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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第8章 高級レストラン編
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5.顧客データベース

 翌日の昼過ぎ。

 レストランの個室でテーブルを挟み、幸助はカレンと向かい合っている。

 メニュー以外の対策について話し合うためだ。


「いいなぁ、セリカは。噂の店の味を直に味わえて。カルボナーラってやつ、コースケは食べたことあるんだよね?」

「もちろんです」


 食べたことがあるどころか、開発にも携わった幸助。

 材料探しに何件もの酪農家を周ったのは懐かしい思い出だ。


「どんな味なの?」

「チーズと卵の味がねっとりまったり絡まって濃厚で、黒コショウがアクセントになってるんです。病みつきになりますよ」

「濃厚な味かぁ……。どんな味だろう」


 そうつぶやくと両手で頬杖をつきながら遠い目をするカレン。

 次第に顔が緩んでいき、恍惚な表情へと変化していく。

 口元が緩み、よだれを垂らしそうになりそうになったところで幸助が突っ込みを入れる。


「あ、あの……」

「おっと、まだ見ぬ味を妄想してたよ。ごめんごめん」


 カレンは笑顔でよだれを拭く真似をする。

 その仕草が妙に動物っぽく感じられるのは、カレンの容姿の影響が大きいはずだ。


「セリカさんの修行、うまくいくといいですね」

「うん。今度こそうまくいくように祈ってるよ」

「そういえば、料理ができるのに何でセリカさんは厨房からホールへ異動したんですか?」


 カレンは厨房の仕事が少なくなったからウェイトレスにしたと言っていた。

 厨房の仕事が減ったのならば、ホールの仕事だって連動して減っているはずである。

 それにも拘わらずセリカはリストラ対象となっていない。何らかの理由があるはず。幸助はそう推察していた。


「セリカはね、ちっちゃな頃からウチの店に家族で食べに来てくれてたんだ。春の誕生日パーティーは必ず来てくれてね。で、いつの間にかこんなおいしい料理を作れる人になりたいって憧れてくれて、勤めてくれるようになったんだ。だから仕事が無いからってクビにはしにくくてね」


 ちょっとドジなとこがあるんだけど頑張ってくれてるし、とカレンは続ける。


「へえ、そんな経緯があったんですか。憧れがきっかけで勤めてもらえるなんて素敵な店だったんですね」

「はは。当時はね」

「またそんな店になれますよ。きっと!」

「だね!」


 話の区切りがついたところで、幸助は冷えたお茶を一口飲む。

 今日のミーティングの目的は雑談ではなく、商売繁盛のためだ。

 幸助は真剣な表情になると、話を切り出す。


「では、今日の本題ですが……」

「うんうん。今日は何をするの?」

「常連さんの大切さは前回お話しました」

「うん。覚えてるよ」

「では常連さんが増えるために、どんなことをすればよいと思いますか?」

「それはもうメニューを何とかするって取り組みをしてるでしょ」

「はい。ですが、メニューだけでは以前のような繁盛店になるのは難しいと思います」

「そうなのか? なら何だろ……」


 考え込むカレン。

 味が良いにも拘らず繁盛店になれる店とそうでない店がある。

 立地や宣伝は重要な要素だ。

 だが、それ以外にも重要なことがある。

 それさえあれば不利な立地や品ぞろえの悪さもカバーできる。

 それだけの力を秘めたことが。


 幸助は以前「味、空間、接客。これらが統一されてこそ、『次にまた来たい』と思ってもらえる店になる」と言った。

 高級感あふれる空間はそのままで良い。

 そして味に関しては既に動いている。

 だが、今の店には決定的に欠如していることがある。


「それは、接客です」

「接客?」

「はい。先代の接客力は凄かったとおっしゃってましたよね」

「あぁ……じいちゃんのねぇ……」


 静かになる室内。

 祖父からはもう見放されたと言っていたカレン。

 触れてほしくなかった話題のようだ。

 グラスの中の氷がカランと音を立てる。


 だが、ここを何とかせねば問題を解決することはできない。

 幸助はお茶を一口飲むと説明を続ける。


「カレンさんは、先代のように接客することはできないとおっしゃってました」

「ああ、そうだよ」

「真似ができなかったのは仕方ありません。ですが、その先代の接客が最大の強みだったのは間違いありません」

「そう、それは分かる。でも真似できないものは仕方ないんだ」


 だから料理で勝負してたんだ、とカレンは続ける。

 カレンの祖父はたぐい稀なる能力を持っていた。

 客の顔や名前、そして好き嫌いなどをほとんど覚えてしまうなど、普通の人のなせる業ではない。


「ですが、レストランとしてこれは強みですし、競合店の多い王都で競争に勝ち残るには絶対に必要なことです」

「それはそうだけど……。接客だってできることは工夫してるよ。ま、それも効果がなかったから今があるんだけどね。ははっ」


 乾いた笑いをするカレン。

 幸助の言っていることはすべて自覚していることである。

 だからこそ救いの手を求めたのだ。


「カレンさんのお店に来てくれるお客さんは、定期的に来てくれる人以外にも、年に一回だけという来店頻度のお客さんも多かったと思います。セリカさんのように」


 黙って頷くカレン。

 その様子を確認した幸助は話を続ける。


「その時に、『誕生日おめでとう』と従業員皆でお祝いしたとか、料理にちょっとした工夫を加えることをしてたんじゃないでしょうか?」

「よく知ってるね。そういえばそんなことしてたよ」

「誰だって特別扱いされたら嬉しいものです。その嬉しい体験が『また来たい』という強い動機になります。またその接客ができる店を目指してみませんか?」


 幸助の言うことは理解できるカレン。

 だが、その表情はパッとしない。


「でもさ、コースケ。それができなくなったから今があるんだよ。優秀な人は引く手数多だから雇うことなんてできないし、今更どうやって……」


 そう言うと俯くカレン。

 だが、幸助はその答えをちゃんと考えている。

 サラリーマン時代の経験を基に。


「カレンさん、安心してください。先代のように特殊な能力がなくても誰でも再現できる方法があるんです」

「そうなのか!?」


 パッと顔を上げ、大きく目を見開くカレン。

 カレンの動作はその一つひとつが大きい。


「それができるんだったらすごいことだよ! でも……どうやって?」


 カレンには祖父の真似はできなかった。

 他の従業員も同じだ。

 期待と不安の入り混じった眼差しで幸助からの言葉を待つ。


「それは、顧客データベースを作ることです」

「顧客データベース? 何だそりゃ?」


 幸助はサラリーマン時代に駆使したソフトウェアの名前を口にした。

 当然ながら、カレンが初めて耳にする言葉だ。


 顧客データベースとは、自分の店の顧客または将来顧客になるであろう人に関する情報を収集、整理し、いつでも引き出せるようにした情報の集まりのことだ。


 収集する情報は業態や経営方針によって異なる。

 いたずらに情報量が多くても役に立つ情報が無ければ何の意味もない。

 名簿をどう活かすか決まってない場合は宝の持ち腐れになる。

 サラリーマン時代に幸助が見てきた中でも、何となく他の店がポイントカードをやってるからやってみたという店もあった。


 それでもやっているだけマシかもしれない。

 そもそも名簿自体を作っていない店も多かった。

 無料の顧客データベースソフトが溢れている日本でもそのような状況だ。

 それは管理する手間がかかるからである。


 だが、顧客データベースは商売において大切なものだ。


 江戸時代では、店が火事になったら真っ先に大福帳を持って逃げるか井戸に投げ込んでいたそうだ。

 大福帳とは顧客名簿のこと。

 火事で店や商品が無くなっても、これさえあればまた立て直すことができるという江戸商人の知恵である。


 効果のある顧客データベースを構築するには、名簿をどう活用するか決めることが肝となる。それにより収集する項目が決まってくる。

 カレンの場合であれば、接客に活かすため名前、家族、記念日、食べ物の好き嫌いなどを収集する、ということになる。

 もちろん途中から状況に合わせて増やしたり減らしたりと、バージョンアップを続けることも必要だ。


「――そういう訳で、顧客データベースを作ればおじいさんがいなくても、店の接客レベルを底上げすることができるようになるんです」

「なるほどね。でもさ、名前と好みを記録するくらいなら知り合いの店でもやってるよ。だけど増えてくると探すのが大変で結局やめちゃったって言ってたよ」

「そこは名簿の整理方法に問題があったんだと思います」


 幸助は「見ててください」と言うと、カバンから一枚の紙を取り出す。

 紙には端に数字が書かれており、何本か罫線も引かれている。


「これは顧客シートです。この用紙一枚につき一人のお客さんについての情報を書きます」

「なるほど。ここに名前を書いてここに食事の好みなんかを書くってことだな。で、残りの欄には何を書くの?」

「あとは家族構成やよく一緒に来る友人などの名前。あと残りは来店履歴です。いつ来て何を食べてくれたってことです。それを棚に名前順に並べて整理します。そうすれば名簿の数が増えても、来店時にすぐに引き出すことができますよね」

「おぉ、確かに!」


 来店履歴や何を食べたかまで記載するのは大変な作業だ。

 紙だってそれなりの値段がする。

 だが、ここは高級店で客単価も高い。

 それくらいのコストをかけるだけの価値はあると幸助は判断した。


「それでここからがポイントなんですが、何度も来てくれると来店履歴の欄がいっぱいになっちゃいます」

「それはどうするの?」

「今度はこの紙を使うんです」


 そう言うと幸助は端に色が塗られた紙を取り出す。


「この紙を最初の紙に貼りつけてページを増やします。色が塗ってありますので、棚の中でも目立ちます。一目で大切なお客さんって分かりますよね」

「確かに! よくそんなこと思いつくなぁ」

「いろいろ苦労してきましたから……」


 幸助がサラリーマン時代に勤めていた会社にはシステム部門があった。

 どうやってクライアントのデータベースを構築するかという議題で侃々諤々かんかんがくがくとしたのは懐かしい思い出だ。


「ところでコースケ。何で数字がついてるんだ?」


 そう言いながらペラペラと紙をめくるカレン。

 その数字は連番になっており、重複するものはない。


「これは顧客番号です」

「顧客番号?」

「今までの話を整理すると、以前のカレンさんのお店は記念日を大切にする接客をしていたように感じました」

「そうだよ」

「もしこれからも記念日を大切にする……という方針になった場合に必要な工夫なんです」

「へぇ。それはどんな工夫なの?」


 ここまで幸助が説明しただけでも十分有効なデータベースとなり得る。

 だが、それだけだと受け身の接客になってしまう。

 名簿が見られるのは、その客が来店した時のみとなってしまうだろう。


 現状はその来店客が少ない状況。

 だから幸助はそれだけでなく、攻めの経営ができるようなデータベースを構築しようとしているのだ。


「一ヶ月ごとに箱を作ります。えっと、今は七月ですので、七月に誕生日や何らかの記念日を迎える人の名前と顧客番号をカードに書き、そのカードを日付順に並べて箱にしまっておきます。そうすれば、今月は誰が記念日を迎えるのか、すぐに調べることができますよね。事前に分かっていれば好みの食材を切らさない注意もできますし、訪問などで『今年も来てね』という営業活動もできます。顧客番号は同じ名前の別人を取り違えないようにするための工夫です」

「おー、すごいじゃないか! そんなアイディア全然思いつかなかったよ」


 今までできなくて避けていたことが急に現実味を帯びてきたことで興奮気味のカレン。


「では、顧客データベースを構築するという方針でいいですか?」

「もちろん! そうと決まったら早速準備しようよ!」


 それから幸助とカレンは数時間にわたり顧客データベースについて話し合う。

 どんな目的で名簿を集めるのか。

 そのためにはどんな情報を収集し、どのように接客に活かすのか……などだ。


 それもこれも初回の来店で「また来たい」と思ってもらわなければ意味がない。

 それ以前に初回の来店をしてもらわなければならない。

 セリカの修行の成果が待ち遠しい幸助であった。



   ◇



 ところ変わってここはアヴィーラ伯爵領。

 仕込み中の厨房にアロルドの怒声が響き渡る。


「何度言ったら分かるんだ。そうじゃない! こうだ!!」

「ひゃっ、ごめんなさい!」


 プルプルと子羊のように震えながらその場に立ち尽くすセリカ。

 客席からは女性二人が心配そうな面持ちでその様子を見守っている。


「サラちゃん。何だか厨房、大変そうね」

「うん……。三日前に修行が始まってからずっとこんな感じなんだ……」

「へぇ、大変そうね。でも何でまた」

「実はね――」


 それからサラは、王都での出来事を、ちょうどオリーブオイルの納品に来ていたルティアへ説明する。

 主にセリカが修行に来ることになった経緯だ。


「そっか。王都でも切り盛りが大変な店はやっぱりあるんだ」

「うん、人は多いけどお店も多いからね。だから何とかしようとしてるんだけど……」

「もしかして、アロルドさんと相性が良くないんじゃない?」

「ルティアさんもそう思う?」


 ここではぁとため息をつくサラ。

 修行を完遂してレシピをカレンのレストランへ持ち帰るという任務を背負っている。

 うまくいかなかったら自分の責任だ。

 幸助の足を引っ張ることだけはしたくない。

 焦ってはいるものの、アロルドとセリカとの相性で問題が発生するのは想定外だった。


「ま、こればかりは本人たち次第だから。サラちゃんは気楽に構えていればいいんじゃない?」

「うん……。そっか、そうだよね! ありがとう、ルティアさん!」


 これで心配事が無くなったわけではないが、心のスッキリしたサラは笑顔を浮かべる。


「ねえねえサラちゃん」

「なに、ルティアさん?」

「厨房も大変そうだけど、大丈夫? コースケを王都に置いといて」


 もしかしたらそのカレンって人といい感じになってるかもよ、とルティアは続ける。

 その瞬間、サラは大きく口を開け、その口を隠すように手を当てる。


「えっ!?」

「うふふ。冗談よ」


 ぷーっと頬を膨らますサラ。

 両手を腰に当てて怒ったぞアピールをする。


「ごめんごめん、久しぶりにサラちゃんの顔見たらお姉さん心配になっちゃって」

「もー。ルティアさんったらー」

「元気なさそうだったからさ。それじゃ、また来るね」

「はい! ありがと、ルティアさん!」


 ルティアを見送るとサラは再び視線を厨房へ向ける。

 様子は相変わらずのようだ。


 雲行きが怪しくなってきたセリカの修業。

 果たして笑顔で王都に帰ることはできるのだろうか。


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