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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第8章 高級レストラン編
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4.活躍する魔道具

「コースケさん、行ってきます!」

「頼んだよ、サラ。アロルドさんにもよろしく」

「うん!」


 カレンの店を訪れてから三日後。

 サラとセリカは魔道具店の荷馬車に便乗し、アヴィーラ伯爵領へ向かった。

 片道一週間の旅路は、これが一番安心だと幸助がアリシアへ手配したものだ。


 それからの幸助は、形の揃った紙を調達したり酒商との打ち合わせをしたりと、毎日を忙しく過ごしていた。


 日が傾くと幸助は日課となったカレンのレストランへ、夕食を食べに行く。

 いつものバーカウンターへ腰かけると、顔なじみとなったウェイトレスが幸助へ声をかける。


「コースケさん、本日もお疲れ様です。例のお飲み物、飲み頃となりましたがいかがでしょう?」

「えっ、もうできたんですか!? もちろんそれでお願いします!」

「かしこまりました。今日のメイン料理は、メニューにはない特別な料理もご提供できます。よろしければいかがですか? 料理長の特製です」


 味見しましたがおいしかったですよ、とウェイトレスは笑顔で続ける。

 おいしいという言葉は敏感に反応する。


「へぇ、どんな料理ですか?」

「フィオッポのクエンカ煮です」

「えっ?」

「フィオッポの肉をクエンカ風に煮たものです」

「…………」


 まったく聞いたことのない単語に固まる幸助。

 幸助に食べ物の好き嫌いはない。

 メニュー構成はちぐはぐだが、それぞれ単品で見るとそれなりの味のものが多かった。

 一瞬悩むが、好奇心が幸助の背中を押す。

 人生何事もチャレンジだ。


「では、それをください。どんな料理か楽しみです」

「かしこまりました」


 ウェイトレスが奥へオーダーを通しに行くと、幸助は広い店内を見渡す。

 まだ時間が早いため、幸助以外に来店客はいない。

 ここ数日間の来店客数は、一組から三組程度だ。

 日によりばらつきが大きい。


 毎日こうしてカレンの店に通っているのには二つの目的がある。

 来店客の動向を見ることが表向きの目的。

 従業員達とコミュニケーションを取り、カレンの口から聞くことのできない実態を調べるのが裏の目的だ。


 雑多なメニューの中でもおいしかった料理を褒めたり、気を使いながら雑談をすること数日間。

 メニューに載っていない料理を作ってもらえるくらいの関係になると、従業員たちの本音が少しずつ露わになってきた。


 目新しいことをどんどん取り入れコロコロと変わるカレンの方針。

 それに振り回される従業員たち。


 しかしどれだけ行動しても売上アップという成果にはつながらなかった。

 当然のごとく給料は下がり続ける。

 新しい取り組みはもはや従業員に取って面倒以外の何物でもなかったのだ。

 だから幸助の登場に「また余計な仕事が増えるのか」という空気が流れたそうだ。


 カレンの取り得は、判断の速さや行動の身軽さだ。

 アロルドの味を取り入れることも即決した。

 その時は、良いと思ったことはすぐに決められると好感を持った幸助だったが、それが悪い方向に働いてしまっていたことに気付く。


 だが、希望も見えてきた。

 先代の頃より勤めている現料理長から、何とかして店を立て直してほしいと懇願されたのだ。

 カレンは料理人は当てにならないと言っていたが、店のことを真剣に考えている従業員もいたことに幸助は安堵した。


 もちろんモチベーションの下がりきった従業員もいる。

 自分たちの仕事がオーナーからも客からも評価されないのだから仕方ない。

 こればかりは今後の改善活動を経て、成功体験を積んでもらうしかない。


 我が道を行くカレンにモチベーションの下がった従業員たち。

 メニュー以外の問題も山積みだ。

 どうしたら良いものかと幸助が悩んでいると、目の前にそっとグラスが置かれる。


「お待たせいたしました。アイスエールです」


 思考の世界から帰ってきた幸助は、目の前に置かれたグラスへ視線を落とす。

 うっすらと汗をかいた、透明ですらっとしたお洒落なグラス。

 少し濁った黄金色の液体に蓋をするように乗っている、きめ細かな泡。

 泡とオレンジの液体の比率は七対三。黄金比率になっている。

 どこからどう見ても生ビールだ。


「これ、本当に楽しみにしてたんです! 入れ方も完璧ですね」

「ほんとですか? ありがとうございます!」


 嬉しそうな顔を浮かべるウェイトレス。

 幸助から「完璧」と評価されたのが嬉しかったようだ。

 といっても幸助がチェックしたのは泡と液体の比率だけなのだが、小さなことでも認めることは大切だ。


「では……いただきます」


 待ちに待った瞬間がとうとうやって来た。

 幸助はしっかりと冷えているグラスを手に取ると、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲みたい気持ちを抑え、店の雰囲気に合わせゆっくりと飲む。

 炭酸を含んだ程よく苦く冷たいエールが、幸助の喉を刺激する。


「うん。やっぱり夏は冷えたエールに限る!」


 記憶の片隅に薄らと残っている生ビールの記憶がよみがえる幸助。

 炭酸は弱いが、それでも今までこの世界で飲んでいた生ぬるいエールとはけた違いの喉ごしだ。それに香りの豊かさはこちらの方が上回っている。

 久しぶりの体験に幸助は目尻を下げる。


「事前に味見させて頂きましたが、冷やしたエールがこれほどおいしいものとは思いもしませんでした」


 そう笑顔で答えるウェイトレス。

 真夏の冷えたエールは異世界人も虜にしたようだ。


 幸助がここで冷えたエールが飲めるようになったのには、ちょっとした経緯がある。

 今回の改善で幸助が最初に手掛けたのは、魔道冷却庫の導入だ。

 理由は経費削減のためである。


 店では波のある来客数に対応できるよう、常にある程度の在庫を持っていた。

 メニューの範囲も幅広い。そのため、在庫の種類も多岐に渡る。

 しかし季節は夏。

 すぐに食材が傷んでしまうのが大きな問題だった。

 肉などは一日で腐臭を発するものもある有様だ。

 もちろんそうなったら客に出すこともできず廃棄となる。


 だからこの廃棄によるロスは極力減らしたかった。

 赤字垂れ流しの場合、まずはそれを最小限にすることが原則だ。

 かといって在庫量を減らしてしまえば、メインの肉料理すら客に出せなくなる可能性もある。

 そうなればさらに業績が下がってしまうのは目に見えている。

 そこで幸助は手始めに、王都へ入ってきたばかりの魔道冷却庫を導入することにしたのだ。


 あくまでもキンキンに冷えたエールは副産物である。

 たまたま実験に協力してくれる酒商に出会っただけだ。

 そのために生産数の少ない冷却庫を無理して回してもらったり、泡を閉じ込めるための瓶を探すために奔走なんてしていない。

 経費削減の過程で生まれた副産物だ。




 幸助がチーズをつまみにちびちびとエールを飲んでいると、先ほどのウェイトレスの代わりにカレンがやって来た。

 右手をカウンターにつくと軽く吊り上がった目を幸助へ向け、小声で話しかける。


「悪いねぇ、コースケ。高い魔道具まで世話になっちゃって……。本当に壺はいらないの?」

「え……えっとですね、これも改善途中の経費ですから儲かったときにちゃんとお代は頂きますので」


 今回も幸助は成果報酬で仕事を請けている。

 カレンの中では現金扱いとなっている骨董品をこうやって何度も勧められるのだが、その度に断ることを繰り返している。


「必要になったらいつでも言ってね」

「は……はい。でも、できるだけ減らさないようにやっていきましょうね」

「分かってるって。冗談だよ」


 そう言うとあははと笑うカレン。

 絶対に冗談などではないだろうと感じる幸助。


「おかげで他にはないドリンクメニューもできたしね」

「ですね。冷えたエールはもう僕の必須ドリンクになりますよ」

「ねえ……ちょっとだけいい?」

「何をですか?」

「何をって……アイスエールだよ」


 一口だけちょうだい、と続けるとカレンは両手を顔の前で合わせる。

 だが今は勤務中。

 アルコールは飲めない。

 勤務が終わるまでの我慢だ。


「カレンさん、今はまずいんじゃないですか?」

「やっぱり?」


 幸助の前に置かれたグラスを羨ましそうに眺めるカレン。

 理性と本能との戦いはかろうじて理性が勝ったようで、グラスから視線を外す。


「本当にカレンさんは好きなんですね」

「もちろん! 飲むことと食べることが好きだからこの商売、続けてこれたってのもあるくらいだしね。あたしからそれを取ったら何も残らないよ」

「あはは、カレンさんらしい言葉です」


 ここ数日のやり取りで分かったカレンの性格。

 それは食への執着心が幸助以上に強かったことだ。

 それが国中の料理を探す原動力にもなっていた。

 しかし、従業員を振り回す原因にもつながっていたりもする……。


「アイスエール、そのうちウチの名物になったりしてね」

「最初は名物になって客寄せの効果も出るかもしれませんね。でも真似るのも簡単だからあまり期待しない方がいいですよ」

「ふうん、そんなものかなぁ……」


 その時、カレンは何かに気付いたようで幸助の向こうへ視線をずらす。

 視線の先は店のエントランスだ。


「あっ、お客さんだ!」


 幸助も振り返って見ると、三人の男女が店に入ってきたところだった。

 本日初めての来店だ。

 カレンは「ちょっとゴメンね」と言い残すと、接客へ向かう。

 幸助は視線を前に戻しつつも、カレンの接客に耳を傾ける。


「ご来店ありがとうございます」

「珍しい食べ物が食べられると聞いてきたんだけど、この店でいいのかな?」

「はい。そうでございます。どうぞこちらへ」


 接客慣れしていない人の如く、言動がぎこちないカレン。

 ここ数日の観察で、幸助はここにも問題があると感じている。

 関われば関わるほど、頭の痛くなる幸助であった。



   ◇



 同じ日、アヴィーラ伯爵領にて。


 黒い外壁に小さな窓が四つ並んだお洒落な建物の前に、一台の馬車が停まった。

 降りてきたのは、王都から帰ってきたサラと修行に来たセリカだ。


「ここだよ、お父さんの店。何だかちょっとだけ懐かしいなぁ」


 夜の営業が始まるにはまだ時間がある。

 営業を示す店名のプレートは裏返っている。


 重厚なオークでできたドアを開けるサラ。

 ギィという音と共に店内に光が差し込む。


「ただいま!」

「サラ? サラか!」


 サラの元気な声が店内に響くと、猛烈な勢いで厨房からアロルドがかけ出してきた。

 サラが王都へ出発したのは春。季節が一つ移り今は夏だ。

 久しぶりの帰宅に大きく目を開けたアロルドの鼻息は荒い。


「ただいま、お父さん!」

「遅かったじゃないか! 何してたんだ」

「うん。いろいろお仕事が重なっちゃってね」


 いろいろな仕事とは、もちろんアリシアの魔道具店とカレンのレストランのことだ。

 魔道具店では偽魔石による事故で滞在期間が延びた。

 それが落ち着いた時にカレンと出会い、目的の観光をほとんどすることなく帰ってきたのだ。


「悪い奴に捕まってなかっただろうな?」

「そんなことないよ。ずっとコースケさんと一緒だったし」

「そ……そうか」


 サラはすれ違った数日を除き、幸助とずっと一緒にいた。

 それは安心できることでもあるが、まだ心のどこかで納得できていないアロルドは複雑な表情をする。


「で、コースケはいないのか? それに隣にいるのは誰だ?」

「もう、順番に説明するからまずは落ち着こう、お父さん」

「お……おう」


 愛娘にたしなめられ三人は客席の一つへ座る。


「まずね、コースケさんはまだ王都にいるよ」

「なんだ、あっちで仕事でも請けてるのか?」

「そんなとこ。でね、そのお仕事とも関係するんだけど、こちらの方が今日からお父さんの下で修業する料理人さん」

「は? 修行?」

「初めまして。セリカと申します」


 アロルドと向かい合っているセリカはその場で頭を下げる。

 状況が呑み込めていないアロルド。

 サラとセリカの顔を交互に見る。


「修行? 何の話だ?」

「王都でいろいろあってね」

「何があったんだ?」

「はいこれ。コースケさんからの手紙。詳しいことが書いてあるよ」


 アロルドはサラから封筒を受け取ると乱雑に封を開け、読み始める。


「『前略アロルド様』? 何だこの変てこな書き出しは」


 どうやら日本流の手紙の書き方は通用しなかったようだ。

 手紙にはカレンの店を手伝うようになった経緯などが綴られている。

 しかし、その手紙を読み進めるにつれ、アロルドの手がプルプルと震えてくる。


「人の修業だけじゃなくメニューも考えろだと。何だアイツ、完全に丸投げじゃないか! しまいには報酬は儲かった時払いでよろしくだと?」

「ほらほらお父さん。最後まで読んで」

「なんだ『アロルドさんの味は世界一ですから、僕も早く食べたいなぁ。王都で待ってます』か……。調子のいい奴だな」


 小さくため息をつき左右に首を振るアロルド。

 手紙の中でも幸助の無茶振りは健在だった。


「ま、連れてきちまったもんは仕方ない。面倒見てやるよ」

「ありがとう! お父さん!」

「よ、よろしくお願いいたしますっ」


 そう言いながら頭を下げるセリカ。

 これで無事に弟子入りは決定だ。

 サラはホッと胸をなでおろす。


「腹減ってるだろう。パスタ作ってやるからテーブルで待っとけ」

「お父さんの料理、すっごくおいしいから楽しみにしててね」

「はい。楽しみですっ」


 こうして王都とアヴィーラ伯爵領それぞれの地で動き出した改善への道。

 だが、猶予はそれほど残されていない。

 幸助たちと取り決めたリニューアルオープンまであと二ヶ月だ。


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