1.新製品?
幸助がアヴィーラ伯爵領に来てから一年が経った。
季節は一周巡り、新緑はその濃さを徐々に増しつつある。
今日も多くの人々がメインストリートの石畳を踏みしめ、西へ東へと向かっている。
そんな通りの様子を宿屋から見下ろしている男――幸助の姿があった。
(もう一年経つのか。それにしても濃い一年だったなぁ)
幸助は部屋から外をぼうっと眺めながら物思いにふけている。
頭の中ではこの一年間で起きた様々な出来事が巡っている。
サラとの偶然の出会いがきっかけで『アロルドのパスタ亭』の経営改善に関わる。
その後も人との縁が続き、多くの店の経営改善に携わることができた。
一般市民の身分である幸助が、貴族からも仕事を頼まれるようになった。
この世界の文化からすれば異例の出世である。
(最初は食品関係でやり易かったけど、この世界ならではの業種もあったりして大変だったよなぁ。ま、就職してから初めて任されたスーパーマーケットのプロジェクトと比べたらどれも楽だったか。あれは本当に参ったもんなぁ、トラブル続きで)
幸助がコンサルティング会社に就職してから初めて担当したプロジェクトは、スーパーマーケットの業務改善だった。
就職後、約一年経った頃のことだ。
まだコンサルタントとして半人前の幸助が先輩社員に助けられながら取り組んだのだが、トラブルの連続で徹夜続きだった記憶がある。
それと比べると、今は遥かに充実感に満ち溢れている。
何かあった時にかばってくれる上司や、最終的な責任を負ってくれる会社という組織はない。
しかし、それ以上に得られるものが大きい。
自分が考え、取り組んだことがダイレクトに成果となって返ってくる。
相手の生活が懸かっている仕事だ。責任は重大であるが、成功したときの達成感ほど心を満たすものはない。
だから幸助はサラリーマン時代以上にこの仕事にやりがいを感じている。
(そういえばこの世界で自分の商売を立ち上げて、多くの人の役に立つって決めたんだよな)
幸助はこの世界で初めて取り組んだ仕事――アロルドの店の改善が成功し、打ち上げが終わった後に自分に誓ったことを思い出す。
宿へ帰る道すがら、夜風のなか立てた誓いだ。
この世界に召喚されてから初めて人の役に立てた。
突然召喚されたことによる絶望の中、見えた光である。
その時のことはまだ心の中に強く残っている。
(順調な滑り出し、いや、順調すぎる滑り出しだよなぁ)
今でも時折、家族や上司のことを思い出すこともある。
それでも以前のような悲観はもう無い。
サラやアロルドをはじめとする新しい仲間ができたからだ。
「みんなに感謝だな。さて、そろそろ時間だし、出かけるか」
そう言うと幸助は窓を閉め、出かける用意をする。
幸助は未だに宿屋暮らしをしている。
一時はアパートを借りることも考えた。
しかし家事の煩わしさと天秤にかけたところ、宿の利便性が圧勝したのだ。
幸いなところに今のところ資金は潤沢だ。
準備も終わり部屋を出ると、一階へ降りる。
まだ早い時刻だ。宿の食堂兼酒場は閑散としている。
幸助は顔なじみの従業員に挨拶をすると外へ出る。
向かう先は魔道具店だ。
新製品ができたという話を聞き、見に行くことにしたのだ。
この時代には数少ないハイテク製品である。
胸を躍らせつつ、足を進める幸助であった。
◇
「ニーナさん、お久しぶりです」
「久しぶりだね。待ってたよ」
久しぶりに訪れる魔道具店。
店構えは以前と変わっていないようだ。
ただし、人の出入りは以前よりも激しくなっている。
今までは、数時間店内で会話していても来客などなかった。
しかし今では、荷物を抱えたり書類を持った人達がひっきりなしに出入りしている。
製造拠点になっており、店としてはほとんど機能していないのではと推察する幸助。
「順調そうですね」
「おかげさまでね。隣街から追加の注文もあったし、もう笑いが止まらないよ。フフフフフッ」
「そ……それはよかったです。隣町まで足を運んだ甲斐がありました」
ニーナの黒い笑みに磨きがかかったように感じる幸助。
少し引きつつも、先ほど感じたことをニーナへ質問する。
「ここはもう店として使ってないんですか?」
「そうだね。一応は店のつもりだけど前から客なんてほとんど来なかったし、今は完全に研究開発と製造だけになっちゃったね」
貴族や店舗向けには出入りの商人を経由して販売。
一般市民向けにはルティアのような代理店で販売している。
よって店として存在する必要は、最早ない。
「造るだけならもっと安い立地でもいいような気はしますが……」
「あぁ、そのことね。ここは技術者たちの家が近いんだ。だから研究開発拠点としてこのまま残して、組立工場は別の場所に移そうと思ってるとこだよ」
「なるほど。確かに技術者は貴族の人も多いですもんね」
「そうそう」
研究開発は相応の教育を受けた技術者でなければできないが、組立なら誰でもできる。
そこを分けるのは理に適っていると判断した幸助は、本題へ切り替える。
「それで、新製品というのはどれですか? かなり楽しみにしてきました」
「フフッ、よくぞ聞いてくれたね」
ニーナの眼鏡がキラリと光る。
まあ立ち話もなんだからと促され、幸助はいつものソファーに腰かける。
テーブルには何やら魔道具らしきものが置かれていた。
形状からすると魔道コンロのようだが、幸助の見たことのないサイズだ。
しかも、ゴテゴテと趣味の悪い装飾が施されている。
「新製品って、これ……ですか?」
「うん。これも新製品の一つだよ。魔道コンロの改良型。これ、すごいんだよ」
そう言うとニーナはコンロを手に取り、側面を幸助へ向ける。
そして自信たっぷりに声を上げる。
「見たまえ――魔石の三・連・装!」
でーんとニーナが示す先には、確かに真っ赤な魔石が三つ装着されている。
眼鏡の奥の眼からは自信がありありと窺える。
ゴトリとコンロをテーブルへ置くと、ニーナは更に言葉を続ける。
「家庭用と同様にエネルギー交換効率は高く、最高出力は当社比五倍。しかも魔石の三連装により交換サイクルも長くなった新型の大型魔道コンロ。どうだい?」
どうだいと言われても、どう反応してよいか分からず固まる幸助。
魔石の三連装は良いアイディアだと感じた。
業務用に出力を大きくすればエネルギーの消費量も多くなる。当然、必要とする魔石の量も増える。
三連装にすることで交換サイクルが長くなれば面倒も減る。
問題はそこではない。
幸助はゴテゴテでギラギラの装飾が気になって仕方ないのだ。
シルバーをベースに、ゴールドの文様と色とりどりの石が散りばめられている。
まるで成金趣味だ。
「あ、あの……」
「うん、何だい? 感動して言葉にもならないのかい?」
「いや、そうではなくてですね。魔石の三連装は良いアイディアだと思います」
「でしょ。もっと褒めてくれてもいいんだよ」
「はい。とてもすごいです……。とてもすごいと思います。でも!」
「でも?」
次第に言葉が強くなる幸助。
次の言葉を言おうか言わまいか少しだけ悩むが、言わずにはいられない。
「…………この趣味の悪い装飾はいったい何ですか!!!」
趣味が悪いと言い切ってしまった。これがニーナの好みだったらどうしようと、言ってから気付く幸助。
もしかしたら今まではコストをかけられなくて武骨な製品しか開発できなかった。
だが本当に開発したかったのは煌びやかな製品だったのかもしれない。
そうであればニーナを否定してしまうことになる。
だがもう遅い。
言葉は既に放たれている。
発言の撤回などという都合の良いことはできない。
幸助はドキドキしながらニーナの反応を窺う。
「フフッ。この装飾が気になったんだ。これは貴族向けのカスタマイズだよ。もちろん普通の厨房向けは家庭用と同じシンプルなデザインだから安心して」
「そうですか。それを聞いて安心しました……」
ニーナの言葉に幸助は胸をなでおろす。
幸いなことにニーナの趣味でもなく、一般に市販されるものでもなかったようだ。
「でも趣味が悪いだなんて、これをデザインした子が聞いたら泣いちゃうよ」
「す……すいません」
やはり失言だったようだ。
幸助は即座に謝る。
サラリーマン時代に培ったこの能力は、異世界生活一年以上の今でも反射的に作動する。
「フフッ、それでね。新製品なんだけど次が本命なの」
「他にもあるんですね、新製品!」
魔道具についてのアイディア交換は、既に何度もしている。
その際幸助は、日本で使っていた便利な家電製品などをよく例に挙げて話していた。
その中のどれが製品化されたのか、期待感が高まる。
「魔道コンロに次ぎ我が店での二つ目となる製品化……それはね」
「それは……?」
ニーナは立ち上がると部屋の隅に置かれている箱のような物体へ近づく。
幸助もそのあとに続く。
その箱は、大きさが幸助の腰の高さくらいある、縦長の直方体だ。
外装は木を地味なグレーで塗ったもののようだ。
前面には取っ手がついている。
幸助にとって既視感のある形状だ。
コンロ同様、日本では間違いなく必需品の一つである。
「冷却庫、ですか?」
「正解!」
やはり冷蔵庫、いや、冷却庫であった。
以前は効率が悪いと出来損ない扱いされていた魔道冷却庫。
ルティアの店で見た物よりも数倍大きい。
見た目以外にどのような改善をしたのだろうか。
それが気になった幸助はニーナへ質問する。
「効率の問題は解決できたんですね?」
「もちろん。コンロを高効率化したのとほとんど同じ術式で行けたからね」
「なるほど……」
やはり熱を扱う魔道具は、温めるか冷やすかで技術的な差は少ないようである。
といっても魔道具の技術はちんぷんかんぷんな幸助。
ニーナに対して、頷くだけのリアクションにとどめる。
以前迂闊にも技術的なことを質問したところ、乗りに乗ったニーナに数時間拘束された経験がある。
それ以来、幸助は技術面で掘り下げないと決めているのだ。
「あと一つ工夫したところがあるんだ。何だと思う?」
嬉しそうな顔をしつつ、ニーナは幸助にそう聞く。
やはり魔道具の話をしているニーナは活き活きしている。
「うーん、分からないですね。大きさですか?」
「フフッ、はずれだね。これはコースケには分からないかな。ここ、触ってごらん」
言われるがままに冷却庫に触れる幸助。
特に何も感じるものはない。
ただの塗装された木だ。
率直な感想をニーナへ伝える。
「特に……何も感じません」
「でしょ! 凄いと思わない?」
何も感じないと言ったのに、テンション高く喜ぶニーナ。
意味が分からないが幸助は取り敢えず頷く。
「外は冷たくも何ともないのに、中はキンキンに冷えてる。これは革命だね」
そう言うとニーナはドアを開け、中から飲み物を取り出す。
それを徐に幸助の頬へ当てる。
「わっ、冷たっ!」
「でしょ。冷却庫の箱部分を今までと違う素材にしたら、同じ魔石でも長く冷やせるようになったんだ」
「あぁ、そういうことですか。断熱材が無かったから輪をかけて効率が悪かったんですね」
「そうそう、飲み込みが早いね」
一通りの説明を聞くと、幸助はしげしげと冷却庫を観察する。
容量は一人暮らし用の冷蔵庫よりも少なそうだ。
だが、冷やすことは魔法か冬の氷に頼っている世界では、大きな需要が期待できそうである。
しかもこれから季節は夏へ向かう。
夏に冷たい飲み物なんてほとんど出会ってない。
一度だけルティアの店でほんのり冷えたお茶をもらっただけだ。
絶対に宿の自室に設置しようと幸助は思うのであった。
「ニーナさん、これ、僕も欲しいです」
「フフッ、お目が高いね。量産品が完成したら真っ先に納品しようじゃないか。王都の店にも置く予定なんだ」
「是非!」
ここで幸助は以前の話を思い出す。
領主の館でのミーティングの時に、領主であるアルフレッドがニーナへ王都の店を任すと言ったことだ。
「そういえばニーナさん」
「うん、何だい?」
「ニーナさんは王都の店を任されたのではなかったですか?」
「ああ、それはね、他の街にも出店する計画が立ったから私は全体を統括することになったの。だから王都の店長は現地で雇ったスタッフの中から抜擢したんだ」
「なるほど。だからここに居られるんでるね」
「そういうこと。王都は簡単な修理設備しか無いからね。私は開発の最先端にいたかったんだ」
二人は会話しながら再びソファーへ腰かける。
幸助は冷却庫から出された冷えたお茶で喉を潤す。
久しぶりの冷たい飲み物が喉を通り胃へと流れるのを感じる。
良く冷えている証拠だ。
「王都の店は順調ですか?」
「好調な滑り出しだよ。もともと魔道コンロの話題も流れてたからね。情報に敏感な人はすぐに買ってくれたよ」
「やっぱり王都は違うんですね」
「うん。人の数も動くお金も桁違いだね。王都は行ったことなかった?」
「いや、あるにはあるんですが、ほとんど通過しただけでじっくりは滞在してないんです」
幸助はこの世界に召喚されてから約半年を、旅という名の無目的な移動に費やしていた。
王都も通過したのだが、あまり印象は残っていない。
しかしニーナの話を聞き、俄然興味が湧いてきた。
以前滞在した水の街も新鮮な体験を数多くできた。
きっと王都にも新たな発見があるに違いない。
そう思った幸助は、ニーナへ訊く。
「王都の店、見に行ってもいいですか?」
「うん? もちろんいいよ。突然どうして?」
「店を見てみたいのはもちろんですが、王都の雰囲気も味わってみたいなと思いまして」
幸助の言葉にニーナは顎に当てる仕草をする。
何か考えているようだ。
数秒の後、幸助に視線を合わせるとニーナは口を開く。
「ちょうと良いや。ついでに王都の店で魔道冷却庫の販促もお願いしてもいいかな? 価格が高いから販売の工夫も必要そうだしね。だからまずは王都で売ることにしたんだ」
今は何の案件も抱えていない幸助。
ただの観光の予定がついでに仕事もできる。
思っても無いオファーに幸助は二つ返事で引き受けることにする。
「もちろん、喜んで引き受けさせて頂きます!」




