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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第7章 王都魔道具店編
54/87

8.高原の夏

 それから一週間後。


 前日に雨が降り、じっとりとした初夏の朝。

 幸助は果実水を手に魔道具店へ向かう。

 朝とはいえ、少し歩くだけで額に汗が浮かぶ気温だ。


「体験会にはもってこいの天気だな」


 幸助はそう呟きながら袖で額の汗をぬぐう。

 雲の切れ目から太陽の光が差してきた。

 昼過ぎには快晴になりそうである。

 時間が経つにつれて不快指数は上昇するであろう。


「おはようございまーす」


 幸助は魔道具店に着くと、ドアを開け店内に入る。

 心なしかひんやりとした空気が幸助を出迎える。


 今日は魔道冷却庫の体験会の日。

 店内では、従業員たち数名がせっせと準備をしている。


 お洒落ではあったが見る角度によっては無機質にも感じられた空間には、観葉植物が置かれることで柔らかな雰囲気を醸し出している。

 そして、それら観葉植物の葉が室内にも関わらず優しく揺れ続けている。


 実は、ここに今回の体験会での幸助のこだわりが隠されている。

 幸助が初めて魔道具店へ行った際、風魔法を使う魔道具をニーナに見せてもらったことがある。

 全く実用的ではなく、幸助にガラクタ扱いされた残念な魔道具だ。


 それが、資金が潤沢になったことで研究が再開。

 扇風機のように継続的に風を送り出せるまでになった。


 相変わらず魔石の消耗は激しい。

 だから製品化までは程遠い。

 だが、扇風機などの可能性を示すデモ機として使うことがあるかもしれないと幸助は考え、ニーナに用意してもらっていた。

 想定とは違う用途だったが、今日だけ開催するこの体験会にはおあつらえ向きだ。


 その名前もない魔道具の前に、ニーナが持ってきた冷却庫五台をフル稼働させて作った氷を設置。

 冷風扇のようにしている。

 冷房のようにしっかりとは冷えないが、氷越しの風に当たれば涼しさを感じられる。

 氷には香草のエキスが混ざっているため、爽やかな香りも漂う。


 体験会のテーマは「高原の夏」。

 爽やかな緑とほんのりと涼しい風。

 それに冷たい飲み物の提供。

 短い期間で用意できたことは少なかったが、それでも普段とは違う演出ができている。

 ちなみに幸助は風鈴も提案したのだが、それは誰からの理解も得られず却下となってしまった。


 ここマドリー王国にも、貴族が別荘を構えるような避暑地がある。

 その避暑地のような時間を店内で体験してもらおうという企画だ。


「あ、コースケさん!」


 買ってきた果実水をテーブルへ置いたところで、サラが奥からやって来た。

 幸助の姿を認めるとパタパタと駆け寄ってくる。

 今日はサラも魔道具店の従業員の一人だ。

 青い爽やかな制服に身を包んでいる。


「おはようサラ。制服、似合ってるよ」

「ほんと? ありがと!」


 サラはスカートの裾をつまむと、ちょこんとポーズを取る。

 サラの碧い眼と制服の青がマッチしている。

 同じ仕事着でもレストランの給仕服とは違う姿に、新鮮味を感じる幸助。


「コースケさん、おはようございます」

「おはようございますアリシアさん。準備万端ですね」

「はい。ですが……どれだけの方が来てくださるか、不安で仕方ありません」

「それはふたを開けてみないと分かりませんからね。今はうまくいくと信じて準備しましょう」

「はい、そうですね!」


 アリシアたちは近所の上得意客を戸別訪問し、事故で心配をかけた挨拶と合わせ体験会の案内をした。

 訪問先の件数はおよそ百件。

 分母としてはかなり少ない。

 だが、ゆったりとした体験会というイベントの性質上、混んでもいけないのでこの数となった。

 戸別訪問をしたこともあり、「絶対に行く」という約束も何件か取り付けている。

 だから坊主になることはないと予想している。


 さて、幸助も準備に取り掛かろう。

 そう考えた時、店のドアが開く。


「もう始まってるかしら?」

「カルラさんにセリノさん。来てくださったのですね。ありがとうございます!」


 本日初めての来客だ。

 開店時刻より少し早いが、店員たち全員で客を迎える。

 やって来たのは中年の男女二人。

 アリシアからすぐに名前が出るほどの客のようだ。


「こちらへどうぞ」


 アリシアがテーブルへ客を案内する。

 着席した客は何やらキョロキョロと店内を見回している。

 そして手をあちこちへかざす。


「何だか涼しいわね」

「はい。冷却庫で作った氷に風を送っております」

「まぁ、氷を作るくらい冷やせるのね」

「気持ちいいな」


 二人の客は顔を見合わせながら言葉を交わす。

 掴みはオッケーのようだ。


「冷たいおしぼりをどうぞ」


 おしぼりを渡したのは給仕のベテラン、サラだ。

 青い制服の上から白いエプロンをしている。


「まあ、よく冷えてること。気持ちいいわね、あなた」

「ああ」


 男性客はお絞りで手を拭くと、今度は顔を拭きだした。

 おしぼりを置くと、さっぱりとした顔をしている。

 気持ちよかったようで何よりだ。


「お飲み物のサービスもあります。果実水かお茶、どちらがよろしいですか?」


 二人とも注文は果実水だった。

 注文を受けるとサラは客から見える場所で冷却庫から細かく砕かれた氷を取り出しグラスへ入れ、果実水を注ぐ。

 これも計画したデモンストレーションの一つだ。

 二人の客は興味深そうにその様子を見ている。


「お待たせしました。果実水です」


 サラはそれぞれの前に手作りのコースターを置くと、その上にグラスを置く。

 奮発して用意したガラスでできたグラスに氷が当たり、カランと涼しげな音を立てる。


「ありがとう。早速いただくわね」


 女性客はグラスの中をしげしげと眺め、果実水を口に含む。

 その途端、驚きの表情が広がる。


「暑い日に冷たい飲み物が飲めるなんて、素敵ね!」


 果実水は持ってきたばかりだが、ちゃんと氷で冷えていたようだ。

 一方、男性客のグラスは既に空になっていた。

 その様子を遠巻きに見ていた幸助は手ごたえを感じる。


 ちなみに幸助の役割は裏方だ。

 すぐに切れる送風機の魔石を取り換えたり、溶けた氷を交換したりと意外に忙しい。

 せっせと作業しつつも、来店客との会話に耳を傾けることは忘れない。


「便利な魔道具だなぁ」


 男性客はそう言うと席を立ち、興味深そうに冷却庫を前から、横から、後ろから眺める。

 女性客もそのあとに続く。


「ドアも開けてみてください。手前に引くだけで開きますので」


 男性客はその言葉を聞くとドアを開ける。

 中の様子が見えると同時に、冷気が男性客を撫ぜる。

 この冷却庫は氷を保存しているため、出力は最強だ。


「すごいな……これは」


 冷却庫からこぼれ出した冷気は周りの空気を冷やし白くなり、床へと降りていく。

 その冷気を両手で掬いながら、男性客は氷の詰まった冷却庫の中を眺める。


「これは、いくらになるんだ?」

「金貨五枚です」アリシアは笑顔で答える。


 金貨五枚は王都での二ヶ月分の生活費に匹敵する。

 富裕層であるこの客であれば一ヵ月分かもしれない。

 だがそれにしてもポンと買うには抵抗のある金額だ。


「贅沢のために金貨五枚は使えないよなぁ」


 その意見には女性客も同意のようで、そうねと相槌を打つ。

 やはり高額品。欲しいと思ってもらえても、買えるかどうかの壁は決して低くないようだ。


「それでしたらこちらの小さな冷却庫もございます」

「えっ、小さいのもあるの?」

「はい!」


 そう言うとアリシアは、シナリオ通りに店舗奥に設置している小さな冷却庫へ客を案内する。

 缶ビールであれば六本くらいが入るサイズだ。


「小さいので冷却できる量は減ってしまうのですが、こちらでしたら金貨二枚です」


 使う魔石の量も減りますよとアリシアは続ける。

 その言葉に男性客の目が少年のように輝きだす。


「小さいけど、ちゃんと冷えるのか?」

「もちろんです。お茶を冷やすのも氷を作るのもお任せください」

「おい、これなら買ってもいいんじゃないか?」


 財布のひもは女性客が握っているようだ。

 男性客は必死に冷却庫があると便利になるであろうことを並べたてる。


「そうねぇ。これであなたが仕事を頑張れるなら安い投資……なのかな。でも金貨二枚よねぇ」


 製品としては気に入ってもらえたが、まだ決め手に欠けるようだ。

 可能ならば幸先のよいスタートを切りたい。

 アリシアは「今日決めるべき理由」を客へ説明する。


「本日決めて頂けましたら、魔石をサービスで三個お付けします」

「えっ、そうなの? 主人の様子だと今日決めなくてもいずれ買ってしまいそうだから…………それなら買うわ」

「ありがとうございます!」




 その後もパラパラと客の来店は続いた。

 体験会の案内をした人数は少なかったが、そもそも今まで信頼関係が構築できていた客を中心に案内したのが功を奏したようだ。


 最終的にこの日の来店客は二十名。

 大型の冷却庫一台に、小型の冷却庫三台の予約を取ることができた。

 かなりの成約率である。


 今日決められなかった客も、いずれは注文してくれる可能性がある。

 体験会は大成功といってよいだろう。



   ◇



「かんぱーい!」


 ジョッキのエールを一気に流し込む幸助。

 これもキンキンに冷えてたらなと思いつつも、飲み慣れた味に笑顔を浮かべる。


 幸助とサラ、そしてアリシアたち従業員は、王都のレストランに来ている。

 もちろん体験会成功の打ち上げのためだ。

 店はアリシアのお勧めという店に決めた。


 テーブルには色とりどりの料理が並んでいる。

 幸助が普段行くことのない格式が高めのレストランのため、器や盛り付けは小洒落こじゃれている。

 だが、メニューはサラダに肉を焼いたものやピザなど、アヴィーラ伯爵領と大きな違いはない。

 幸助は空になったジョッキをゴトリと置くと、アリシアへ話しかける。


「体験会、うまくいきましたね」

「はい。こんなに皆さん喜んでくださるとは思いもしませんでした。コースケさんとサラさんの考えてくださった計画あってこそです」


 体験会のテーマである「避暑地の夏」はすべての来店客が楽しんでくれた。

 やはり夏なのに涼しいという体験は刺激的であったようだ。

 夏は始まったばかり。

 定期的に行えば、手堅く注文をもらえそうである。


「アリシアさんが、開店から今までお客さんと良い関係を築いていきたからこそです」

「そうなのですか?」

「はい。でなればこれだけのお客さんは来てくれませんよ」

「うふふ。ありがとうございます」


 もちろん事故後の初動が悪く、信頼を失った客もいる。

 だがここはねぎらいの場。

 暗くなりそうな話題は一切口にしない。


「サラもよく頑張ったよ。一日立ちっぱなしで疲れてない?」

「コースケさんとは違うもん!」

「そ、そうだったね……。体力が無いのは僕の方だったよ」


 試食販売の時もそうだったが先にバテるのは必ず幸助の方だった。

 これでは労いになっていない。


「でもやっぱりサラは接客のプロだね。昼過ぎに混んだ時もサラがいたからスムーズに回せたと思うよ」

「ほんと? ありがと!」


 それから幸助は他の従業員たちにも言葉をかける。

 ここ数週間、苦楽を共にした仲だ。

 話題はいくらでも出てくる。




 それからワイワイと宴を楽しむこと二時間。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 皿の上にはまだ料理が残っていたが、みな満腹のようだ。

 幸助ここで打ち上げを締めることにする。


 レストランの外に出る幸助たち。

 昼間の蒸し暑さはだいぶ和らいでいる。

 もう日が暮れたというのに、人の往来が絶えない。

 至る所にかがり火が焚かれ、通りを淡く照らしている。


 特に正面の大きな建物はまだまだ賑やかだ。

 馬車がひっきりなしに人を乗せ、どこかへと向かっている。


「アリシアさん。かなり賑やかですが、あれは何の建物ですか?」

「あの建物の中にはですね、様々なお店が入っているのです。一ヶ所で何でも揃うと王都の方々からも評判です」

「へえ、そんな場所もあったんですね。さすがは王都」

「はい。もう閉店の時間を過ぎていますので今日は入れませんが、面白い場所ですよ」


 ショッピングモールのようなものかと幸助は考える。

 まだまだ王都観光は十分にできていない。

 ここには絶対に来てみようと心に決める。


「それでは、私たちはこれで失礼いたします。本当にいろいろお世話になり、ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 お互いに軽く頭を下げるとアリシアたちは幸助に背を向け歩き出す。

 徐々に小さくなる背中を見送りつつ、幸助は王都で体験した様々な出来事を思い返す。


 特に印象深かったのは、やはり魔石の爆発事故だ。

 事故の対応はまずまずだったが、自分のことばかり必死になりサラのことを全く考えていなかった。

 マーケティングの経験は豊富だったが、人のマネジメントは本を読んだ知識のみで、経験がなかった。

 経験不足が故の過ちだ。


 だが、失敗したと認識できたのならば、それは次に生かせばよい。

 そうやって人は成長していくものだ。


 サラの教育を通して自身の成長も感じる幸助。

 王都での経験がこれからどのような出来事に繋がるかは分からない。

 だが、この経験が無駄になることは決してないだろう。


 アリシアたちの姿が見えなくなると、幸助は隣にいるサラへ視線を送る。


「さて、僕たちも帰ろっか」

「うん!」


 肩を並べて歩き出す幸助とサラ。

 足取りは軽やかだ。

 満天の星たちが二人を優しく見守っている。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

幕間が1つ入る予定ですが、とりあえず本章はこれで終了です。

幕間にて紋章の後日談と王都に及ぼした影響などが入ります。


※活動報告に7章の感想返しを掲載します。


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