4.フロントエンド商品
「サラ、汚れてもいい格好に着替えてもらっていいかな?」
翌日の朝。
幸助はアロルドの店にサラを迎えに行くと、開口一番そう言う。
「えー、せっかくこの新しい服で出かけようと思ったのに」
頬を膨らませて不機嫌そうな顔をするサラ。
今日の服装は白地に花柄のワンピースとベージュのジャケットだ。
春を先取りした爽やかな装いである。
次に幸助と出かけるときにと用意していた服だ。
「靴屋さんの大掃除をしようと思ってさ」
昨日幸助はアラノとの打ち合わせが終わった後、宿の部屋で今後の対策を考えた。
しかし何もアイディアはまとまらなかったのだ。
どう考えても安売り店の方が魅力がある。
しかもアラノの店は棚に埃が積もっていた。
店舗や店員に清潔感があることは、客を迎え入れることの最低条件だ。
それが満たされてない今、何をやっても最善の結果を得ることはできない。
だから今日は大掃除の日と勝手に決めたのだ。
「掃除……? そんなの毎日してるんじゃないの?」
サラは不思議そうな顔を浮かべる。
自分自身は毎日開店前に掃除するのが日課である。
そう思うのも当然だ。
「それがさ、全くしてる形跡がないんだ。棚には商品じゃなくて埃が陳列されてるくらいだよ」
「そっか。それじゃ仕方ないね。でも……」
そこまで言うとサラは口を閉じる。
自分の店が休みの日に、わざわざ他人の店の掃除に行くのはイヤだったかなと考える幸助。
無理強いはしないでおこうと決め、聞き返す。
「でも?」
「でも掃除するって、事前に知っておきたかったな」
「そっか。ごめんね。その服はまた明日にすればいいからさ」
「明日はダメなの!」
「そ、そっか……」
その後、着替えを済ませたサラと一緒に幸助は掃除道具を用意する。
アラノの店に人数分の掃除道具があるか怪しかったからだ。
「じゃ、行こっか」
「うん!」
幸助は右肩にモップを担ぎ、左手に手桶を持つ。
手桶の中には雑巾が詰まっている。
二人はぐんぐん道を進む。
数十分歩くと、店へ到着する。
この界隈の店もルティアの店と同様、開店時は店の前面が開け放たれている。
だが、今日は休日だ。店頭はいつものように大きく開いていない。
しかし幸助達を迎え入れるためであろう。端だけが小さく開いている。
そこから店内へ入る幸助とサラ。
「こんにちは」
「こんにちは……ってコースケ君、それは何?」
アラノは幸助の手にしたものをしげしげと見る。
モップと手桶だ。
「アラノさん、今日は掃除をしましょう」
幸助はニヤッと笑いながら答える。
アラノに選択の余地はないと態度で現したのだ。
「そ……掃除?」
「清潔感のある店っていうのは、繁盛店の基本ですよ。このままアイディアを考えても埃臭いアイディアしか浮かびませんからね」
「け、結構厳しいこと言うんだね、コースケ君……。確かに最近は掃除なんて全然してなかったけど」
本人も掃除をしていないという認識はあったようだ。
その認識すら無かったらかなり危ないとこであった。
幸助は少しだけ安心する。
「それで、そちらのお嬢さんは?」
「こんにちは、アラノさん。コースケさんのお手伝いをしてるサラです」
サラがそう自己紹介すると、補足するように幸助が説明を加える。
「サラには改善案を一緒に考えてもらったり、看板などを描いてもらったりしてるんです」
「そうなんだ。サラちゃん、よろしくね」
それぞれ自己紹介が済んだとき、奥からパタパタと足音が近づいてくるのが聞こえる。
ひょこっと顔を出したのは、アラノの双子の娘、ココとミミだ。
幸助の顔を見るや否や、辺りを見回す。
「パロちゃんいないの?」
「パロちゃんいないね」
「ごめんね、今日は一緒じゃないんだ」
幸助の顔を見て期待したココとミミはシュンとする。
残念ではあるが、いつも連れてくることは叶わない。
「初めまして、私はサラだよ」
「わたしはココ」
「わたしはミミ」
お互い自己紹介するとココとミミはサラの手を取る。
「サラおねーちゃん一緒にあそぶ?」
「サラおねーちゃん一緒にあそぼ」
残念ながら今日の目的は掃除だ。
サラは少しかがんで姉妹と視線を合わせると、優しく今日の目的を説明する。
「今日はね、お店の掃除をしに来たんだ」
「お掃除?」
「うん。私たちと一緒にやってみる? ピカピカのお店にするんだよ」
「やる?」
「やるー!」
「さて。みんなで手分けして、お店をピカピカにするぞ!」
「はーい!」
それから丸一日。
時おり懐かしい物が発見され思い出話で中断したり、ココとミミが疲れて途中退場するなどあったが、夕方には隅々まで店が綺麗になるのであった。
◇
数日後、再び幸助とサラはアラノの店を訪れる。
サラは、例のおニューの装いだ。
店内は綺麗な状態が保たれている。
大掃除をした日以来、今のところちゃんと掃除がされているようである。
幸助は前回と同様フィッティングに使用した椅子に腰かける。
形状は幅の短いベンチのようなものだ。
ギリギリ二人座れる幅である。
当然と言わんばかりにサラは幸助の隣に座る。
二人の距離は近い。
「今日はちょっと具体的な話をしますね」
「うん。よろしくね」
「アラノさんは、靴以外に扱ってる商品ってありますか? たとえばサンダルとか靴のメンテナンス用品みたいなものです」
「いや、革靴以外は扱ってないよ。どうして?」
幸助は大掃除をしてから今日までの間、他店の状況や街の人が実際にどのような靴を履いているのか調べていた。
アラノの扱う商品は、魔道コンロのように市民にとっては高額な部類に入る。
それでいて、安売り店という無視できない競合がいる。
その環境下で何とかしなければならない。
当初は品揃えを充実する方法も考えたが、幸助が調べた範囲では靴の卸売りをしている商会などは見つからなかった。
安売り店は、自前の工房を構えているようだ。
今から靴を作ってくれるところを探すのは現実的でないし、先行投資もいる。
だから、今ある靴を売る方法を見つける必要があったのだ。
「フロントエンド商品があるといいんじゃないかなと思いまして」
「フロントエンド商品?」
「コースケさん、フロントエンド商品って何?」
「えっとね、安くて気軽に買える商品のこと」
幸助の言葉に不思議そうな顔を浮かべるアラノが質問する。
「何でそんな商品が必要なの?」
「アラノさんの店には高額な靴しか置いてありません。全く知らない店でいきなり高額商品を買うのは心理的障壁が高いんです。だから買いやすい価格の商品を置こうと思うんです」
フロントエンド商品を置くことのメリットは、気軽に客に来店してもらえることだ。
住宅リフォーム屋の障子の貼り替えや、英会話教室でワンコインで参加できる交流会を開くなどもフロントエンド商品に当たる。
いちど店と客との付き合いが始まれば、高額商品を買ってもらうための壁はぐっと低くなる。
フロントエンド商品と対となるのがバックエンド商品である。
アラノの店では靴がそれに当たる。
もちろんデメリットもある。
いちど客となった人にうまくバックエンド商品をアピールする仕組みが無いと、フロントエンド商品だけを売っている店と思われてしまうことだ。
「そっか。まずはお店に入ってもらえないと、靴も買ってもらえないもんね」
「そういうことです」
そう言いながら表を指差すと幸助は続ける
「幸い目の前の道は人通りもあります」
「うん。工業街の人が市場に抜ける近道だからね」
「じゃあ、その人たちに向けて立て看板を使って、フロントエンド商品をアピールすればいいね!」
「おっ、サラ。今日は冴えてるね」
そう言いながらサラの頭をポンポンする幸助。
えへへーと言いながらサラは嬉しそうな顔をする。
「まずは定期的に購入してもらえる商品を用意して、お客さんに店へ通ってもらえるようにします」
「うんうん、それで?」
「靴の買い替えタイミングが近くなったときに来店してもらえれば、アラノさんの靴を買ってもらえる可能性が高くなります」
金額的に買えるかどうかはまた別の話ですけどねと幸助は続ける。
アラノは、そんな考え方があったのかと唸っている。
購入サイクルの長い商品である。すぐに結果を出せる手法ではないが、今のところ他のアイディアは浮かんでいない。
「それでアラノさん、何かすぐに扱える安価な商品は無いですか?」
「うーん、すぐには思いつかないなぁ」
「靴磨きはどうでしょうか?」
「それは絶対ダメ。靴磨き専門で生計を立てている人がいるからね。靴屋がその仕事を取ったら非難を浴びちゃうよ」
靴磨きは誰でも参入できる仕事だ。
店舗も必要ない。
靴屋が行うのが駄目なのはこの街の不文律なのだろうと幸助は推察する。
「では修理は?」
「靴底の貼り替えくらいはできるけど、修理は買った店に持ち込むのが相場だからねぇ」
「そうですか……」
買った店に持ち込むのが相場ならば、まずは買ってもらわないと始まらない。
これも没である。
「中古の靴を扱うってのはどうでしょう?」
「人のお下がりはよくないんだ。履き癖がついてるから絶対にお勧めしないよ」
「うーん……」
安くて定期的に購入してもらえる商品だ。
簡単そうなのに、なかなか見つからない。
また時間を置いて考えよう。幸助がそう思った時、サラが何か思い出したように声を上げる。
「そうだ! 魔道コンロを置くっていうのは?」
魔道コンロの需要はうなぎのぼりだ。
コンロを買ってもらえれば、消耗品である魔石の需要が定期的に発生する。
商業街と工業街の中間地点であるこの界隈にはコンロを売っている店は無い。
だが、アラノの店で取り扱うには問題がある。
代理店を募集する際に、代理店の利益を守るため当面はこれ以上取扱店舗数を増やさないという約束をしているのだ。
「サラ、残念ながら取扱店を増やすことはできないんだ」
「ならパロちゃんとこの取り扱いをやめて、こっちに持ってきたら?」
パロの父、ホルガーの武器屋も一応コンロの取扱店ということになっている。
だが、寡黙な店主である。
商品説明ができなかった。
冒険者への需要を開拓することもできていない。
結果、一台も売ることができていないのだ。
(フフッ、少しでも多く売れればいいんだよ)
一瞬幸助の頭に魔道具店長ニーナの黒い笑みがよぎる。
ぶんぶんと頭を振ると、それを掻き消す。
「こ、コースケさん、どうしたの。ダメだった?」
「いや、サラ。大丈夫。それならいいと思うよ」
「でしょでしょ!」
幸助の回答にサラはテンションを上げる。
しかしそれとは対照的な表情のアラノが口を開く。
「うーん、魔道コンロって値段は高そうだから、そのフロントエンド商品ってのにはならないんじゃない?」
「確かに……」
アラノの言葉に呆気なく現実に引き戻されるサラ。
コンロは高額である。
アラノの言う通りバックエンド商品のポジションだ。
やはり時間を置いてじっくり考えねば、幸助がそう思ったとき、またしてもサラがアイディアを出す。
「魔石ならどうかな?」
コンロ本体は普及し始めている。
店の前の道を通る人の中にも所有している人はそれなりにいるはずだ。
当初はコンロ本体を普及させるための実演販売が必要であったが、今なら消耗品である魔石を前面に出す手もありだ。
サラのアイディアに幸助は声を上げる。
「それだよ! サラ! アラノさん、魔石なら消耗品だから繰り返し来店してもらえますし安価です。フロントエンド商品になり得ますよ。どうですか?」
魔石は靴とは全く関係ない商品だ。
だが、幸助はそれでもいいと思っている。
目的は「店内に足を運んでもらう」ことだからだ。
実際に幸助の勤めていたコンサルティング会社が取り組んだ事例で、お菓子で集客する家具屋という事例があった。
気軽に来店してもらえる商品で店に足を運んでもらい、店主との人間関係を育む。
そうすることで、いざ家具の需要が発生したときに真っ先に思い出してもらえるようになったのだ。
「うん。魔道具を扱えるなんて、またとないチャンスだしね。是非お願いするよ」
「では、これで方針は決定ですね!」
ここまで話して幸助はふと、今後魔道具が爆発的に普及したら代理店の権利自体が大きな価値を持ちそうだと考える。
代理店権の扱いをどうするかも定める必要がありそうである。
「あと、アラノさん。バックエンド商品である靴を売るために準備してほしいことがあります」
そう言うと幸助はアラノへとある依頼をする。
用意できるまで時間がかかるものであるが、魔石でなく靴そのものを買ってもらうためには必要なことだ。
「うん。分かったよ。頑張ってみるよ」
「よろしくお願いします」
最後にそれぞれの役割分担を話し合うと、その日の打ち合わせは終了となった。




