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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第8章 高級レストラン編
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1.孤独なオーナー

「もう、どうして誰も分かってくれないの!!」


 ここはマドリー王国の王都にあるレストラン。

 誰もいなくなった店内に、女性の悲痛な声が響いた。


 厚みのあるテーブル。工芸品のような椅子。そして壁に掛けられた数々の絵画。

 それらがこの店の格式を物語っている。


 女性の名はカレン。

 このレストランのオーナーだ。

 夜の営業が終了し反省会を開き、従業員が帰ったところでカレンのイライラは最高潮に達した。


「言うことは聞いてくれないし、すぐに楽しようとするし。何で決められたことができないの! 何で? どうして?」


 カレンの問いに答える者はいない。

 テーブルが二十はあろうかという広い店内は、静寂に包まれたままだ。

 カレンは力なく客席の一つに腰かけると、再び愚痴をこぼす。


「もう、みんなバカばっか! バカバカバカ…………バカ」


 そう言うとカレンは、はぁと大きなため息をつく。

 そして揺れるランプの灯を眺めながら、今までのことを思い返す。




 おいしいと王都でも評判だったこの店をカレンが継いだのは今から五年前。

 カレンが二十歳の時だ。

 まだ経営の経験もなかったのに、店を継ぐことになったのは理由がある。


 それまで店を経営していたのはカレンの祖父であった。

 料理の腕はなかったものの、その人柄で有能な料理人や客からも慕われていた。

 オーナーでありながら給仕長も務め、一代にして「名店」と言われるまでに育て上げた立役者である。


 しかし、寄る年波には勝てなかった。

 足腰をわずらい出勤もままならなくなったため、一線を退くことになった。


 本来であればカレンの父が店を継ぐのがこの国の慣例だ。

 だが、父は同じ場所に留まるのは性に合わないと、世界中を放浪しつつ行商人をしている。

 今、どこにいるのかも分からない。

 だから必然的に三姉妹の長女であるカレンがその大役を担うことになったのだ。


 カレンは祖父からアドバイスをもらいつつ、張り切って店の経営に取り組んだ。

 だが、経験のないカレンは、祖父のようにうまく立ち振る舞うことができなかった。

 そして客は、今までとの違いを敏感に感じ取っていた。

 それが「売上」という数字に少しずつ反映されてきたのだ。


 このままではいけない。

 焦ったカレンは新しいことにも取り組んだ。

 地方で流行っている料理があるという噂を聞けば、すぐに飛んでその味を調査し自分の店にも導入した。

 酒商からとびきりのワインが入荷したと聞けば、迷わず仕入れた。

 何でも経験とばかり、給仕だけでなく厨房に立ってもみた。

 その他にも従業員の待遇を見直したりと、その取り組みは多岐に渡る。


 それが原因で、祖父と喧嘩したことも何度もあった。

 だが、カレンは自分は正しい。きっと良い店になると信じ、取り組みを推し進めた。


 一年が経った頃、ようやく右肩下がりだった業績が横ばいに近づいた。

 これでようやく安心できる。そう思った時、店に激震が走った。

 祖父と共に歩み店の成長を支えてきた料理長が、競合店に引き抜かれてしまったのだ。


 それでもカレンは何とかなると思っていた。

 むしろカレンの新しい方針に反対ばかりする古い考えの人が一人いなくなり、人件費も浮いてラッキーくらいの考えでいた。

 それに料理人は何人もいる。

 料理長一人がいなくても調理は出来るからだ。


 しかし、現実は甘くなかった。

 それからというもの、売上の減少は加速してしまったのだ。

 カレンの店は格式の高い高級レストランだ。

 当然グルメな客が多い。

 味の微妙な変化を感じ取った客は、次に来てくれることはなかった。


 それでも、一日の来店客がゼロになるという日はなかった。

 祖父が築いた信頼関係がまだ残っていた客もいたからだ。

「若いのに頑張っているね」と応援してくれる客もいる。


 昨日は珍しく団体の宴会があったため、それなりの売上があった。

 カレンの友人が主催する宴会だ。

 何でも、店で企画したイベントが成功したらしい。

 そんなめでたい宴会に自分の店を選んでくれたことは嬉しかった。


 しかし今日。

 恐れていた日がとうとう訪れてしまった。

 それは、売上がゼロという屈辱的な日となってしまったことだ。

 今まで売上が落ちつつも前向きに頑張ってきたカレンだが、その脳裏に初めて「廃業」の文字がかすめた。


「はぁ。あたしがやってきたことは間違いだったの?」


 自分は正しいと信じ、様々なことに取り組んできた五年。

 辛くとも店を守るためにはやむを得ないと、苦渋し決断したリストラ。

 プライベートの時間を犠牲にしてでも必死にやってきた。

 店の定休日は自己研さんの時間に費やした。

 だから休みなんて取れた記憶がない。

 それくらい頑張ってきた。


 その結果がこれだ。

 祖父が経営に口出ししなくなってから久しい。

 もう諦められたのかもしれない。

 従業員は視点や価値観が違いすぎて話が合わない。

 それどころか、やるとミーティングで決めたこともやってくれない。


 友人とは久しく遊べていない。

 せいぜい来店してくれた時に二言三言交わすくらいだ。


 孤独だ。

 孤独でしかたない。

 その思いがカレンの心を締め付ける。


「こんなはずじゃなかったのに……」


 悔しさと寂しさから、不意に涙が零れてきた。

 いつも気丈にふるまってきたカレン。

 つい弱音が口から出てしまった。


 袖で涙を拭い立ち上がると、店内のランプを消して回り厨房から裏口へ抜ける。

 途中、使われることのなかった食材が放つ悪臭に顔をしかめる。

 季節は初夏。

 食材の劣化が激しい季節だ。

 食べられることなく捨てられる量も増えてきた。

 来客人数に波があるため仕入量の調整も難しい。


「もう、どうしていいのか分からないよ……」


 裏口を施錠すると、店に背を向けトボトボと家路につく。

 その背中から漂うのは寂しさだけだ。

 力なく揺れているカレン自慢の大きな尻尾からも哀愁が漂っている。



   ◇



 王都の魔道具店で冷却庫の体験会を開催した数日後。

 幸助とサラは、アルフレッド・アヴィーラ伯爵が王都に構える屋敷に来ている。

 魔道コンロの事故対応に関するお礼をしたいと、ランチに招待されたからだ。


 市役所の役割も兼ねている領主の館と比べると建物の規模は小さなものだが、それでも幸助には縁遠い規模の屋敷だ。

 高価そうな調度品に、ふかふかの絨毯が敷かれた応接室。

 まるで社長室のようだと感じる幸助。


 その隣で落ち着きなさそうにしているのはサラだ。

 令嬢のアンナとは幾度となく会っているが、領主と会うのは初めてとなる。


「それにしてもすごい部屋だなぁ」

「そうだねコースケさん。普通はこんなとこ来れないからね。私がここにいるなんて今でも信じられないよ」

「緊張してる?」

「もちろん!」

「僕も初対面の時は緊張したなぁ」


 そう言いながら幸助はアルフレッドと初めて対面したときのことを思い出す。

 アンナに招待されて初めて行った領主の館。

 思いがけずアンナと一緒にやって来た領主アルフレッド。

 慌てて名刺入れを取り出そうとしたのは懐かしい思い出だ。


 それから数分間、他愛もない会話をしていると応接室のドアが開いた。

 現れたのはアルフレッドとアンナだ。


「こんにちは。ご無沙汰しております」

「ここここ、こんにちは!」


 立ち上がり挨拶をする幸助。

 それに続くサラ。

 互いにあいさつを交わすと、ソファーへ腰かける。


 手際よくメイドがお茶を配膳する。

 夏にぴったりなよく冷えたお茶だ。


「コースケ、我が領地での魔道コンロ普及に留まらず、王都での危機まで救ってもらい、感謝している」

「とんでもありません。できることをしたまでですから」

「相変わらず謙虚だね。それでも感謝してるよ。あのまま事故の対策ができていなかったら、振出しに戻る、いや、最悪は魔道具事業そのものを諦めなければならなかったからね」


 使って怪我をする道具は、たとえ便利でも使いたくない。

 事故が広がれば、アルフレッドの言う通りになっていた可能性もある。

 意義のある仕事ができたと納得する幸助。


「ささやかだけど、これは私からのお礼だよ」


 そう言うとアルフレッドは懐から小袋を取り出し、テーブルへ置く。

 袋の中身が重たそうにジャリッと音を立てた。

 中身は金貨だろうと推測する幸助。

 すぐにでも受け取りたい衝動に駆られる。


 だが、今回の報酬はニーナからもらえる約束だ。

 お礼といっても食事会だけだろうと考えていた幸助は、その小袋を押し返す。


「こ、これはいただけません」

「遠慮はしなくてもいいんだよ」

「で、ですが、今回の仕事についてはニーナさんから報酬をいただけることになってますし……」

「それはそれ。これは僕からの気持ちだから受け取っておいてよ」


 そう言われては受け取るしかない。

 小躍りしたい気分を押さえつつ、幸助は落ち着いた口調で「ありがとうございます」と言うと小袋を手に取る。

 ずっしりと重い。

 十中八九金貨だなと判断する幸助。

 それが十枚は入っている。

 数ヶ月遊んで暮らせる額だ。

 幸助が小袋をカバンにしまうと、令嬢のアンナが口を開く。


「サラさんも、ありがとうございます。魔道具店のアリシアさんのお話では、サラさんが冷却庫の売り方を考えてくださったと伺っております」

「は、はい! ありがとうございます!!」


 厳密には幸助の指導のもと一緒に考えたものだが、店へのプレゼンや準備はサラ主導で行った。

 体験イベント以来、冷却庫の予約も順調に重ねている。

 これから更に暑くなる季節だ。

 量産体制が整うのが待ち遠しい。


「紋章の件もよく考えついたものだよ」

「貴族様の紋章を使うのは失礼にあたるかなと悩んだのですが、快諾してくださりありがとうございます」

「もちろん。それに事故の対応から紋章の使用まで、コースケの働きは国王陛下も大注目だったよ」


 アルフレッドが今、王都に滞在しているのは、領主会議のためだ。

 マドリー王国では、定期的に国中の主要な領主が一堂に会し、領地運営についての会議を執り行っている。もちろん国王であるマドリー十三世も参加している。


 突然アルフレッドの口から飛び出した「国王」という言葉に幸助は固まる。

 国王といえばもちろん国のトップである。

 自分の活動がそこまで届いていたとは想像だにしていなかったのだ。


「うん? どうしたの?」

「こ……国王陛下……ですか?」

「そうだよ。魔道具事業は最初から陛下に注目していただいてたからね」

「は……はぁ」

「我が領地でのコンロの普及から今日までのこと、全て陛下はご存知だよ」

「そうなんですか」

「国の主要産業としての成長を期待されてるんだ」


 そう言うとアルフレッドは胸を張る。

 当初は成り行きを心配されていた魔道具事業。

 事業停止直前まで追い込まれていた時期もあった。

 だが、今では事業は順調そのもの。

 だから領主会議でも鼻が高いのだ。


 町おこしのために始めた事業というのはアルフレッドから聞いていた幸助。

 だが、まさかそれほどの規模で行われていたとは思っていもいなかった。

 改めて自分のしていることに責任を感じる。


「責任重大ですね」

「もちろん。これからもお世話になりたいから、よろしく頼むね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そう言いながら頭を下げる幸助。

 魔道具事業は幸助にとっても愛着があるし、関わりも深い。

 もちろん今後もずっと関わっていきたい事業の筆頭だ。


「それに、コースケさん。今年のマドリー褒章にコースケさんが推薦されてるのですよ」


 そう言うとアンナはにこりと微笑む。

 幸助はというと、間の抜けた表情を浮かべている。

 マドリー褒章と言われてもピンと来ない。

 だが、その価値を十分に理解しているサラが声を上げる。


「すごいよ! コースケさん!!」

「えっと、サラ。マドリー褒章って何?」

「えっ、知らないの? 国王陛下から表彰してもらえるんだよ」

「はい。サラさんの仰る通りです。国王陛下が直々に、その年の功労者に対し褒章を授けられるのです」


 アンナの説明を聞き、唖然とする幸助。


「そ、そこまでですか……」

「もちろん。陛下の中では、お隣フレン王国からの経済攻撃をはね退けたと評判だからね」

「……」

「偽魔石が流通すると困るとこだったんだよ。事故だけじゃなくて経済的にも」

「…………」

「ちなみに私とニーナも一緒に候補に挙がってるんだ。毎年何十人も受章されるから気張らなくてもいいよ」

「は、はい。ありがとうございます」


 言葉とは裏腹に、浮かない顔をする幸助。

 受章する可能性があるということは素直に嬉しいことである。

 だが、強烈に引っかかることがあった。


 それは、意図せずフレン王国を敵に回した可能性があることだ。


 この世界で生きていくと決めた幸助。

 だが、心のどこかで日本に帰る可能性があるのではと思っていた。

 時が経てば召喚だけではなく送還魔法も見出されるかもしれない。

 だがそれもこれも、幸助を召喚したフレン王国の魔法研究者がいてこそだ。

 フレン王国と対立してしまっては、たとえ送還魔法が見つかったとしても、日本へ還してもらえる可能性は限りなく低くなるだろう。


 だが、まだ敵に回したとは限らない。

 たったこれだけのことで敵に回しただなんて考えすぎだと幸助は自分に言い聞かせる。


 そもそも、送還魔法なんて見つからない可能性もある。

 それに受章だって、可能性があるだけで決まったわけではない。

 少しのことを大げさにしているだけに違いない。


 様々なことが幸助の頭を駆け巡る。

 幸助が混乱していると、使用人の一人が近づき、アルフレッドへ声をかける。


「伯爵。お食事の用意ができました」

「そうか。では、場所を移して食事会にしよう。今日は飛び切りの食材があるからね」


 もやもやした気分を抱えたまま、幸助は使用人に促されその場を後にする。


お読みくださりありがとうございます。

みなさんの応援のおかげで本日、無事「かいぜん!」2巻の発売日を迎えることができました。

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