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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第7章 王都魔道具店編
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番外編:出版記念SS「食欲の秋」

 秋がやってきた。

 朝晩の風は心地よくなり、過ごしやすさも増している。


 ここはアヴィーラ伯爵領にある、パスタレストラン。

 幸助は今、テーブルに頬杖をつきながら秋についての想いを巡らせている。


(秋といえば、読書の秋。

 うん。読書は大好きだ。

 普段読んでたのはほとんどビジネス書だけど、秋の夜長には小説も読んでたっけ。

 でも、残念ながらこの世界には本が少ないんだよなぁ。

 王都ならもしかしたら図書館くらいあるかもしれないけど、今のところこの世界で読書の秋は満喫できそうにないか。


 ならスポーツの秋?

 ぷぷっ。

 絶対にないや。

 ダイエットだって志半ばで折れたんだから。

 却下、却下。


 それなら芸術の秋か。

 画材屋さんなら、たいぶ前にサラと行ったことがあるからそこで道具を調達して、真っ白なキャンバスに絶世の美女を……。

 って、これも違うな。

 だいたい僕は芸術なんてたしなむタイプじゃないよ。

 用具を揃えただけで満足して何も描かないに一票。

 それに万が一、描いたとしてもしょ〇こお姉さんの描くスプーになるはずだ。

 ……あ、ネタが古かったか。僕も歳を取ったなぁ。


 となると、やっぱり僕の秋にはこれしかないのかぁ。

 人間には絶対に必要なもの。

 全ての人を幸せにする力を持つもの。

 貴族をも魅了するバラエティーの豊かさ。

 そして何より、僕の行動力の原点……)



「食欲の秋、到来だ!」



「何言ってんだ、お前?」


 厨房からトマトバジルパスタの皿を持って来たアロルドが幸助へ突っ込みを入れる。


「あ、聞こえちゃいました?」

「あぁ? 聞こえたもなんも、そんな大声で言えば聞こえるに決まってるだろ」


 そう言いながらアロルドは大盛りのトマトバジルパスタを幸助の前へ置く。

 その隣にはスープも添えられる。干し貝の入った海鮮スープだ。


 ここは小麦文化圏。

 だから収穫祭は夏に行われる。

 だから食欲の秋などという感覚などない。


 だが幸助は生粋の日本人。

 ここは異国、いや、異世界と分かっていても、涼しくなるにつれて秋の味覚が恋しくなる。

 幸助は芋、栗、かぼちゃよりも脂の乗ったサンマ派だ。

 生のサンマを一分間だけ酢でしめたものがたまらない。

 スッキリとした日本酒にもよく合う。

 サラリーマン時代に先輩から受けた教育の賜物だ。


「で、食欲の秋っつうのは何だ?」

「えっとですね、涼しくなると夏バテも収まって食欲が増えますよね? それに、おいしい果実や木の実もいっぱい収穫できるから、食べられるものが増えてワクワクしませんか?」

「まあ、確かにそうかもしれないが、トマトや小麦は夏がイチバンだから俺にはピンとこんな」

「そ、そうですか。ま、僕の故郷ではそうだったんで……」


 そこへサラがパスタを二皿手にテーブルへやって来た。

 自分たちのまかないだ。

 アロルドが幸助の正面へ。サラが隣へ座ると遅めのランチタイムが始まった。


「コースケさんの故郷では何を食べてたの?」

「そうだなぁ。やっぱり魚かな。秋の脂が乗った魚はおいしくてね」

「そっか。海辺の村って言ってたもんね」

「そうそう。魚が恋しいなぁ」


 海辺の街に行ってから、かなり時は経過している。

 新鮮な魚介類は久しく食べていない幸助。

 懐かしく思い出しつつ、干し貝のスープを口にする。


「他にはどんなのを食べてたの?」

「うーん、そうだなぁ。キノコとか……」


 ここで幸助は考え込む。

 日本で最後の秋を過ごしてから二年が経過している。

 印象の強かった魚以外、すぐに思い出せない。


(何があったっけなぁ。秋の味覚、秋の味覚……。あ、そうだ。そういえば先輩は秋になると発売される新作モンブランを楽しみにしてたっけ。別にモンブランなんて年中あるんだから秋に拘らなくてもいいのにな)


 幸助には女性である先輩社員の気持ちは理解できなかったようである。


「秋の味覚を使ったスイーツもいろいろあったよ」

「スイーツ?」

「うん。栗やカボチャを使ったケーキとか、他にもいろいろ」

「へぇ、私食べてみたい!」


 サラが期待のまなざしでアロルドへ視線を送る。

 幸助も何か思いついたようで、サラに続き、アロルドを見ると口を開く。


「アロルドさん。いいこと思いつきました!」

「な、何だ。二人して」

「いいことって何? コースケさん」

「前に新年会をやってから皆で集まることがなかったですよね。だから、久しぶりにパーティーをしませんか? しかも前とは違って、スイーツたっぷりのパーティーを」


 スイーツという言葉にサラが反応する。

 アロルドの店では、スイーツはメニュー入りしていない。

 だから、サラもなかなか食べる機会がないのだ。


「楽しそうだよ! 私、やってみたい!」

「そんなこと言ったって、結局料理を作るのは俺だぞ」

「私も手伝うからさ。ね、お父さん。やってみようよ」

「アロルドさん、僕も知ってる限りのアイディアは出しますから。生クリームと果実や木の実、それにパンを組み合わせればいろいろできるはずです」

「できるはずって。お前のアイディアはいつも大雑把すぎなんだ!」


 そんなこんなで秋のとある休日に、スイーツパーティーが開催されることとなった。



   ◇



 あっという間に時間は経過。

 食欲の秋特別企画、スイーツパーティーの日がやって来た。

 テーブルには色とりどりのスイーツが並んでいる。


 オーソドックスなショートケーキ。

 ベリー系を混ぜたのか赤みを帯びたケーキ。

 シンプルなチーズケーキ。

 フルーツたっぷりのタルトのようなもの。

 栗をふんだんに使ったモンブラン。

 そして陶器のカップに入れられたプリンなどなど。


 それぞれが少しずつ小ぶりだ。

 種類はそれほど多くないが、それでもホテルのケーキバイキングのようである。


 どれもアロルドを中心に、幸助とサラで考えたものだ。

 といっても、幸助はおぼろげな記憶を手繰り寄せただけなのだが。


 予定のランチタイムになると、ぞくぞくと人が集まってくる。

 集まったメンバーは、ルティアにパロ親子。魔道具店のニーナと靴屋のココミミ親子だ。

 領主令嬢のアンナも招待したが忙しいようで、来てくれるものの時間には遅れるとのことであった。

 皆が集まったことを確認すると、幸助は窓を背に声を上げる。


「皆さん、『アロルドのパスタ亭』特別企画、スイーツバイキングにお集まりいただきありがとうございます」

「うわぁ、おいしそうだね」

「ケーキなの!」

「おいしそうだね」

「どれがおいしいかな?」

「フフッ、この日をどんなに待ちわびたことか」


 幸助が仕切ろうとするが、誰も話を聞いていない。

 視線はテーブルの上に並んだ数々のスイーツに釘付けである。



「みなさーん!!」



 幸助が声を張り上げると、ようやく視線が幸助へ集まる。


「えっと、全員揃いましたので始めたいと思います」

「はやくたべた~い!」

「たべたいの!」


 このまま挨拶などしていたら反乱が起きそうな雰囲気だ。

 危険を感じた幸助は、慌てて開会宣言をする。


「あ、はい。では皆さん揃いましたので始めましょう」



「「「いただきまーす!!!」」」



 皆が思いおもいのスイーツを小皿へ取る。

 パロとニーナは食べ慣れたショートケーキを一つずつ。

 ココとミミは父親であるアラノからピンク色のケーキを取ってもらっている。

 そしてルティアが手にする小皿からは、今にもケーキが零れ落ちそうになっている。盛りすぎだ。

 その様子を見ながら幸助とサラはモンブランを一つずつ。


「おいしいの!」

「フフッ。この味との再会を待っていたよ」

「砕いたナッツが入ってるの!? こんな味、初めてね」

「…………」


 感想を述べたり無言のままだったり、反応は様々だ。

 だが皆、一様に幸せそうな顔をしている。

 その様子を眺めつつ、いつかスイーツ専門店を開いてみたいなと独りごちる幸助。


「コースケさん」

「うん? サラ、どうしたの?」

「これ、私がひとりで考えて作ったんだ」


 そう言いながら手にした皿を幸助へ見せるサラ。

 そこには異彩を放つケーキのようなものが一つ載せられている。

 紫と赤色でおどろおどろしい物体だ。


「えっ、えっと……。これは何かな?」

「三種のベリーケーキだよ」


 ハロウィンにはお誂え向きかもしれないが、この場にはそぐわない。

 幸助は本能で危険を感じる。

 そこへやって来たアロルドはやれやれという様子で口を開く。


「俺は出すなっつったんだけどな……」

「いいじゃん、お父さん。コースケさん、見た目は悪いけど味はいいから。食べてみてよ!」


 満面の笑みを湛えながら小首をかしげるサラ。

 手にした皿をぐっと幸助へ押し出す。

 堪らずそれを受け取る幸助。

 心拍数が上昇する。

 ケーキを見ただけにも拘わらず。


「で……では、いただきます」


 基本的にサラの料理も父親譲りでおいしいものが多い。

 だが、まだ腕が未熟だけにばらつきはある。

 特に、サラ発案の創作料理になるとその傾向が顕著だ。


 幸助はその物体をフォークで小さく切り分けると、恐るおそる口へ運ぶ。


「!?」


 口に入れた途端、酸っぱいベリー系の爽やかさが口に広がる。

 幸助のことを考えてか、アロルドが作るケーキよりも甘さ控えめで好みの味だった。

 見た目とは違う洗練された味に、幸助の顔がほころぶ。


「うん。おいしいよ! 僕の好みの甘さだね」

「でしょ!」

「でも……」

「でも?」

「料理は見た目も大事だから、今度はそっちもうまくいくといいね」

「はあい」


 幸助がサラから与えられた物体、いや、三種のベリーケーキを食べ終えた時、店の外に馬車が停まる音がした。


 ギィ。

 程なくして店のドアが開くと、陽光が店内に差し込む。


 現れたのは、清楚な服に身を包んだ女性。

 最後の招待客、領主令嬢のアンナだ。

 ピシッとした黒服に身を包んだ執事も一緒である。


「お、お待たせいたしました。わたくしのケーキは残っていますか?」


 貴族令嬢らしからぬその振る舞いに、執事は軽くため息をつく。

 だが、この店では毎度のことだ。

 日々、気が張りつめる仕事をこなしているため、執事もこの場だけは大目に見るようにしている。


「あ、アンナさん。いらっしゃいませ!」

「ごきげんよう。サラさん」


 迎え入れたサラに声を返すが顔は向いていない。

 ケーキコーナーへ一直線である。

 その様子を見た女性陣は、ライバル到来とばかり席を立つと再び自分のケーキの確保へ走る。


 第二ラウンドのゴングは鳴らされた。


お読みいただきありがとうございます。

いよいよ今週末「かいぜん!」1巻の発売となります。

よろしくお願いします。


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