3.繁盛店になるために
幸助の宣言を聞きパッと笑顔が咲くサラ。
対してカレンは、きょとんとした表情を浮かべている。
幸助は貴族からの依頼もこなしていると聞いていたカレン。
忙しいに決まっている。だから請けてもらえる確率はゼロに近いと思っていたのだ。
実際の幸助は、魔道具店の案件も落ち着き暇人になる寸前だったのだが。
「い……いいのか?」
「もちろんです、カレンさん」
「お客さん、一人も来ない日もあるんだよ。それでも手遅れ……ではないってこと?」
相当なテコ入れが必要だと幸助は感じている。
だが、経営者に改善したいという意思がある以上、何らかの手段があるはずだ。
「今、カレンさんが置かれている状況は厳しいものです」
「うん……」
「ですが、カレンさんの想いはよく分かりました。僕もその想いと今までの努力を無駄にしたくありません。無駄な努力なんて絶対にないんです。今までの努力はきっとこれからの役に立ちます。だから、一緒に頑張りましょう!」
無駄な努力などない。
結果がどうであれ、全ての経験は次に活かせるものだ。
本人が諦めさえしなければ。
幸助はそう信じている。
幸助自身、子どもの頃の家業の手伝い、学生時代のアルバイト、そして徹夜続きのサラリーマン時代。これらがあったからこそ今の仕事ができているのだ。
「あ……ありがとう…………」
カレンはホッとした表情を浮かべる。
自分の気持ちを理解してくれる人が誰もいない環境で、突き進んできた五年。
もうダメかもしれないと諦めかけた時、初めて自分の気持ちに共感してくれる人に出会えた。
暖かいものが心の中に満たされていくのを感じるカレン。
小さな声でポロッと言葉を漏らす。
「何だか嬉しいなぁ」
「どうしました?」
「あ、いや。何でもない。ただの独り言だよ」
「そうですか。では、早速ですが具体的な話に――」
「あっ、ごめん。ちょっと待ってて」
幸助の言葉を遮ると、もう開店の時間だからと言葉を残しカレンは個室から外へ出て行った。
ドアが閉まると、サラは幸助へ笑顔を向ける。
「やっぱりコースケさんはこうでなくちゃ」
「ありがとう、サラ。やっぱり僕、ちょっとおかしかったのかも」
「うーん。何で今日のコースケさんはいつもと違うんだろう」
「そろそろアロルドさんの味が恋しくなったな……って」
「嘘っぽいなぁ。何か隠し事をしてるんじゃない?」
そう言うとサラは真実を見抜くべく、キリッとしたその碧い瞳で幸助を捉える。
「隠し事って?」
「えっとねぇ、実は……」
「実は?」
「フレン王国から追われる身だったりして」
声を低くし、そう言うサラ。
フレン王国という言葉で一瞬ヒヤッとした幸助だが、サラの予想が外れたことでホッとする。
「あはは、それはないよ」
「そっか。そうだよね、よかった。なら、おいしいお菓子を隠してるとか?」
そう言うと今度は悪戯っぽい表情をする。
その姿にドキッとする幸助。
サラはこの秋で十六歳になる。
顔も仕草も出会った頃と比べ、大人っぽさを増してきた。
「し、してないよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
昼間と似たようなやり取りを交わす二人。
じーっと幸助の目を見つつ「ほんとに?」と繰り返しながら顔を近づけるサラ。
堪らず幸助が視線を逸らそうとした時、お茶を手にしたカレンが戻ってきた。
「お待たせっ……て、あれ。お邪魔だったかな?」
「いえいえ、全然!」
サラは慌てて幸助から離れると、高速でブンブンと手を振り全力で否定する。
その顔は真っ赤だ。
「え、えっと……お店の営業は大丈夫でしたか?」
「忙しくなったら声をかけてもらうようにしたから大丈夫だよ」
「そうですか。では早速始めましょう」
カレンの店はレストランだ。
レストランに限らずではあるが、繁盛店になるには商品力が高いことが大前提である。
しかし残念なことに、幸助が見聞きした範囲では商品力は高いと感じられなかった。
まずはそれを解決しなければならない。
サラがパタパタと手で顔を仰いでいるのを横目に、カレンが座るのを待つと幸助は始める。
「まずメニューについて確認させてください」
「うん、いいよ」
「メニューを工夫してるという話は伺いました。それで質問なんですが、新しいメニューは何を基準に決めてきましたか?」
「今は国中の美味いものを揃えるって決めてやってるんだ。ちなみに三ヵ月前にはパスタを二十種類揃えて、その前は色んな魔物の肉を取り揃えてもみたよ」
そう即答するカレン。
この言葉で幸助はメニューのちぐはぐさの原因を把握する。
品揃えの軸はあったものの、その軸がずれていた。
そしてその軸はコロコロ変わってもいた。
「カレンさんの店は高級レストランですよね」
「うん、そうだよ」
「それなのに、屋台でも食べられるような串焼きもメニューに入ってました」
「いや、そうでもないんだ。あれはブルゴ地方独特の味付けがされてて、王都で食べられるのはウチだけなんだ。かなり美味いよ」
自信を持ってカレンはそう答えた。
やはり努力はしているものの、その方向がずれているように感じる幸助。
「確かにおいしいのかもしれません。ですが、店の格式にはふさわしくないような気がします。他にも屋台でも売ってそうな料理もありましたし」
「そうかもしれないが、今までのメニューが受け入れられなくなったからね。あれこれ工夫してる最中なんだ。これでも多少は今までと違うお客さんも来てくれるようになったし」
「その工夫の結果、今があるってことですね」
「うっ、ま、それは違いないが……」
幸助のストレートな言葉に、尻尾の力が抜けるカレン。
背中でピンとしていた尻尾が、だらんと床へ垂れる。
「ではカレンさん。今、常連のお客さんはどのくらいいますか?」
「あまり把握してないが……」
そう言うと客の顔を思い出しつつ指を折り始めるカレン。
両手の指がすべて折れる前に、その動きが止まってしまった。
想像以上に厳しい数字を自分で確認し、苦笑しながらカレンは続ける。
「常連って言えるお客さんは……かなり減っちゃったみたいだよ」
「では今来てくれるお客さんの多くが、初めて来店するお客さんってことですか?」
「そうなるのかな。ま、その人数もお察しの通りだけどね」
カレンの店にはリピーターがごく少数しかおらず、新規顧客で何とか回している状況だった。
何度も繰り返し来店してくれる顧客であるリピーターの存在は大切だ。
リピーターが増えなければ、常に新規客を追い続けなければならなくなる。
それではいずれ経営は行き詰まる。
なぜなら、新規顧客を獲得するには既存客に再来店してもらうよりも多くのコストがかかるからだ。七倍のコストがかかると言う専門家もいる。
もっともこれはメールやDMを打つことができる日本での話なので、ここ異世界でそのまま通用する話ではない。
だが、新規客獲得のコストが高いことに変わりはない。
たとえばチラシを撒くなりして客が来店してくれたとする。
チラシに一万円をかけて来店が一組だった場合、一回の食事でそのコストは回収できないだろう。
その客が次に来店してくれなければチラシは赤字だ。
その反面、「おいしかったからまた来たよ」と言って来てくれたならば、その客の集客にかかったコストはゼロといえる。
だからこそ、リピーターが増えるための工夫をしなければならない。
そのために、まずは店の方向性をしっかりと決めなければならないと判断した幸助。
リピーターの重要性をカレンへ説明すると、問題の本質へ切り込む。
「カレンさん、常連さんの存在が大切ってこと、分かっていただけました?」
「うん。痛いほど理解できたよ」
「それでカレンさんがこれだけの工夫をしてるにも拘らず、常連さんが増えないのは何でだと思います?」
「はは。それが分かってたらこんな状況になってないよ」
そう即答するカレン。
普段の幸助であればここから少しずつ質問をして、相手から正解の言葉を引き出す。
だがカレンはあれこれ挑戦をして工夫を凝らしてその果てに、どうしよもなくなり幸助を頼っている状況だ。
だからそれも酷だと判断し、そのまま答えを説明する。
「それはですね」
「それは……?」
「メニューと空間の一貫性がないからです」
「一貫性?」
きょとんとした表情でそう答えたカレン。
サラもピンときていないようだ。ハテナマークを浮かべている。
「はい。この空間が居心地のいい人とそうでない人がいるんです。串焼きをよく食べて、酒場の喧騒が好きな人にとっては、この空間は居心地があまり良くないんです。逆に普段から高品質なものに触れている人にとっては、居心地の良い空間のはずです」
そう言うと幸助は室内を見渡す。
壁に掲げられた絵画に、高そうな骨董品の数々。
なんでも鑑○団に部屋ごと鑑定してもらったらどれだけの金額になるのだろうと、余計なことを考える。
「それを踏まえて、どうしたらいいと思いますか?」
「うーん、どちらかというと酒場向けのメニューを増やしてるからな……。店を酒場っぽく改装するか」
「それはそれで多少は効果があるかもしれませんね。ですが、お店の改装にはお金がかかります。それにこの店の立地は富裕な方が多く住んでる地域です」
「なら、やっぱりメニューを考え直すしかないってことか……」
そう言うとカレンは小さなため息をつく。
無理もない。メニューについては今までさんざん工夫してきた。それにも拘わらず、結果が出なかったのだから。
「その通りです。味、空間、接客。これらが統一されてこそ、『次にまた来たい』と思ってもらえる店になるんです」
空間を構成する要素には、内装以外にも照明の明るさや香り、BGMなども含まれる。
BGMに関しては選曲だけでなく音量も大切な要素となる、奥の深い世界だ。
「なるほど、そういうことなのか……。専門家から言われるとそんな気がしてきたよ。でも、メニューなんてできそうなことはやり尽くしたよ。今いる料理人は当てにならないし、もうアイディアも湧かないし……」
「そこなんですよね、問題は……」
そう言うとうーんと唸りながら腕を組む幸助。
「どうしたの、コースケさん?」
「僕には高級店のメニューなんて考えられないからどうしようかなって思ってさ」
「それならお父さんに相談してみたらどうかな?」
「アロルドさんに?」
アロルドの店は市民街にある。
価格はやや高めのものもあるが高級店ではない。
それが最適な策なのか幸助は一瞬悩む。
だが、貴族の子女が来店するようにもなったアロルドの店ならば、高級レストランにふさわしい味は既に出せているのかもしれない。
それに修行中、ローマリアン帝国では宮廷料理人にならないかと誘いを受けたと聞いたこともある。
アロルドなら何とかしてくれるかもしれない。
幸助はそう思い直す。
「うん。それがいいかもね。カレンさん、アヴィーラ伯爵領に『アロルドのパスタ亭』ってパスタレストランがあるんです」
「あっ、それ聞いたことあるよ! カルボナーラって変わったパスタがある店だよね?」
アロルドの店の名は王都まで伝わっていたようだ。
思いがけずもたらされた事実にサラの顔がパッと明るくなる。
「知ってるんですね。その店、私のお父さんの店なんです!」
「へえ、すごいじゃないか! レストラン関係者の間ではおいしい店って有名だよ。名前を聞いたのはつい最近だから、まだあたしは食べに行けてないんだけどね」
「その店主アロルドさんのところへ、厨房の方を修行に出すことは可能ですか? 貴族の令嬢さんもお忍びで食べに来てるくらいの味なんですよ。きっと王都でも通用するはずです」
アロルドが受け入れると言ってくれなければ成り立たない話ではある。
だがきっとアロルドなら受け入れてくれるだろうという根拠のない自信を持つ幸助。
「その提案は嬉しいが、残念なことに厨房にはもう二人しかいなんだ。だから一人でも抜けるのはキツイかな。こんなんでもたまには忙しくなることもあるからね」
「そうですか……」
さすがにアロルドに店を空けてもらってまで王都へ来てもらうことはできない。
いい手はないものかと幸助が考えていると、何かに気付いたようでカレンが口を開く。
「あ、でも待ってよ。店に来た時にコースケが声をかけた女の子いたでしょ。もともと厨房にいたけど今はウェイトレスをしてもらってるんだ。調理の仕事が減ったけど首を切るのが忍びなくってね。その子、セリカって言うんだけどちょっと聞いてみるよ」
そう言うとカレンは待っててねと言い残し部屋を出る。
隣町とはいえ片道一週間の場所だ。
修業も含めれば相当な期間王都を離れなければならない。
本人の承諾を得るのは大変だろう。幸助がそう思っていたところ、一分と経たずしてカレンが戻ってきた。
「行くの、大丈夫だって!」
「えっ、そうなんですか!? 即決ですね」
「店のためになるならって言ってくれたよ」
「そうと決まれば早速今後の予定を決めちゃいましょう。カレンさん、何ヶ月以内に黒字化を達成したいという目標はありますか?」
幸助の質問は、言い換えれば廃業まであと何カ月の猶予があるかということだ。
この回答次第で幸助達の行動は大きく変わる。
「実はね、今すぐにでも黒字化しないとまずい状況なんだ。先代がため込んだこの調度品や骨董品の数々が無かったら、もう店は畳んでたところだよ」
「えっ!? そこまでの状況だったんですか……」
カレンの店は想像よりも逼迫している状況だった。
調度品だって数に限りがある。
それに何より、コツコツと増やしていっただろう祖父が悲しむはずだ。
メニュー以外にもやるべきことはたくさんある。
一刻も早く動かねばと危機感を感じた幸助は、サラへ提案をする。
「サラ。今回は二手に分かれよう。サラとセリカさんだけでアロルドさんのところに行ってもらえないかな?」
「えっ、コースケさんは一緒に帰らないの?」
「最初はそう思ってたんだけど、状況も逼迫してるしメニュー以外のことでも取り組まないといけないことがあるんだ。サラなら状況を伝えることもできるしアロルドさんの説得もできるでしょ。だから任せてもいいかな?」
本当は幸助と一緒にアヴィーラ伯爵領へ帰りたかったサラ。
だが、我儘ばかりも言ってられない。
それに何より幸助の足手まといにはなりたくない。
だから笑顔で幸助の言葉に応える。
「そっか……。うん。分かったよ!」
「助かるよサラ。頼りになるから嬉しいよ」
「えへへ。ありがと!」
その後、細かな条件などを詰めると軽い食事をとり、二人は店を後にする。




