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3.ないない尽くし

「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」


 幸助の言葉に、表情一つ変えずアラノは口を開く。


「コースケ君は今まで、僕みたいな店の経営改善をしてきたんだよね」

「はい、先ほどのお話どおりです」


 自信をもって幸助は答える。

 この街に来てからもうすぐで一年。

 十分に実績と言える結果も出している。


「気持ちは嬉しいけど、僕の店は無理じゃないかな」

「それはどうしてですか?」

「だってあの店の値段見たでしょ。種類だって豊富だし」


 確かにアラノの言う通りである。

 単価は安い。種類は豊富。

 革靴だけでなく、この店には無い布らしき素材でできた廉価な靴もあった。

 デザイン性もいい。


 片やアラノの店に並んでいるのは革靴だけだ。

 しかも種類は極めて少ない。

 幸助も今のところ打開策は全く浮かんでいない。


 だが改善方法はいくらでもあるはずだ。

 相手だって工夫に工夫を凝らし、今の業態になっているはずである。

 それならば相手に真似されない何か、相手とは違うポジションで勝負すればいい。

 幸助はそう考えている。


「今はまだ見つかっていないだけで、解決方法はあるはずですよ」

「そうかなぁ」

「パロのお父さんの店は、競合店との価格差十倍を克服しましたよ」


 幸助とホルガーが出会った頃、ホルガーの販売する武器の最安値は金貨五枚、競合店は大銀貨五枚であった。

 その価格差は実に十倍である。

 悩んだ末に金貨一枚で販売できる武器を開発し、ギルド認定という制度を導入してもらうことで問題を解決した。


「価格差が何とかなっても品揃えも大変だよ。あれだけの在庫を用意するのは」

「それも何らかの解決方法があるはずです。現にホルガーさんは槍と剣それぞれ一種類ずつだけで勝負してますし」


 当初は初心者向けの槍一本であった。

 その後、初心者向けの剣も用意したのだ。


「でもやっぱり何か事を起こすには手遅れだよ。お金だってほとんど残ってないし」

「必要経費は僕が立て替えます。そこは心配しないでください」


「…………」

「……」


 思いつく「やらない理由」が尽きるとアラノは無言になる。

 変えなければならないという現実と、変化を恐れる無意識の抵抗がアラノの中で戦っているのだ。

 幸助とアラノのやり取りを、少女三人が心配そうに見つめている。


「お店を続けたいってさっき言ってたじゃないですか」

「そうだね」

「娘さん達のためにも。もう一度頑張ってみませんか?」

「……」


 煮え切らないアラノに対し幸助がもうひと押ししようとしたその時、じっと様子を見ていたパロが口を開く。


「コースケお兄ちゃんはすごいの! パロ、毎日おいしいご飯がたべられるようになったの!」


 その瞬間、アラノはハッとした表情を浮かべる。

 何か思い当たる節があるようだ。

 皆の視線がアラノへと注がれる。


「……」


 十数秒は経過しただろうか。

 心の整理がついたようで、アラノはゆっくりと口を開く。


「分かった……。分かったよ。もう一度だけ、頑張ってみよう」


 アラノはそう言うと、パロへと視線を向ける。


「ごめんね、パロちゃんにまで気を使わせちゃって」

「ずっとココちゃんミミちゃんとお友達なの!」

「そうだね……。そうだよね」


 そうつぶやきながら、アラノはパロの頭をなでる。

 パロは気持ちよさそうな表情をしながら耳をピョコピョコと動かす。


「将来振り返った時に、この決断が最善の決断だったと思っていただけるよう頑張ります」


 こうして幸助は、新たな改善に取り組むこととなったのだ。




「ではまた明日の午前に来ますね」

「うん。よろしくね」

「バイバイなの!」


 次回訪問の約束を済ますと、幸助とパロは店を後にする。

 靴を買うだけのはずが予定外に時間をかけてしまった。

 パロのお腹の虫が暴れ始めてしまう。


 足早にアロルドの店へ行くと、幸助はワンプレートランチを注文する。

 もちろんパロにはお子様ランチだ。

 残念ながらボンゴレはまだ完成していなかった。


「はい、パロちゃん。どうぞ」

「ハンバーグなの!」


 サラがランチを持って来ると、間髪入れずハンバーグを取るパロ。

 熱い食べ物は苦手だ。

 何度もフーフーしてから口に入れる。


「ほいひいの!」

「ゆっくりよく噛んで食べるんだよ」

「はいなの!」



   ◇



 翌日の午前。

 幸助は一人でアラノの店へ向かう。

 サラにも新しい改善が始まったことを伝えたのだが、今日は都合が悪く同行できないとのことであった。


「こんにちは、アラノさん」

「こんにちは。コースケ君、今日はよろしくね」


 挨拶を交わすとアラノは幸助に着席を促す。

 昨日パロがフィッティングに使っていた場所だ。

 背もたれの無い少し幅広の、ベンチのような形状である。


「ごめんね。ここしか落ち着いて話せる場所がないから」

「いえ。僕はどこでも平気ですよ」


 腰かけながら幸助は店内を見渡す。

 といっても狭い店内だ。

 昨日と同様、商品の無い寂しい棚と、そこに積もった埃が目に入るだけである。


(ずっと掃除してないのかなぁ。昨日からこの埃、変わってないぞ。あ、そういえば双子ちゃんの気配もないや)


「コースケ君、どうしたの?」

「えっと、今日は娘さんはいないんですね」

「うん。妻が広場に連れていってるんだ。今日は妻の仕事が休みだからね」


 アラノの妻は自分の店ではなく外に働きに出ているようだ。

 ということは子どもの面倒と店番を一人でやっていることになる。

 何かと大変に違いない。

 とりあえず埃については触れず、幸助は本題へ進めることにする。


「では早速始めますね。僕はまだ靴屋業界のことを全然知らないので、まずは色々教えてください」

「うん、もちろん。それで、どこから話したらいいかな。とりあえず他の店のことでいい?」

「はい。それでお願いします」


 話す内容を頭の中でまとめるアラノ。

 少しだけ視線を宙に泳がすと、話し始める。


「靴屋通りには全部で五店舗の靴屋が営業してるんだ。その中で安売りしてる店は二店舗ね」

「二つとも結構大きめの店ですよね?」

「そうそう。もともとはウチと変わらないくらいの店だったんだけどね。隣が空き家になると、どんどん店を広げてさ」


 やることが滅茶苦茶なんだよ、と首を左右に振りながらぼやくアラノ。

 だが幸助は、規模を広げることには何ら疑問を感じていない。

 単純に顧客のニーズに合わせた品揃えを増やし、必要に応じて店舗面積を拡大しただけのように見えるからだ。


 昔ながらのアラノの靴屋と対照的に、規模の拡大というこの界隈では新しい手法を取る靴屋。

 奇しくもウィルゴの造船工房と逆の立場である。

 もしかしたらウィルゴの塗装された船のことを異端呼ばわりしていた人は、アラノのような気分だったのかもしれないなと幸助は感じる。


「それでその二店舗が競争しながら大きくなっていったんですね」

「うん。そんな感じかな。それで周りの店がバタバタ潰れていったの。ウチみたいなタイプの店は全滅だよ」

「えっ? 他にも小さなお店はありましたが……」

「そこはオーダーメイドの店なんだ」


 靴にはサイズがあるので、同じデザインの商品でも在庫が多くなりがちだ。

 その点オーダーメイドであれば在庫は極小に抑えられる。

 メリットは大きい。


「それならばそこと同じようにオーダーメイドにしたらいいんじゃないですか?」

「それは無理。ウチの店は王都の工房から仕入れてるからね。他の二店舗は店主自身が職人なんだよ」


 技術があるってのはいいよねぇとアラノは続ける。

 どうやら小さな店舗で他所から仕入れた商品を販売しているのは、ここだけのようである。


「それなら受注してから王都の工房に発注すればいいんじゃないですか?」

「それも無理。値段が高くなるし時間もかかり過ぎるからね。それに今更金持ちの客を掴むのは不可能だよ。その二店舗は貴族に出入りしてる商人との伝手があるから残ってるんだ」

「そうですか……」

「……」


 ここで店内に静寂が訪れる。

 幸助は居づらさを感じる。

 だが、今は口を開くタイミングでない。

 何か話したそうだが決めかねている雰囲気をアラノから感じ取ったからだ。

 アラノから言葉が出るのを幸助はじっと待つ。


 そして一分後。

 アラノはゆっくりと口を開く。


「実はね……」


 アラノの口からぽつり、ぽつりと言葉が紡がれる。

 その話によると現状に至った事情はこうだ。


 アラノは、当時この店を経営していた父親の長男として生まれた。

 兄弟には恵まれず、必然的に後継者として期待され育てられたそうだ。


 父親には靴を作る技術があった。

 そのため、現在も残っている他の二店舗同様、当時はオーダーメイドをしていたのだ。

 当然後継者としてアラノも靴作りを学んだ。


 しかし、アラノには才能が無かった。

 どれだけ教えられても父親に認められる技術に達しなかったのだ。


 そうこうしているうちに高齢となった父親は引退。

 程なく店の将来を案じながら逝ってしまった。

 老齢にムチ打ち働きすぎたのが原因のようだ。


 作り手のいなくなった靴屋。

 売る商品が無い。当然客も離れてしまった。


 ちょうど双子の娘が生まれたばかりの頃だ。

 アラノは何とか店を存続させようと必死に考えた。

 そこで出会ったのが王都の製靴せいか工房だ。

 良質の靴を一定量仕入れられるようになり、客は少しずつ戻ってきた。


 これで安心して生活できる。

 そう思った矢先、例の安売り合戦が始まってしまったのだ。


「そんな事情があったんですね……」


 アラノの話を聞き、幸助は現在置かれている経営環境はかなり厳しいと感じた。

 今まで改善してきた店は、ルティアの小麦店以外は皆、高い技術力を持つ店ばかりだ。

 技術の無いルティアの店にも、そこでしか扱っていない高品質のオリーブオイルがあった。

 だがアラノにはそれらが無い。

 ないない尽くしである。


 またしても立ちはだかる大きな壁。

 今のところどこから切り崩してよいか幸助にも分からない。

 とりあえず今日は情報収集に徹しようと決め、アラノへ質問する。


「アラノさん。昨日の靴、大銀貨三枚でしたけど利益はどのくらいありますか?」

「実はね、二割くらいしかないんだ」


 想像以上に少ない数字に驚く幸助。

 二割といえば薄利多売のスーパーマーケットに近い。

 大量に売らなければ店の維持は難しい。


「二割ですか? アラノさんの考える適正な利益はどのくらいですか?」

「そうだねぇ、本当なら四割は欲しいとこかな」


 適正価格にするとますます競合店との価格差が広がる。

 壁は高くなる一方だ。


「ということは大銀貨四枚ですか……。ちなみに靴の購入頻度というのはどのくらいですか?」

「うーん、人によって違うけどね。大人は二年から五年くらいで履きつぶして、子どもは成長にもよるけど一年以内かな」

「靴を複数所有して、服に合わせて履き替えたりすることはありますか?」

「それは本当にお金の余裕がある人だけだね。安売り店の靴ならまだしもウチのお客さんには無理だね」


 購入サイクルは長い。

 ファッションの一部として靴を履くのは富裕層の一部のみ。


 確かに、幸助は召喚されたときに与えられた靴をずっと履いている。

 まだこの世界では一度も買っていない。

 悩み込む幸助。


(困ったなぁ。靴がこんなに購入頻度が低い商品だったとはな。だから安売り店は安価な靴を作ってたくさん買ってもらえるように工夫したってことか)


 今の商品を工夫して販売するのか、安価な商品を導入すればいいのか幸助は一瞬迷う。

 だが、ここで安価な商品を導入すれば不毛な競争に自ら参入することになる。

 小さな店では、大量に仕入れて原価を安くするというスケールメリットは活かせない。

 安売り路線は今から参入するには厳しすぎる環境だ。


 これ以上話し込んでも突破口は見つかりそうにない。

 おおよその状況は把握できた。

 幸助は頭の中を整理するため一旦切り上げることにする。


「今日はここまでにしましょう。また明日来ますね。日曜日ですけど大丈夫ですか?」

「うん、もちろん。店の存続がかかってる大切なことだからね」


 ではまた明日と言葉を交わすと、幸助は店を後にする。


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