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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第9章 魔法書店編
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5.巻き込まれる幸助

 数日後。

 アンナから招待された幸助は、領主の館へと向かう。

 もちろん、迎えの上質な馬車付きである。


 領主の執務室に通されると、そこには領主アルフレッドと令嬢のアンナが幸助を待っていた。


「領主様、アンナさん、お久しぶりです」

「久しぶりだね、コースケ」

「コースケさん、お元気そうで何よりです」


 二人と会うのは王都の屋敷以来である。

 アルフレッドの卓上には以前と変わらず多くの書類が積まれている。

 相変わらず忙しいようだ。

 挨拶を済ませ幸助は、二人の向かいに腰かける。


「本日ご足労頂いたのは、他でもないアレストリア様のことです」


 そう切り出したのはアンナだ。

 グレーの髪に清楚なドレス。

 気品漂うたたずまいは今日も変わらない。


「ケロちゃんがどうかしましたか?」

「け……ケロちゃんとは一体……」

「えっと、彼女の愛称のことです。ここ最近本名で呼んでなかったのでつい。それで、アレストリアちゃんがどうかしましたか?」


 それでも「ちゃん」付けて呼ぶ幸助に苦笑を浮かべるアンナ。


「コースケさんは、アレストリア様のことをご存知ないのですか?」

「魔法書店の店番をしてる子ですよね? たまたま店に行くまでは全然知りませんでした」

「そ……そうですか……。ならば仕方ありません。アレストリア様はですね、この世のすべての知識が詰まったといっても過言ではない魔法書の番人にして、国からは名誉貴族の称号も授けられているお方なのですよ」

「えっ!?」


 そういえば貴族しか持つことのできない姓を持っていたことを思い出す幸助。

 姓そのものは思い出せなかったが。


 それにしてもアンナがそこまで言うほどの人とはと、驚きを隠し切れない幸助。

 今までに聞いたアレストリアの話が急速に現実味を帯びてくる。


「では、彼女が店を開いてから二百年以上というのも本当のことですか?」

「ええ。まだ我が領地が小さな町だった百五十年前には、既にあの場所に住まわれていたと記録があります」


 アレストリアの言葉が真実ならば二百歳以上。

 客観的な情報でも、百五十歳以上ということになる。

 いずれにしても人間の寿命を超越している。


 しかも見た目は完全に小学生だ。

 ここは異世界。獣人もいた。

 何か特殊な種族なのかもしれない。

 幸助はそう納得することにする。


「そんな大切な人を独りぼっちにせず、国で保護するべきなのではないでしょうか? 国の財産でもあると思うんですが……」


 幸助のもっともな質問に、アルフレッドが口を開く。


「もちろん国でできることはしてるよ。でもここ最近はアレストリア様の動静が伝わってこず、心配していたんだ。結界で誰も店に入れないし、店の外でお見掛けすることも皆無だったからね」


(えっ!? 今、領主様も「様」ってつけて呼んでたぞ。いったいどのくらいのレベルの人なんだ……)


 完全に子ども扱いした言葉遣い。

 ことあるごとに頭をポンポンしていた。

 万引きした果物店では、頭を押して無理やりお辞儀をさせた。

 終いには「ケロちゃん」というあだ名をつけて呼んでいる。


 アレストリアは虚言癖などなく、本物の偉い人だった。

 今まで散々してきた不敬を思い出し青ざめる幸助。


「どうされました、コースケさん?」

「え……い、いや、何でもないです」


 今更しでかしたことを取り繕う訳にもいかない。

 それにアレストリアに嫌なそぶりはなかった。

 きっと問題ないはずと自分に言い聞かせる。


「それでですね、屋敷の者一同で心配していたところ、コースケさんと一緒にいらっしゃるという情報がもたらされたのです」

「そういうことでしたか」

「アレストリア様はどのようなご様子でしたか?」

「お腹を空かしていましたよ」


 偉いだの凄いだの話した後にギャップのある言葉だが、これは事実だ。

 万引きをしなければならないくらいに。


「やはりそうでしたか……」

「とおっしゃいますと?」

「本来であれば数ヶ月に一度、屋敷の使用人を通じて食料などの買い込みをされているのです。それがここ最近はまったく音沙汰無しで……」

「そうだったんですね……」


 それから、幸助は今までの経緯を説明する。

 たまたま店を見つけたこと。

 そこにはお腹を空かせたアレストリアがいたこと。

 アロルドの店でランチをご馳走したこと。

 魔法書が売れていないことがそもそもの原因だったこと。

 それを手伝うことになったことなどだ。

 本人の名誉のため、万引きをしたところだけは伏せてある。


「食品も買い込みましたから、しばらくは大丈夫だと思いますよ」

「そんなことまでしていただいたのですね……。コースケさんには感謝してもしきれないくらいです」


 アンナは幸助へ頭を下げる。

 困った商売人を見かけたら力になる。

 いや、困った商売人を見ると黙っていられなくなる。

 そんな幸助のポリシーが、よい形に働いた。


「あとは魔法書が売れるようになれば言うことなしなんですが……」

「それならお父さま。あの方にご連絡をしてみてはいかがでしょう?」

「そうだね。それがいいかも」


 顔を見合わすアンナとアルフレッド。

 話についていけず二人の顔を交互に見る幸助。


「あの方……とは?」

「王都のグランベル財務卿が、何としてでもご息女に魔法を習わせたいとおっしゃっていたんだ。財務卿にはご息女が一人しかいらっしゃらないから何としてでもってね」

「そうなんですね……」


 よく分からない貴族の名前が出てきた。

 しかも財務卿だ。

 日本なら財務省の大臣クラスの人だろうか。

 イマイチ感覚の分からない幸助。

 いずれにしても偉い人に変わりはない。


「アレストリア様にはいちど門前払いを食らったみたいなんだ」

「結界に阻まれたってことですか」

「そういうことになるね」

「でも何で僕とサラは結界を何事もなく通過できたんでしょう……」

「そこが解決できないと、私も財務卿へ声をかけることはできないなぁ」


 無言になる三人。

 だが、幸助はそれでも大きな進捗を感じている。

 魔法書が欲しい、そして買えるという見込客がいることが判明したのだから。

 その来店に至るまでの障壁――今回の場合は結界を何とかすれば購入という目標は達成できる。


「えっと、では実験をしてきます。どういう条件ならば結界を通過できるかってことを」

「それは、いつくらいまでにできるかな?」


 納期を決めることは仕事においても重要だ。

 だが無理にギリギリの日数を提示するのもよくない。

 幸助は余裕のある日数を答える。


「では、十日以内には必ず」

「承知した。楽しみに待ってるよ」


 うまくいったら私の株も上がるしね、とアルフレッドは続ける。

 温和なアルフレッドだが、やはりこの人も貴族なんだなと感じる幸助。


「そうそう、コースケ。別件で一つ頼み事があるんだけどいいかな?」

「はい。どんなことでしょう?」

「マドリー王国の市民権を受け取ってはくれないだろうか」

「市民権……ですか?」


 アルフレッドは国王から幸助をしっかり取り込むように言われている。

 まずは市民権を与えることで外堀を埋めようとしているのだ。


「もう生活の基盤も我が国、わが領地にあるではないか」

「はい。ここ二年はずっとこの地でお世話になっています」

「フレン王国に身よりはあるのか?」

「いえ……それは……」

「身寄りがないならばフレン王国の市民権など捨てても構わないだろう」

「それはそうですが……」


 アルフレッドの口ぶりからすると、二重国籍は認められないようだ。

 幸助が気になっているのはただ一つ。

 これを受け入れることが、幸助を召喚したフレン王国との関係性にどう響くかだ。


 市民権を得ることは大きなことだと知っている。

 アルフレッドは今後のことを見据えて、幸助に提案してくれてるに違いない。

 ここで断れば長期的に見て損失が大きいだろう。

 返事を先延ばしできる雰囲気でもない。


 一方、幸助のフレン王国への想いは悪化する一方だ。

 いつも商売の邪魔をしてくる。

 唯一、送還魔法の期待感だけでつながっているようなものだ。


 この先、極めて低そうだが日本へ帰れる可能性を取るか。

 それともこの世界での生きやすさを取るか。

 両方を天秤にかけ、幸助は大いに悩みこむ。


「市民権がこっちに変わってもフレン王国には今まで通りいくことができるし、どうかな?」


 この言葉が決め手となった。

 フレン王国に行くことができるならば、幸助を召喚した魔法研究者に会える可能性もあるだろう。

 それにここ二年、送還魔法を探す努力もしてこなかった。

 もしかしたら心のどこかで完全にあきらめていたのかもしれない。

 幸助は意を決し、口を開く。


「では……拝受させていただきます」

「よく決めてくれた、コースケ」

「コースケさん、ありがとうございます。これでますます一緒に仕事がしやすくなりますわ」


 それからしばらく雑談をする三人。

 時間になり、幸助が帰ろうとしたところ、アルフレッドに呼び止められる。


「コースケ。今後他の貴族から魔法書店のことを聞かれたら何も答えず、必ず私を通すように言うんだよ」

「それはどうしてですか?」

「魔法を身に付けられると困る貴族もいるからね」。アルフレッドは低い声でそう言った。



   ◇



 数日後。

 幸助とサラは再びアレストリアの店を訪れる。

 結界の実験をするためだ。


 ドアを開け店内に入ると、すぐ近くの棚の前にアレストリアがいた。

 今日も魔法書に魔力を注ぐ作業をしている。


「えっと、ケロちゃ……じゃなくて、あ、アレストリア様」

「何じゃ、その他人行儀な言いぐさは」


 眉間にしわを寄せるアレストリア。

 彼女がどのような人か分かった今、これまでと同じ対応などできない。

 それに、最初からアレストリアの言葉を信じていれば違う改善策も見いだせたはずだ。

 幸助は強い自責の念に駆られている。


「今までさんざん失礼なことを……」

「お主からそのような言葉遣いをされると違和感がある。今まで通りにするがよい」


 幸助の言葉にかぶせるようにアレストリアがそう言った。


「えっ!? で……では、そうさせていただきます……。ケロ……ちゃん」

「そうじゃ。それで良い」


 アレストリアの機嫌は一気に良くなった。

 幸助もようやく一息つくことができた。


「して、今日は何用じゃ?」

「サラと結界について調べに来ました。結界さえ何とかなれば買ってくれる人がいそうでしたので」


 アレストリアは首をかしげると幸助の後ろに視線を送る。

 しかしそこには誰もいない。

 閉じられたドアがあるだけだ。


「お主しかいないように見えるが?」

「えっ!?」


 振り返るがサラはいなかった。

 ついさっき、店の前までは一緒にいたにもかかわらず。


 サラは結界にやられてしまったのか。

 心臓の鼓動が高鳴る。


「サラ!」


 慌ててドアを開ける。

 そこにはサラが何事もなかったかのように立っていた。

 ホッと胸をなでおろす幸助。


「あ、コースケさん」

「さ、サラ……よかったぁ、無事で」

「コースケさん、私、入れなかったよ……」

「どういうこと?」

「何かね、ドアに見えない壁があるみたいなの。ほら」


 サラは幸助とアレストリアの見ている前で玄関をくぐろうとするが、ガラスの壁にぶつかっているように阻まれた。表情からすると痛くはないようだ。

 それでも必死に店内に入ろうとするサラ。パントマイムのようだ。


「これが、結界……?」

「そうじゃ。言い伝えによると結界はな、魔法を悪用することがなきよう祖先が工夫した結果生まれたのじゃ。魔法を悪用しようとするやつには天罰が下り、魔法を得るだけの能力がない者には壁となる。じゃが……」


 前回はサラの手を取って店内に入ったことを思い出した幸助。

 サラの手を取り引っ張ると、今度はすっと抵抗なくサラは店内に入ってきた。


「お主には関係なかったようじゃな」

「不思議ですね……」

「細かいことは気にするな。その結界も完ぺきではないということじゃ。お主も人を連れてくるときはしっかりと見極めるがよい」



   ◇



 アルフレッドへ実験の結果を報告した一ヵ月後。

 グランベル財務卿の令嬢がやって来る日程が確定したとの連絡が入った。

 しかし幸助の気分は日に日に重くなる一方だった。

 翌日は遂にグランベル財務卿の娘を魔法書店へ連れて行く日となった。


「はぁ……」


 夜の営業前の『アロルドのパスタ亭』で幸助は大きなため息をつく。

 テンションは最底辺まで落ちている。

 向かいに座っているサラが心配そうにしている。


「ねえコースケさんどうしたの?」

「もしかして僕、政治の道具になってるんじゃないかなぁって」


 アレストリアからは、連れてくる人を見極めろと言われた。

 だが、貴族から連れて行けと言われては幸助に選択の余地はない。

 実際、連れていくことが決定した。


 結界に阻まれたらどうしよう。

 そればかりが幸助の頭をよぎる。

 自分だけならまだしも、領主アルフレッドの顔に泥を塗る事態にもなりかねない。

 絶対に失敗は許されないのだ。

 今まさにこの町から逃げ出したい気分に襲われている。

 軽はずみで店を改善するなどと言ったことが悔やまれる。


「心配事の九割は実際に起きないってコースケさん大分前に言ってたでしょ。だから大丈夫だよ」

「そうなんだけど心配なものは心配だよ……」

「うーん、困ったなぁ」


 悩む幸助に自分がしてあげられることは何か考えるサラ。

 何か閃いたようで、パチンと手をたたく。


「そうだ! おいしいご飯作ってあげるから、一緒に食べよ!」


 お父さんに煮込み料理を教えてもらったんだ、とサラは続ける。


「うん、そうしよ。ありがとう、サラ」


 この状況下、サラは幸助にかかるプレッシャーを必死に和らげようと努力してくれている。

 幸助の中でサラの存在は日増しに大きくなる。


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