3.解決できない問題は現れない
「うん。これで出来上がりだ」
「いい感じにまとまったね。コースケさん!」
ここは宿屋の一室。
机に置かれた書類を前に、幸助とサラはパチパチと拍手をする。
王都の魔道具店を訪れてから約一週間後。
冷却庫の販売計画が完成したのだ。
当初はランチの開拓や王都の観光などを挟みつつ、のんびりと行うつもりだった。
だが残念ながら、天気が良かったのは最初の三日間だけ。
そのためここ数日は、宿に篭りっきりで販売計画を立てていたのだ。
結果、予想よりも大幅に早く計画書が完成した。
計画書を作成したのはサラだ。
もちろん幸助が全面的にサポートしたうえではあるが。
今までの改善案件は、極端にひどい状況を何とか立て直すことが多かった。
近い将来、潰れるのが目に見えている状況ばかりだった。
だからサラへ計画の立て方など教える暇が無かったのだ。
かといって目の前に案件が無い暇な時には、計画は作れない。
これは主に幸助のやる気の問題からである。
しかし今回は時間に余裕がある。
純粋に冷却庫の販売だけに集中できるというチャンスが到来した。
サラが今まで得てきた知識でも対応が可能そうな案件だ。
そう考えた幸助は、サラへ販売計画の立て方を教えつつ冷却庫の計画を作成してもらったのだ。
「何だか懐かしいなぁ」
「うん? 何のこと、コースケさん?」
「あ、いや。ただの独り言」
幸助はサラリーマン時代のことを回想していた。
幸助もこうやって先輩から教えられ、必死に徹夜で計画書を作った記憶がある。
残念ながら幸助より後に新入社員が入社することはなかったため、会社で教える立場になることはなかった。
だが今、世界は違えど先輩である幸助が後輩のサラへこうして教えている。
先輩社員の気持ちが少しだけ分かった気がする幸助であった。
「コースケさん、今すぐお店に持っていく?」
「いや、持っていくのは明日にしよ。また明日見直すと、何だこれって所が見つかるかもしれないからね」
「ふーん、そうなんだ。それじゃあ、また夕食の時間にね!」
そう言うとサラは計画書を手に、部屋の外へ出る。
ここは幸助が借りている部屋だ。
サラの部屋は隣である。
こうして計画を練る時は、サラが幸助の部屋を訪れることになっている。
「今頃みんな何してるんだろうなぁ」
部屋に一人残った幸助は、そう呟きながら再び過去のことを思い出す。
幸助が召喚されてから一年半。
当初のような悲観はもう無いが、それでも時折こうやって何かのきっかけで思い出すことはある。
「そろそろ僕のことは忘れられてるのかな……。もう一年半だもんな。ま、あんまり考えてても仕方ないや。明日が本番。頑張らなきゃ」
特にアポを取っているわけではない。
アリシアがいなければまた後日となる。
そのあたりの感覚は日本と大きく違うが、幸助はもう慣れている。
また日を改めて行けばよいだけだ。
◇
企画書ができた翌日。
幸助とサラは再び魔道具店へ向かう。
「この企画、受け入れてもらえるといいね」
「良い企画だし、現場と乖離してない限りは大丈夫だと思うよ」
サラは企画書の入ったカバンをキュッと胸に抱く。
初めて一から考えた企画だ。
どのような反応になるのか気になって仕方ない。
空を見上げると、昨日と変わらず今にも雨が滴り落ちてきそうな色をしている。
しかし石畳を踏みしめるサラの足取りは軽い。
その足取りに合わせ、真っ赤なポニーテールが左右に揺れる。
歩くこと十数分。
あっという間に魔道具店へ到着する。
幸助がドアを開けようとしたその時、店内から勢いよくドアが開く。
「おわっ! びっくりした」
店内から出てきたのは見たことのない女性だ。
上気した顔からは怒りの成分が窺える。
「もう、何なのよいったい! 二度と来ないからね!」
店内に捨て台詞を投げつけるとバン! と勢いよくドアを閉める。
幸助とサラは呆気にとられながら、足早に去っていく女性の背中を見送る。
「コースケさん、何があったんだろうね?」
「いいことじゃないことは確かだ。店で話を聞かなきゃ」
「うん! 早く行こっ」
幸助は不安を胸に、ドアを開けると店へ入る。
そこで目に飛び込んできた光景。
それは、お通夜のような雰囲気の店内だった。
肩を落としているアリシアに、俯いている従業員。
二人からは全く生気が感じられない。
「大丈夫ですか!?」
「何があったんですか?」
矢継ぎ早に問いかける幸助とサラ。
その声でようやくアリシアは二人が来たことに気付く。
「こ、コースケさぁん」
力なく二人の下へ寄るアリシア。
その眼には隈が浮かんでいる。
寝る時間が取れないくらい大変なことになっているのかと、幸助の不安は更に高まる。
「アリシアさん、どうしたんですか? さっきの方、かなり怒ってたみたいですけど……」
「…………うっ……うっ」
アリシアの瞳からは大粒の涙が溢れてきた。
相当辛いことがあったようだ。
「まずは座ってから落ち着いて話しましょうか」
「アリシアさん、あちらに行きましょう」
サラに肩を抱かれながらようやくテーブルへたどり着くと、椅子へなだれ込むように座る。
アリシアの隣にサラが。そして正面には幸助が座る。
「店長、これ飲んで落ち着いてください」
気を利かせた従業員が冷たい飲み物を持ってきた。
アリシアはそれを一口飲むと、声を絞り出す。
「ばく……はつ……」
「爆発がどうしたんですか?」
「…………」
「……」
「ば、爆発してしまったのです。魔道コンロが!」
「えっ!?」
想像だにしなかったアリシアの言葉に幸助は目を見開き、サラは口へ手を当てる。
爆発、それは即ち事故だ。
怪我人だって出ている可能性は高い。
これが事実なら大問題である。
「怪我人は?」
「一人……」
「幸いなことに命に別条はありませんでした」
アリシアの言葉に従業員が補足をする。
死者は出ていない。
そのことで幸助は少しだけ安堵する。
ここで幸助は、以前研究室を見学したときのことを思い出す。
開発中の何かが爆発したのを目撃した。
あくまで研究中の過程でのことだが、ニーナは「よくあること」と言っていた。
だが爆発は爆発だ。
潜在的な欠陥があったのかもしれない。
それを確認するため、幸助は質問する。
「爆発の原因は何だったんですか?」
「…………」
アリシアは何も答えない。
沈黙しているアリシアの代わりに再び従業員が答える。
「それがまだ分かっておりません」
「ということは、また起こる可能性があるんですね」
「はい。既に三件の事故があったという報告が入っていますので……」
「三件も!?」
状況はかなり悪いようだ。
既に三件も発生しているということは、それ以上に増えると考えるのが妥当だ。
「もっと早く知らせてくれればよかったのに」
「街の掲示板に注意喚起する知らせも掲示されてしまいまして、不安になったお客様が一気に押し寄せてしまったのです。その対応にいっぱいいっぱいでした」
幸助はここ数日宿に篭りっきりで、街の様子もほとんど把握していなかった。
それに初めての王都だ。
そのような掲示板があること自体も初めて知る。
アリシアや従業員たちは、幸助と出会って間もない。
だから幸助へ相談が行かなかったのは致し方ないことである。
「事故品の回収はしてありますか?」
「はい、お待ちください。一つだけ持ち込まれたものがありますので持って参ります」
そう言うと従業員は店の奥から破損したコンロを持って来る。
テーブルに置かれたコンロの姿に、幸助とサラは息をのむ。
「コースケさん、これ……」
「うん。これはひどいね」
事故を起こしたコンロは、一応原形をとどめている。
しかし外装がえぐれて内部が丸見えの状態だ。
特に魔石部分の損傷が激しい。
爆発の衝撃は相当なものだったであろう。
「これを検証しても原因は分からなかったんですよね」
「ええ。詳しい技術者がいないため、ニーナさんの到着を待つまでは……」
「ニーナさんはいつ頃到着の予定ですか?」
「もともと六日後にはいらっしゃる予定でしたので、その頃には」
「うーん、そうですか。困りましたね……」
初めて訪れる試練に幸助はどうしたら良いのか分からず、次の言葉が浮かんでこなかった。
水を打ったように店内は静まり返る。
(まずいなぁ。目の前の客に対応していただけで根本的な対策が何もなされていない状況か。こういうのは初動が大切なのにな。ニーナさんが到着するまで六日間。それまでにできることを探さないと)
原因が分からなければ対策は打てない。
それまでにできることは何があるのか。
幸助が考えを頭に巡らしていると、突然アリシアが両手で頭を抱え早口でまくしたてる。
「あーー、もうどうしたら良いのでしょうか。このままでは店が潰れてしまいます。せっかく順調にいってたのに。せっかく入社できたのに。せっかく店のことはすべて任せてもらえたのに。このままでは首ですよ、クビ。これではお父様とお母様に見せる顔がありません。せっかく喜んでもらったのにどんな顔して帰ればいいのでしょうか。きっとお兄さんにもお姉さんに笑われてしまいます。そして言われるに違いません。一族の恥さらしって。もしかしたら私のせいで実家の商売までダメになってしまうかもしれません。うーーー、もうどうしたら良いか分かりません!」
そう言い切るとアリシアはプシューと力が抜けたようにテーブルへ突っ伏す。
難関をくぐり抜けての入社、そして店長への大抜擢。
喜び、応援してくれた両親。
そして目標を共にする店の仲間……。
アリシアは全てを裏切ることになってしまいそうな恐怖に襲われる。
だからといって、何もしない訳にはいかない。
まずは原因を追究し改善策を立て、速やかに実行する必要がある。
安全が確認できるまで販売はできない。
信用を積み重ねるには時間がかかる。
しかし積み重ねた信用は、一瞬で失われてしまうこともある。
魔道具店は、今まさに急速に信用が失われつつある状況だ。
早く解決しないとアヴィーラ伯爵領での販売にも影響が出る可能性がある。
せっかくここまで成長した事業を潰すわけにはいかない。
製品開発からこの事業に関わってきた幸助。
自分のアイディアがこうして製品として形になっている。
だから魔道具には愛着がある。
解決までどれだけ時間がかかるかは分からない。
だが幸助には、この問題解決に取り組まない理由など無かった。
サラや従業員が心配そうに見守る中、幸助は口を開く。
「アリシアさん。ニーナさんが到着するまで待っていたら手遅れになるかもしれません」
「…………」
「それまでに出来ることもあるはずです」
「……」
「こんなことで諦めたくないですよね? せっかく縁のあった魔道具店なのに」
「……はい」
かすれるような声でアリシアは答える。
「トラブルは解決できる人の前に現れるものです。アリシアさんなら大丈夫。絶対に解決できますよ。きっと店が発展するためのほんの小さな試練に過ぎません。僕も精いっぱいお手伝いします。だから一緒に頑張りましょう!」
その言葉にアリシアは顔を上げ、幸助と視線を合わせる。
涙や隈で顔はひどいことになっているが、眼の力は失われていない。
「お店は……潰れないで済みますか?」
「もちろんです」
「またいっぱいお客さん、来てくれるますか?」
「きっとそうなります。いや、そうなるようにします」
正直、幸助は解決方法の見当がついていない。
不安で仕方なかった。
だから先ほどアリシアへ伝えた言葉を自分自身にも言い聞かせる。
問題は解決できる人の前に現れるものだ。
絶対にこの問題は解決できる。そして以前のように、いや、以前以上の人気店にすることができる、と。
「アリシアさん」
「はい……」
幸助は力強く宣言する。
「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」




