1.行列のできる商売相談所
新章です。
久しぶりに書いてみました。
作風ちょっと変わったかもしれません。
末尾にお知らせがあります。
<主要キャラ紹介>
幸助:主人公。冴えないコンサル。
サラ:パスタ屋の娘。前章で幸助と結婚。
アロルド:パスタ屋を経営。サラの父。料理チート。
「ヒイッヒッヒッヒ……」
大きな杓子を手にした赤髪ポニーテールの小柄な女性が、ポコポコと深緑色の泡を立てている鍋をゆっくりとかき混ぜている。
作られているのは毒か呪術用の供え物か。はた目には分からない。
女性は味見もせずに次々と素材――これも霊力の宿ったなにかであろうか――を投入。
一瞬にして鍋の中の色は不快感を、いや、妖しさを増す。
「最後に隠し味にお父さん特製のコレを入れて……ヒヒッ……」
隠し味ということは、なにかの料理であろうか。しかし、女性が味見をしている様子は一切ない。
味なんてお構いなしとばかり、女性が最後の素材である赤色の液体を鍋へ投入した瞬間――――
「へっくしゅん!」
松田幸助は、三十畳くらいはあるだろう広いリビングに響き渡る盛大なくしゃみをすると、鼻をすする。
柔らかいティッシュがないため、何度も拭いた鼻の下は真っ赤だ。
そう、幸助は数年ぶりに本格的な風邪をひいてしまったのだ。もう一週間もこの状態が続いている。この世界に来てから初めてのことだ。
三年前、幸助は日本のコンサルティング会社で残業中、不意に異世界へ召喚されてしまった。
右も左も分からない状況で匂いにつられて入ったパスタレストラン。ここで、運命を変えることになるサラやアロルドと出会った。
潰れかけだったそのレストランを、持ち前のコンサルティング知識で経営改善に成功。それから幸助は日本に帰る方法を模索しつつも、この世界で経営に困っていた店の経営を次々と改善。その名は国王にまで届くことになった。
結局、日本に帰る手段はないことが判明したことで、幸助はこの世界で生きていくことを決意。コンサルティングの助手でもあり想い人でもあったサラと結婚することになった。
それから約一年が経過している。
「サラさんや」
「ヒッヒッヒ。なんじゃの? コースケさんや」
「なんで薬を煎じる時、そうなるの?」
「え、えっとね……こうした方がよく効く薬になるかなぁって思って」
幸助の言葉でスイッチが切り替わったサラは、はにかみながらそう答えた。
「そ、そうなんだ……」
「はい。どうぞ、コースケさん」
サラは幸助へ愛情たっぷりのカップを差し出した。
そこからは、湯気ではない瘴気のようなものが立ち上っている。
そして少し遅れて届いた異様な臭気に、幸助は思わず顔をそむける。
「これ、本当に効くの?」
「お母さんに聞いたから大丈夫だよ!」
満面の笑みでそう答えるサラ。
しかし、目の奥が笑ってないように感じるのは気のせいだろうか。
「でも……薬草を煎じただけなのに、なんでこんな色してるの?」
幸助は、薬草茶といえば緑や茶色といった、日本でもおなじみのお茶のような液体をイメージしていた。実際に、昨日まではそういった薬草茶が出されていた。
しかし今日、サラから差し出されたカップの中を見てみれば、どす黒い原油のような液体で満たされていた。
粘り気もあるようで、カップを揺らしてもプルンと揺れるだけで、非常に飲みにくそうでもある。
「薬草だけだと苦いでしょ? だからお父さんのトマトバジルソースも混ぜてみたの。他にもいろいろね」
「…………」
「ほら、コースケさん。早く飲んで、早く元気になりましょうね」
「…………」
サラは、カップを持つ幸助の手に自分の手を添えると、無理やり口へと流し込む。
「!?」
その瞬間襲われる刺激に幸助は顔をしかめるも、ここで抵抗したところで辛い時間が長くなるだけだ。だから一気にその液体を飲み込む。
「う、うえぇ……み、水……」
良薬は口に苦しとはまさにこのことである。いや、苦いだけでなく得も言われぬ複雑味が、幸助の精神力を削いでいく。
しかし、サラが効くと言っているのだ。きっとこれで安静にしていれば良くなるに違いない。
幸助は二杯の水を飲み干すと、ようやく一息つく。
「はあ、病院があったらなぁ」
カプセルに入ったよく効く薬を処方してもらえるのに。
「病院ってなに?」
「ケガとか僕みたいな病気を治してくれる場所のこと」
「風邪も治してくれる治療院みたいなところだね」
「そうそう」
この世界にも治療院はある。治療術師が魔術を使って、有料で治療する場所だ。
しかし、それで直せるのはケガのみ。病気を治すことはできない。
だから風邪を引いた場合は、こうやって自前で薬草を煎じるか、薬店で薬を買うことになる。
コンコンコン。
幸助がもう一杯、水を飲もうとしたところ、ドアのノッカーがたたかれる音がした。
「誰だろう?」
「コンサルティングの依頼だったら断っておいて。僕、もうダメ……」
「うん。分かった」
そう言ったサラは、玄関へと向かっていった。
幸助の名は、領内の商売人に知らない人はいないくらいの勢いで広まっている。結果、そのうわさを聞きつけて、幸助の家のドアをたたく人が定期的にやってくるようになった。
客が向こうからやってきてくれる。それはそれで営業する手間が省けるというメリットがある。しかし、もったいないことにその多くの依頼を幸助は断っている。
それは、あまりにも自分勝手な依頼が多かったからだ。
先日もこのようなことがあった。
「父ちゃんの店が大変なんだ。なんとかしてくれよ!」
食料品店を営んでいるという人の息子からの依頼だった。日本人だったらまだ中学校に通っているくらいの年頃だろうか。鬼気迫るその表情からは、深刻な様相を窺うことができた。
そんな少年が一人で来るのだ。父親は病気で倒れてしまったのだろうか。幸助は心配して質問する。
「それで、お父さんはどうしてるんですか?」
「仕事が面倒くさいって朝から酒飲んで昼には寝てる。だから売上がどんどん下がっちゃってるんだ」
「……」
「それで、コースケってやつに頼めば、働かなくても売上が増えるって父ちゃんが言ってたからここに来た」
朝から酒をあおるようになってしまった理由はなんだったのか。
もしかしたら、やんごとなき事情があるのかもしれない。
それでも、たとえそんな事情だったとしても――
「本人にやる気がない場合は、なにをしたって無駄です。お父さんに、ご自身でここに来るように伝えてください」
「……ちぇっ、つまんないの。俺も店番手伝わなくてよくなると思ったのにな」
少年は態度を翻し、それからも「ケチ」だの「守銭奴」などと悪態をついて帰っていった。
商売において楽して儲かる方法などない。今まで改善してきた店も相応の努力をした結果、業績改善という果実を得ることができたのだ。やる気がなければ始まらない。
少年の父が本当に経営改善をしたいと願っているのなら、幸助のもとにやってくるはずだ。幸助はそう考えていた。
しかし、少年の父親が来ることはなかった。
店の名前も聞いてないから、潰れたかどうかも分からない。
一事が万事ではないが、こういった相談が、実に多かった。だから今日も、幸助はサラへ「コンサルティングの依頼だったら断っておいて」と言ったのだ。
玄関で来客の対応していたサラは、すぐに戻ってきた。
「サラ、誰だった?」
「またメディスさん」
「あーーー」
薬店を営むメディスは、これまでにも何度かやって来たことがある。用件は、事業に出資しないかという話だった。
領内にはメディスの店を含めて薬店が五軒ある。メディスは空白地帯に自分の店を増やしたいとのことだった。出資さえしてくれるだけで助言も手伝いも無用。それだけで新店舗での利益の一割を幸助に還元する。出資金から計算すると、計算上の利回りは実に二十パーセントという美味しい話だった。
実はこれ。非常に怪しい出資詐欺のようなものだ。
それは領内での薬店の評判はすこぶる悪いからだ。並んでいる商品や価格はどこの店も同じ。しかも薬としての効果は極めて薄い。
曰く、まったく効果のない雑草を混ぜているから。
曰く、薬店同士が結託して不当に価格を釣り上げているから、などだ。
だから似た店を出店するということ自体が、無謀なこととしか思えなかった。こうやってサラも自分で薬を煎じるくらいだから、その効果たるや推して知るべしである。
きっと、経営が苦しくなった。だからお金だけ幸助から引っ張り出そうと努力しているだけなのだろう。
「今日も一応断っておいたけど、また来そうな雰囲気」
「分かった。今度は僕がしっかりと断るようにしておくよ」
「それまでに早く風邪、直さないとね。まだお薬、いーっぱいあるから……イヒッ」
「うっ……そうだね……」
一刻も早くこの風邪を治そう。
そう気合を入れる幸助であった。




