後日談:レミィのレストラン ※イラストあり
※第8章 高級レストラン編のキャラ「カレン」は書籍版では「レミィ」となりました。
「久しぶりだなぁ、ここに来るの」
「うん!」
幸助とサラは馬車に揺られながら、ゆっくりと流れる景色を眺めている。
目の前に広がるのは大都市だ。
二人は、新しい魔道具販売の手伝いのため、王都へやって来た。
季節は春。柔らかな風が二人の頬をなでる。
「コースケさんの授章式以来だもんね。それに……」
視線を遠くにやると、一段高いところに建つ立派な王城が視界に入る。
幸助がサラへ想いを告げたバルコニーも、もちろん見える。
「思い出すよね、あの日のこと」
「そ、そうだね……」
そう言いつつ頬を朱に染めるサラ。
あれからまだ半年しか経過していない。これまで二人は仕事は控えめにし、新婚ホヤホヤの甘い生活を堪能していた。
今回が久しぶりのまとまった仕事となる。
しばらくすると、馬車は王都の停留所へ到着した。
ここからは徒歩の移動となる。
「さて。今日はもう時間が遅いから魔道具店は明日にして、レミィさんの店に食べに行こうか」
「うん、そうしよ!」
「楽しみだなぁ。レミィさん、美味しい食材見つけてるかなぁ」
幸助がレミィの店の改善を終えた直後、レミィは性に合うからと食材探しの旅に出た。
あれから半年が経過している。
もしかしたら新メニューの一つや二つは出来ているかもしれない。
期待に胸を膨らませつつ、二人は大きな石造りの建物の間を縫うように通っている道を進む。
「コースケさん、レミィさんには会えるかなぁ?」
「どうだろう。ずっと旅しそうな勢いだったから、お店にはいないんじゃないかなぁ」
「そっか……残念だなぁ」
そんな会話をしつつ歩くこと数十分。気品あるたたずまいの店が見えてきた。
ドアを開けエントランスに入ると、ウェイトレスが二人を迎える。
「いらっしゃいませ……。あっ、コースケさん! お久しぶりです」
声をかけてきたのはウェイトレスのひとり、セリカだ。
「セリカさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、サラさんもお元気そうですね」
「はい!」
「今日はお食事ですか?」
「はい。久しぶりにおいしい料理を食べに来ました」
「ありがとうございます。ではご案内いたします」
セリカに案内され、エントランスを抜け客席へと向かう二人。
程なく目に飛び込んできたのは、ほとんどの客席が埋まっている賑やかな光景だ。
「賑わってますねぇ」
「コースケさんにお世話になって以来、どんどんお客様が増え、ずっとこのような状況なのです」
東京で仕事をしていた頃は、コンサルタントがいなくなるとあっという間に元の状況に戻る店も見てきた。
だが、ここは違う。それを継続するだけでなく、発展させるのはレミィを始めスタッフたちの努力の賜物だ。
想像以上の状況に幸助の頬はゆるくなる。
「順調なようでホッとしました。ところで……セリカさんのご両親は来てくれました?」
セリカの両親は「行けば笑顔になれる店になったらまた行きたいな」と言っていた。
セリカが幸助へ伝えた何気ないひと言が、改善への大きな足掛かりとなったのだ。
幸助の質問に、満面の笑みを湛えつつセリカは口を開く。
「もちろんです! とってもとっても喜んでくれたのですよ」
「それを聞いて安心しました」
「はいっ! ではこちらの席でしばらくお待ちください」
席につき改めて店内を見渡すと、皆、楽しそうな表情で料理に舌鼓を打っている。
そのテーブルの間を縫うように、多くのウェイトレスが、料理を手に行ったり来たりしている。顔の分からない従業員もたくさんいる。景気が良くなってから雇われた従業員であろう。
「コースケ。久しぶり!」
しばらくサラと話をしていると、突然幸助を呼ぶ声がした。
声の方向へ振り返る幸助。
そこにいたのはレストランのオーナー、レミィだ。
しっかりとウェイトレス服に身を包んでいる。
そして今日も手入れの行き届いた立派な尻尾が、ゆっくりと揺れている。
「あれ? レミィさん、見えたんですね」
「むぅ、久しぶりに会ったっていうのに、開口一番それ? つれないなぁ」
寂しげな表情で視線を斜め下へ落とすレミィ。
「もう、コースケさん、失礼だよ!」
「あ、いや。旅に出てて会えないものだと思い込んでましたので……つい」
慌てて取り繕う幸助。
続けてフォローの言葉を入れようとすると、レミィの顔がパッと明るくなり幸助へ視線を送る。
「あはは、全然気にしてないよ。今日はね、ウェイトレスが三人も休んじゃったから久しぶりに手伝ってるんだ」
「そ、そうだったんですね。レミィさんに会えてよかったです」
「あはは、あたしもだよ。それよりもどうなの? 新婚生活は」
いたずらっぽい目でそう訊くレミィ。
新婚相手には定番の質問だ。
「あっ、えっっとですね……ぼちぼちとやってますよ」
「ぼちぼちって何よ。もっと具体的に」
「具体的にって……」
返答に困る幸助。
サラは隣で顔を赤くしている。答えは期待できないようだ。
そんな二人にお構いなしとばかりにレミィは続ける。
「えっとなんて言うんだったっけ……。そうそう、サラのことモフったりしてるの? あたしの尻尾みたいに」
「えっ!?」
以前、幸助だけが王都に残りサラがアロルドの店へ帰った時、レミィの尻尾をモフらせてもらったことがある。それはサラには内緒にしていた。
レミィからの爆弾発言に固まる幸助。
「も、モフるって……毎日仲良くしてますよ。ね、サラ」
「う、うん!」
サラにモフる物などついていない。
それにサラはモフるなどという言葉は知らないだろうと、とりあえずごまかす幸助。
「ふぅん、仲がいいってのは良いことだ。ところでコースケ」
「つ、次は何ですか?」
「冗談はこれくらいにして、相談があるんだけど。ちょっとだけいいかな?」
「もちろん」
話題がそれたことで胸をなでおろす幸助。
幸いサラからの追及も来ていない。
「顧客データベースを作ってるでしょ。それがさ、増えすぎて探すのも管理するのも大変になってきちゃったんだ。どうしたら良いかなぁって悩んでるの」
レミィの相談とは、顧客データベースのことだった。
確かにこの客の入り方からすると、名簿の数もうなぎ登りというのは想像に難くない。
コンピュータの無いこの世界、情報量が増えると管理も大変だ。
「そういうことですか……。えっとですね、レミィさん。情報にも鮮度があるんです」
「せんど……?」
「コースケさん、鮮度って食材の?」
小首をかしげるレミィに、不思議そうな表情を浮かべるサラ」
食材でもないのに鮮度があるという言葉にピンと来てないようだ。
「はい。鮮度です。一回だけ来店してくれてその後、一定期間来てないお客さんは、今後来てくれる可能性は少ないですし、営業をかけるにしても効率が悪くなってしまいます。その名簿は鮮度が落ちてるといえます。だからその名簿は箱に入れて倉庫に片づけてもいいと思いますよ」
幸助の提案は、古い名簿の整理だ。
もちろん現状が満席に近い状況だからこそ、できることでもある。
そうでない場合は、古い名簿も活用して来店促進を必死に行うか、根本的な戦略を変えなければならない。
「む、そういう割り切り方もあるんだね。コースケに聞けて良かったよ。早速そうしてみる」
「また何でも聞いてくださいね」
「うん!」
そう返事をすると、レミィは手にしていたメニューを広げ、幸助とサラの間へ置く。
「さて、今日は何を食べたい? オススメは新作の肉料理なんだけど……」
「お、新作あるんですね。もちろんそれを食べてみたいです」
「私も食べてみたいです!」
「さすがだね。そうこなくっちゃ!」
新作を中心にお任せコースでオーダーをすると、レミィは席を後にする。
その後姿には、大きく立派な尻尾が揺れている。
「……ねえ、コースケさん」
「うん、なに?」
「モフるって何?」
「あ、いや、その……。新しい料理、楽しみだね」
「もー、ごまかさないの」
やはりサラは覚えていた。
先ほどは話が自然に逸れたが、今回はごまかしきれそうにない。
観念した幸助は、恐る恐る口を開く。
「えっとね、レミィさんの尻尾、触らせてもらったことがあるんだ」
「え!?」
大きく目を見開くサラ。
対して幸助は、やっぱりごまかせばよかったと後悔する。
しかし、次に続くサラの言葉に幸助は拍子抜けする。
「いいなぁ。私も今度触らせてもらおっかなぁ」
サラもレミィの尻尾には興味があったようだ。
幸助の心配は杞憂であった。
「お待たせいたしました。アイスエールです」
タイミングよく、ウェイトレスが二杯のエールを持って来た。
すっと二人の前にグラスを置くと「ごゆっくり」と声をかけ、立ち去る。
「では、乾杯」
「かんぱーい」
軽くグラスを合わせると、口もとで傾ける幸助。
長旅で乾いた幸助の喉に冷たいエールが染み渡る。
「うん。やっぱり高級店のエールは違うなぁ」
エールに限らずではあるが、醸造家により味は大きく変わる。
アロルドの店で扱ってるエールとは違う豊かな香りに、幸助は目尻を下げる。
「ここのエール、すっごくおいしくなったね!」
「うん。これは料理にも期待だぞ」
それから幸助とサラは、提供される絶品メニューの数々に、至福の時を過ごすのだった。
幸助がレミィの尻尾をモフる至福のシーンは、書籍版3巻にイラストとともに掲載。お楽しみに!




