2.異世界で生きる目的
領主アルフレッドとの食事会が終わると、幸助とサラは馬車で魔道具店へ向かう。
冷却庫の予約状況やその後の進捗を確かめるためだ。
「コースケさん、料理、すっごくおいしかったね!」
「うん。やっぱり貴族様は違うよね。またあの味が楽しめるとは思わなかったよ」
「普段食べられないもんね」
二人をもてなした料理は、海鮮料理のフルコースだった。
王都はアヴィーラ伯爵領と同じく内陸部に位置するため、保存加工されていない海鮮料理の希少価値が高い。
普段食べられないものを提供するのが、この国の最上級のもてなしのようだ。
だが令嬢アンナの言葉では、高性能な冷却庫が出来たため、運搬に氷魔法を使える者の手を借りなくてもよくなった。
屋敷での冷凍保存もできる。
だから以前よりも手軽になったとのことだ。
「いずれ冷却庫を活用して、海の幸を販売する商人が出てくるかもしれないね」
「でもここまで運ぶのに魔石をいっぱい使うから、高くなりそうだよね」
「だね。貴族とかお金持ち向けになるだろうね。僕たちには縁のないことだよ」
「それもそうだね」
幸助のカバンの中には、アルフレッドから受け取った金貨十枚が入っている。
やはり報酬は銀貨でなく金貨だった。
今まで関わった仕事で相応の報酬は得ている幸助。
一般市民と比べたら十二分に稼いでいる。
だが、元はしがないサラリーマン。
食事も高級レストランより赤提灯の方が落ち着くタイプだ。
「ねえ、コースケさん」
「うん、何?」
「褒章が受けられるかもしれないってのは嬉しくなかったの?」
「えっ……」
突然話題が変わり、戸惑う幸助。
領主アルフレッドとの会話では、一度に様々な情報がもたらされ混乱していた。
特にフレン王国を意図せず敵に回してしまった可能性があることは大きかった。
だが、それをサラへ話す訳にはいかない。
この世界に召喚されたことは、諸条件と引き換えに内密にすることになっている。
それについさっき幸助の中でも褒章の件については折り合いをつけた。
大きな流れに乗せられているのだから、それに身を任せるしかないと決めたのだ。
「そりゃ嬉しいに決まってるよ」
「でも難しそうな顔をしてたよ」
「そう? まだ受章できるって決まってないからね。決まったらぱっと喜べるのかも」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「そっか。ならいいんだけど……」
気まずい空気が流れたところで馬車が停まった。
魔道具店に着いたようだ。
ドアを開けた御者に促され、二人は馬車を降りる。
魔道具店へ入ると、店内には数名の客とその接客をしている従業員の姿があった。
それぞれの客のテーブルには汗をかいたグラスが置かれている。
イベントの開催日のような大掛かりな仕掛けはしていないが、冷たい飲み物のサービスは今でも続けている。
「コースケさんにサラさん。こんにちは」
店の奥から透き通るような声が聞こえてきた。
姿を現したのはアリシアだ。
紺髪にブルーの制服が今日もよく似合っている。
「こんにちは、アリシアさん」
「こんにちは!」
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへお掛けください」
アリシアに促され、幸助とサラは空いてる席に着く。
「お店、順調そうですね」
「体験会の翌日以降も、こうして毎日お客さんが来てくださるのです」
笑顔でアリシアはそう返事した。
事故が起きた時とは比ぶべくもない笑顔だ。
この笑顔のためなら、また大変な仕事も頑張れると感じる幸助。
「それは良かったです。それで、これからのことですが――」
それから三人は今後の予定などを話す。
量産品のことや紋章の入った魔石が話題の中心だ。
そして情報交換も十分に行い幸助が切り上げようとした時、アリシアが真剣な表情になり幸助へ視線を送る。
「コースケさん。全く別の相談をよろしいでしょうか?」
「はい。構いませんよ」
「冷却庫の体験会をした後に皆さんで行ったレストランのこと、覚えてらっしゃいますか?」
「もちろん」
打ち上げをしたのはつい先日のことだ。
幸助はその時のことを思い返す。
店の格式は高かったが、残念ながら味の印象は残っていない。
次に行くことはないなと感じていた店だ。
「レストランのオーナー、カレンさんは私の友人なのですが……」
それからアリシアは、カレンから聞いた店の状況を幸助へ説明する。
若くして祖父から店を継いだこと。
身を粉にして働いているのに業績は下がる一方ということなどだ。
「――といった具合で、とても困っている様子でした。魔道具店の調子がよさそうだからと相談してくださったのですが、私ではどうしたらよいのか分からず……。コースケさん、力になっていただけないでしょうか?」
アリシアからの相談とは、改善案件の紹介であった。
本来であれば久しぶりの紹介に喜ぶべき状況だが、何故か心が湧き上がらない幸助。
この話を請けるべきか一瞬悩む。
しかし、魔道具店の仕事が落ち着いた今、幸助は特にすることがない。
そろそろアヴィーラ伯爵領へ帰った方がいいとは感じてはいたが、それは話を聞いてから決めてもよい。
そう考えた幸助は、アリシアへ返事をする。
「分かりました。いちど話を聞いてきますね」
「ありがとうございます! コースケさんに相談するということは伝えてありますので、どうぞよろしくお願いいたします」
二人は魔道具店を後にすると、早速問題のレストランへ向かう。
「サラ、あの店どうだった?」
「何だかちぐはぐだったよね」
「そうそう。そういえばそうだったね」
高級レストランにも拘わらず、庶民の味の代表格である串焼きもあったことを思い出す幸助。
価格帯も幅広く、高いものは一皿で大銀貨一枚以上のものもあった。
日本でいえば肉じゃがと数万円の霜降りステーキが同じメニューに並んでいるようなものだ。
「また行きたいとは思わなかったなぁ」
「だよねぇ……」
サラも幸助と同じ感想を抱いていたようだ。
もっとも、二人ともアロルドの味が基準だ。
「おいしい」の基準が王都民とは違う可能性もある。
二人の味覚だけで判断してはいけない。
「もし流行ってない原因が味だったら困ったなぁ」
「えっ、どうして?」
「味の改善は僕の領域じゃないからね」
「お父さんの新メニューを作ったりしたのに」
「僕の食べたい料理をリクエストしただけだからね。味を作ったのはアロルドさんだよ」
幸助が今まで改善してきた店は、味や商品、技術力が高いというのが大前提だった。
商品の提案はしたことがあるものの、開発などには関わっていない。
だがアラノの靴屋のように、改善活動の中で店の強みが見つかることもある。
魔道具店メンバーとの打ち上げで食べたものは、比較的安いメニューばかりだった。
高額品は価格相応においしいのかもしれないと幸助は考える。
「ま、話を聞いてみないと何とも言えないから、考えるのはそれからにしよ」
「うん!」
それから歩くこと約二十分。
二人は目的の店へ到着した。
時刻はもうすぐで夕方。
夜の営業が始まる前だ。
幸助はドアを開けると店へ入る。
ここに来るのは二度目だ。
入り組んだ構造になっているが、迷うことなく奥へ進む二人。
待合室のようになっている空間を抜けるとバーカウンターがあり、その先に客席が広がっている。
幸助は、カウンターの奥で作業をしている女性へ声をかける。
「あの、すみません」
「あっ、いらっしゃいませ! 営業はあと一時間ほど先となりますが……」
「えっと、食事ではなくてですね、アリシアさんの紹介で来た幸助といいますけど、カレンさんはお見えでしょうか?」
「はい。少々お待ちください」
そう言い残すと女性は店の奥へと姿を消す。
こんな立派な店のオーナーはどんな人だろうと考えながら待つこと少々。
先ほど声をかけた女性に連れられ、別の女性が店の奥からやって来た。
「おまたせ。あたしがカレンだよ」
幸助は現れた女性の姿を窺う。
黒を基調としたタイトスカートタイプのウェイトレス服に蝶ネクタイ。
オレンジ色のロングヘア―に、ツンと立った耳。
パロと同じく獣人のようだ。
(おっ、犬耳ちゃんだ。ん? でも、ちょっと違うぞ)
獣人自体は既に何人も目にしてきた幸助。
だからそれだけであれば、もう何も感じることはない。
だが、今まで会ってきた獣人とは決定的に違うことがあった。
女性の背後には、チラチラと見え隠れするフサフサのものがある。
そう。尻尾だ。
カレンは大きく立派な尻尾を持っていた。
それは狐獣人の特徴でもある。
長さは床に届きそうなくらいだ。
否が応でも幸助の視線はそこに吸い込まれる。
「ど……どうした?」
「あっ、いや、すいません。ちょっとぼうっとしてました」
人は初対面の印象が大切だ。
「人は見た目が九割」なんて言う人もいる。
幸助のこの行動は減点だ。
尻尾を見ていたことを悟られまいと笑顔で自己紹介をする。
「こんにちは、アリシアさんから紹介していただいた幸助です」
「サラです!」
「開店前の忙しい時間に来ちゃいましたけど、大丈夫ですか? 忙しければまた後日にしますが……」
「スタッフもいるし、あたしが店にいない日も多いから平気だよ。それに残念ながら、お客さんなんてほとんど来てくれないしね」
自虐的なことを言いつつも笑顔を作るカレン。
その表情からは店が傾いているなど微塵も感じられない。
「では、少しだけお話をさせて頂いてもよろしいですか?」
「もちろん。コースケのこと待ってたからね。こっちに来て!」
そう言うとカレンはくるっと回れ右をする。
床に届きそうなほどの長さのある尻尾が、フワッと浮き上がる。
正面からでは気づかなかったが、尻尾の直径が太いところではウェストほどもあり、その先端は白くなっていた。
初めて出会うその姿に興味を隠し切れない幸助。
奥まった場所にある個室へ通されるまで、その視線は尻尾に釘付けだった。
「従業員たちに聞かれたくない話だからね」
そう言いつつ通されたのは、十人以上は会食ができる大きなテーブルが置かれた部屋だ。
そのテーブルの端の席にカレンと向かい合って腰かけると、幸助は始める。
「早速ですけど……アリシアさんから伺いましたが、お店、大変な状況なんですってね」
「そうなんだ。売上はずっと下がるばかりでね。何をやっても効果なし」
「いろいろ取り組んではきたんですよね。どんなことをされてきたんですか?」
「地方の名物料理を取り入れたり手軽な価格のメニューを入れてみたり。あとは腕のいい料理人を雇ったりスタッフの研修もしたし、客引きに集客を頼んだりもしたよ」
幸助の想像以上にカレンは努力していた。
今まで携わった店では技術や商品ばかりで営業面が手つかずという店が多かったが、カレンの店はそうではなかった。
「すごくバランス良く経営に取り組んできたんですね。僕は不器用でそんな行動できませんからすごいと思います」
「そ……そうか……」
幸助の言葉に恥ずかしそうに斜め下に視線をやるカレン。
冒険者ランディと同様、褒められるのは慣れていないようだ。
だが、現状がこうである以上、その努力の方向が違っていたのかもしれないと考える幸助。
「でも、そんなに頑張ったのに状況は良くならなかったんですね」
「そう。新しいことに取り組むって従業員とのミーティングで決めても、それが実行されないことがしょっちゅうだし。実行されてもお客さんの反応がなかったりでさ」
「そうですか……」
「あ、そうだ。そういえばコースケも一度来てくれたんでしょ。どうだった、ウチの店?」
「えっと……」
正直に伝えてよいものか、ぼかした方がいいのか回答に悩む幸助。
少し間が空くと、幸助の答えを待たずカレンが苦笑しながら続ける。
「いいんだよ。その表情だけで何となく分かったから。他のお客さんだってそうだしね」
そう言うとカレンは小さなため息をつく。
元気いっぱいだった表情に初めて影が差す。
「先代が経営されてた頃はどうだったんですか?」
「それはもう毎日賑やかだったよ。じいちゃんはね、お客さんの顔と名前をほとんど覚えてたんだ。それだけじゃなくて食べ物の好き嫌いも覚えててさ。凄いでしょ」
カレンの話に黙って頷く幸助。
ホテルのドアパーソンにも常連の顔と名前をすべて覚えている人がいたなと思い出す。
とても幸助にはできない芸当だ。
「じいちゃんが足腰悪くしてさ、あたしが店を継いだんだ。みんなあたしもじいちゃんと同じように切り盛りしてくれるって期待されたんだ。でも、あたしはあたし。そんなことはできなかったし、店にいないじいちゃんにあれこれ指示されるのもイヤでたまらなかったんだ。何だか決められた道をただ進むだけって感じがしてね。だから……」
「自分のやり方で新しい道を切り開こうとしたんですよね」
「分かってくれるか?」
「もちろん。カレンさんは頑張ってきたと思いますよ」
幸助の言葉に、カレンの表情が少しだけ明るくなる。
血がつながっているとはいえ、先代とカレンとはまったく別の人格を持った人間だ。
コピーロボットのように同じことはできるはずもない。
「ですが、自分で道を切り開いていくのは大変でしたよね。頼りにしていた先代の右腕とか、他の従業員もたくさん入れ替わっちゃったんじゃないですか?」
幸助の言葉に驚きの表情を浮かべるカレン。
そしてすぐに俯くと、力なくつぶやく。
「な……何でそんなことまで分かるんだよぉ」
「カレンさんと同じく、商売を継いで苦労した人を見てきましたからね。今の状況は、先代の商売を継いだ人が陥りやすい状況なんです」
幸助はサラリーマン時代、経営者が親から子の代へ替わる事業継承そのものの取り組みはしたことがなかった。
だが、事業継承後ある程度時間が経過し、救いの手を求めてきた経営者には何人も会ってきたし、改善もしてきた。
だから二代目、三代目が陥りやすいパターンはよく知っている。
「お店を継いでから今までのこと、詳しく教えて頂いてもよろしいですか?」
幸助に促され、カレンは今までのことを説明する。
店を継いでからすぐに、じわじわと売上が下がり始めたこと。
一年くらい経った頃、料理長が別の店に引き抜かれたこと。
それからというもの、客だけでなく従業員の流出も止まらなかったこと。
先代が経営している頃から今も勤めているのは、たった二人であること。
そして今までに行った取り組みの数々……。
「――という訳なんだ。もう、何のためにやってるのか分からなくなってきちゃったよ……。こんな店でも、何とかなるのかな……」
胸の前に回した自分の尻尾を抱きかかえながら、そう弱々しく言うカレン。語尾がかすれて聞き取れないくらいだ。
その話を聞いた幸助は悩み込む。
(これは難しそうだぞ……。継いで五年でこの状況ってことは古くからの常連はほとんどいなさそうだし、恐らく客離れの原因はあれだろうからな。腰を据えて時間をかけないと改善できそうにないぞ)
難しそうな案件という判断をした幸助。
どうしようか悩んでいると、サラが幸助へ話しかける。
「コースケさん、何とかならないのかなぁ」
「うーん……」
腕を組み悩み込む幸助。
いつもであれば即決で引き受けるところだが、何かが引っかかりそれができない。
下を向き黙ること十数秒。
沈黙に耐えかねたカレンが声を上げる。
「頼む! 今まで私のすべてをつぎ込んでやってきたんだ。もし廃業しないといけなくなったら、何のためにやって来たか分からなくなっちゃうよ。コースケが忙しい人ってのは知ってる。でも、コースケと出会ったこのチャンスを逃したら…………。このチャンスを逃したら本当にダメかもしれないんだ……」
懇願ともいえる言葉を発するとカレンは俯く。
状況はかなり逼迫しているようだ。
それを見かねたサラもカレンに続く。
「そうだよコースケさん。困った人の力になるのが私たちの仕事でしょ!」
「困った人の力になる」。
サラの言葉が幸助の頭にガツンと響く。
(そうだった! 僕は困った経営者の力になりたいからこの仕事をするって決めたのに、難しそうだからって逃げてちゃダメだったよ。商売を投げ出した人ならまだしも、カレンさんは頑張ってるじゃないか。そうだ。これはカレンさんのためだけでなく僕のためにもやるべきだ!)
領主の屋敷での出来事が引っかかり、消極的になってたのかもしれない。
将来のことなど神のみぞ知る。
だから今できることに全力で取り組めばいいのだ。
自分がこの世界で生きる目的を再確認した幸助の目に、いつもの自信が戻ってきた。
「カレンさん」
幸助の言葉で顔を上げるカレン。
二人の視線が交差すると、いつものセリフを高らかに宣言する。
「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」




