7.体験を売る
コンコン。
宿に帰った幸助はサラの部屋をノックする。
だが反応はない。
まだ怒ってるのかもしれないと不安になる幸助。
「サラ。幸助だよ」
呼びかけてみるが、様子は今までと同じだ。
部屋からは物音一つ聞こえない。
もしかしたら、食事などで出ている可能性はある。
いつもであればこれで引き下がっていたが、今回は違う。
コンコン。
再度ドアをノックする。
今度はニーナからもらったクッキーのことを言ってみる。
「王都で人気の甘いお菓子、持ってきたよ。一緒に食べない?」
部屋の中から人が動く音がする。クッキー効果があったのかもしれない。
ガサガサという音を立てること数十秒。
ガチャリ。
ドアが少しだけ開き、狭い隙間からサラの顔が覗く。
ようやくドアを開けてくれた。
緊張のせいか、久しぶりのその姿に幸助の胸の鼓動は高鳴る。
「お菓子って、何?」
「クッキーだよ。王都で行列ができるくらい人気店の」
ほら、と言いながら幸助はその箱を見せる。
高級店の雰囲気漂う彫刻された箱だ。
サラの視線はその箱に注がれる。
「あの時は僕も言いすぎちゃったし、仲直りしたいなって思って……。一緒に食べない?」
少し間が空く。
サラは幸助の顔をじーっと見ると、ゆっくりと口を開く。
「……うん」
ドアを大きく開け、サラは幸助を部屋へ招き入れる仕草をする。
促されるがままサラの部屋へ入る幸助。
小さな丸テーブルにクッキーを置くと、サラと向き合う。
「サラ、この前はごめんね」
「ううん。私の方こそゴメンナサイ」
サラの口からも謝罪の言葉が出てきた。
これで和解成立だ。
全身から緊張感が抜け落ちると共に、ホッと胸をなでおろす幸助。
「あのね。あの時、びっくりしちゃって」
「びっくり?」
「うん。コースケさんでも怒ることがあるんだなって」
「あぁ、確かにサラの前では初めてだったかも」
サラの前でなくても、感情に任せて声を上げることなどほとんどなかった幸助。
直前の仕事によるストレス、そして幸助自身の未熟さなど複合的な要素が絡まり合った結果である。
「でね。反射的にコースケさんに『バカ』なんて言っちゃったから。コースケさんが大変だったなんてこと全然考えずに。だから、どんな顔で会えばいいか分からなくなっちゃって。それで……」
「そっか。それでなかなか会ってくれなかったんだ」
黙って頷くサラ。
そして下を向きながら口を開く。
「私から謝りに行こうとも思たんだけど……きっかけが掴めなくて。コースケさん、何回も来てくれたでしょ。それなのにずっと応えなかったからもう嫌われてるかもしれないって思ったの。だから今日も会いにくいなぁ。怒られるんじゃないかなって思ったんだけど……」
「甘いお菓子の誘惑には勝てなかったわけだ」
「ち、違うよ!」サラはバッと顔を上げると両手をぶんぶんと振る。
「あはは。冗談だよ」
もう! と言いながらもサラの顔は笑顔だ。
幸助からも自然と笑みがこぼれる。
「ねっ、仲直りもしたんだし、早くこのクッキー、食べよ!」
「うん。そうしよう」
サラはいつものサラだった。
幸助にとって、この世界でのサラの存在は大きい。
この世界での自分自身の存在価値を認められる原点となっているのだから。
そのことを改めて感じる幸助。
「うわぁー、おいしそう!」
中には、全て違う色、形のクッキーが十数枚入っていた。
濃い色薄い色。四角いもの丸いもの。
どれもおいしそうで目移りしそうである。
サラは早速その中の一つを手に取ると口に放り込む。
「うーん。おいしい!」
さすがは王都の名店。
普段、凄腕アロルドのスイーツを食べているサラでも、おいしいと感じられるものだったようだ。
「あっ、これもおいしそう!」
そう言いながら別なクッキーを手に取る。
赤い果実のジャムらしきものが乗ったものだ。
「あっ、それ僕が狙ってたのに」
「そうなの? じゃあ、半分ずつね」
そう言うとパキッとクッキーを割るサラ。
かなり歪に、三対一くらいの大きさでクッキーが分裂した。
その片方を幸助へ渡す。
サラの手元に残っているのは、当然大きな方だ。
「うん。おいしいや!」
「でしょ! おいしね。でも……せっかくだからおいしいお茶と一緒に食べたいよね」
「確かに。そしたら残りは取っておいてまた後から食べよ」
「うん!」
幸助はクッキーのふたを閉じる。
そこで壁際のデスクへ視線を移すと、あるものに気付く。
そこには、以前サラが幸助の指導のもと作成した冷却庫の販売計画書が置いてあった。
側にはペンが置かれている。何やら編集しているようだ。
幸助の視線に気付いたようでサラは口を開く。
「あのね、冷却庫の新しい販売計画を考えてたんだ。コンロの事故があったからやり方を変えなきゃなと思って」
元々は潤沢な予算に合わせて、派手に宣伝やイベントをする予定だった冷却庫の販売プラン。
だが、コンロの事故があった今、そのような切り口は市民の反感を生むかもしれない。
掲示板に貼り出された内容が周知されるのには時間がかかるはず。
だから幸助もそれは考え直さないといけないと思っていた。
愛弟子の成長っぷりに頬が緩む。
「へぇ、偉いじゃないか! やっぱりサラは出来る子だよ」
久しぶりにサラの頭をポンポンとする幸助。
サラも、えへへとご満悦のようだ。
「でもね、コースケさん」
「うん? 何?」
「ここまでは考えたんだけど、この先がどうしたらいいか分からないんだよなぁ」
「どれどれ」
計画書を覗き込む幸助。
それからしばらく、二人は仲睦まじく新しい計画を練るのだった。
◇
翌日の午後。
幸助は再び魔道具店を訪れる。
もちろんサラも一緒だ。
「こんにちはー」
店内にはニーナとアリシアがいた。
ニーナは幸助の姿を認めると側に寄り、小声で話しかける。
(その様子だと、うまくいったみたいだね)
(クッキー、効果てきめんでした。ありがとうございます)
幸助も小声でニーナへそう返す。
ニーナの機転が利かなければ、まだここにはいなかったはずのサラは、きょとんと二人の姿を眺めている。
ネタバレするような野暮なことはしまいとばかり、ニーナは話題を変える。
「そうそう。紋章の件、使ってもいいって」
「えっ、もう領主様に話をつけてきたんですか?」
ここからアヴィーラ伯爵領までは片道一週間かかる。
電話の無いこの世界。どうやってこんな短期間で話をつけてきたのか。
伝書鳩ならぬ伝書魔物でもいるのかなと推察する幸助。
「うん? あぁ、領主様は今、王都にいるんだよ」
「あっ、そういう事でしたか」
至極簡単な理由であった。
ガクッと肩を落とす幸助。
伯爵、しかも領主ともなれば王都での仕事も多い。
アヴィーラ伯爵領の領主であるアルフレッドも例外に漏れず王都に屋敷を所有し、一年の半分はここで過ごしている。
「それにしても、よくあっさりと許可してくれましたね」
「フフッ、魔道具事業は領主様の人生をかけてるからね。これで偽物を排除できるならば安いものだってさ」
「そんなに気合が入ってるんですか……」
確かにアルフレッドは個人的にも魔道具好きだ。
騎士団の武器調達にしわ寄せが行くくらい資金も投下していた。
人生をかけていると聞き、責任重大なことをしているのだと改めて身を引き締める。
「そういう訳で私は新しい術式の開発に戻るから、後はよろしくね」
「あ、はい。いろいろとありがとうございました!」
ニーナは新しい術式の開発がしたく、うずうずしているようだ。
幸助達に見送られ、そそくさと魔道具店を後にする。
「ニーナさんのおかげでとんとん拍子で話が進みましたね、アリシアさん」
「はい。あっという間に物事が進んでしまいましたね。感謝してもしきれないくらいです。もちろん、コースケさんにも感謝です。私たちだけでは偽魔石まで辿り着けませんでしたから」
そう言うとアリシアは幸助に頭を下げる。
幸助は、いえいえと謙遜しつつも、ここ一週間の間に起きためまぐるしい日々を思い返す。
事故があったと知ってから顧客の家、そして市場へと走り回った数日間。
待ちに待ったニーナの到着、そして河原での実験。
その間に起きたサラとの言い合い、そして仲直り……。
マイナスになった状況を元に戻すのはこれでお終いだ。
ようやく前に進むことができる。
お楽しみはこれからだ。
幸助は力強く切り出す。
「さて、これから今後の話をしましょうか。冷却庫の販売について、サラといろいろ考えてきました」
「はい。是非お願いします」
立ち話していた三人はテーブルへと場所を移す。
幸助の隣にサラ、向かいにアリシアがかける。
「アリシアさん、お店はもう通常営業に戻りました?」
そう言うと幸助は店内の陳列棚に視線を移す。
そこには既に本日のテーマである冷却庫が陳列されていた。
以前幸助が説明した通り、入り口近くに大型のものが。そして奥にひっそりと小型のものが置かれている。
最初に幸助が訪れた時に言った、アンカリングの効果を活かすための陳列が実践されている。
「はい。掲示板には偽魔石のことが掲示されました。ですから本日より販売を再開します。ただ、ニーナさんからの指示で、領主様の紋章入り魔道具ができるまでは納品は控えることになりました」
「ということは、実演しかできないということですか?」
「はい。残念ながら……」
寂しそうに目を伏せるアリシア。
紋章入りの魔道具が完成するまでどれだけかかるか分からない。
ニーナが戻り、即座に完成させたとしても二週間はかかる。
ここで幸助とサラは顔を見合わす。
二人とももともと大々的な販売はできないと考えていた。
だから用意していた計画も、当面はデモンストレーションに徹するという内容だった。
自分たちの予測と店の方針が一致したことでニコリと笑顔を作る。
「……? お二人とも、どうされましたか?」アリシアは交互に二人の顔を見る。
「実は、この状況を見越して販売計画を立ててきたんです」
「えっ、そうなのですね。納品ができない中、どのようなことができるのでしょう?」
「はい、いろいろあるのですが、詳しくはサラから説明があります」
そう言うと幸助はサラの背中をポンとたたき、説明を促す。
今回はサラの教育も兼ねている。
だからアリシアへプレゼンするのは幸助ではなく、サラだ。
サラはカバンから計画書を取り出すと、アリシアへ向ける。
大きめの紙一枚でシンプルにまとめられた計画書だ。
大きく息を吸い、ふーっと吐き出すとサラは始める。
「え……えっとでしゅね……」
初っ端から噛んだ。
緊張しているようだ。
仕切りなおしてサラは再び説明を始める。
「えっとですね、冷却庫もコンロと同じで体験してもらうのが一番です」
それからサラは計画の概要を一気に説明する。
ただ会話で話すのと、企画を説明するのでは勝手が違う。
時々言葉に詰まったり、同じことを何回も話したりするサラ。
幸助は自分にもこんな時期があったなぁと懐かしく思い返す。
おおよその内容は実演販売と変わらない。
ただし、コンロの場合はコストが薪に置き換えられたが冷却庫はそうはいかない。
だからまずは富裕層を相手に、実演販売よりもゆったりとした体験会を催すといった内容だ。
その富裕層も、既にコンロを購入しており顔の分かる客に限定。
コンロの安全性についての話も兼ねる予定だ。
だからイベントとしては、こじんまりとしたものになる。
ちなみに貴族に対しては、コンロの時と変わらず出入りの商人を仲介するため、今回のプランからは外されている。
「――というわけで、『モノ』ではなく『体験』を売るんです」
サラのプレゼンは終了した。
最後の説明が少し分かりにくかったため、幸助が補足説明を入れる。
「コンロの時もそうでした。お客さんは『コンロを買うことにより、生活が便利になる』という体験を買ってるんです。だから冷却庫も、それがあることで得られる生活をイメージしてもらえるよう、ここで体験してもらうんです」
もちろんコンロそのものが目当ての人はいましたが、と幸助は続ける。
魔道具オタクや新し物好きの場合はそうだ。
だが、多くの台所を預かる主婦は、この「体験」を買っていた。
「なるほど。お客様を招待し、体験会を開催し、その場で注文を頂くというプランですね」
「はい。まとめるとそういうことになります」
「では、具体的に体験していただく内容や、予約についての手順を決めなければなりませんね」
そのあたりの実務については、さすがは経験者のアリシア。
実家での商売経験が活かされている。
その後三人は数時間にわたり意見を交わし、ミーティングは終了となった。
「では早速私たちは準備に入ります」
「予約をたくさん取り付けられるよう頑張りましょう!」
「はい!!」




