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3.領民の薬店離れが深刻です

「どんなお店を営んでるんですか?」

「薬屋よ」


 突然幸助の家へ訪れた若い女性は、自らを薬屋と言った。業種で人を判断してはいけないことは重々承知の上だが、それでも幸助は残念な気分にならざるを得なかった。


「薬屋、ですか……」


 この街の薬屋は信頼できない。頼りがいのある薬屋が一店舗でもあれば、サラは東奔西走する必要はなかったのだ。例の薬が当たり前のように売っていれば、幸助は長期間苦しむこともなく、風邪はすぐに治った可能性が高かったのだ。


 たとえこの女性が薬屋ではなかったとしても、幸助は今抱えている仕事だけで十二分な収入がある。そしてそれら仕事は極めて忙しい。よほどのことがない限り仕事を受ける時間的余裕はない。


「薬屋だと、なにかダメなことでもあるの……?」


 大いにある。サラが言うにはこの街にある五店舗の薬は、価格も品質も横並びだと言っていた。これは目の前にいる女性の店だけの問題ではなく、業界全体の問題だ。


 店が信頼できないこと、それに、幸助の家によく訪れている男の件もある。――例の甘い投資話を持ち掛けている男だ。もしその関係者であれば、すぐにでもお引き取り願おう。そう考え幸助は質問する。


「もしかして、メディスさんの娘さんとか従業員だったりしますか?」

「えっ? なんで私があんな使えない薬師の関係者にならなきゃいけないのよ」


 女性はそう即答した。様子からして、関係者ではなさそうだ。


「ちょっと気になって聞いただけです」

「ねえお願い! お姉ちゃんの作る薬は、メディスとかその辺のダメ薬師が作る薬とは違うの! 話だけでも聞いてよ!」


 女性の真剣さに、幸助はどうしたものかと悩む。性格上、こうして真剣に依頼されると、どうしても断りにくくなるのだ。そして話を聞いてしまったらもう最後。高い確率で依頼を受けてしまうことになる。しかし、多忙な現状がそれを許さない。


 仕事を請けたはいいが、時間が取れずに改善に失敗でもしてしまったものなら、申し開きができなくなる。コンサルティングは、一歩間違えば相手の人生を壊してしまう可能性だってある。そういった面でも、無責任に請けることはできなかった。


「うーん、そうですね…………ん?」


 幸助が考えていたところ背後に人の気配を感じる。


「サラ」


 振り返ってみれば、そこにはサラがいた。なかなか戻ってこない幸助を心配したのだろう。そんなサラは幸助へ一瞬視線を向け、それから幸助越しに女性の姿を見ると――


「あっ! あなたは!!」


 目を大きく開き、そう声を上げた。


「どうしたの、サラ?」

「コースケさん。こないだの薬、この方から買ったの」

「えっ!?」


 幸助は再び振り返ると、玄関前にいる女性の姿を見る。女性もサラのことを覚えていたようで、その蒼い瞳をパチクリとさせていた。


 そうと分かれば話は違う。この女性がいなければ、幸助は死ぬことはなかったにしても、今もベッドの中で伏せていなければならなかった可能性が高い。恩人と言っても過言ではない。


「彼女――サラが買った薬、実は僕が飲んだんです」


 幸助は女性へ向きなおすと、そう言った。女性は食いつくように幸助へ一歩近づくと、幸助の目をじっと見る。


「……それで、どうだったの?」

「見ての通り、嘘みたいに体調が回復しました」

「なら!」


 幸助は右手で家の奥へ招くポーズをとる。


「ぜひ、お話を聞かせてください」




「さすが街で噂のコースケ、すごい家に住んでるねぇ」


 客間に通された、アリスと名乗った女性は思わずそう声を漏らした。


「頂き物なんですけどね。僕たちにはもったいないくらいですよ。ほとんどの部屋を使わずに持て余してるくらいですから」

「羨ましいなぁ。一度でいいからこんな家、住んでみたいな」


 そんな話をしているとサラが普通の紅茶を淹れて、やって来た。それぞれの前にカップを置くと、幸助の隣へ腰かける。


「それで、お店はどんな状況なんですか?」


 紅茶を一口飲み、ふぅ、と一息つくと、アリスは話を始める。


「コースケもこの街での薬店のイメージ、知ってるでしょ?」

「サラから聞いた範囲では。『薬店の薬は効かない』。そんなイメージが蔓延はびこっているってところです」

「そうそう。それで間違いないよ」

「でも、どうしてそんなことに? あと、アリスさんから買った薬は、すごく効きましたよ? こんな薬なら誰もが買ってくれるんじゃないですか?」


 矢継ぎ早に繰り出された幸助からの質問に苦笑するアリス。一般的な薬店のイメージと、目の前にいるアリスが扱う薬との乖離が激しいのだから、気になることはたくさんある。


「え、えっとね。そもそもの問題は薬店組合にあるの」


 商業ギルドには、それぞれ業種により数多くの下部組織が存在している。薬店組合もその一つだ。以前幸助が経営改善に関わった、ウィルゴが加盟した造船組合も同様となる。


 ウィルゴの店の場合、組合に加盟することで様々な恩恵に与ることができ、業績が改善した。薬店組合はどういった場所なのであろうか。


「あそこはね、『共存共栄』をうたってるの」


 共存共栄。言葉だけを聞けば、とてもいい標榜だ。


「でもね、それは同時に抜け駆けは許さないってことを意味してるの。うちの薬は他とは違ったでしょ」

「ならアリスさんの店は領内にある五店舗とは――」

「違う店よ。組合に加盟してないから材料の入手もしにくいし、薬店の看板を掲げることも禁止されてるの。それに他の店がああだから、みんなの薬離れが進んじゃってるんだよ。だからお姉ちゃんの作る薬はすごいのに、買ってくれる人は身近な人しかいないって訳」

「なるほどね……」


 ようやく合点がいった。効果はすごいのに、街で有名になっていない理由はそんなところにあった。組合に加盟せず細々とやっているからこそ、知る人ぞ知る状況だったという訳だ。


「あと、お姉ちゃんにもちょっと問題があるんだけど……それは会ってからでないと説明が難しい、かな……」

「そうですか」


 姉が薬を作っているということは、立派な職人だ。鍛冶屋のホルガ―同様に無口だったり、魔道具店のニーナのようにマッドな可能性もある。いずれにしても、あれだけの薬が作れるのだから、多少の癖はあってもおかしくない。


「ねえ、請けてくれるよね? もし、請けてくれるなら、こ、これ……お姉ちゃんが……」


 アリスはポケットから、小さな紙に包まれたなにかを取り出した。


「これは?」

「いいから受け取って」


 包みからも緑色の魔力が染み出しているのが分かる。以前同様、魔力入りの薬ということは間違いなさそうだ。


「これ、どんな薬ですか?」

「み、見たらわかるでしょ」


 そう言うと下を向くアリス。心なしかその頬はピンクに色づいている。

 しかし、包みを開けてみても赤紫っぽい丸薬があるだけで、どんな薬かまでは分からなかった。


「いや、薬は素人なので……」

「もう……。これはレッドボアの肝臓と地竜のアレを煮詰めて七種の薬草を混ぜた薬よ!」


 アリスの態度は「これだけ言えば分かるでしょ」と言わんばかりだった。しかし残念なことに幸助は異世界人。分からないものは分からない。横を見てみれば、サラは黙って首を左右に振る。幸助同様、知らないようだ。だから幸助は改めて聞き直す。


「これ、どんな薬ですか?」

「だから、せいr…………………………」


 消えるような音量でそう言ったアリス。残念ながらその声は幸助へ届かなかった。


「もう少し大きな声でいいですか?」

「だ、だから……」

「だから?」


 アリスはグッとこぶしを握ると幸助を睨むように見て、こう言った。


「精力増強剤って言ってるでしょ! 何度言わせるの!!!」


 ほんのりピンク色に染まっていた顔が、一瞬で茹でダコのようになった。隣を見てみれば、サラも似たような状況に陥っていた。一瞬だけ幸助と目を合わせると、すぐに下を向いてしまった。


「…………」

「…………」


 気まずい空気が部屋に流れる。

 女性に言わせるような言葉ではなかった。しかも大声で。

 いや、薬屋で普段から触れているから平気なのか? いやとてもそうには見えない。

 いずれにしても、この空気はまずい。


「え、えっと……。それでも今までは経営できてたんですよね? なにか悪くなる決定的なきっかけがあったんですか?」


 精力剤のことは棚上げ、いや、机の片隅に追いやり、幸助はあからさまに話題をそらす作戦に出た。


「あ、うん……」


 事情はこうだった。アリスの店は領内南部にあるスラム街の近く。その日の暮らしで精いっぱいな人が多い場所に構えていた。そんなエリアの人たちだから、薬代までなかなか金が回らない。しかし姉は、困っている人を見ると見捨てることができず、ついつい薬を捨て値で売ってしまうことも多いそうだ。


 先の話の通り、定価で購入してくれるのは一部の知り合いのみ。集客をしようにも組合が原因で、大々的に宣伝することもできない。


 それでもやっていけたのは、王都に出ている両親からの仕送りがあったからだそう。しかし諸事情で仕送りが途絶えてしまった。これが経営が行き詰った原因ということだ。いや、仕送りで生活していたのだから、そもそも経営は成り立っていなかったともいえる。


 今回の依頼は、ここ最近のバカげた依頼とは質が違う。しかし、どうやったら改善することができるのだろうか。


 できることなら貧しい人への対応はそのままにしつつ、店が繁盛する方法を模索した方がいいのだろうか。いや、貧困層の救済は領主の仕事ではないだろうか。それなら組合を攻略した方がいいのだろうか。様々な考えが幸助の頭をめぐる……。


「それで、どうなの……?」


 アリスが不安げな表情で幸助の様子を見守っている。


 改善への道筋は今のところまったく見えない。それに請けるとしたら、時間のやりくりだって工夫が必要だ。もしかしたら難しい案件になるかもしれない。


 それでも、アリスの店が扱う薬の性能はこの身で体感している。こんな良薬が埋もれてしまうのは、国にとっても大きな損失だ。だからこの仕事は請けるべき仕事だ。幸助はそう考えた。


「アリスさん」

「なに?」


 グっとこぶしを握った幸助は、アリスに向かって宣言する。




「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」


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