3.超高額商品
「何を言っておるのじゃ?」
きょとんとした表情を浮かべるアレストリア。
幸助の言葉が理解できていないのかもしれない。
そう思い、幸助は自分のことを説明する。
「あのね、アレストリアちゃん。僕は経営コンサルタントなんだ。この魔法書店みたいにお客さんがいないお店にお客さんが来るようにするのが僕の仕事なの。本当はお金をもらってやる仕事なんだけど今回は要らないからさ。僕と一緒に食事には困らないくらいにお店を立て直してみない?」
「断る。余計なお世話じゃ」
即答するアレストリア。
「お客さんが来てくれないと……」
「そんなの待っておればいずれやって来るじゃろ」
「でも、今日売れないと明日のご飯に困るんでしょ?」
ここで言葉に詰まるアレストリア。
ずっと待ちに徹していた結果、現状がある。
今まで幸助が見てきたどの店よりも状況は悪い。
幸助はこの状況を見過ごすわけにはいかなかった。
「ね、僕にもお店を手伝わせてくれないかな?」
「…………」
「……」
「ならば、どうやって流行らせるのじゃ? 言うてみい」
「魔法が必要なのは冒険者でしょ? だから冒険者に売り込めばいいんじゃないかな?」
はぁ、と大きなため息をつくアレストリア。
どうやら期待外れのことを言ってしまったようだ。
「最近の冒険者はなっとらんと言ったじゃろ。奴ら、楽な方にばかり逃げおってからに。お主は偉大な賢者ダンダイルを知っておるか?」
全然聞いたことのない名前が出てきた。
幸助は首を横に振る。
「うちの魔法書でしっかりと基礎を学んだから歴史に名を遺したんじゃ。アイツもじゃ。宮廷魔法使いとして名を馳せた……」
「……」
名前を思い出せないようだ。
長い沈黙が続いたため、幸助は別な話題を振る。
「えっと、お客さんはどのくらい来てくれるのが理想か教えてもらっていいかな? 一週間に一回、それとも毎日かな?」
「そんな毎日来なくてもよいのじゃぞ」
「なら一ヵ月に一人くらい?」
「いや、一年に一人くらい買ってくれれば御の字じゃ」
とんでもなく長い期間がアレストリアの口から飛び出した。
それが嘘でないならば、相応の価格のはずだ。
「それって、相当値段が高いんじゃない……かな?」
「もちろんじゃ。入門書が金貨百枚からじゃからの」
金貨百枚から。
マンションのような価格設定に唖然とする幸助。
昨日幸助が買った競合店の実に百倍近くだ。
「えっと……それじゃあ、この前売れたのはいつ?」
「うむむ、よく覚えておらぬが十年位前じゃ。そやつは今ではどこかの貴族のお抱え魔法使いになっておるぞ」
そう言うと両手を腰に当て、エッヘンと胸を張る。
「ここにある魔法書を使えば誰でもできるようになるの?」
「誰でもと保証はできぬ。とはいえ素質がゼロの奴はゼロのままじゃが、今まで見たことはない。一のヤツは五十くらいにはできるし百を持ってるヤツは万にしてやることができる」
(へえ、すごいなぁ。でもこの来店頻度じゃ商売にはならないよな)
幸助がそう考えていたその時。
ぐるるー。
アレストリアの腹の虫が盛大に騒ぎ出した。
果物一つを盗むくらい追い込まれていた。
ここ数日はろくに食べていないに違いない。
幸助はそう心配する。
「アレストリアちゃん、お腹減ってるんだ」
「へ、減ってなどおらぬ……」
「まずは昨日の果物屋さんに謝りに行こ。そうしたらおいしいご飯を食べさせてあげるからさ」
「そんなみっともないことはせぬ!」
「どっちがみっともないのかなぁ。悪いことをする人。それとも悪いことをしたことをちゃんと謝れる人?」
「……」
「せっかくキャラメルを作った人のお店に連れてってあげようと思ったのに。お菓子だけじゃなくて料理もおいしいのになぁ」
「わ……分かった。仕方ない。お主の顔に免じて行ってやろう」
「アレストリアちゃんのためだからね」
アレストリアは不本意そうだが、いそいそと出かける支度をする。
壁にかかったカエルフードのポンチョを手に取ると、頭からずぼっとかぶる。
「この子がリンゴを一個勝手に持ってっちゃいまして。おいくらでした?」
モール内の果物屋へ行くと、幸助は小銭入れを取り出しつつ店主に事の顛末を伝える。
幸助は「ほらちゃんと頭を下げて」と言うとアレストリアの頭をおさえる。
「えっ!? 持ってってなんかないはずです。お気になさらず!!」
「いや、本人も認めてますし、ちゃんとお支払いしますよ」
それでもお金を受け取ることを拒否する店主。
この反応で、この世界には盗まれる方に隙があるのが悪いという空気もあることを思い出す幸助。
埒が明かなかったので適当に銅貨を置いて店を後にする。
そしてそのまま乗合馬車で『アロルドのパスタ亭』へ向かう。
食事だけならばモール内の食堂でもよかった。
だが、まだまだ謎の多いアレストリア。
アロルドの店に行きがてら、サラやアロルドに話を聞いてみようと考えたのだ。
「へぇ、へぇ。町はこんな風になっとったのじゃな!」
アレストリアは馬車の中から移り行く風景をを嬉しそうに見ている。
町の外れでずっと店番をしていたため、新鮮な経験のようだ。
その様子をほほえましく見ている幸助。
カエルフードも妙に似合っている。
何だかんだで子どもらしいとこもあるんだなぁと感じる。
「ねえ、アレストリアちゃん」
「何じゃ?」
「アレストリアちゃんのこと、ケロちゃんって呼んでもいい?」
「け……ケロちゃん? なんじゃその呼び方は」
「そのカエルフードが良く似合ってるからさ。可愛いあだ名でしょ」
「か、可愛いじゃと!?」
顔を赤らめ斜め下を向きながらつぶやく。
「ま……まあよい。お主のみ……特別じゃぞ」
「なら決定だね!」
程なくして、二人は『アロルドのパスタ亭』へ到着した。
昼の営業が終わる直前。
ちょうど最後の客と入れ違いで二人は店に入る。
「あ、コースケさん! ……と、えっ!?」
「サラ、ランチいいかな?」
「もちろん……だけど……」
「それなら、僕はワンプレートランチで、この子にはお子様ランチをよろしく」
注文を言うと幸助はお気に入りの席に腰かける。
アレストリアもキョロキョロ店内を見回した後、幸助の隣の席に腰かける。
一方、厨房へ注文を通しに行ったサラはアロルドとヒソヒソ話をする。
「ねえお父さん。もしかしてあの方って……」
「ああ。黒髪に緑の瞳。それに、宙を舞い、地を駆け、水をも制す自然界の覇者のフード。間違いなくアレストリア様だ。アイツ、何で一緒にいるんだ。それに何であんなに馴れ馴れしいんだ?」
「よく分からないけど、やっぱりすごいね。コースケさんって」
「おい、でもいいのか? お子様ランチを出しちまって」
「コースケさんのことだし何か意図があるんでしょ。そのまま出そうよ」
「だな。そうする」
客席でランチができるのを待つ幸助は、アレストリアに店のことを質問する。
「何でアヴィーラ伯爵領の、しかもあんな外れた場所に店を構えたの?」
「何でもへったくれもあるか。妾が先にこの土地に店を構えたのじゃ。その後、初代アヴィーラ家の当主が勝手に来て町を建てたのじゃ」
「そ、そうなんだ……」
盛大に話を盛られたと感じた幸助。
だが設定は大切にしてあげよう、そう心に決める。
「昔は繁盛してたの?」
「一年に一人は来てくれてたぞ」
来店頻度が一年に一人というのは極端に少ない。
それでも単価が高いのでやっていくことはできそうだ。
「それで、来てくれる人はみんな何かの魔法書を買ってくれたのかな?」
「いや、買ってくれたのは三人に一人くらいじゃ。そうそう金貨百枚も払えんじゃろ」
確かに金貨百枚を払える人は少ない。
せいぜい貴族か名を馳せた冒険者くらいだろう。
「でも、この町にランクの高い冒険者はいないよ」
「そんなもん昔からじゃ。だから世界中から妾の店に来てくれていたのじゃ」
「なるほど。本物の魔法書を求めてやって来てくれたってことだね」
「物分かりがいいのう。そういうことじゃ。それが、それがあんな粗末な魔法書ごときに……」
あんなの魔法書なんかじゃないと悪態をつくアレストリア。
だが、幸助としては品質はさておき商売としては、競合はうまくやっていると感じる。
そもそも古代語など読める人はいるのだろうか。
身につけられる可能性は低いとしても、間違いなく庶民は分かりやすく現代語で書かれた安いものに手を伸ばすであろう。
「でもそれが便利だからみんなそっちに行っちゃたんだよね」
「うむ。そう言われると反論できぬ……」
そうこうしているうちに、ランチが出来上がったようだ。
ホカホカと湯気を立てたプレートを二枚手にしたサラがやって来た。
「お……お待たせいたしました。お子様ランチでございます」
アレストリアの前に、トマトバジルパスタとクマさんハンバーグの載ったお子様ランチプレートが置かれる。
ハンバーグの上にはちゃんと旗が立っている。
その様子に目を輝かせるアレストリア。
「なんと、今時の肉には旗が立っておるのか。見た目にもいいのぉ。たまには外へ出てみるもんじゃのぅ」
「はい、じゃぁいただきましょう。いただきます」
両手を合わせる幸助。
アレストリアは幸助には目もくれずフォークを手に取ると、ハンバーグにパスタ、それぞれを交互につつく。
「うんまっ! こんなに美味い飯を食うのは久方ぶりじゃ。褒めてつかわす。コースケ」
「ははぁ、有難き幸せ」
何となく殿様ごっこのようで、そんな言葉に乗る幸助。
アレストリアもまんざらではない様子で「ようやく妾の威厳が通じたか」とご満悦の様子だ。
それから幸助は自分のランチを食べつつ、もきゅもきゅと頬張るその姿をほほえましく見守る。
「ほら、ちゃんとサラダも食べようね」
「生の野菜は苦手なのじゃぁ」
「バランスよく食べないと大きくなれないよ。おいしいドレッシングがかかってるから。食べてごらん」
ドレッシングはルティアのオリーブオイルを使った一級品だ。
幸助に窘められ、渋々サラダへフォークを伸ばす。
「……うむ。生野菜にしてはうまいのぅ」
「でしょ。いいオリーブオイルを使ってるからね」
それから程なくして、アレストリアはサラダも含めて完食した。
腹をさすりながら満足げな表情を浮かべている。
「ふぅ、満腹じゃ。こんなに食ったのはいつ振りじゃろうか」
「えらい。ちゃんと残さず食べたね」と言いながら頭をポンポンする幸助。
アレストリアだけでなく幸助も満腹だ。
王都では心労が絶えなかったため、食が細ったのかもしれない。
幸助は会計をするため、サラを手招きする。
「サラ、この子――ケロちゃんっていうんだけど、一人で魔法書店を営んでるって」
「えっ、ケロ……? アレストリア様……ですよね?」
「そうじゃ。妾が魔法書を護る者、アレストリアじゃ」
幸助はまったく知らなかったが、町の住人であるサラは知っていた。
そのことで、魔法書店は町ではある程度認知されているんだなと判断する。
「何だ。サラは知ってたんだ」
「も、もちろんだよ。すごい魔法書をいっぱい管理してらっしゃるんだからね」
「サラと申すのか。そなたのハンバーグとやら、絶品であったぞ」
「はっ。お褒めに預かり恐縮です」
恭しくアレストリアに頭を下げるサラ。
「ほれ見ろ。これが妾に対する普通の態度じゃぞ」
(やっぱりサラは優しいな。相手にちゃんと話を合わせてあげるなんて。それはそうと、サラは魔法書店のこと知ってたみたいだし、商品の質は値段相応に高そうだぞ)
そんな感想を抱きつつ、幸助はアレストリアを店へ送り返す。
途中、市場で当座の食品も買い込んだ。
この費用は魔法書が一冊売れたら返してもらうという約束だ。
◇
ここはアヴィーラ伯爵領の領主の館。
アンナに向かいピシッと黒服に身を包んだ執事が、今日の出来事を報告しているところだ。
「アンナ様。市井でアレストリア様が目撃されたそうです」
「まあ! それは朗報ですわ」
アレストリアは屋敷の使用人を通じて、年に数回食料などをまとめて買いこんでいた。
しかしここ数ヶ月、まったく姿を現さなかったのだ。
だからアンナを始め、屋敷の一同は心配をしていた。
当人の金が尽きたことなど知る由もないアンナは、安堵の表情を浮かべる。
「ですがアンナ様、気になる情報も一緒に入っております」
「とおっしゃいますと……」
「黒髪の青年もアレストリア様と一緒に行動していたそうです」
片手を口に当て驚くアンナ。
黒髪の人はこの世界では珍しい。
アンナですら知っているのは二人だけだ。
アレストリアともう一人……。
「コースケさんに違いありませんわ!」
「はい。私もそう推察いたします」
「なぜ魔法書の番人とも言われる偉大なお方とコースケさんが……」
「私にも察しかねますが、ご本人に伺うのが最も早いかと」
「そうですね。早速手紙を認めますわ」




