4.聖女イリス
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アリスの店の経営を改善すると宣言した幸助。気持ちはすぐにでも改善に向けて動きたいばかりだったが、病気明けで仕事が溜まっていたためすぐに動くことはできなかった。
それでも、その仕事を通して薬店界隈の情報は積極的に集めていた。領主令嬢であるアンナに話を聞いた時のことだ。
「コースケさん、もうお体はよろしいのですか?」
領主の館にて。質素だけれど、仕立てが良く品のあるワンピースに身を包んだアンナがそう尋ねた。
「はい。おかげさまでもうバッチリです」
「よかったです。お元気になられて」
そう言ってアンナは、白い可憐な花のような笑顔を浮かべる。「ありがとうございます」と返した幸助は、思わず鼻の下を伸ばしそうになる。幸助の反応はさておき、この笑顔は人を癒す力を持っている。だからこそアンナは、領民からも絶大な支持を受けているのだ。
「ところでアンナさん……」
「どうされました?」
「アンナさんや領主様は風邪をひいた時、どうやって治療してます?」
「皆さんと同じく、薬を飲んでます」
「その薬って、よく効きますか?」
「もちろん薬ですから、その時の体の状況によっては効くときと効かないときはありますが……?」
なぜここで聞くのか、と不思議そうな表情をしているアンナに、幸助は自分が体験した経緯を説明する。市販の薬が効かなかったことから、恐ろしい効果を発揮した薬に出合ったことまでだ。
「――ですので、市場にはちゃんと効く薬があるのかなぁと思いまして」
幸助の話を聞くと合点がいったのか、アンナは「そういうことでしたか」と言うと、更に言葉を続ける。
「もしかしたら今回は、コースケさんに合う薬がなかなか見つからなかったのかもしれませんね。最後に飲んだ薬が効いたとのことですが、ちょうど体に合うものが見つかったのか、既に回復すべきタイミングに来ていたのだと思います」
「そうですか……」
確かにアンナの言葉にも一理ある。あれだけ多くの薬を試したのだ。どれかが遅効性のものだった可能性だってある。ただ、それを考えた上でもアリスの薬は違っていたと幸助は感じている。
「ちなみに薬はどうやって選んでますか?」
「屋敷には常に薬が置いてありますので、薬の知識がある執事などが症状に合わせて選んでくれます。ただ、どうしても症状が分からないという時は、薬師さんに来ていただくこともあります」
「ちなみにその薬師さんって」
「――メディスさんです。お父様からは領内でいちばんの腕利きだと伺っておりますので」
ここでも登場したメディスという名前に、幸助の眉はピクリと動く。メディスといえば懲りもせず何度も幸助へ甘い出資話を持ち込んでいた。メディスはなにを企んでいるのか、今のところ分からない。
今まで幸助が集めた情報によると、メディスの店も含めて領内の薬店の品質は横並びだ。しかも低いランクでの横並びだ。それならば領主に納める薬のみ高品質にしているのだろうか。そして領主は領内の薬事情を知っているのだろうか。
領主は重度の魔道具オタクにつき、政務が疎かになることが多々ある。以前も、騎士の武器の調達に関してひと悶着があった。領内の薬事情についても似たような状況に陥っていないだろうか。そう思った幸助であった。
そして今日。幸助は魔道具店で仕事をしている。
残念ながら魔道具店を統括する立場であるニーナからは、薬に関する情報は引き出すことはできなかった。というのも、ニーナは普段から徹夜どころか三徹が当たり前という生活をしている。それで不健康になり易いのかと思いきや、それとは無縁の鋼の体を持っているらしい。
確かにニーナが伏せているところを見たことがない。ときおりハイになり「フハハハハハハ!」と雄たけびを上げていることはあるが……。
「よし、終わった!」
新しい魔道具のデザイン、いや、落書きを終えたところで幸助は羽ペンを置く。
今日は、馬がいなくても動く馬車――自動車の設計図を書いていた。日本で見せたら笑われるレベルのお絵描きのようなものだが、幸助はただ記憶を掘り起こすだけだからこれでいい。製品化にあたっては、ニーナがちゃんと考えて本物の設計をしてくれる。
「さて、と。キリも付きましたので、ニーナさん、僕はこれで失礼しますね」
「フフッ、今日は早すぎないかい?」
「すいません……ちょっと別な仕事ができちゃったんですよ」
つれないねぇとニーナは冗談めかして言った。魔道具店に来るのは病気が明けて初めてだ。だから幸助のアイディアを心待ちにしていたニーナとしては、まだまだ物足りなかったようだ。とはいえ、幸助は遅れをしっかりと取り戻していた。だからニーナは強く引き留めることはなかった。
「はい、これが今日の図面です」
「確かに受け取ったよ。それならまた次回ね。フフッ、コースケのアイディアがあればこの先三日、いや、十日は……フフッフフフハハ!」
どうやら新たな情報に出合うことができ、脳内にアドレナリンが放出され始めたようだ。そんな怪しげな笑いを零すニーナに見送られ、幸助は魔道具店を後にする。
「よし。これでようやく時間が作れたぞ」
時刻はまだ昼過ぎだ。日本の秋と似たカラッとした過ごしやすい空気の中、幸助はひとり呟いた。そして新しい依頼者であるアリスの店へ向かう。メインストリートを南へ走る辻馬車を降りると、そこからわき道に入りさらに歩く。
「こんなところに店、あるのかなぁ」
魔道具店を出てから一時間以上が経過した。店が近づくにつれ、街の景色にも変化が出てくる。石造りの建物が整然と並んでいた通り沿いとは違い、幸助の目の前には今、雑多という言葉が似合う街並みが広がっている。
石造りの三階建ての建物の上に、更に四階、五階部分が木造で増築されていたり、道路へはみ出すようにゴチャゴチャと物が溢れていたりといった具合だ。そしてときおり散らばっている生ごみや、それに群がる猫や黒いカラスのような鳥。お世辞にも「良い街」とはいいがたい雰囲気を醸し出している。
「分かんないなぁ……」
幸助はそんな慣れない土地で、迷子になってしまった。あるのは家ばかりで、店舗らしき建物がまったく見つからないからだ。仕方なしに幸助は、家の外で洗い物をしていた人に声をかける。
「あ、あの……」
「あん? なんだい」
しゃがんだまま顔を上げた、浅黒いおばちゃんの視線はきつかった。
「え、えっと……このあたりにアリスさんの店があると聞いたんですけど」
「あんた、どこの者だい? 小綺麗にしちゃってからに」
完全に怪しまれているようだ。
「いちど市場でアリスさんから薬を買ったんですが、店はこのあたりにあるって聞きまして……」
「なんだい。客かい。聖女さんの店なら三軒隣のそこだよ」
「聖女……さん?」
「ああ、もちろん本物の聖女様じゃないよ? でも本物よりよっぽどウチらには聖女っぽいからね」
教会関係者にでも聞かれたらまずいとばかり、声を潜めてそう言った女性。幸助は結婚するまで全くと言っていいほど宗教と関わってこなかったが、この国にもそれなりに宗教は根付いている。
「あそこはイリスちゃんとアリスちゃんの二人でやっとる。んでよく効く薬を作ってる聖女さんがアリス……いや、イリスか? あれ、どちらだったかの? まあ、いい。とにかく店はそこだよ」
わっはっはと盛大に笑うおばちゃんに礼を告げると、幸助は指定された三軒隣のドアをたたく。見たところここも店ではなく、どこからどう見てもだたの家のように見える。
「すみません!」
少し間をおいてドアが開く。出てきたのは見覚えのある顔、アリスだった。
「あ、コースケ! 来てくれたんだね」
「お待たせしました。ようやく時間ができましたので」
「忙しいの知ってたから、いいってこと。さ、狭いけど入って!」
アリスに促され、幸助は店に入る。その瞬間、言葉では表せないようなにおいが幸助の鼻をつく。草のような、腐った魚のような、それでいて時おり花のような香りも感じる。きっと薬の原材料なのだろう。実に様々な匂いが混ざり合っている。
「お姉ちゃん! コースケさん、来てくれたよ!」
そんな玄関を入ってすぐの空間は、店ではなく小ぢんまりとしたダイニングになっていた。幸助はその椅子の一つにかける。
近所の人から聖女と呼ばれる女性、イリス。果たしてどんな人なのだろうか。あれだけの薬が作れる人なのだから、聖女という別称もおかしくはない。幸助は久しぶりにワクワク感を覚える。それから程なく。
「あら、あなたがコースケ?」
幸助は程なく現れた女性へ視線を送る。濃紺の髪に、吸い込まれそうな深緑の瞳。アリスと実によく似ている。ただ、アリスが少しだけ吊り上がって気の強そうな目をしているのに対し、イリスは軽く垂れたおっとりとした目をしている。
「イリスさん、ですか?」
「うふふ、正解。わたしがイリスよ」
そう言って幸助の正面にかけるイリス。
「で、どうだったのかしら? お薬の効き目」
イリスは世間話はしないタイプのようだ。幸助は素直に感じたままのことを答える。
「それはもう、ばっちりでしたよ」
「うふふ……でしょ。で、どんな気持ちだった?」
「気持ちですか? そうですね……」
幸助は当日のことを思い出す。夜まで高熱が続いており、翌朝にはすっきりと全快していた。
「えっと、夜はずっと熱かったんですが、朝には元気になってましたよ」
「あら? 夜が熱いのはあたりまえだけど、朝まで元気だなんて、やっぱり新婚さんはいいわねぇ」
わざとらしく口に手を当てて、「驚いた」という表情を作るイリス。それに対して、ポカンとした表情を浮かべているのは幸助だ。イリスの隣でアリスはふるふると震えている。どうも話がかみ合っていない気がする。
「えっと、なんのこと、話してますか?」
「なにいってるのよ。もちろん精力増強剤のことに決まってるじゃない」
やはり会話はずれていた。
「もう、お姉ちゃんったら、会って早々なに聞いてるの!」
アリスは幸助と初めて会った日のように、顔を真っ赤にして俯いた。
「…………」
これは大変な仕事になりそうだ。
幸助は本能でそう感じるのだった。




