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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第9章 魔法書店編
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4.買いたい人はいるが……

 アレストリアを店へ送ると、幸助は再びアロルドの店へ帰ってきた。


「サラ、魔法書ってどういうものなの?」

「魔法を覚えるために使う道具……ってイメージかな」

「どんな人が使うの?」

「うーん。文字が読める家庭だったら、十歳になるまでには一度試すんじゃないかなぁ」


 私も試してもらったしね、とサラは続ける。

 サラの口ぶりからすると、幸助の想像よりも魔法書に触れたことがある人は多そうだ。


 魔法が使える人は重宝される。

 それなりに魔法が使えるようになれば、一家にとっては人生逆転も夢ではない。

 そう思えば金貨一枚など安い投資だ。


「ケロちゃんのところの魔法書は、どんなイメージがある?」

「ケロちゃんって何、その言い方?」苦笑しながらサラはそう言う。

「アレストリアちゃんのあだ名だよ。カエルのフードをかぶってたでしょ。カエルはケロケロ鳴くからケロちゃん」

自然界の覇者カエルの鳴き声知ってるんだ。コースケさんって一体……」

「そう? 故郷の田舎では毎年夏になると、それこそ大合唱だったけどなぁ」

「そっか。そうなんだ」


 カエルを見たことがないということが意外に感じる幸助。

 逆にここには人を襲う魔物がいる。

 改めてここは異世界なんだなと感じるのであった。


「あ、それでね。アレストリア様の店にある魔法書は凄いみたいだよ。でも、敷居が高くなりすぎて、お貴族様でもそうそう手が出せないみたい。噂だと相当包んでも門前払いって話だよ。だから今では魔法書の番人って言われてるんだ」

「そんなに敷居が高いんだ……」


 最低ラインの入門書で金貨百枚と言っていた。

 確かに敷居は極めて高い。

 番人という言葉が妙にしっくりくるなと感じる幸助。


「それにね、教えを請おうとしても、選ばれた人しか店に入れないって噂だよ」

「そうなの?」

「えっ……てことは、コースケさんは入れたの?」

「うん。普通に」


 平然と答える幸助の言葉に、サラは唖然とする。


「やっぱりコースケさんはすごいなぁ。いつの間にかアレストリア様に認められてるんだから」

「そうかなぁ。鍵もかかってなかったし、誰でも入れる感じだったけど」


 幸助自身は、認めてもらうも何もただ普通に店に入っただけである。

 選ばれたという感覚はない。


「でね、サラ。その魔法書なんだけど、値段を聞いたら入門書で金貨百枚なんだって」

「えっ、そんなにするんだ!?」

「すごい値段でしょ。それも全然読めない文字で、使うのも大変そうなんだ。しかもほら……」


 そう言うと幸助はカバンから魔法書を取り出す。

 昨日競合店から購入したものだ。


「これ。新しくできた市場には金貨一枚ちょっとで売ってたんだ」

「あっ、この本!」


 サラは幸助から魔法書を受け取ると、懐かしそうに眺める。


「どうしたの?」

「私もこれで魔法の練習したなぁ」


 ペラペラとページをめくると、右手の人差し指を立て集中し始めた。

 数秒後、指先にポッと小さな火が灯り、あっという間に霧散した。

 いつの日か見せてもらった、サラの精一杯の魔法だ。


「いいなぁ。ちょっとでもサラは魔法ができて」

「コースケさんは使ってみた?」

「うん。試したけどダメだった。やっぱり魔法使いは狭き門って実感したよ」


 これは、アレストリア曰く粗悪品で試した結果だ。

 何回か試せばサラくらいはできるようになるのかもしれない。

 だがこれ以上、この粗悪品で試そうとは思っていない。

 

 どうせなら頑張って金貨百枚を貯め、アレストリアから教えを請ったほうがよい。

 それはここ二日のやり取りで強く感じている。

 残念ながら、そこまでの金は持っていないが、男の夢を叶えるためならきっと貯金もできる……はずである。


「あ、それでね……」


 幸助はサラへ魔法書店の現状を説明する。

 自称ではあるが、もう十年もお客さんが来てないこと。

 今日の食べるものにも困っていたということ。

 魔法書についての知識はきわめて豊富なこと。

 ただし魔法書の品質については自分では分からないことだ。


「そんな状況だったんだ……」

「そういう訳でお店を何とかしてあげたいと思ったんだけどね……」

「どうしたの? コースケさん」

「実はケロちゃんからはお金がもらいにくくて。だからサラには手伝ってもらいたいんだけど、少ししかお小遣い渡せないんだ」

「それは仕方ないよ。私だってアレストリア様からお金をもらうことなんてできないし。いいよ! 私も興味あるから手伝いたいな!」

「ほんと!? ありがと、サラ」


 それぞれのお金がもらえない理由は違ったが、結論は一致した。

 その後、幸助は久しぶりにレッドボアのステーキを堪能し、宿へ帰る。

 宿では、たまたま酒場にいた冒険者ランディへも聞き取りを行うことができた。

 やはり人も商品も一級品だが、最上級クラスの人しか売ってもらえないイメージがあり、誰も行くことはないとのことであった。



   ◇



 翌日。

 幸助はサラを連れ、魔法書店にやって来た。

 薄暗い森に入り、ドアの前に着いたところでサラが怖気つく。


「ねぇコースケさん、本当にここ、入るの?」

「そうだよ。ここが店の入口だから」

「選ばれた人しかこの門をくぐることはできないって伝説だよ。しかも下手に無理して入ろうとすると魂を取られるって……」


 不安そうな表情で幸助へ視線を送るサラ。

 だが、幸助は初めからそんなことはないことを経験している。


「あはは。そんなのただの噂話でしょ。さ、行こっ」

「えっ!?」


 幸助はドアを開けるとサラの手を引っ張り、スタスタと魔法書店に入る。

 その後ろ。森の入り口には、そんな二人の様子を監視するように見ている女性の姿があった。




「入れちゃった」

「でしょ。何にもないって」


 キョロキョロと店内を見回すサラ。

 何事もなかったことで拍子抜けしている。

 幸助は店の奥へ進みつつ、アレストリアを呼ぶ。


「ケロちゃーん! 今日も来たよ」

「何じゃ、騒々しいな」


 今日も何やら魔法書を開いて作業をしていた。

 迷惑そうな言葉を発したが、その表情は嬉しそうだ。

 普段ずっと魔法書と向き合うだけの日々。

 それがここ最近、人と話すという刺激的な毎日が続いている。

 しかも、扱いがぞんざいだ。

 それも含めてアレストリアにとっては新鮮な体験だった。


「魔法書を売るための方法を考えに来たよ」

「そなたも来たのか」

「はい、アレストリア様。私はハンバーグだけでなく、コースケさんの手伝いもしてるんです。よろしくお願いいたします」


 そう言うとサラは頭を下げる。

 アレストリアは「うむ」とだけ言うと、幸助へ視線を送る。


「して、今日は持っておるのか? アレは」

「アレって何?」

「アレと言ったらアレじゃ。柔らかくて甘ーい菓子のことじゃ」

「あっ、キャラメルね。持ってきたよ」

「はよう出さぬか。次はいつ食べられるのかと心待ちにしておったのじゃぞ」

「はいはい。分かったよ」


 幸助はカバンからキャラメルを数個取り出すと、アレストリアに手渡す。

 それを幸せそうな、とろけそうな表情で食べるアレストリア。


 そんな様子をサラは複雑な表情で見ている。

 偉大なる魔法書の番人というイメージと、目の前の状況とのギャップが激しいためだ。


「ふぅ。落ち着いた。して、どうやって魔法書を売るんじゃ?」

「まず、商品についてなんだけど、やっぱり金貨百枚は高すぎだと思うんだ」

「んなことはない! 魔法書に魔力を注いでメンテナンスするだけでも骨が折れるというのに」

「さっき本を開いてやってたこと?」

「そうじゃ」

「それがこの棚全部の魔法書に必要なの?」

「そうじゃ」


 いつも来るたびに見かけた作業は、魔力を注入している作業だった。

 幸助はぐるっと棚を見回す。

 店内には数百、いや数千冊は魔法書があるかもしれない。

 確かにそれだけでも大変そうである。


「では、競合店みたいに初心者向けの魔法書を、現代語で編纂へんさんするっていうのはどうかな?」


 金貨一枚程度とはいかないにしても、ホルガーの武器屋のように初心者向けの商品を用意することで問題が解決できる可能性はある。

 幸助はその可能性を探る。


「そんなはしたない真似はできん。この世に文明ができし頃より紡がれし英知を冒涜ぼうとくすることになる」

「そ、そっか……」

「そなたが持っておったエセ魔法書。あれはフレン王国で編集されたものじゃ。あの国は何でもアリじゃ。元はといえば妾が指導してやったというのに」


 恩を仇で返しよって、とブツブツ文句を言うアレストリア。

 またもや出てきたフレン王国の名前。

 商売に関しては相当ガツガツしているお国柄だ。

 幸助の助けを必要としている商人たちの邪魔ばかりされている。

 フレン王国への心証がいっそう悪くなる幸助。

 文句の一つでも言おうとした時、突然、アレストリアの表情がピクリ動いた。


「どうしたの? ケロちゃん」

「……いや、何でもない」

「そう? 何でも気づいたことがあったら教えてね」


 気を取り直して次の質問をしよう。

 幸助がそう思った時、サラが恐るおそるアレストリアに提案する。


「では……ですね……。貴族様とか大商人みたいにお金を持ってそうなところに売りに行くというのはいかがですか?」

「妾がこの店を空けることはできぬ。誰がこの店を、この魔法書を守るのじゃ」


 魔法書はメンテナンスは欠かせないという話は先ほど聞いたばかりだ。

 確かに、アレストリア以外にできる人はいなさそうである。


「ではケロちゃんではなく、僕たちが魔法書を持って売りに行くっていうのはどうかな?」

「お主らでこの魔法書を読みこなし、指導することができるのか?」

「うーん、それは難しいなぁ……」

「そもそもこの店の中でなければ、ろくに指導もできぬ」


 魔法書を使ってもらうには指導も必要なようだ。

 幸助が買った店ではそんなこと何も言われなかった。

 確かに、古代語を読むところから始めなければならない。

 買うだけでなく使うハードルも高い商品だった。


「アレストリア様。それならば、魔法を覚えたいって人をここに連れて来るのはいかがでしょう?」

「この店の中まで連れて来られたならば、指導してやることはできる。外じゃダメだぞ。集中できぬから。それに指導は最低でも五日はかかるからな」

「でも……ここに入れるのは選ばれた人だけなんですよね?」

「そうじゃ」


 そう即答するアレストリア。

 結界があるならば、誰かを連れてきても無駄足になる可能性がある。


「結界ねぇ……。それを何とかすることはできないのかなぁ」

「先祖代々伝わっておるもので、妾にはどうしようもないんじゃ……」


 選ばれた人しか入れないということが引っかかる幸助。

 そもそも商売なのに何で自分の首を絞めることをしているのか。

 本当は結界など存在しないのではないか。

 不完全燃焼のまま、二人は店を後にする。




 時間は少し戻り、幸助とサラが店でミーティングをしていた頃。

 店の外では幸助達を監視していた女性がドアの前に来ていた。

 年の頃は三十歳そこそこで、薄汚れた白衣を着ている。

 ニーナとは違い、メガネはしていない。


「あんな坊主と小娘が入れるということは……。フッフッフ。どうやら結界の効果が切れたようだな。今度こそ秘伝の魔法書を奪ってやる。王国の筆頭魔法研究者という立場を取り返すにはこれしか……これしかないんだ」


 女性の目的は、魔法書を奪うことだった。

 ここ数ヶ月、チャンスを狙いずっと監視をしていたのだ。

 無人のタイミングを狙わず、行動を起こした。

 正常な判断はできなくなっているようだ。

 薄気味悪い笑みを浮かべながらドアノブに手をかけた瞬間。


 バアァァァァァン!!!


 まるで落雷のような音が響き、閃光がほとばしる。

 立ち込めた煙が散っていくと、そこには真っ黒になった女性が呆然と立ち尽くしていた。


「また失敗……。てことは、あの坊主と小娘は……本物の魔法使い!? まずい、返り討ちにあうぞ!!」


 ブルブルっと身震いすると、女性は大急ぎでその場から走り去った。




 幸助とサラは店から出ると、焦げたような匂いに気付く。

 だが、辺りを見回しても特に変わったことはない。

 気にせずその場を後にする。


「コースケさん、お店のことどう思う?」

「うーん。今回は別な意味で難しそうだよなぁ」

「だよねぇ。アレストリア様が特殊すぎるから、今までのことは通用しなさそうだもんね」


 サラは偉大な魔法書の番人と仕事をすることが特殊だと感じている。

 一方幸助は、扱う商品が高額すぎて販売そのものが難しいと感じている。

 いずれにしても問題解決が難しそうなことに変わりはない。


「サラ、そもそも魔法を使えるようになりたいって人はいっぱいいるんだよね」

「そうだよ。人生の大逆転も夢じゃないからね」

「それなのに門前払いしてるなんて勿体ないよなぁ」

「きっとアレストリア様のことだから、何か理由があるんじゃない?」

「そうかなぁ……」


 帰りの馬車で、どのように状況を改善すればよいのか検討する幸助とサラ。


 今までのマーケティング知識が全く通用しそうにない。

 金額的には不動産に近い商品だ。

 だが、教育という性格的には大学四年間の学費と仕送りに近い。

 当然ながら「大学」という商品を売ったことなど幸助にはない。


「いちど経営資源を整理してみようか」

「経営資源?」

「お店が持っている強みみたいなこと。たとえばアロルドさんの店の場合、人通りの多い通りに面した立地、アロルドさんの料理の腕、生クリームや良質なオリーブオイルを仕入れられることがそれに当たるかな。仮にその状態で経営に困っていたら、その経営資源を組み合わせることで今までとは違う新商品のヒントとか集客方法が生まれる可能性があるんだ」

「うーん……」


 他にも経営資源は、従業員や協力会社などの人的資源や資金力なども挙げられる。

 サラリーマン時代には、競合店では仕入れられない強みのある商品を積極的にアピールすることで、改善に成功したこともあった。

 だが、サラの様子はパッとしない。


「でも、結界があったら集客しても無意味だよ?」

「うっ……そこなんだよなぁ……」


 たとえ集客したとしても今度は結界が立ちはだかる。

 そもそも結界など存在しているのか。

 最低限幸助とサラは入ることができた。

 存在するとしたら何故魔道具店には自分の首を絞めるようなものを設置しているのか。


 結局、宿に帰るまでに解決策は浮かばなかった。




「コースケさんお帰りなさい。お手紙を預かっていますよ」

「ありがとうございます」


 宿に着くと、受付で鍵と合わせて一通の手紙を受け取る。

 封筒にはアヴィーラ家の封蝋が施されていた。

 領主アルフレッドかアンナからの手紙に違いない。


「何の用だろう」


 部屋に入ると幸助は早速封を開ける。

 封を開けると、差出にはアンナだった。

 ふわりと柑橘系のいい香りが漂う。


「お話したいことがあります。つきましてはいついつに……か。よし、ちょうどいいタイミングだ。ついでにケロちゃんのこと相談してみよっと」


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