表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/87

7.存在意義

「靴屋からのお知らせでーす」

「よろしくお願いしまーす」


 幸助とサラは、完成したばかりのチラシを配っている。

 大きな文字や絵は版画で、そしてアラノの想いは手書きで五百枚作製した。

 文字が読めなくてもおおよその内容は直感でわかるよう、最大限に配慮したチラシだ。


 ちなみに文字が読める人向けに記載したアラノからのメッセージはこうだ。


「『もう他の靴は履けません』当店のお客様から頂いたメッセージです。オーダーメイドよりも安く、フィッティング一筋の店主があなたの足に合わせて靴を調整します。足の健康を全力でサポート。相談は無料」


 短い文に詰め込みすぎで若干読みにくさはあるものの、要点はよく伝わる文である。

 他店との差別化も明瞭だ。


「靴屋からのお知らせでーす」

「どうぞお持ちくださーい!」


 道を行き交う人は多い。

 しかし皆足早のため、なかなかチラシを受け取ってもらえない。


「コースケさん、なかなか受け取ってくれないね」

「サラは何枚渡せた?」

「私まだ十枚だけ」

「僕なんて五枚だよ……。五百枚のノルマは厳しいかなぁ」


 厳密には幸助とサラのノルマは四百五十枚だ。

 五十枚はアラノへ渡してある。


 東京ではポケットティッシュというオマケをつけても受け取ってもらえないことが多い。

 自分だって受け取らなかったことが多い。

 彼らだって頑張ってノルマをこなしていたはずだ。

 これくらいでへこたれるわけにはいかない。

 幸助は通行人の一人に狙いを定め、歩きながら声をかける。


「こんにちはー、靴屋からのお知らせです。よろしかったらお持ちください」

「ん? 何?」

「靴屋からのお知らせです。足に合う靴が無くて困っている人向けの商品を用意してます」

「あら、そうなの? そういえば友達がそんなこと言ってたからもらっておこうか」

「ありがとうございます!」


 コツが掴めてきたようである。

 手元のチラシは少しずつ軽くなっていく。



   ◇



 場所は変わってアラノの店の前。

 店頭に設置した魔石の立て看板はいったん下げ、チラシに沿った内容の看板に差し替えている。


 店内を見ると、そわそわと行ったり来たりするアラノの姿があった。

 今頃幸助とサラはチラシを配っているはず。

 チラシを手にした人が来るかもしれない。

 そう思うと居ても立っても居られないのだ。


「パパどうしたの?」


 アラノの娘ココが落ち着かない父の姿に問いかける。

 双子の姉妹ミミも不思議そうな表情を浮かべている。


「早くお客さん来ないかなぁって考えてるんだ」

「きょうはお客さん、くるの?」

「コースケ君とサラちゃんがね、お客さんを探しに行ってくれてるんだよ」

「そっか。たくさんくるといいね!」


 ココとミミの声が重なる。


「そうだね。ココ、ミミ」


 アラノはそんな娘たちの姿に落ち着きを取り戻したようだ。

 優しい顔で二人の頭をなでると店頭へ行き、自分自身も通行人へチラシを配る。

 小さな紙に店の将来を託しつつ……。




 午後遅めの時間。

 チラシを全て消化した幸助とサラがアラノの店へやって来る。

 サラは軽やかな足取りで。幸助は疲労感溢れる足取りだ。

 普段立ち仕事をしているサラは、やはり幸助よりも体力がある。


「あ、コースケ君にサラちゃん。お疲れ様」

「お疲れ様ですアラノさん。お客さん、どうでしたか?」


 幸助の質問にアラノはゆっくりと首を横に振る。

 それだけで状況を察する幸助とサラ。


「ダメでしたか」

「うん。今のところまだ一人もね……」


 本日の来店客はゼロであった。

 もう夕方も近い。

 恐らくこのまま閉店時刻を迎えるであろう。


「コースケさん、チラシの内容が悪かったのかなぁ」

「まだそれは判断できないかな。オーダーメイドよりも安いといっても高価な商品だから、店に行こうって決断するのに少し時間がかかると思うんだ」


 小麦店であるルティアの店で魔道コンロの実演販売をした時もすぐには売れなかった。

 初めての購入者は、コンロの存在を知ってから数日後の購入であった。

 家でさんざん悩んだ結果、亭主に背中を押され購入を決めたのだ。


「そっか」

「友人にチラシを渡すって言ってくれた人もいたから、しばらくは様子を見てみよ」

「うん。わかった!」


 購入した紙はまだ半分残っている。

 一週間程度様子を見て、来店客がいれば同じチラシを。いなければ切り口を変えたチラシを作ろうと幸助は考えていた。


 結局その日は予想通り来店客はゼロであった。




 そして翌日。

 靴屋通りには小さな紙を手にしつつ、きょろきょろしながら歩く女性の姿があった。

 安売り店二店舗の前を通過すると、さらに数店舗のオーダーメイド店の前を通過。

 手にした紙と同じ絵が描かれた立て看板を見つけると、迷わず店内へ入る。


「すいません……」

「……」

「あのー」

「あ、はい。いらっしゃませ!」


 チラシの効果がゼロだった場合に備え、次のネタを考えていたアラノは、突然の来店に反応が遅れる。


「これってこの店で間違いないかしら?」


 そう言いながら女性は手にした紙をアラノへ見せる。

 そう、一生懸命考えたチラシだ。


「はい! うちのことです。靴をお探しですか?」

「ええ。フィッティングして頂けると書いてあったから、その靴を見せて頂けないかしら」

「もちろん。ちなみに、足のことで何かお困りですか?」

「実はね……」


 会話をしながらアラノは客をフィッティング席へ誘導する。

 ベンチへ腰かけた客は言葉を続ける。


「足の形が左右で違ってて」


 そう言うと客は靴と靴下を脱ぎアラノへ見せる。

 アラノはその足を目視で確認し、器具で計る。


「確かに幅が左右でだいぶ違いますね」

「そうなの。それでね、大きい足に合わせて靴を買うでしょ。そうすると反対がどうしても緩くなって……」


 靴紐を固く結んでもダメなのよと客は続ける。

 オーダーメイドでない限り、靴は左右同じサイズがセットで販売されている。

 片方の足に合わせて購入するしかない。

 従って、きつくなるか緩くなるかのどちらかを受け入れなければならないのだ。


「うーん、これは毎日大変でしたね」

「そうなの。普段立ち仕事をしてるから辛くて辛くて……」


 そうですよねと言葉を返すと、アラノは奥から一足の靴を持って来る。


「あなたの足に合うのはこの靴です。フィッティングしてもよろしいですか? その場合、お買い上げとなってしまいますが……」


 恐る恐る客へ提案するアラノ。

 言葉の後半が少し弱気である。


「紙に書いてあった価格で間違いない?」

「はい。大銀貨六枚です」


 ここで店内に静けさが訪れる。

 オーダーメイドより安いとはいえ、大銀貨六枚は高額だ。

 即決できる人は多くないであろう。


「本当に私の足にも合う?」

「大丈夫です。もし足に合わせられなかった場合、お代は頂きませんので」

「…………」

「……」

「……なら、お願いしようかしら」

「ありがとうございます!」


 この瞬間、チラシからの初めての売上が確定した。


 このチラシを見て来店する客は、ほぼ何らかの悩みを抱えている人といってよい。

 来店したときには購入することがほぼ決まっている。

 だから魔石目的の客とは違い、動機づけをする必要が無い。


「はい。もう一度履いてみてください」


 何回かの調整を繰り返すアラノ。

 幸助の時よりもだいぶ時間がかかっているようだ。


「うん。大丈夫そうね」


 客はペタペタと靴を触りながら足の感触を確かめている。


「では、店内を何周か歩いて頂いてもよろしいですか?」


 その言葉に客は立ち上がると、狭い店内をグルグルと歩く。

 立ち止ったり小走りをしたりと、じっくり感触を確かめる。


「すごい! 両足ともしっかりと支えられてて歩きやすいわ」

「ではフィッティングはこれで完了ですね。これでしばらく様子を見てください。靴に不都合が出たらまた調整しますので気軽に来てくださいね」

「分かったわ。本当にありがとう。これで仕事も楽になりそうよ」


 客は代金を支払うと、軽い足取りで店を後にする。


「ありがとうございます!」


 久しぶりの新規客だ。

 しかも本業である靴の。

 客を見送るアラノの顔は充実感に満ちている。




「こんにちはー」

「あっ、コースケ君」


 その日の夕方、幸助とサラはアラノの店を訪れる。

 状況を確認するためだ。


「アラノさん、その顔は手ごたえありって感じですね」

「うん。お客さん、来てくれたよ!」

「アラノさん、おめでとうございます!」

「ありがとう、サラちゃん」


 幸助が今後の予定を話そうとしたその時、一人の男性が来店する。


「いらっしゃませ!」

「あの、今朝友達からこれをもらって」


 そう言いながらチラシを見せる男性。

 早速クチコミも発生しているようだ。


「はい。それじゃあまずは足を見せてくださいね」

「お願いします」

「あー、これはハンマートゥだねぇ」

「ハンマートゥ?」

「足の大きさに合ってない靴を履いてるとつま先がこうなっちゃうんだ。この靴かなり緩いでしょ」

「そうだけど……、カッコいいからさ」


 アラノの接客する姿に幸助とサラは安堵する。

 出会った当時は掃除ができないほど気が抜けていたアラノ。

 今はその面影すらない。

 自分には技術があるんだと認められた。

 そして店の存在意義も確認できたようである。


「コースケさん」

「何、サラ?」

「アラノさん、立派な職人さんだね」

「うん。間違いない」


 もう二人にできることは無い。

 この調子ならアラノの店は大丈夫であろう。

 幸助はアラノに目くばせすると、店を後にする。



   ◇



 ある日の午後。

 晴れ渡った空の下。

 ポカポカと暖かな空気の中。

 商業街と工業街の境目にある広場では、キャッキャと遊ぶパロとココ、ミミ姉妹の姿があった。


「今日はなにして遊ぶ?」

「今日はなにして遊ぼ」

「追いかけっこするの!」


 そう言うとパロは勢いよく駆け出す。

 靴のサイズはぴったりだ。

 どれだけ走っても足は痛くならない。


「パロちゃんまってー!」


 ココとミミが後に続く。


 いつも通りの光景である。

 しかし数ヶ月前は、この光景が続けられない状況であった。


 いつも通りが続けられるということは、素晴らしいことである。


お読みいただきありがとうございます。

後日談など幕間を入れるかもしれませんが、6章の本編はこれで終了です。


靴が足に合わなくて困っている方は、全国各地にあるシューフィッターのいる店へ。


7章は魔道具店編再びです。

更新は7月中の予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ