数あった。だから幸助もその手で行くしかないと思っていたところだ。
「冒険者ギルドは商業ギルドと材料調達で提携してるから」
しかし、イリスの回答は自分たちが置かれた状況が改めてよくないと言わざるを得ないものだった。組合員以外の流通を禁止された今、冒険者へ依頼を出すことすらできないということだ。
「そうですか……」
部屋は沈黙に包まれる。
「…………」
「…………」
「もうコースケさんが採りに行くしかないんじゃない?」
沈黙に耐えきれない。そういわんばかりにサラがポツリとそんなことを口走った。
「えっ、僕!? それはダメだよ」
「だって!」
確かに魔法を覚えた今、幸助一人の力で採取をしに行くことは可能だろう。しかし、それは最終手段だ。イリスとアリスだけで商売を営めるようになってもらわなければならないのだから。そのことを理解してくれたのか、サラがそれ以上を言うことはなかった。
「…………」
再び部屋は沈黙に包まれる。
正規の仕入れルートはダメ。
自分で取りに行くのもダメ。
そして冒険者に依頼を出すのもダメ。
この八方ふさがりの状況をどう打開すればいいのか。
幸助が悩みこんでいたところ、イリスが突然思い出したかのように口を開く。
「冒険者にこっそり個人的に依頼するってのは?」
「ギルドを通さない依頼はしちゃダメってお父さんが言ってたから」
サラは反射的にイリスの言葉を否定する。
しかしその瞬間、幸助の頭にとある人の顔が浮かんだ。
「……それだ!」
「どうしたの、コースケさん?」
確かにサラの言う通り、冒険者としてもギルドを通さない裏営業になる。そのため、快く受けてくれる人は少ないだろう。しかし面倒見のいいあの人なら受けてくれるかもしれない。
「個人的に依頼できそうな冒険者に心当たりがあります。だから僕、ちょっと当たってみます」
ベテランに採取依頼を出すというのは心苦しいものがある。しかし彼自身に依頼するのではなく、彼に相談するだけでも収穫はあるのかもしれない。
その日の日が暮れそうな時刻。
一縷の望みを託して、幸助はその人がいるだろう場所へと向かった。
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