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5.急患

前回までのあらすじ

領内の薬店は粗悪品ばかりを売っている。

よく効く薬を売っているイリスとアリス姉妹の店は閑古鳥。

薬師のイリス(姉)は個性的。

 幸助は、アリスの姉であり薬師のイリスを目の前にして、頭を抱える。


 以前アリスは言っていた。「お姉ちゃんにもちょっと問題があるんだけど……」と。その時幸助は、職人特有の寡黙さや頑固さについてのことを言っているのだと思っていた。そういったことなら過去にも武器屋のホルガ―や魔道具店のニーナの店を改善してきたから、癖のある職人への対応は全然問題ない。


 しかし、その考えは間違いだと判明した。

 アリスが言っていたことは、このことだったのだ。対面早々に幸助の夫婦生活に踏み込むことのできる、この強い個性のことを。もしかして……イリスは天然なのだろうか。


 いや、そう決めつけるのは早すぎる。絶対的に自信のある薬だからこそ効果を確かめたい。その職人魂から飛び出した言葉という可能性だってある。はたまた開発途中の薬で、幸助が実験台になった可能性もなきにしもあらずだ。それなら尚更、効果を確かめたいに違いない。


 幸助は正面に座っているイリスへ視線を向ける。

 うっとりとした目、血色の良い頬、そしてうっすらと浮かんでいる笑み。サイズの合わないブカブカの服からは白磁のような白い右肩がこぼれている。そしてその下へ……吸い込まれそうになった視線を無理やり顔へと戻す。


「もう、コースケったら焦らさないで。地竜の生殖器なんて材料、滅多に手に入らないんだから。早くおしえて。ね?」


 契約金代わりに手渡された薬は、貴重なものだったようだ。そして、とんでもない材料が含まれていた。そしてイリスはやはり効果について知りたくて仕方ないようだ。


 しかし幸助は、その返答に困る。理由は様々だが、とにかく困っているのだ。


 そんな幸助の困惑をよそに、イリスは両手を胸の前で合わせながら幸助の言葉を待っている。その姿からは、経営に困っている焦りなどはまるで感じられない。だからこそアリスが幸助の門をたたいたのだろう。


 そんなアリスと幸助は約束をした。店を流行らせてみせると。


 今まで幸助が改善してきた店と同様、イリスの作る薬にも商品力はある。イリスが作った薬で幸助の風邪が治ったのは事実だ。それ以外の薬でも効果は確かめられた。


 それにアリスという販売スタッフもいる。経営改善できる要素はしっかりと揃っているのだ。だから幸助はあからさまに話題をそらし、本題へと切り込むことにする。


「え、えっと……イリスさん。僕の個人的な感想は別な機会にして……。お店の方なんですけど、イリスさんの作る薬で生計を立てられるようにしたいんですよね?」


 イリスは「つまんない」という表情をしつつも、返事をする。


「そうよ? コースケも感じてくれたこの薬、売れるわよね? 売れないって言われてもわたし、薬作ること以外、なんにもできないから」

「はい……間違いなく売れると思います。ですが…………」

「なあに?」


 イリスはしっとりとした瞳で幸助を見つめる。


「今のところ二人が食べていけるようになれるかは、分かりません」

「あら、残念」


 全然残念ではなさそうな表情をしながら、イリスはそう言った。


「ですからそれを可能にするため、今からいろいろお話を聞かせてください」


 それから幸助は二人へ現状の聞き取りを行った。それは、原材料の価格から現在の売価、そしてイリスの製造可能な量、過去の販売実績、薬の種類や効果効能など多岐に渡る。


 そこで判明したこと。それは、組合に入っていないが故の仕入れ価格の高さと、売上の少なさだ。近所での販売は、購入者層の収入に合わせて安くせざるを得ず、まったく利益が出ていない。現在得ている利益のほとんどは、サラが購入したようにアリスの足による移動販売で稼いでいた。それも雀の涙だ。


 その反面、やはりイリスは薬の知識が突き抜けていた。どの薬草のどんな成分がこういった症状に効くなどという事例は、辞書のように溢れてきた。まだ若いのにそんな知識をどこで身に付けたのかと聞けば、先祖代々伝わっているとこのことだった。


 合わせて薬に含まれる魔力のことについても聞いてみたのだが、それについては本人は全く把握していなかった。「コースケの気のせいじゃない?」とはアリスの言葉だ。


「――ありがとうございました。現状はおおよそ把握できました」

「それで……何とかなりそうなの、コースケ?」


 かぶりつくようにアリスがそう尋ねた。


「なにはともあれ、材料を高く買って安く売っている状況をなんとかしないといけません。だから色々問題はあるといっても、まずは薬師組合に相談するのがいいんじゃないでしょうか」

「ダメだよ! そんなの!」


 すかさず言葉を突っ込んだのはアリスだ。


「隣町にウィルゴさんっていう造船工房があったんですが、そこは組合に加盟することで窮状を脱出しましたよ」

「そうかもしれないが……アイツらは儲けることしか考えてない。客のことなんて二の次なんだよ。コースケもそれは理解してるでしょ?」


 確かに、技術や経営者を守るためという建前のもと、この世界のギルドは発展を拒絶している節もある。ウィルゴのように出る杭は打たれるし、イリスのように足並みを崩しそうな人間には門扉を開いてくれない。


「でも、そうすれば市場に出店することもできます。この場所では適正な価格で買ってくれるお客さん、集められないですよ」

「それでもダメ! 絶対に。ギルドなんかに加盟したら、効かない薬しか売っちゃダメになるんだよ」


 アリスは頑として譲らなかった。仕方なく幸助は、姉であるイリスへ視線を切り替える。


「イリスさんはどう思いますか?」

「わたしはねぇ…………」


 首を傾げて宙を眺めながらじっと考え込むイリス。

 なにを考えているのだろうか。


「コースケの感想が聞きたいな。精力増強剤の」

「…………」


 振り出しに戻さんばかりのイリスの言葉に幸助は固まる。


「あ、あれだよ。コースケ。お姉ちゃんは、組合になんて頼らなくても、薬師を続けながら毎日のご飯に不自由しなかったらそれでいいって言ってるんだよ。ね、お姉ちゃん!」

「あら。そんなこと言ったかし――」

「言ってた、言ってた!」


 アリスがイリスの言葉を遮るように大きな声を上げる。


「…………」


 再び幸助は頭を抱える。そして心の中で大きなため息をつく。なんでこの仕事を請けてしまったのだろうと。


 一応幸助は、ここに来るまでにいくつかプランを考えていた。

 組合へ加入し、表通りに店を出す。これは費用が必要になるから開店費用は出世払いで幸助が持つつもりでいた。組合に加盟する以上、品質は横並びにしなければならないだろう。それなら簡単ではないかもしれないが、組合員すべての店の品質を上げるという手もある。全体的に品質が上がれば薬店の地位も上がるだろうし、領民のためにもなる。


 他のプランとしては、イリスはメーカーとして専念し、既存の薬店や行商人へ卸すというのも考えた。これなら立地の不利はさほど問題にならない。


 しかし今の状況だと、これらの案はすべて没になりそうだ。アリスは頑固だし、イリスはそもそも話にならない。


 もうこなったら手っ取り早く、領主へ売りつけてこの仕事は終わりにしてしまった方がいいのではないか。精力増強剤なんて、貴族連中には受けそうな商品だ。彼らは後継者を生む義務があるため、遊びたいという「ウォンツ」だけではなく、必要性に駆られて購入する「ニーズ」もある。しかも、領内の薬店にはそんな類の商品は置いていない。これこそライバルのいないブルーオーシャンな商品だ。


 今日はもう切り上げていちど領主に相談して仕切り直そう。

 幸助が思ったその時――――


 ガンガン!


 玄関のドアが激しく叩かれる音が小さな部屋に響いた。玄関からいちばん近くにいたイリスがドアを開けると、そこには小学低学年くらいの小さな男の子が立っていた。


「あらあら、慌ててしまって。どうしたのかしら?」


 走って来たのだろう。少年は胸に手を当てて息を整えている。


「うちの母ちゃんが! 母ちゃんが……」

「お母さんがどうされたのかしら?」

「いきなり倒れたんだ! 苦しいって言ってるの!!」


 ――その瞬間、おっとりしたイリスの表情が一変。鋭い目つきに変わった。


「お母さんが大変なのね。それは急がなきゃ」

「こっち来て!」


 そう言うや否や、男の子は勢いよく外へと駆けだした。

 イリスはポカンとする幸助を横目に、玄関横につるされていたポーチを手に取ると、男の子の後を追い外へと出て行った。


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