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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第1章 パスタレストラン編
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5.ムダを省いた結果ハンバーグが生まれる

 翌日のランチタイム後。

 いつもの席で三人が談笑している。

 打ち合わせが必要なときは、この時間を定例の時間とすることにしたのだ。

 窓から入る陽光が、床やテーブルに小さな陽だまりを作っている。


「アロルドさん。昨日はステーキごちそうさまでした。すごいいい肉みたいでしたが……」

「いいってことよ。これから毎日お客が増えるんだったら、あんなもん屁でもないさ」

「今日は十八人もお客さん来てくれたんだよ!」


 サラが淹れたお茶をずずっと啜ると、幸助は切り出した。


「それでサラ、今日は何か気づいたことあった?」

「えっと、そういえば昨日も今日も、看板に描いてあるこの赤いパスタはトマト味かって聞かれたよ」

「そうなんだ。この辺で普段食べる物でトマト以外に赤色の食材ってあるの?」

「うーん、パスタに使うようなものはないかなぁ」

「でも、そうやって聞かれるってことは他にも「トマト」って確証を得たい人がいるかもしれないから、看板にトマトの実を一個描いておこうか」

「うん。そうするよ!」


 小さなヒントから改善を繰り返すことは重要である。

 サラは早速立て看板にトマトの絵を描きに行った。

 今日もトレードマークの真っ赤なポニーテールが揺れている。


「それでですね、アロルドさんにはお願いしたいことがあります」

「うん? 何だ」

「このお店の帳簿を見せてもらってもいいですか」

「帳簿? ああ、母ちゃんがつけてるやつだよな。ちょいと待ってろよ」


 そう言い残すと厨房の奥へゆっくりと歩いていく。

 しばらくすると二階から足音が聞こえてきた。帳簿関係は二階にあるらしい。

 三分ほどするとアロルドは一枚の紙を手に帰ってきた。


「これが先月分だそうだ」


 そう言うとアロルドはテーブルの上に紙を置く。

 紙を節約するためか小さな数字や文字がびっしりと詰まっている。


「こっちが収入でこっちが支出ですね」


 帳簿を手に取る幸助。

 左側に仕入や光熱費などの経費、右側に売上が記載されている。

 幸助は暗算で仕入に該当する部分だけを拾い足していく。

 すると次第に表情が険しくなっていく。


「どうした? そんな顔して」

「ええと……。赤字どころか売上より材料費の方が多いじゃないですか。これでよくやってこれましたね」

「あ? ひと言多いんだよ。詳しくはよくわからん。多少の蓄えはあったからな」


 材料費だけで売上を上回るということは、水や火をたくための薪代といったものは完全に持ち出しである。

 いつか回らなくなるというのは誰が見ても分かる。


「本当は経営が行き詰っている場合、最初にしないといけないのは資金の流出を止めることなんです」

「そうなのか? それならツケは先延ばしにしてもらってるぞ」

「それも手法の一つではありますが、その場しのぎですよね」

「うぐっ」

「売り上げを増やすことと同じくらい経費を減らすことも重要なんです」


 まぁ、減らしすぎは逆に毒になる場合もありますがと幸助は続けつつ、帳簿をテーブルに置く。


「なんだ、節約のことか。そんなものもう極限まで切り詰めてるぞ」

「光熱費などの経費はそのようですね。しかし、売上より材料費の方が多いというのは異常です。何か原因があるはずです」

「残り物を俺らが食べてたからだろ。それに金が無くなったなら多少は商業ギルドが貸してくれると言ってたぞ」

「借金で当座をしのいだ後に安定的な収益が出るならばそれでもいいですが、今のアロルドさんの状況ならばしない方がいいですね」


 幸助は見ててくださいねと言うと、テーブルの上に両手を広げゼスチャーを始めた。


「底に穴の開いた鍋があるとします」そう言いながら鍋の形を手で描く。

「鍋に水を入れるとどうなりますか?」


 怪訝な顔をしながらアロルドは答える。


「そんなもん、水が穴から流れ出るだけだろう」

「そうです」


 そう言いながら手を広げテーブルと水平にすると少しずつ下に動かし水が減るさまを表す。

 手のひらがテーブルに着いたところでその動きは止まった。


「では、その水をお金に例えます。鍋に注ぐ水が売上。そして穴から出ていくのが仕入れや経費といった支出です。そして鍋の中の水が現在手元にあるお金です。

 今の状況は、鍋に注がれる水よりも穴から出ていく水の方が多いです。そうすると中の水はどうなりますか?」

「空っぽになるに決まってるだろ」

「そうです。それでツケを先延ばしにしたり借金をするということは、鍋の中の水が一時的に増えるということです」


 幸助は手のひらを上へあげる。


「でも、やっぱり出ていく量が多いから時間がたてばまた空っぽになってしまうんです」


 そういいながら手のひらをテーブルにつける。


「今は立て看板の効果で鍋へ注ぐ水は少し増えましたが、それでも流出する水の量が多い状況でしょう。まずはこの赤字体質を改善しましょう」


 そこまで話したところでドアがキィという音を立てて開いた。

 サラの作業が終わったようだ。


「トマトの絵、描けたよ! ってお父さん、難しそうな顔して、どうしたの?」

「コースケの話が、よくわからん」

「……」


 今までの説明は何だったのか。ガクッと項垂れる幸助。

 気を取り直して、サラを交えて同じ説明をする。

 幸いサラはちゃんと理解してくれたようだ。


「お父さん、材料にも拘ってるもんね」

「ああ、そうだ。でなけりゃあの味は出ん」

「僕としても材料のランクを落として味が落ちちゃうっていうのは避けたいですね」

「ならどうしろと?」


 アロルドは若干イライラしているようだ。

 コツコツとテーブルを爪で突いている。


「では、とりあえず厨房を見せてもらってもいいですか? 何かヒントが見つかるかもしれません」

「おう、ついてこい」


 三人は厨房へ入る。

 様々な大きさのフライパンが整然と壁に掛けられており、その向こうでは大きな鍋が魔道コンロにかけられている。

 魔道コンロは魔力を熱に変換し加熱することができる魔道具なのだが、使用するには動力源である魔石を定期的に交換する必要がある。

 鍋からは湯気が上がっており、いつものトマトの香りをふりまいている。

 幸助のその視線に気づいたようで、アロルドが説明する。


「魔道コンロは温度が一定でな。薪より費用は掛かるんだがこれだけは外せない」

「そうなんですね」


 味にかかわる経費は極力外してはいけない。

 味が落ち、さらに来店客が減るという悪循環に陥ってしまうからだ。

 他に何かないかと見回すと、食料庫が目に留まる。


「ここ、開けてもいいですか」

「おう。食材しか入ってないけどな」


 開けてみるとアロルドの言う通り、数々の食材が所狭しと並んでいる。

 料理の知識がない幸助にはどれが必要でどれがムダなのかよく分からなかった。

 無言で食料庫の扉を閉め、その隣を開ける。


「そこはゴミしか入ってないぞ」

「はい。とりあえず見せてくださいね」


 そう言うと幸助は中をのぞき込む。

 確かに野菜の切りくずなどが箱に入れられている。ゴミのにおいを抑えるため扉付の場所に入れているようだ。

 いくつか並んでいる箱をそれぞれ見渡す。


(なんだ、これは?)


 アロルドの言う「ゴミ」の中に、違和感のある物が紛れ込んでいる。

 それを取るため、手を伸ばす。


「これってゴミ……なんですか?」


 幸助の手には一塊の肉が握られている。

 一キロくらいありそうな塊である。それが何個もあったのだ。


「ああ、ゴミだ」

「確かに古くて変色はしてますが、古くなければ食べられない部位ではないですよね?」

「俺の出すステーキには向いてない。固いんだ」


 どうやら昨夜食べたステーキから出た「ゴミ」という認識らしい。


「私たちの晩御飯、いつもこの固い肉ばっかりなの。もういい加減食べ飽きちゃったよ」


 家庭で消費したうえでこれだけ余るようだ。


「もったいないですよね……。ステーキに適した部位だけ仕入れることはできないんですか?」

「それはできない。定期的にまとめて買わないといい部位は確保できないんだ。肉屋だって商売だし、いい客にいい肉を出すんだよ」

「そうなんですね……」


 ここに原因があったのかと一人ごちる幸助。


(この世界の商習慣を破ってまで良い部位だけ仕入れてとは言えないし、困ったな。固いといっている肉を活用する方向でいってみるか)


 そう考えると幸助は肉を戻しアロルドを見る。


「そうしたら、この固い肉を使ってハンバーグを作ってみませんか?」

「ハンバーグ?」サラとアロルドがハモる。

「そう、ハンバーグです。これなら固い肉も美味しく食べられるかもしれません」

「聞いたことのない料理だな。お前の国では流行ってるのか?」

「はい。大人から子供まで大人気でしたよ」

「それで、どうやって作るんだ?」


 アロルドが興味ありげに幸助へ聞く。

 サラはキラキラと期待のまなざしで幸助を見ている。

 少し間をあけると、幸助は両手を腰にやり自信ありげに答える。


「ズバリ」

「ズバリ?」

「わかりません!」


 ガクっと項垂れる二人。

 仕方ないことだ。日本で幸助は一人暮らしはしていたものの、ほとんど自炊などしていなかった。

 ハンバーグは外で食べるものと割り切っていたのだ。


「あ、だけどおおよその材料はわかりますよ」

「なら最初からそう言えよ」

「コースケさんのいじわる」


(しまった、サラの好感度を下げてしまった)


「ゴホン。ではですね、まず材料についてですが……」


 幸助はアロルドへひき肉のことやその他の材料、おおよその作り方について知っている限り説明する。


「あとはアロルドさんのセンスにお任せします」

「ほとんど丸投げだな」

「料理の天才なんですから、僕が変に細かなことを言わない方がいいんですよ」

「そ、そうか。何か丸め込まれた気もするが……」

「気のせいですって」


 こうして新メニューであるハンバーグを試作するということが決まり、その日の打ち合わせはお開きとなった。



  ◇



 数日後。

 試作品が出来上がったということで、久しぶりに幸助はアロルドの店を訪れた。

 幸助の顔を見ると待ってましたとばかりアロルドがハンバーグを焼き始めた。


「コースケさん。試作品、すっごくおいしかったからね。楽しみにしててね」

「僕もハンバーグ食べるの久しぶりだからすごい楽しみだよ」


 数分後。幸助とサラが近況などの会話をしているとハンバーグが焼きあがったようだ。

 湯気の上る皿を手に、アロルドがやってきた。


「おし、これが俺の開発したハンバーグだ。食べてみろ」


 幸助の目の前に皿が置かれる。

 ジュウジュウと音を立てているハンバーグ。

 ゴクリ、と唾を飲み込む幸助。

 隣で不安げな表情で幸助を見ているサラ。


「このソースをかけて食べるんだ」


 そう言うとアロルドはハンバーグの上に赤いソースをかけた。

 そう、いつもパスタに使っている自慢のソースである。


「いただきます」


 右手に持ったナイフをハンバーグへ入れる。

 ほとんど抵抗なくハンバーグへ吸い込まれていく。

 そしてその断面からは肉汁がじわじわ溢れ出る。

 一口大に切るとソースをたっぷりとつけて口へ送り込む。


「!!!」


 幸助は目を見開く。

 口の中は酸味のきいたトマトバジルソースと重厚な肉のうまみが絡み合い、えも言われぬ状況になっている。

 無言で咀嚼すると、最後にそれらを飲み込む。


「……」

「どうだ?」

「アロルドさん」

「なんだ」

「……最高です!」


 拍手をする幸助。

 隣にいるサラも幸助に続き拍手をする。


「だろ。俺の手にかかればこんなもんさ」

「あんな少しのヒントしかなかったのに、素晴らしすぎますよ。故郷のハンバーグ屋さんもビックリです、これは」

「でしょ。やっぱりお父さんの腕は最高なの!」


 ポリポリと頬をかくアロルド。

 まんざらでもない様子だ。


「もう、これは決まりですね。正式メニュー入り」

「おう、今夜から始めてみるよ」

「コースケさん、ありがとう! 経営の知識もあるのにこんな珍しい料理を知ってるなんて、すごいよ!」

「ありがとう、サラ」


 こうしてアロルドのパスタ亭に新メニューが加わることとなった。

 ステーキよりも安く気軽に食べられる肉料理として、ハンバーグがブームになるのにそれほど時間はかからなかった。


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