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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第9章 魔法書店編
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6.幸助の決意

 気持ちよく晴れた秋のとある日。

 魔法書店の前は、物々しい雰囲気に包まれていた。


 数台の装飾が施された馬車に、二十名は超える人々。

 馬上の騎士に黒服の男女。

 その中心には、ドレスに身を纏った少女がいた。

 財務卿の令嬢だ。

 時おり馬がブルルっと鼻を鳴らす音が聞こえる。


 アルフレッドの後ろにも数名の騎士が待機している。

 その向かいには、ひときわ豪華な服に身を包んだ横に幅の広い男性がいた。

 グランベル財務卿だ。

 わざわざ多忙な公務を置いてまで、この場所に来ている。

 相当の気合の入れようだ。


 その中でどちらの集団にもつかず、ポツンと一人で浮いている男がいる。

 もちろん幸助だ。


「あぁ……とうとうこの日が来ちゃったよ」


 幸助は店の入り口付近で行ったり来たりしている。

 涼しげな秋にもかかわらず、手は脂汗でびっしょりだ。


 サラと結界の実験を行ってから今日に至るまで、それなりに時間があった。

 幸助が人を連れて行けば結界を通ることができる。

 その仮説が確信に変わるまで実験を繰り返そうとした。


 だがアルフレッドから、あるお達しがあった。

 これ以上、幸助が魔法書店に入れることを知られることがないようにと。

 これには幸助も反論したが、政治的な事柄が大きく関わるようで認めてもらえなかった。だから、これまでに実験ができたのはアンナだけとなった。

 幸い、アンナもサラと同様、結界を抜けることができた。


 いずれにしても失敗はアルフレッド自身の責任だから、気にするなとのことだった。

 アンナもできたことで、アルフレッドは自信を持ったようだ。




 数分後。

 財務卿がアルフレッドから離れると、愛娘へと足を進める。

 準備が整ったようだ。

 途中、幸助へ鋭い視線を向ける。

 言葉は言わなかったが、途方もないプレッシャーを感じる幸助。

「娘に何かあってみろ。一族根絶やしにしてくれる」とでも言われている気分だ。


 令嬢が侍従に連れられ幸助のもとへやって来た。

 目のクリッとした可愛らしい子だ。

 年の頃はパロより少し上くらいだろうか。

 聞いた話では、一族の盛衰はこの小さな女の子にかかっているそうだ。

 どのような事情か知らないが、貴族の世界も大変である。


「さ、行きましょう」


 幸助はズボンで念入りに手汗を拭くと、令嬢に手を差し出す。

 柔らかで雪のように白い手が幸助の手を掴む。

 皆の視線が幸助の背に突き刺さるのを感じる。

 緊張は最高潮だ。

 ゴクリと唾を飲み込むと、ドアへ手をかける。


 ガチャリ。


 ドアが開いた。

 これはいつものことだ。

 問題はここからである。


 幸助は一歩踏み出す。

 令嬢も半歩後ろからついてくる。

 手を握られた感覚はまだ続いている。


 そしてもう一歩。

 足を進めると、店の中へ入った。

 幸助の体は完全に店内だ。

 恐るおそる振り返ってみる。


 令嬢はそこにいた。

 成功だ。

 その場にへたり込みそうになるのをこらえる幸助。

 まだ仕事は終わりではない。

 そのまま奥に進むと、アレストリアの姿を見つける。


「来たか」

「はい」

「小娘。ここに座るがよい」


 令嬢はきゅっと握り続けていた幸助の手を離すと、言われた通りアレストリアの指定した椅子に座る。


「これからそなたに基礎魔法を伝授する。使いこなせるかどうかはそなた次第じゃ。魔法の習得は決して楽ではない。早くて五日。長ければひと月、もしかしたら永遠に身につかんかもしれん。それに習得するのと使いこなすのはまったく別じゃ。ここで習得できたその日から、毎日の鍛錬を欠かすんじゃない」


 真剣な眼差しでアレストリアの話に耳を傾ける令嬢。

 自分の置かれている立場はよく理解している。


「最後に忠告をする。魔法はそなたにきわめて大きな力をもたらすことになるかもしれん。その力、世のため人のために使うのじゃぞ」


 令嬢は首を縦に振る。

 アレストリアはその表情を凝視する。

 店内は緊張感をはらんだ静寂に包まれる。


「…………」


 そうすること約一分。納得がいったのか、アレストリアは幸助へ視線を送る。


「ここに連れてきたからには大丈夫じゃ。あとは妾に任せろ。お主は外すがよい」

「よろしくおねがいします」


 アレストリアに頭を下げると幸助は店の外へ出る。

 その瞬間、待機していた人たちから一斉に幸助へ視線が注がれる。

 それに負けじと幸助は声を張る。


「お嬢様は無事、魔法の習得に入られました!」




 それから令嬢は、日中は店内で魔法の指導を受け、夜は領主の館で過ごすという生活を続けた。

 幸助は毎日朝晩、店の内外への送迎役をこなした。

 魔法の習得が完了したのは十日後だ。

 令嬢は無事、初級魔法を習得することができた。


 これで幸助の一世一代の大仕事は、無事完了だ。

 それに伴いアレストリアはこの先数年、食うに困ることはなくなった。



   ◇



 令嬢による魔法習得のバタバタが落ち着いた、とある日の午後。

 幸助は一人で魔法書店を訪れている。

 アレストリアにしか聞けない相談事をするためだ。


「ケロちゃん、ひとつ聞いてもいい?」

「何じゃ? 何でも聞いてみるがよい」


 モゴモゴとキャラメルを口に含みながらアレストリアは返事をした。

 もちろんキャラメルは幸助からのお土産だ。

 アレストリアには依存性を発揮している。


「フレン王国の筆頭魔法研究者って知ってる?」


 うむむと言いながら斜め上を見るアレストリア。

 イマイチピンと来ていないようである。


「二年くらい前にはいたはずなんだけど、三十代くらいの女性で不健康そうな顔をして……」

「ああ! それならクビになったと聞き及んでおる。何でも禁書庫に勝手に入って、かの国の貴重な魔法書に好き勝手したらしいからの」

「えっ!?」

「それがどうかしたのか?」

「いや、隣の国の魔法事情はどうなってるのかなと思って……」


 想定外の言葉がアレストリアの口から飛び出してきた。

 幸助が日本に還してもらうための頼みの綱は、とうの昔に切れていた。


 ほとんど期待はしていなかった。

 それにサラと出会いアロルドの店を改善したときに、この世界で生きていくと決意した。

 だが、心の中でわずかな可能性にかけていたのも事実だ。

 日本に帰ることができるのではないかと……。


 研究者という立場で王城にいられなければ、送還魔法など研究できないだろう。

 他の研究者に召喚の話をすることもできない。

 もたらされた事実に幸助は呆然とする。


「……」

「何を黙っておる。ほれっ、いつもの」

「……えっ、何のこと?」

「ほれ、有益な情報だったのじゃろ。いつものように、妾の頭をポンポンせぬか」


 そう言いながら頭を差し出すアレストリア。

 幸助はその頭を気もそぞろにポンポンする。

 それでもアレストリアはご満悦の様子だ。


「では次の質問です」

「なんじゃ、怖い顔をしおって……」

「召喚魔法やその逆の送還魔法は聞いたことありますか?」

「そんなのは聞いたことないのぅ。似たようなので時を操る魔法というのは遥か昔にあったと聞き及んでおるが」

「そう、ですか……」


 アレストリアでも召喚魔法を知らなかった。

 となればもう幸助が日本に帰れる可能性はゼロと言ってもよい。


(よし。腹をくくるか……)


 幸助は強い意志を固める。

 もう日本に帰る望みは捨てるということを。


 この世界で生きていくしかないならば、次に取る行動はただ一つ。

 それは、サラへ自分の想いを伝えることだ。


 幸助はサラのことをずっと意識し続けていた。

 アロルドの店を改善し終えた頃からずっとだ。


 それでも、できるだけその気持ちが大きくならないようにしていた。

 日本に帰ることで、召喚直後のような寂しい思いをするのは嫌だったからだ。


 だが、もう抑える必要などない。

 幸助は独り頷くと、アレストリアへ質問する。


「つかぬことを伺ってもよろしいでしょうか?」

「何じゃ、さっきからその変な態度は。今日のお主はおかしいぞ?」

「いろいろ思うところがありまして……」

「して、何じゃ?」


「この国の女性の口説き方と申しますか、えっと……。付き合ってお互いが合意したらどう結婚に至るみたいなことを……」

「はっ、付き合うって何じゃ? 意中の女でもおるんじゃったらズバッと『俺と結婚しろ』くらい言うてみたらどうじゃ。他の言葉など要らぬ」

「そ、そうなんですね」

「お主もしかして……」

「はい、サラに想いを伝えようと思います」

「そうか、そういうことか」


 それならちょっと待っておれと言い残すと、アレストリアは店の奥に消えていった。

 待つこと十分。ようやく戻ってきたアレストリアの手には石のようなものが握られていた。


「お主にこれやろう」

「これは……?」

「婚姻を申し込むとき、この魔力のこもった指輪を渡すと良かろう。いずれお主を助けるときが来るはずじゃ」

「いや、こんな立派なもの、もらえないですよ」


 反射的にそう答える幸助。

 宝石は素人だが、どうみても高そうだ。


「ただでここまでしてもらったのじゃ。それにお主の立場を微妙なものにもしてしまった。それくらい安いもんじゃ。受け取ってはくれぬか?」


 たった一人の友人でもあるしのう、と幸助から視線を逸らしつつアレストリアは続ける。


 幸助はアレストリアの手元へ目を落とす。

 小さな手のひらに載っていたのは、親指の先ほどもある真っ赤な石がはめられた指輪だった。

 魔石よりも色が澄んでおり、輝きはけた違いだ。

 ゴクリと生唾を飲みこむ幸助。


「……では、お言葉に甘えて」


 アレストリアの手から指輪を受け取る。

 それはずっしりと重かった。


「国宝級じゃ。必ずやサラを射止めるのじゃぞ」

「ありがとうございます」


 幸助はカバンに入れていた手ぬぐいに包むと、指輪をそっとしまう。


「あともう一つ、お主に授けたいものがある」

「もう一つ僕に……?」

「この店の結界は、選ばれし者しか入れないと言っておったじゃろ」


 そう言いながらアレストリアは、カウンターの奥からゴソゴソと何かを取り出した。

 そしてそれを手にまた幸助の前へ戻ってきた。

 どうやら魔法書のようだ。


「なぜお主は入れた? なぜ他人まで呼び入れることができたと思う?」


 確かに結界は存在した。

 だがアレストリアは結界も完ぺきではないと言っていた。

 だから幸助自身は、自分が店に入れる理由は結界のバグのようなものが原因だと思っていたのだ。

 どうもその考えは違ってる雰囲気だ。


「それって……」

「そうじゃ。お主には類稀なる素質がある」


 アレストリアは手にした魔法書を幸助へ差し出す。

 それは棚に並んでいる物と比べると、より分厚く、古めかしく、荘厳なものだった。


「……」

「お主ならこの魔法書を授けるに十分じゃ。こんな時が来るとは思わなかった。長生きはするもんじゃの」

「でも……」

「気にするな。これも礼の一つ、いや魔法書を護る者としての責務じゃ」


 自分に魔法の素質がある。

 しかも、本物の魔法書を与えてもらえる。

 体が熱くなるのを感じる幸助。


「受け取るがよい」

「古代文字はどうやって読めば……」

「その必要はない。見てみろ」


 アレストリアから魔法書を受け取ると、ペラペラとページをめくる幸助。

 そこには何も書かれていなかった。白紙ばかりが続いていたのだ。


「究極の魔法書には文字などいらぬ。この能力、お主と大切な人を守るために使うがよい」


 その直後。

 アレストリアが聞いたことのない言語を唱えると、幸助の体はまばゆいばかりの閃光に包まれた。


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