後日談:アリシアの魔道具店 ※イラストあり
久しぶりに王都を訪れた幸助とサラ。
レミィの店でおいしい食事を堪能した翌日、ポカポカする春の陽気の中を魔道具店へ向かう。
「コースケさん。レミィさんの尻尾、モッフモフだったね!」
「でしょ。病みつきになるよね、あの柔らかさ」
「うん! 今度会ったらまたお願いしてみよっかなぁ」
サラはそう言いながら恍惚の表情を浮かべる。
レミィの尻尾を相当気に入ったようだ。
「また明日から食材探しの旅に出るって言ってたから、次はいつになるか分からないけどね」
「うーん、残念……」
サラはがっくりと肩を落とす。
昨日からことあるごとに「またモフりたい」などと言っているが、しばらくはお預けだ。
「それで今日の仕事なんだけどさ、サラは何かアイディア浮かんだ?」
王都訪問の目的はモフることではなく、新しい魔道具を販売するためだ。
幸助の質問に、サラは黙って首を横に振る。
「コースケさんは?」
「それが全然見当つかないんだよなぁ」
「コースケさんでも思いつかないんだ」
「うん……。ま、皆で知恵を出し合ったらいいアイディアも出るかもしれないよ」
「そうだね!」
そんな会話をしつつ歩くこと数十分。幸助とサラは魔道具店へ到着した。
店に入ると、既に数名の客が店内にいた。
魔道コンロや冷却庫はもちろん、今やコンロ並みの売れ筋となった温冷ポットなどの品定めをしている。
「いらっしゃいませ、コースケさん! お待ちしておりました」
二人にそう声をかけたのは、青を基調とした制服に身を包んだアリシアだ。
「お久しぶりです、アリシアさん」
「サラさんも、お久しぶりです」
「こんにちは!」
「その後、調子はどうですか?」
「はい。事故の影響はもうありませんし、絶好調です」
事故直後も、少量ではあるが偽魔石が出回ることがあった。
それらも、領主の紋章入りのものが普及するにつれ消えていった。
それに代理店の展開も順調に進んでいる。
その繁盛具合は、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
「それを聞いてホッとしました」
「はい! それもこれもコースケさんのおかげです。どうぞこちらへ」
アリシアに案内されテーブルに着くと、従業員がよく冷えたお茶を持って来た。
これから熱くなる季節、このサービスは冷却庫のアピールに欠かせない。
幸助はグイッとお茶を一気飲みし、ふぅと一息つくと口を開く。
「では本題ですが、例の魔道具、もう届いてますか?」
「はい。大量に届いております」
そう言いつつアリシアは、用意していた箱から魔道具を取り出す。
それは、円盤形で中央が盛り上がった金属質のものだ。
外周には真っ赤な魔石が囲うように嵌められている。
その姿はまるで小さなUFOのようだ。
外見から用途は見当もつかない。
「私たちには販売方法がまったく思いつきませんでした。ですからコースケさんの到着、とても待ち遠しかったのです」
そう言いつつ、期待のまなざしで幸助を見つめるアリシア。
幸助は今までも多くの問題を解決してきた。
だからこそ期待値はきわめて高い。
だが、今のところアイディアは浮かんでいない。
アリシアの期待を裏切るようで申し訳なさそうに、幸助は口を開く。
「えっと、実はですね……残念ながら僕も全く思いつかなかったんです……」
「ではサラさんが考えてくださったのですね」
サラも申し訳なさそうに「いいえ」と答えると、アリシアの顔は急に青くなる。
「それでは、この魔道具はまったく売れないということですか!?」
「今のままでは……」
「えぇぇぇぇ!?」
頬に両手を当てムンクの叫びのようになったアリシアは、数秒の硬直の後、力なくテーブルへ突っ伏す。
「え、えっと……アリシアさん。だからこそ皆で一緒に考えようと思ってお店に来たんです」
「そうですよ、アリシアさん」
テーブルの上に鎮座する魔道具。元はといえばニーナの暴走の末に製品化された物である。
相変わらず需要は完全無視。
だが思いついてしまったものは仕方ない。
業績が絶好調の今、魔道具店にはニーナの暴走を止められる者はいないのだ。
もちろん熱操作を主軸に据えた、実用的な商品を開発している魔道具職人もいる。それにモーターの代わりになる回転運動をする魔道具も、実用化目前だ。
だからこそニーナは、伸びやかにフリーダムな商品開発をしていられるのだ。
そのしわ寄せは、こうやって現場に来ているのだか……。
テーブルに突っ伏し十数秒。ようやく再起動したアリシアが幸助へ視線を送ると口を開く。
「では……どのようにすれば良いのでしょう……?」
「まずは、この魔道具を欲しくて欲しくて仕方ない! と思ってみましょう。そこに突破口が見えてくるかもしれません。僕はこの魔道具が欲しくて仕方ないんだ。一年間の生活費に当たる金貨二十枚を払ってまでして……」
「…………」
沈黙すること約一分。
「どう、サラ。欲しくなった?」
「ぜんっぜん」
そう力強く答えるサラ。
それを聞いたアリシアは、うんうんと何度も頷く。
サラ同様に欲しいとは思えなかったようだ。
皆の冷めた視線が残念な魔道具に注がれる。
「困ったなぁ。こんなの何に使うんだろう」
そう言いながら幸助は、魔道具に備えられた赤いスイッチを押す。
程なくすると中央部がほんのり暖かくなるが、それだけだ。
コンロのように熱くはならないし、暖房としても使えない。
他にも青、緑、茶、白といったスイッチがあるが、どれも役に立つ動作をしない。
しかも白いスイッチに至っては、十秒ほど光ったらすべての魔石が魔力切れを起こす。
照明の代用にもならない。
「確かに技術はすごいと思うのですが……魔道具は便利でなければと思うのは私だけでしょうか」
「アリシアさんのおっしゃる通り、僕もそう思います。いくら全属性が発動されるといっても、これではどうしようもないですよね……」
生活が全く便利にならない魔道具。
それでも製品化されたのは、卓上サイズで全属性の魔法を組み込むことに成功したからだ。
今まで形になった魔道具は、熱と風の操作だけであった。
それが一気に全属性の術式化に成功したというのは、技術的には大きな進歩である。
幸助の頭の中に「フフフフフッ」と不敵な笑みを浮かべるニーナの顔がよぎる。
ちなみに先ほどの光は、治癒魔法が発動した際に現れる光である。
だが残念ながら傷を癒すほどの出力はない。
研究としては大きな成功であるが、これを製品化するなど勇み足にもほどがある。
「それにしても領主様はよく製品化の許可、出しましたよね」
「はい。伯爵は大絶賛されたそうですよ」
「ああ……そういえばかなりの魔道具オタクでしたね」
唯一ニーナの暴走を止めることのできる領主は、ニーナ寄りの人間だったことを思い出す幸助。
例え幸助が反対しようと、これでは製品化は不可避である。
だが、需要完全無視の魔道具を送り込まれたアリシア達は、たまったものではない。
王都だからといって、ポンポンと高額品が売れる訳でもない。
売れそうもない商品を送り込まれ、売れと言われるアリシアの心労は想像に難くない。
それから話し合うこと数時間。
三人の表情には疲労感が漂ってきた。
しかしまだ具体的な販売プランは出ていない。
「はぁ。どれだけ考えても結局のところ、全属性ってのが唯一の訴求ポイントか……」
「はい、どうやらそのようですね」
「もう、こうなったら『全属性の魔法を手中に』って触れ込みで、魔道具好きの貴族様に売ってみたらどうでしょう?」
そう投げやりに言う幸助。
「コンロや冷却庫は、便利になるという『体験』を買ってもらっているというのは、以前お話ししましたよね」
「はい。ですから今も定期的に体験会を開催しております」
「今回はそれは完全に無視します。だって、便利になんかならないんですから」
「え、ええ……」
幸助の物言いに引きつった表情を浮かべるアリシア。
だが、これは事実だ。
完全にニーナの道楽の商品なのだから。
「ですが、全属性が手中に収められるという世界初の要素はあります。それを訴求するんです。仮にこれで売れなかったとしても、ニーナさんにはもう一度魔道コンロが売れなかった頃のことを引き合いに出して、諦めてもらいますよ。技術だけでは売れないってことを」
「そう言って頂けると心強いです。では早速貴族家とつながりの深い商会に話をしてみます!」
方針が決まれば、アリシアの動きは速い。
その後、全属性の魔法が手中に収められるという魔道具の特徴は、すべてを手にしたいという欲張りな貴族から熱狂的に支持されることになった。
だがそんな人はごく一部で、製造されたほとんどが不良在庫として埃をかぶったことは言うまでもない。




