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6.チラシ作戦

 約一週間後、幸助とサラは再びアラノの店を訪れる。

 店の強みが見つかり、ターゲットも決まった。

 幸助はどうやって店のことをターゲット層へアピールするか考えていたのだ。


「コースケ君。それで、どうやって靴で困ってる人を探すの?」

「方法は三つ考えてきました」


 そう言うと幸助は手を上げ、指を三本立てる。


「まず一つ目」


 指を二本曲げ、人差し指だけ立てた状態にすると説明を始める。


「これは既に行っていることです。とにかく店に入ってもらい、フィッティングできる靴があることを知ってもらうことです」

「でも魔石のお客さんは誰も靴なんて気にも留めてないよ?」


 確かに今はそうだ。

 しかし幸助はアンケートの結果を聞き、その問題は解決できると確信している。


 問題は、来店客がフィッティングしてもらえる靴の存在に気付いてないことだ。

 その情報が無ければ、ここに陳列されている靴は「デザインの地味で価格の高い靴」でしかない。

 そこで幸助は日本でおなじみのツールを提案する。


「ターゲットが決まったので、それに沿った内容のPOPを掲示しましょう」

「コースケさん、POPって何?」

「店内に設置する小さな看板みたいなものだよ。紙に商品の価格や特徴などを書いて、商品の近くに掲示するんだ」


 そう説明をしながら幸助はB4程度のサイズの四角を宙に描く。

 大きさは適当だ。

 訴求したい内容に合わせてサイズを調整すればよい。


 重点的にアピールする必要のある商品にはその特徴を細かく記載したり、目を引くデザインにすることも多い。

 日本の店舗では当たり前のことである。

 しかし、この国ではよくて値札がついている程度だ。


「なるほどね。文字を読める人ならそれを見るだけで伝わるね」


 商品の価格を伝えるだけならば簡単だ。

 しかし、商品の価値を訴求するPOPを作るのは意外に難しい。

 どのようにすると反応が良くなるのか、試行錯誤を繰り返すことが肝要である。


「時間があるときに色々作ってみてくださいね」

「分かった。いろいろ試してみるよ」

「あと、POPを見て興味を持ってくれたお客さんへの声かけも大切です」


 人の悩みはそれぞれ違う。

 個別の悩み相談は、店主の仕事である。

 ちょうど、店内にも雑談をすることのできるスペースができた。

 それを活用しない手はない。


「なるほどね。魔石を買いに来た人みんなに声をかけて売り込むと嫌われそうな気がしたけど、これなら大丈夫そうだね」

「はい。以上が足に悩みを抱えている人を見つけるための一つ目の手段です」


 そう言いながら幸助が二つ目の説明に入ろうと指を二本立てる。

 その時、奥からココとミミがはしゃぎながら店内へやって来た。


「あ、サラおねーちゃんだ。あそぶ?」

「あ、サラおねーちゃんだ。あそぼ!」


 パタパタとサラに駆け寄る双子。

 残念だが今はミーティング中である。

 サラがやんわりと断ろうとすると、アラノが声を上げる。


「今は大事な話をしてるんだ。ココミミはあっちで遊んでなさい!」

「ごめんねココちゃん、ミミちゃん。お話が終わったら遊ぼうね」


 シュンとしたココとミミは、はぁいと言いながら奥へ戻る。

 遊びたい盛りの年頃だ。

 母親も仕事に出ている。

 寂しいのであろう。


 だが、店が繁盛すれば母親は外へ働きに出る必要はなくなる。

 四六時中亭主と一緒にいるのが嫌でなければ……だが。

 そうなれば寂しい時間も減るであろう。

 そう思いつつ二人の背中を目で送ると、幸助は説明を続ける。


「では二つ目。これはできるかどうか分からないですが……。アラノさん、治療院と提携することは可能でしょうか?」

「それはどういう意味?」

「靴が合わなくて足を痛めた人は治療院に行きますよね? 治療術士からその患者さんへ、アラノさんの店を紹介してもらえないかなと」


 日本でも顧客を共有、いや、協業できる他業種が提携する事例は多々ある。

 幸助はそれができないかと考えたのだ。


「うーん、無理だと思うなぁ」

「どうしてですか?」

「だって、足が痛くならなくなったら治療院の売上が減っちゃうでしょ。そんな不利益なことするわけないよ」

「そ、そうですか……。ならこれは諦めましょう」


 意表を突かれる形となった幸助。

 日本の場合、たとえば歯科医院であれば虫歯予防のため歯磨き指導をしているところも多い。


 文化の違いは如何いかんともしがたい。

 治療院へのコネも無い幸助は、この案を没にすることに決める。


「では三つ目です。今日の本題でもあります。経費は掛かりますが、やってみる価値のあることです」

「それはどんなこと?」

「チラシを撒くことです」

「チラシ?」


 チラシとは「散らし」。

 即ちばら撒くことだ。


「紙にアラノさんの店や靴の特徴を書いて、道往く人々に配るんです」

「それってかなり費用がかかるんじゃない?」


 この世界の紙は日本よりも高価である。

 闇雲にばら撒くことはできない。

 だが、紙の値段については事前に調査済みだ。

 食品と違い粗利額の高い靴ならば、強力なツールになる可能性はあると幸助は判断した。


「確かに費用はかかります。でも、適正価格で販売できれば利益は残るはずです」

「そうなの?」

「チラシをもらった人がみんな来てくればいいもんね、コースケさん」

「サラ、流石にそれはないかな……」


 広告業界には、千三せんみつという言葉がある。

 チラシ千枚に対して反応が三件得られるということを表した言葉だ。

 反応が三件である。三人が買ってくれるという訳ではない。


 だが、チラシが氾濫する日本では千三つは昔の話だ。

 万三つや反応がゼロということも珍しくない。

 だから非常にコストがかかる媒体ともいえる。


 しかもチラシというのは撒くことが常態化すると、なかなか止められなくなる。

 中毒性があるのだ。

 スーパーマーケットなどの来店頻度の高い小売店では、どうしたらチラシを減らしつつも来店客数を維持できるか研究しているくらいである。

 無計画なバラマキ、ダメ、絶対。


 だがここは異世界。

 チラシそのものに珍しさがある。

 反応率は未知数だ。

 挑戦する価値は十分にある。

 いちど失敗してもリトライする時間は魔石が稼いでくれている。


「うん、誰もやってないから面白そうだね! 具体的にはどんな内容をチラシに書くの?」

「それはこれから皆で考えましょう」


 チラシを撒くことなら誰でもできる。

 肝心なのはその中身だ。

 幸助の腕の見せ所がやって来た。


「先日、チラシに使う紙を見繕ってきました」


 そう言うと幸助はカバンから紙を取り出し二人へ見せる。

 サイズはハガキくらいだ。

 魔道具店で設計に紙を多用していたことを思い出した幸助は、ニーナから紙を取り扱う商人を紹介してもらったのだ。


「小さい紙だねぇ」

「はい。費用のことを考えるとこれで試すのが一番だと思います。とりあえず千枚用意しました」


 幸助の計算では、チラシを千枚撒いて大人向けの靴が二足売れれば黒字となる。

 三足売れれば御の字だ。


「コースケさん、その紙に何を書くの?」


 書きたいことはたくさんある。

 だがサイズが限られている。

 取捨選択をしなければならない。


「まず、一番伝えないといけないメッセージを大きく書きます」

「コースケさん、それは何?」

「何だと思う? サラ」


 首を傾げながら考えるサラ。

 その答えが出る前に、アラノが口を開く。


「やっぱりフィッティングをやってるってこと?」

「それも大切です。でもこのチラシを手に取った人に、どのような行動をとってもらいたいかをまずは考えるんです」

「あっ、お店に来てねってことかな?」

「サラ、正解」


 靴といえば安売り店二店舗のイメージが定着している。

 アラノの店は眼中に入っていないと考えるのが順当だ。

 だからこそ「ここに店があるから来てください」という情報を発信する必要がある。


「まずはお店の場所が分かるよう地図と店名を書きます」

「でも靴といったら靴屋通りだから、そんな説明要らないんじゃないの?」

「恐らくアラノさんの店が靴屋通りにあると知っている人はかなり少ないと思います」

「うっ、そう言われると何も言えないや……」

「それに、靴屋通りの中のどの店かも教えてあげないといけないですからね。だから地図は必須です」


 掲載場所は紙の最下部でも裏面でも構わない。

 チラシに記載したいことが沢山あると、どうしても地図のスペースが小さくなるか、無くなってしまいがちである。

 それを防止するために最初にスペースを確保するという理由もある。


 幸助は裏面の下半分に大きく丸を描き「地図」という文字を書く。

 詳細な地図を描くのは後からだ。

 ちなみにこれが日本であれば、電話番号や住所なども必須である。


「これで『お店に来てください』という情報は記載できました」

「うんうん」

「次はお店に来てもらう理由を書きます。『お店に来てください。なぜなら……』に続く言葉がそれにあたります」


 チラシの目的は店に来てもらうということだ。

 それに対し、何で時間をかけてまでアラノの店へ行かなければならないか。その答えが訴求する内容となる。


「あっ、フィッティングをやってるってことだね!」

「サラ、惜しい。どんな人にとって、フィッティングが必要かを表現するのが大切なんだ」


 サラの言ったことは間違いではない。

 だが、フィッティングをやっているというメッセージが来店動機につながるのは、フィッティングすることでどのような悩みが解決できるのか知っている人だけである。

 だからもう少し噛み砕いた説明が必要だ。

 幸助がヒントを出そうとしたとき、アラノが恐る恐る発言する。


「靴が足に合わなくて困っている方……かな」

「アラノさん、正解です。紙のおもて面はその言葉と合わせて『当店の靴で足の痛みを解消できます』と書き、足が痛がっている人と靴の絵も描きましょう」


 そう言いながら幸助はキャッチコピーと人の絵を雑に描く。

 文字が読めない人の方が多い街だ。

 難題ではあるが、絵で説明するのは大切である。


「コースケさん、地図の上には何を描くの?」

「フィッティングについての説明と価格かな。アラノさん、ここは考えてもらってもいいですか? 王都の工房を選んだ理由とか悩みが解決した人の事例なのです。僕が考えるよりも専門家の言葉の方がいいと思いますので」

「そうだなぁ……。書くのに慣れてないから二、三日、時間をもらってもいいかな」

「はい。大丈夫ですよ。ただし、紙面も限られてますので、できるだけ短めでお願いしますね」


 これでチラシの方向性は決まった。

 あとはアラノの原稿を待つだけだ。

 だがサラは何か思うことがあるようで、晴れない顔をしている。


「どうしたの、サラ?」

「これ、千枚配るんだよね……」

「全部同じにせずに数百枚ごとに違う内容を試すのもありだけど、買った分だけは試してみようと思ってるよ。どうして?」

「そんなにたくさん紙に書くの、大変だよ」

「それは版画にすればいいんじゃないかな」

「版画って?」


 大きなキャッチコピーや絵は版画で。

 細かい文字は手書きで書こうと幸助は考えていた。

 紙はあるのに版画の文化は無いのであろうか。

 幸助はアラノに聞こうとし視線を向けると、それを察したアラノは口を開く。


「絵描きさんが使ってるのを聞いたことはあるよ。木の板を削った版を用意して、そこにインクを塗って紙に写す方法だね」

「その方法です。サラは手先が器用だから木の板を削るのはお願いしてもいいかな?」

「うーん、やったことないけど頑張ってみるね!」


 では今日の話はお終いですねと幸助が言ったとき、再び奥からココとミミが顔を覗かす。

 話が終わるのを待っていたようだ。


「おはなし終わったかな?」

「おはなし終わったね」

「うん。終わったから遊ぼっか!」


 そう言うとサラは立ち上がり、ココとミミの下へ行く。

 早速はしゃぎだす二人。

 賑やかな声を背に、幸助は自分の靴の再調整をアラノへ依頼する。


「アラノさん、ちょっとかかとの上のところが当たるようになっちゃいました。調整をお願いしてもいいですか?」

「もちろん。見てあげるからこっちに来て」


 靴の調整をしてもらいながら、幸助はアラノと言葉を交わす。


「アラノさん。チラシの効果、楽しみですね」

「うん。何だかすごいことが起こりそうでワクワクしてきたよ。こんな気持ちいつ振りだろ」


 手を止め、遠い目をするアラノ。

 この状況に陥るまで何もせず手をこまねいていたわけではない。

 王都の工房だって見つけた。

 戸別訪問だってやった。

 だが、何をしても業績は向上しなかったのだ。

 その状況でワクワクした未来が想像できなくなるのは仕方ない。


「集客がどうなるか、蓋を開けてみないと分かりませんが、アラノさんは自信を持ってくださいね」

「自信?」


 そう聞き返しながらアラノは再び手を動かす。


「だってアラノさんの売ってる靴にフィッティング技術が合わされば、本当に悩んでる人の救世主になりますよ」

「そう言ってもらえるのは本当に嬉しいよ。コースケ君に出会うまで、僕は全く技術なんてない使えない人間だと思い込んでたんだよね……」

「制作技術はなくても、フィッティングという違う技術があったということですよ」

「そうだね。コースケ君、ありがとう……」


 ここでアラノは幸助の足を靴へ誘う。

 調整が完了したようだ。


「うん。ぴったりです。さすがアラノさん!」

「もうこれで大丈夫だと思うけど、また調子が悪くなったら遠慮なく言ってね」



   ◇



 それから少し時は経つ。

 印刷という細かな作業は困難と苦痛を伴ったが、まずは何とか五百枚用意できた。

 アラノの想いが詰まったメッセージが長くなってしまったので、地図の上は手書きとなったのだ。


 抜けるような青空が気持ち良い日。

 商業街のメインストリートにはチラシを配る幸助とサラの姿があった。


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