7.授章式にて
秋も深まったある日、幸助は領主の館を訪れる。
アンナから呼び出しがあったためだ。
「コースケさん、おめでとうございます! 褒章に選ばれることが決まりました」
「えっ、本当ですか!?」
「お父様とニーナさんも一緒です」
以前王都にいる時に、幸助が推薦されているという話は聞いた。
王国の名を冠したマドリー褒章。これはこの年の功労者に、国王自らが褒章を授けるという名誉ある褒章だ。
幸助が推薦されたきっかけは魔道具の普及への貢献であった。
平民へ与えることの是非で選考会は揉めたのだが、有力者の一人であるグランベル財務卿が後押ししたことが大きかった。
「何だか実感わきませんね……」
「それだけ我が領地、いや、王国に貢献してくださったのですよ、コースケさんは」
「ありがとうございます」
素直に礼を述べる幸助。
初めて受章の可能性を告げられた時は混乱したが、今は違う。
むしろ嬉しさすら感じられる。
この世界で生きていくと決めた。いや、決めざるを得なかった。
それに市民権もこの国に移した。
だからフレン王国にどう思われようが関係ないのだ。
「授章式の後、パーティーもありますので是非パートナーもお連れくださいね」
「パートナー?」
「もちろん、サラさんのことですよ」
アンナはにこりとほほ笑む。
パートナーと言われ、複雑な気分になる幸助。
あれからまだ、サラへ自分の想いを伝えることができていない。
アレストリアから受け取った指輪は、いつも持ち歩くカバンに入ったままだ。
さすがに手ぬぐいにくるんだままではなく、ちゃんとした箱に入れてあるが……。
◇
あれよあれよという間に時間は経過し、授章式の日がやって来た。
残念ながらサラとの関係は、変わらずだ。
受章を我が事のように喜んでくれたサラ。
パーティーは一緒に参加してくれることになった。
「ふぅ、本当にここに来ることになるとはなぁ」
幸助は今、王城に来ている。
通された大広間には、これから褒章を受け取る者が勢ぞろいしていた。
壁面には騎士がずらっと並んでいる。
部屋は広いのに圧迫感を感じる幸助。
受章者は二十人くらいいる。
身なりからして、どうやら平民は幸助だけのようだ。
浮いている感が否めない。
それでも今までに着たことのない一張羅に身を包んでいる。
貴族たちが煌びやかすぎるのだ。
幸助の立っている場所は、平民なので一番後ろ。
サラたち同伴者は別室で待機だ。
せめて誰か一人でも知り合いが隣にいてくれたら心強いのだが、残念ながらアルフレッドやニーナは前方にいる。
現在、既に前座が始まっている。
国王はこんなに素晴らしいとか、受賞者は昨年よりも四人増えたといった内容だ。
どこの世界でもこういった話はかったるい。
「続いて、受章者の紹介に参ります」
司会は受賞者の名前と功績を読み上げ始めた。
何とか侯爵の第五男、誰それが周辺三国計算大会で優勝したとか、誰それ男爵が農地生産を二割増しにしたといった具合だ。
幸助にとっては「何でこの功績で?」という人も多く含まれていた。
きっと大人の事情でもあるのだろう。
もちろんアルフレッドとニーナは魔道具開発と普及の功績だ。
最後に幸助の名前が呼ばれた。
功績は、アルフレッドとニーナの功績を大きく補佐したという、回りくどい内容だった。
魔法書のことには触れられていない。
「それでは、授章式に入ります」
(やばい、緊張してきたぞ)
幸助は頭の中で授章式の段取りを確認する。
国王が来たら周りの真似をして跪く。
決して頭を上げない。
それだけを守ればよい。簡単だ。
ドドドドドン!
打楽器のならされる音がした。
静まる室内に司会の声が響く。
「国王陛下のお成り!」
いよいよだ。
周りに合わせ、幸助も跪く。
視界には大理石の張られた床しか映っていない。
壇上で何が起こっているのか分からない。
衣擦れの音だけが聞こえてくる。
その音が止むと、大広間は水を打ったようになる。
「諸君の働きに感謝し、褒章及び金一封を授ける」
再び衣擦れの音が聞こえ、その音が遠ざかる。
国王の言葉はたったこれだけだった。
だが、不思議と心に響くものがあった。
これが王の威厳というものなのかと感じる幸助。
あっという間の終了だった。
会場にいる係員から現物を受け取ると、パーティー会場へ移動する。
「ふぅ、緊張したな」
パーティ会場へ入ると幸助は室内を見渡す。
外はもう暗くなっていたが、シャンデリアや壁面のランプが煌々と焚かれている室内はそれなりに明るい。
集う人は百人は下らない。
誰もが華やかな衣装に身を包んでいる。
まるで映画のワンシーンが飛び出してきたように感じる幸助。
正面には絶対に食べきれないだろうという量の料理が並んでいた。
レッドボアらしき魔物の丸焼きもある。
水の街でランディと頬張った大きな海老もいた。
いくつかの料理の前ではコックが待機している。
幸助の期待感が高まる。
「コースケさん!」
よだれを垂らしそうになったところ、聞き覚えのある声に呼び止められた。
幸助は声をした方へ振り返る。
「!!!」
そこにはワインレッドのドレスに身を包むサラの姿があった。
つい先日、十六歳を迎えたばかりだ。
今日は、いつものポニーテールではなくアップにしている。
今までになく、大人っぽさが引き立っている。
その姿に、幸助は息をのむ。
「どう? アンナさんに見立ててもらったんだ」
そう言うとサラは裾を掴み、ちょこんとポーズを決める。
完璧だ。
幸助の心拍数が高くなる。
「か、可愛いよ……サラ」
「ほんと? ありがと!」
二人で顔を赤くしていると、生演奏が始まった。
数組の男女が早速ダンスを始める。
そんなことはできない幸助とサラは、ひたすら料理に舌鼓を打つ。
周りは貴族ばかりだ。
頼りの綱のアルフレッドとニーナの周りには人が絶えない。
魔道具の話でもしているのであろう。
そんな時、一人の男が幸助のもとへやってきた。
「そなたがコースケか」
「はい、そうです」
慌てて頭を下げる幸助。
ここにいるのは全員幸助より身分の高い人だ。
目の前の男が誰かは分からないが、失礼は許されない。
サラも幸助に続く。
「わたくしは東部バレン領を治めるサイモン・バレンという者だ。そなた、魔法書のことをご存知かな?」
「魔法書……ですか?」
早速情報が漏れていた。
アルフレッドの言っていた言葉を思い出す。
「他の貴族から魔法書店のことを聞かれたら何も答えず、必ず私を通すように」という言葉だ。
だが、実際に対峙すると、そんなことは言えそうにない。
どうしよう。幸助が焦っていると見覚えのある人影が近づいてきた。
「おやおや、バレン伯爵。彼は一介の商人ですので伯爵には釣り合わないかと。どうぞ私と一緒にあちらへ」
アルフレッドだった。
バレン伯爵を連れて、立ち去ってくれた。
幸助はその機転に心の中で感謝する。
ふう、と胸をなでおろす幸助。
横を見るとサラも同じ心境のようだ。
「ねえ、サラ。外に行こうか」
「そうだね。ちょっと居心地悪いしね」
二人はパーティー会場を抜け出し、すぐ側のバルコニーへ移動する。
外に出た瞬間、室内のざわめきが遠くなる。
生演奏の軽快なワルツだけが耳に届く。
火照った顔に涼しい風が気持ちいい。
照明がないのでバルコニーは暗い。
部屋からこぼれるわずかな光と月明かりが二人を照らしている。
幸助はバルコニーの手すりに手をかけ遠くを眺める。
サラもその隣で幸助の真似をする。
かがり火にゆらめく町が広がる。
王都は大きい。
遠くまで良く見える。
無意識に魔道具店や、カレンのレストランがある場所を探す。
「何だかすごいとこに来ちゃったね」
「うん。私たち、ちょっと場違いな感じだったよね」
「料理はおいしかったけどなぁ」
「素材が違うからね」
期待通り料理はどれも絶品だった。
新鮮な海鮮料理もあった。
きっとその運搬には冷却庫が活用されたのであろう。
「僕たちが関わったことが、こんなとこにも影響してるなんてね」
「すごいよコースケさん。私コースケさんと出会うまで、ずっとパスタレストランの娘で終わると思ってたもん」
その時、生演奏のBGMが軽快なワルツからゆったりとムードのある曲へ変わった。
「…………」
「どうしたの、コースケさん?」
雰囲気からしてサラへ想いを伝えるのは今しかない。
だが、その前に絶対に伝えておこう。伝えなければならない。そう決めていたことがある。
勇気を振り絞り、幸助は切り出す。
「サラ、大切な話してもいいかな」
「うん……もちろんだけど、どうしたの?」
改まった幸助の態度に、サラは心配そうな表情を浮かべる。
「信じてもらえないかもしれないけど、実は僕……この世界の人間じゃないんだ」
伝えなければならないこと。それは自分が地球という異世界から召喚されたということだ。
これで拒絶されたらその時は諦めよう。そう思っている。
「えっ、意味が分からないよ!?」
「僕はフレン王国出身ていうのは嘘で、この国でも隣の国でもなく、遠い遠い、全く違う世界から連れてこられたんだ」
「どのくらい遠いの?」
「どうだろ、あの星くらいかな」
といいつつ適当に指差し、夜空を見上げる。
星座には詳しくないが、小学生の頃に習ったごく一部ははっきりと覚えている。
中央にきれいに並ぶ三ツ星のある星座。
まぎれもないオリオン座だ。
世界は違う。
それなのに星座は同じだった。
月だってそうだ。ウサギが餅つきをしている。
これは召喚された直後から気付いていたことだ。
宙は同じ。だが地球ではない。
並行世界なのかどうか、幸助の理解を超えている。
「うーん、よく分かんないなぁ。コースケさん酔っぱらってる?」
「酔っぱらってなんかないよ。二年前、僕は地球っていう全く違う世界にいたんだ。ある日突然、召喚魔法でフレン王国に連れてこられて。だからサラ達の知らないこと、いろいろ知ってたでしょ。ハンバーグにカルボナーラ、魔道コンロや冷却庫だって、もともと僕のいた世界には当たり前にあった物なんだ。それにお店を改善する知識だってそうだよ」
幸助からもたらされた言葉に驚きを隠せないサラ。
信じてくれたかどうかは分からない。
無理もない。突然変なことを言いだしたのだから。
「……コースケさんの言ってることが本当だとして、いつかその世界に帰っちゃうの?」
幸助は首を横に振る。
「もう無理なんだ。ケロちゃんに聞いたら、僕をこの世界に召喚した人はもう追放されたんだって。送還魔法は見つかってないって言ってたし……。それにケロちゃんもそんな魔法知らないってさ。だから帰ることはできないんだ」
「なら家族にも、もう会えないの?」
「うん」
「お友達も?」
「……うん」
「そっか」
遠くを見るサラ。
その横顔を見つめる幸助。
何を感じているのか。
どう思っているのか。
幸助には分からない。
「ねえ、コースケさん」
「うん?」
「コースケさんは突然いなくなったりしないよね?」
「もちろん」
「コースケさんはコースケさんのままでいてくれるよね?」
「もちろん」
「……よかった。なら安心だ。大切な人と会えなくなるのは寂しいもんね」
幸助に視線を合わせ、笑顔になるサラ。
信じてくれてるのか否かは分からない。
だが、拒絶はされなかった。
タイミングは今だ。幸助は懐へ手を伸ばす。
「サラ、これ……」
そう言うと幸助は用意していた指輪をサラへ見せる。
魔力のこもった大きな石のついた指輪。
暗い月明かりでもその輝きは健在だ。
向かい合う二人。
その状況に息をのむサラ。
幸助の顔と指輪を交互に見る。
「僕はこの世界で、いや、この国で生きていくって決めたんだ。初めてトマトバジルパスタを食べたあの日から、僕の人生は大きく変わった。サラはいつも僕のことを応援してくれてた。それに困っている時、助けてくれたのはいつでもサラだった。食欲しか取柄がないような僕だけど、もうサラのいない人生は考えられない」
自然にあふれてきた言葉を言いきると、幸助は大きく息を吸う。
「サラ、僕と結婚してください!」
そう力強く言うと、指輪をサラへ差し出す。
そのまま見つめ合う二人。
「…………」
「……」
ほんの少しの時間が永遠に感じられる。
口の中はカラカラだ。
いつしか生演奏は別な曲に変わっていた。
その曲も佳境に差し掛かったその時。
サラの手がそっと幸助の手を包み、指輪を受け取る。
「はい……コースケさん!」
バルコニーに落ちる二人の月影が、ひとつに重なった。




