8.往診
「コースケさん、どうかな?」
翌日。幸助の自宅で、さっそく作戦会議が始まった。
日中、幸助が別の仕事に出ている間にアリスとサラが販促のプランを企画。その日の夜に、その内容を幸助がチェックするというのが基本の流れとなる。
ちょうど今、日中に進められた内容を幸助がチェックしているところだ。
作られたチラシのサンプルなどを一通りチェックすると、幸助は口を開く。
「うん。依頼への誘導はよう考えられてるね」
「ほんと!? よかったぁ」
不安げな表情で幸助を見ていたサラの顔が一気に明るくなる。
サラのプランでは、まずは往診というサービスがあることを知らせるためにチラシをまく。そのチラシを見た患者本人または家族など代理の人が、幸助の自宅に依頼に来るという流れになっていた。
日本と違い、電話による依頼ができないため、ここは幸助もどうしようか悩んでいたところだった。
自分の家が受付窓口になるというのは若干の抵抗があったが、一歩間違えればスラムへ足を踏み込みかねないイリスたちの店へ直接依頼するよりも、ハードルは下がるだろう。それに拠点があの場所だと知られたらイリスへの信頼感も気分的に落ちてしまうだろう。だから彼女たちが商業街に店を構えられるようになるまでは、そうせざるを得ない。
それに、自分の家を窓口にすることで領内の医療状況が改善すれば、領主に恩を売れるという打算も働いた。
「でね、ウチを受付にしても二人ともいないことがあるでしょ? だから門の横に専用の箱を置いておこうと思うの」
ようするに依頼のポストを設置するということだ。
「うん。それはいいアイディアだと思う」
「やった」
椅子に座ったまま小躍りするように体を揺らすサラ。
ここまでは、及第点だ。
次は気になる点の確認をする。幸助はイラストが多めに用いられたチラシへと視線を落とす。
「それでね、チラシの内容なんだけど。このチラシは、誰に向かってメッセージを発信してるのかな?」
「この前と一緒で、町の人全員に向けてるよ」
「この前って?」
「アラノさんの靴屋さんでチラシをまいた時」
「あー」
なるほどと納得する幸助。
アラノの店を改善するために、あえてイラストだけで意味が伝わるように工夫したチラシを作製した。識字率が低めな客層までを対象としたからだ。
前回そうしたのは「靴」と聞けば誰でもその商品をイメージできたからだ。今回の場合、少し状況が違う。
病気という症状を治療するというイラストを、モノクロで表現するのは難しい。
だから、努力の跡は見られるのだが、サラとアリスで作ったチラシは、なにを訴えかけているのか分からないチラシになってしまった。
「よく覚えてたね、サラ。でも今回のターゲットは、富裕層って決めてたよね?」
「うん。だから値段は薬だけを買うのと比べると、かなり高めだよね」
そんなことは知ってると言わんばかりにサラはそう言った。
サラは「富裕層がターゲットイコール価格が高め」と捉えていたようだ。
これは幸助の説明が足らなかったのかもしれない。
「えっとね。このチラシだと、ちょっと伝わりにくいと思うんだよね」
「確かにそれはアリスさんと一緒にだいぶ悩んだの。でもこれっていう絵は描けなかったから……」
サラはそう言うとチラシに目を落とす。
チラシには、ベッドに倒れている人と元気モリモリの力こぶをつけている人の二人が描かれていた。その二人の間には矢印が書かれており、病に伏していた人が元気になったのだなということが見て取れた。
しかしそれが理解できるのは、売る商品がなにか知っている当事者だけだ。予備知識ゼロで見た場合、意味を理解できないだろう。見方によっては普通にスヤスヤと寝ている人が起きただけのようにも見える。
「あのね、サラ。富裕層ってちゃんと教育されてる人が多いよね」
幸助がヒントを出す。
サラはその言葉をちゃんとヒントとして受け取り、しばらく考える。そして数秒後。パチンと手を合わせる。
「……そっか! 文字で説明をすればいいってことだね!」
「正解」
幸助はサラの頭をなでると、サラは嬉しそうに目を細める。
まるで子犬のようだ。
「ねえコースケさん。それならチラシの裏に、そのまま症状や家の場所を書いてもらうっていうのは?」
文字というツールが使えることが分かり、サラの脳が活性化したようだ。
これから話そうと思っていたことをサラが先回りしたことで、思わず幸助は声を上げる。
「それはいいアイディアだね!」
「やった!」
ここまで話をすればあとはサラたちに任せて、次の進捗を確認すればいいだろう。
「ならあとはお任せしても大丈夫かな?」
「うん! 任せておいて」
それから数日後。チラシが完成した。
表にはしっかりと文字で、イリスがもたらすことのできる価値を訴求。風邪、発熱、咳が止まらない、息切れがするなど。症状を列記。その問題を「医者」の往診で解決すると明記した。
そして裏面には症状や自宅の場所。それにいつまでに来て欲しいかといった事項を書いてもらう欄を用意した。それをそのまま幸助の自宅のポストへ届けてもらう。その内容をアリスたちが確認し、優先順位をつけていく。そのような流れとなった。
正直、生きるか死ぬかのような状態であれば、なにがなんでも依頼へとたどり着くだろう。だからそこまで丁寧に書かなくてもよかったのかもしれない。
しかし、これは他の商売でも活用できる考え方だ。だからサラにはその経験をしてもらうということも兼ねている。
そしてその日から、チラシ撒きが始まった。
◇
イリスの往診を始めて一ヶ月が経過した。
チラシは初日からその効果を発揮した。
患者の第一号は、あらゆる治療方法を試してダメという重篤の患者だった。その患者の妻が、藁にも縋る思いでやって来た。
イリスはそんな患者の容態を見事に回復させた。幸助が以前見学した日と同様、初日に起き上がれるまでになり、翌日には完治。さすがイリスの魔力。およそ日本ではお目にかかれないくらいの急速な回復だった。
それから、クチコミが回り始めた。
折しも季節は風邪をひく人が増える冬。毎日のようにポストには依頼の紙が投かんされ、紙を持っていない人は自前の紙に記載したり、直接サラへと依頼する人も出始めた。
ちょっと風邪気味だからという軽度の患者からの依頼も入った。そんな依頼は後回しにしないといけなくなるくらいだ。
もちろん幸助も営業活動をしている。
そもそもアリスの薬の効果を身をもって体験した幸助が宣伝部長となり、会う人すべてに宣伝しまくったため、「幸助から話を聞いてぜひ」という人も殺到ししている。
「コースケ、ここまでうまくいくとは思わなかったよ。もう、ウッハウハだね」
久しぶりに幸助の自宅にイリスとアリス姉妹が集合した。
目を金貨のように輝かせて喜ぶアリス。
彼女たちの店はおそらくだが、既に普通の薬店よりも儲かっているだろう。
お金の心配はアリスひとりで抱えていた。だからこうして喜ぶのも無理のないことだ。
「ちょっと疲れちゃうけど……お薬を飲んでよくなる人をたくさん見るってのは、いいことね」
イリスも今まで以上に多くの人からの感謝の言葉を受け取るようになり、気分が変化してきたようだ。
このまま順調にいけば、イリスに商業街で店舗を借りてもらうことができる。そうすれば現状、受付窓口となっている幸助の力を借りなくても自立していける。
「なら、そろそろ打ち上げをしてもいい頃ですね」
「はて、うちあげ?」
「はい。商売がうまくいったお祝いに、美味しい料理やお酒を食べに行くんです」
幸助の説明を聞いたイリスが合点がいったようで、ポンと手を叩く。
「それなら料理に混ぜるために、たくさん地竜の睾丸を用意しておかないと」
「もう、お姉ちゃん! それはいいから!」
地竜の睾丸といえば、精力増強剤の原材料の一つだった。
「そうなの? だって。美味しいご飯を食べた後は、美味しいサラちゃんを――――」
「だーーかーーら!!」
幸助の大きな家を、アリスの絶叫が震わせた。
こうして、閑古鳥が鳴いていたどころかつぶれる一歩手前だったイリスの店は、みごと復活を遂げた――――ように見えた。
しかし、ここは効果のない薬を売っている薬店が幅を利かせている町。
物事はそう簡単には運ばなかった。
とある日の夕方のこと。
「コースケ、たいへん!」
もう日も沈んだ頃、そんな声とともにドアを激しくノックしたのはアリスだった。
「こんな時間に、どうしたんですか?」
幸助が問いかける。
アリスは胸に手を当て呼吸を整えると口を開いた。
「組合を通さないと、薬草の仕入ができなくなっちゃったの!」




