5.すれ違い
「アリシアさん。この魔石、偽物かもしれませんね」
幸助の言葉にアリシアは目を真ん丸にし、開いた口を両手で覆い隠す。
「あわわわわ……。ど、どうしましょう。魔石が偽物ですって?」
そう言うと、狭い室内をパタパタと行ったり来たりするアリシア。
普段は冷静で知的なアリシアだが、想定外の事態に陥ると混乱するタイプのようだ。
その姿に苦笑する客。
幸助はそれを横目に、客へ話しかける。
「この魔石、どちらで購入されたものですか?」
「えっとね……言いにくいことなんだけど……」
客はここで目を伏せる。
言いにくい事情があるようだ。
ここで正しい情報が引き出せれば調査は大きく進む可能性がある。
そう感じた幸助は穏やかな口調で客へ問いかける。
「これ以上事故を出さないためにも、本当のことを教えて頂いてもよろしいですか?」
「ええ……そうね……。これはね、あのね、近くの市場で買ったのよ」
「市場、ですか?」
代理店制度はまだ行っていないとアリシアは言っていた。
しかも、魔道具店で加工した魔石しか動作しない設計になってる。
なぜ魔石がそんなところで売っていたのか。
なぜ動作したのか。
幸助の頭の中は疑問で満たされていく。
「専用の魔石でないと動かないって説明は、購入時にありましたか?」
「ええ。聞いていたわ。でも、ここから魔道具店って遠いでしょ。だからついつい近くの市場で済ましちゃったの。価格も安くて半信半疑だったんだけど、いざ使ってみたらちゃんと動くでしょ。だからそれからは……」
確かに魔道具店は、城壁内の富裕層が住むエリアに立地している。
ここから徒歩で片道一時間以上かかる場所だ。
しかも価格が安いとなると、偽魔石を買ってしまうのは仕方なかったのかもしれない。
消耗品は常にコストが発生し続ける。少しでも安いに越したことはない。
日本でも立地の近いガソリンスタンドは、一円単位で価格競争することも珍しくない。
だが、完全に「安物買いの銭失い」どころか、ケガにまでつながってしまっている。
偽魔石の撲滅はもちろんのこと、正規品の魔石を買いやすくする工夫も必要だとと幸助は考える。
「そうですか。ありがとうございます。解決に向けて大きなヒントが得られましたよ」
「そう。それならいいんだけど……」
「この魔石、お借りしてもいいですか?」
「もちろん。原因究明、よろしく頼むわ」
その後、幸助は市場の店の場所など詳細を聞くと、空気が抜けたように床にへたり込んでいたアリシアを再起動させ、市場へと向かう。
◇
コンコン。
宿屋の廊下に、今日、何度目かのドアをノックする音が響く。
「もう、コースケさんったらどこ行ってるの」
あれから何度も幸助の部屋を訪れた。
しかし、二日経っても幸助が現れることはなかった。
早朝や夜に時間を変えてみても結果は同じだった。
「えっ、もしかして私を置いてどこかに行っちゃったとか? そんなことはないよね。それとも……」
幸助が水の街に行った時に似た不安感がサラを襲う。
ブンブンと首を振ってそれを否定するサラ。
宿の従業員に確認したところ、ちゃんと出入りはしているとのことだった。
だから事故には巻き込まれてないはずだ。
幸助が返ってくるのを待とう。
サラはそう決める。
昨日は気分転換に宿の周辺をウィンドウショッピングした。
だが、今日はそんな気も起きない。
二人一緒であれば知らない土地でも探検気分で楽しいが、一人では寂しかったからだ。
やることがない。
そして寂しい。
しかし時が経ち夜になると、寂しさから訪れる不安は次第に怒りへと変換されていく。
「もう、私をほっぽり出して! 夜になっちゃったよ!」
結局この日も幸助と会うことはできなかった。
◇
(ようやく見通しが立ってきたなぁ。問題事の解決はさっさと終わりにして、早く前向きな冷却庫の販売をしたいや)
偽魔石を見つけてから三日が経った。
久しぶりに日が昇っているうちに宿の部屋へ帰ることができた幸助。
ベッドに横になりながらここ数日のことを思い返す。
(それにしても、あの国が関わってたとはなぁ)
王都は広い。市場だけでも複数個所ある。
三日間かけアリシアと市場を駆け回った結果、幸助は一つの結論にたどり着いた。
偽魔石は、隣国フレン王国産だったのだ。
フレン王国といえば、幸助が召喚された国でもある。
アリシアの話では、王都で流行った商品は、時経たずしてフレン王国から模倣品が流れてくることは多いとのこと。
無責任に召喚されたことに加え、模倣品の登場。更にフレン王国へ対する心証が悪くなる幸助。
何はともあれ情報は揃った。
一刻も早く公式の見解を出したいところではあるが、幸助たちに魔石が原因と断定できるだけの判断はできない。
コンロの使用を控えるようにというお触れは出回っているが、情報伝達が確実でないこの世界。徹底されているとは思えない。
だから既に出回った偽魔石で事故が起きないとも限らない。
ニーナの到着が待たれるところだ。
(ニーナさんが来るまでやれることはないから、久しぶりに王都観光が再開できそうだなぁ。今日もこれから暇だし、サラとおいしい食べ物屋の開拓に行こっかな。まだアロルドさん以上の味に出会ってないんだよなぁ。王都は店も多いし、アリシアさんにお勧めの店、聞いておけばよかった)
コンコン。
ドアをノックする音で幸助は思考から戻る。
ベッドから起き上がりドアを開けると、そこにはサラの姿があった。
「あっ、サラ。ちょうどよかった。これから」
「ちょうどよかったじゃないよ!」
これからご飯に行かない、と言おうとした幸助の言葉を遮り、サラはそう強く言った。
ご機嫌斜めのようだ。
「……サラ。どうしたの?」
「コースケさん、毎日朝早くから夜遅くまで、どこに行ってたの!」
「どこって……事故のあったお客さんの家や市場での調査だけど。サラはどうしてたの?」
「ずっと待ってたんだよ」
「えっ、何を?」
ここ数日間、ずっとアリシアと共に事故原因の調査に奔走していた。
待っていたと言われてもピンとこない幸助。
「コースケさんに決まってるでしょ!」
「僕を……? てことは何、もしかして今日までずっと部屋にいただけ?」
「そうだよ! コースケさん、朝は早く行っちゃうし夜はノックしても出てくれないんだから」
確かに事故が起きたと分かってから、幸助はずっと朝から晩まで出っ放しであった。
事故現場や市場は宿から遠く、移動には時間がかかる。
だから朝早くに出て、日が暮れてから帰る日が続いていた。
疲れて帰り、バタンキューで寝る毎日を過ごしていた。
「ちょっとちょっと、サラ。僕がいなかったことで怒ってるの?」
「そうだよ! ずっと魔道具店のことばっかで、私のことほっぽり出してさ」
「ほっぽり出してたわけじゃないんだけどなぁ」
初日こそサラへ店番を頼んではいたが、それから顔すら合わせていない。
だが、サラも困っている魔道具店のために、何かしら忙しかったのではないか。幸助はそう思っていたため困惑の表情を浮かべる。
「ほっぽり出してじゃん! 何で私にもやること言ってくれなかったの! 何で一緒に連れってくれなかったの! 私だって魔道具店の力になりたかったのに……」
サラは事故という特殊な状況下で、何をしてよいのか分からなかったようだ。
だが幸助自身、怒る客の対応や慣れない土地での調査に神経をすり減らしていた。
サラの言葉がどうにも我儘に感じ、声を荒げる。
「危機的状況だったんだから一から十まで指示なんてできないよ! 僕だって想定外のことで必死に走ってたんだから」
「…………」
無言になるサラ。
ヒートアップしてきた幸助は、畳みかけるように言葉を続ける。
「何で自分でできることを探さなかったのさ。暇だったんでしょ。言われなきゃできないの? そういうのを指示待ち人間っていうんだよ」
ここでサラは俯く。
固く握りしめた手は、プルプル震えている。
更に幸助が言葉を続けようとしたとき、サラは声にならないような声でつぶやく。
「バカ……」
「何? 聞こえない」
「コースケさんのバカ!!!」
そう言うとサラはバタン! と勢いよくドアを閉め、部屋から出行った。
怒りが収まらない幸助は、部屋備え付けの椅子を蹴っ飛ばす。
乾いた音を立て、椅子が机とぶつかる音が部屋に響く。
「くそっ、何だよサラ」
サラと食事に行くはずだった予定が大きく狂った幸助。
ベッドへ荒々しく身を投げる。
(まさか何もせずに部屋にいただけとはな。それは百歩譲ったとしても、何なのさ。あの逆切れ)
頭の中に、先ほどのことがグルグルと駆け巡る。
自分が必死なときに暇を持て余していたということも気に食わなかったが、何よりもそれを棚に上げて自分が指示しなかったから何もできなかったと言われたことが許せなかった。
イライラした時間だけが経過していく……。
しかし夜も更けると、幸助は自責の念に駆られる。
ここ数日間で溜まったストレスを、怒りに任せてサラへぶつけてしまったように感じたからだ。
(言いすぎちゃったかなぁ。しかもあの言葉を言ってしまうとは。僕もまだまだ未熟だったな)
幸助はサラリーマン時代に先輩から教えられたことを思い出す。
「何でできないの?」とか「言われなきゃできないの?」は社内では禁句だった。
そのようなことを言っても相手は萎縮するだけで、物事の解決にはつながらない。
個々の能力を見据えて、自発的に行動できる環境を用意してあげることも上に立つ者の役割でもあった。
知識としては知っていたし、今までも使ったことのなかった言葉だ。
疲れていたとはいえ、感情が高ぶりついつい言ってしまったことを幸助は悔やむ。
(明日、サラに謝らなきゃな)
眠れぬまま夜は更けていく。
◇
数日後、ニーナが到着したということで幸助は魔道具店へ向かう。
ケンカした日以来、サラとは顔を合わせていない。
サラが呼び出しに応じてくれないからだ。
魔道具店に着くと、既にニーナは回収した偽魔石を調査しているところだった。
テーブルの上には何個もの魔石が置かれている。
幸助に気付くと調査の手を止めたニーナは、口を開く。
「フフッ、大変だったようね。いろいろとご苦労様」
「はい。王都観光のはずだったのが、本当にいろいろ大変なことになっちゃいましたよ」
最初の数日こそゆったりと過ごせたが、事故を知ってからは目の回るような日々だった。
挙句の果てにはサラとケンカまでしてしまった。
それもこれもテーブルに置かれている偽魔石のせいだ。
その魔石を睨み付けると幸助は続ける。
「それで、この魔石は偽物で間違いないですか?」
「うん。間違いないね。事故は偽魔石が原因だよ。術式が大雑把になってるの。これ、見てごらん」
そう言うとニーナは幸助へ魔石を見せる。
目の前に出された魔石を凝視すると、電気回路のような、しかしそれとは違う文様が見える。
「こっちはまだマシなんだけど、こっちの魔石見て。ここがおかしいでしょ。たぶんこの魔石は爆発するよ」
幸助の目には何がどう違うのか分からなかったが、とりあえず頷く。
「これを精巧に真似るなんて土台無理なんだよ。私たちの技術の結晶なんだからね」
「はぁ、そうですか……」
「早速実験をしてみたいとこだけど……ここじゃマズイね。どこか広い場所に行こうか」
幸助とニーナ、アリシアは連れだって河川敷へ繰り出す。
王都内にある数少ない広いスペースのある場所だ。
爆発すると分かっていたので、実験にはここが最適とニーナが判断した。
この川は王都の北西から城の前を通り、南西の市民街へと抜けるように通っている。
王都の大切な水源の一つだ。
「うーん、気持ちのいい場所ですね」
透き通った声でアリシアは空を仰ぎ見そう言う。
数日前までとは違い、空は晴れ渡っている。
真っ青な空と所々浮かんでいる白い雲が、アリシアの紺色の髪を引き立てている。
「確かに。気持ちいい場所ですね」
そう返す幸助だが、言葉には気持ちがこもっていない。
爽やかな表情をしているアリシアとは対照的に、心ここにあらず、という感じである。
「ほら、ぼーっとしてないで、実験するよ。用意はいいかい?」
「あ、はい。大丈夫です!」
幸助たちはコンロから少し離れた場所に移動する。
ひもを引っ張るとスイッチが入る仕組みに即席で改造されたコンロに、例の爆発するであろう偽魔石を装着している。
「フフッ。では、スイッチを入れるよ」
ひもを引っ張るニーナ。
カチリとスイッチの入った音が聞こえる。
その様子を不安げに見守る幸助とアリシア。
だが、何も変化がない。
スイッチを入れた途端に爆発したと言った客もいた。
ちゃんとスイッチが入ってないのか心配する幸助。
「ニーナさん、反応ないですね」
「そう焦らないで。もう少し待っててごらん」
ニーナに窘められ、幸助は再びコンロへ視線を移す。
そして観察すること約五分。
魔石の色が明るくなり始めたと感じた次の瞬間――。
パァーン!
大きな音を立て、コンロは爆発してしまった。
四散する部品。
その様子を呆然と見つめる幸助とアリシア。
二人とは対象的に、嬉しそうに不敵な笑みを浮かべるニーナ。
「爆発……してしまいましたね」
「あわわわわ、本当に爆発してしまいました」
「フフフフフッ。やっぱりそうでしょ。あの腐った術式じゃこんなもんよ」
コンロを見てみると、確かに以前見た事故品と同様、魔石を中心に大きく破損している。
これで事故は偽魔石が原因であることが確定した。
偽魔石は危険、そして本物の魔石ならば安全である。
早急に市民へ伝達する必要がある。
事故の際は、黙っていてもその事実が広く掲示されていた。
今度は魔道具店としてその情報を発信せねばならない。
だが、幸助はその術を知らない。
「ニーナさん」
「何だい?」
「街中の掲示板に、魔石のことを張り出してもらいたいんですが、誰が管理してるのか分かりますか?」
「フフッ。それなら任せておいて。発行所は知ってるから早速行ってくるよ」
「ならばニーナさんにそこはお任せしますね」
さすがは貴族子女。
技術だけでなく、このような場合にも頼りになる。
取り敢えず今回の爆発事故に関してはこれで解決だ。
アリシアはホッとした表情を浮かべている。
だが、幸助の表情は晴れない。
これだけ早く偽魔石が登場するということは、相手は商魂たくましいに違いない。
だから、将来に渡って偽物による問題が起こらない仕組みを構築する必要がある。
それに何より、まだサラとの関係修復ができていないからだ。




