2.安売り合戦の果てに
「またしても暇になってしまったぞ……」
お土産行脚が終わった翌朝。
帰還後に決めていた予定もすべて消化し、やることの無くなった幸助は宿の部屋で暇を持て余していた。
部屋の隅には、まだ大量の干し貝が鎮座している。
一人では消費しきれない。アロルドの手腕に期待だ。
店を構えていれば毎日客が来る。
接客だけでなく、仕入れや店舗メンテナンスなど仕事は盛りだくさんだ。
たとえ閑古鳥しかいなくても、まだ見ぬ客を待ちわびつつ店を開けなければならない。
だが幸助のような仕事の場合、プロジェクトが動いていないと基本的にやることが無い。
会社であれば他のチームの手伝いもできるが、幸助は個人で動いている所謂フリーランスだ。
自分の行動は自分で管理しなければならない。
これがなかなか難しい。
「はぁ。部屋にいてもつまらないし、たまには行ったことのない所でもぶらついてみるか」
基本的に行動パターンが決まっている幸助。
まだまだアヴィーラ伯爵領内にも行ったことの無い場所は多い。
街を歩けば何か収穫があるかもしれない。
そう決めると幸助は身支度をし、部屋を出る。
宿屋で朝食を済ませ、メインストリートを西へと向かう。
今朝も気温は低いが、日中は暖かくなりそうだ。
春はもうそこまで来ている。
途中ルティアの店を通り過ぎ、更に歩くこと十数分。
何となく気の向いた道を左折する。
「へぇ、こんな道もあったんだ」
幸助が入った道は、馬車がぎりぎりすれ違える程度の幅だ。
道の両側には、年季の入った木造の建物が建ち並んでいる。
石畳の整った舗装は途中で途切れ、その先は土の道路が続く。
人通りはそれなりにある。
何か重要な場所に繋がっている道かもしれないと考え、幸助はぐんぐん進む。
「お、靴屋だ。結構大きい店だな」
しばらく進むと幸助は靴屋を見つける。
一般的な商店と比べてかなり間口が広い。数軒の建物を横につなげたようだ。
店頭には多くの靴が並んでおり、数名の客が品定めをしている。
「あれ? ここにも似たような店があるぞ」
斜向かいにも靴屋を見つける。
先ほどの店同様、かなり広い間口を持っている。
そのまま歩き進めると、小さめの店を更に二店舗見つける。
「面白い場所だなぁ……」
この狭い範囲に靴屋が四件である。
街の面積や人口を考えると、かなりの密集具合だ。
幸助は知らなかったのだが、ここは通称「靴屋通り」と呼ばれている場所だ。
今でこそ閉じてしまった店が多いが、一世代前には十軒以上の靴屋が軒を連ね、鎬を削っていた。
そして更にもう一店舗。
五店舗目となる靴屋が見つかった時、小さな女の子二人がその店へ入っていく姿が目に入る。
そこで幸助はあることを思い出す。
「そういえばパロ、足が痛いって言ってたな。せっかくだからこの店で話を聞いてみようか」
ホルガーの店へ土産を持っていった時、そこには足を痛めたパロの姿があった。
靴のサイズが合っていなかったことが原因だ。
もしもいい靴が見つかったらプレゼントしてあげようと思い、店へ入る。
最初に見た二店舗と違い、こじんまりとした店だ。
店の中央に設置された棚にいくつか靴が並べられているだけで、壁面の棚には何も置かれていない。埃が積もっているだけだ。
幸助は一瞬入る店を間違えたと思うが、一度入った店だ。
これも何かの縁と、とりあえず声をかけてみる。
「こんにちはー」
幸助は声をかけつつ狭い店内を見渡すが、誰もいない。
先ほど店に入ったばかりの子ども達の姿も見当たらない。
このような場合、店員は店の奥にいることが多い。
今度は大きく声を張る幸助。
「こんにちはー!」
今度は声が通ったようで、奥から「はいはーい」という声が聞こえる。
姿を現したのは、四十歳くらいであろう細身の男性だ。
「ごめんごめん。待たせたね。どんな用かな?」
「えっと、子供靴を見たいんですが、ありますか?」
「もちろんあるよ。この辺りかな」
幸助は男性に促され、唯一商品が並べられている棚の裏側に回り込む。
そこには小さな靴がいくつか並べられていた。
サイズは小さいのだが、子どもが好む可愛らしさは無い。
皮で作られた、しっかりとした印象を受ける靴だ。
「それで、靴を履く子はどこにいるんだい?」
「その子は家にいるので、今日は僕だけです」
「なら今度その子を連れて来て。本人がいないと靴は売れないよ」
「えっ、何でですか?」
「靴ってのは本人の足に合わせるものだからね。たとえ長さが一緒でも幅が違ったり甲の高さだって違うんだ。だから調整が必要なんだよ」
「へぇ、そうなんですか」
サイズの見当はついていたので、成長を考えてそれよりも少し大きめの靴を買えばいいと幸助は思っていた。
だが、店主は本人がいないと売れないと言う。
ネット通販で靴を買うことに慣れていた幸助にとっては意外な対応であった。
しかしすぐに自分の感覚がずれていたことに気付く。
幸助も学生時代はちゃんと店頭で試着して購入していた。
通販で買うようになったのは、仕事が忙しすぎて買いに行く手間を減らしたかったからであった。
店主の言う通りだと納得した幸助は、本人を連れてまた来ますと告げると店を後にする。
「せっかくだし最初に見つけた大きな店にも行ってみるか」
幸助は来た道を戻ると間口の広い店舗へ入る。
丈夫そうなブーツから布でできた靴、はたまたサンダルなど品揃えは幅広い。
目当ての子供靴もすぐに見つかった。
カラフルで子どもが好きそうなデザインのものが多い。
「何だ。いっぱいあるじゃん。最初からこっちに来ればよかったな」
そうぼやきつつパロに合いそうな靴を物色していると、女性の店員に声をかけられる。
「いらっしゃいませ。子供靴をお探しですか?」
「はい。十歳くらいの女の子のなんですが……」
「それでしたらこちらなんて如何でしょう?」
店員が手に取ったのは赤の可愛らしい靴だ。
甲の部分に白い花がついている。
幸助はこの靴を履いたパロの姿をイメージする。
(うん、似合うぞ。可愛いな)
「履く本人がいませんが、買って帰ることってできますか?」
「もちろんですよ?」
なぜ当たり前のことを聞くのだという顔を浮かべる店員。
店によって方針はバラバラのようである。
「これってサイズが合わなかったらどうなります?」
「試着だけで未使用でしたら交換させて頂きます」
親切な対応である。
「本人がいたら足に合わせて調整などはしてもらえますか?」
「いえ、調整は承っておりませんが、当店は品揃えが豊富です。きっとどれかは足に合うと思いますよ」
一瞬買っていこうか悩むが、先ほどの店でのやりとりを思い出す。
足が痛いと言っていたので、やはり本人の足に合わせた方がいいのではと考えたのだ。
「そうですか。やっぱりもう少し考えることにします」
そう言うと幸助は店を後にし、ホルガーの武器屋へ向かう。
「こんにちはー」
「いらっしゃいなの!」
「どうした? 今日は」
ちょうど店内にはホルガーとパロ、そして一人の青年がいた。
ホルガーと同様、肩にタオルをかけている。
この人が見習いだろうと幸助は考える。
「ホルガーさん、パロを靴屋に連れて行ってもいいですか? 足に合わないって聞いてましたから気になってて」
「それは助かる」
「新しいお靴、買ってくれるの?」
「うん、パロ。一緒に靴屋さんに行こ」
「行くの!」
ついでに昼もどこかで食べてきますねと言い残すと、幸助はパロを連れ再び靴屋へ向かう。
どの店へ行こうか悩んだが、パロの足のことを考えて最初に入った小さな店に決める。
「こんにちはー」
「あれ? さっきのお兄さん。もう連れて来てくれたんだ」
「はい。この子の足に合わせてください」
「はいよ。じゃあお嬢ちゃん、ここに座って」
ちょっと緊張した面持ちで指定された場所に座るパロ。
とそこへ、先ほど来た時に見かけた二人の女の子が店の奥からやって来る。
髪の色が水色とピンク色という違いがあるだけで、顔や背格好は瓜二つだ。
「あれっ、パロちゃん?」
「あっ、パロちゃん!」
「ココちゃんミミちゃんなの!」
パロは立ち上がると、三人でキャッキャし始める。
意外な展開に少し驚く幸助。
「パロの知り合い?」
「広場のお友達なの!」
「へえ、そうだったんだ」
店主も、そうなんだと言いながら笑顔を作る。
広場へは母親が連れているため、娘の友人までは知らなかったのだ。
その後幸助はテンションの上がるパロをなだめ、再び靴合わせに入る。
同じ靴を履いては脱ぎ、何かの器具で調整すること数回……。
「ぴったりなの!」
狭い店内を行ったり来たりしながら真新しい靴の感触を確かめるパロ。
「特にこの子は足の長さに対して幅が広めなんだよね。今までなかなか合う靴が見つからなかったんじゃないかな」
「そうなんですか、ありがとうございます。本人も困ってたみたいですし助かります」
そう言うと幸助は、また三人ではしゃぎ始めたパロを見る。
本当に仲が良いようだ。幸助の見たことのない手遊びをし始める三人。
幸助は店主に代金である大銀貨三枚を渡すと口を開く。
「成長してサイズが合わなくなったらまた来ますね」
「あっ……、そのことなんだけど……」
突然店主の顔に影が差す。
何か失言してしまったかと焦る幸助。
「あ、僕何か変なこと言っちゃいました?」
「ううん。えっとね……。サイズが合わなくなった頃には店は無いかもしれないんだ」
「えっ、どうしてですか?」
今日のパロに対する仕事ぶりを見ている限り、接客や技術は問題なさそうだ。
引っ越しなど別な理由なのだろうかと幸助は推察する。
店主はいちど子供たちの方を見ると、意を決したかのように言葉を紡ぎだす。
「実は、だいぶ前から靴屋同士の競争が激しくなってね。ウチはもうやっていけそうにないんだ」
「そうなんですか。この界隈は靴屋ばかりですからね。ずっと昔から競争してるイメージには見えましたけど……」
幸助が見ただけでも五店舗の靴屋があった。
競争が激しいというのは想像に難くない。
「昔はそうでもなかったんだ。それぞれの店に固定客がついててね。でもあの店ができてから安売り合戦が始まっちゃってさ」
「あの店っていうのは?」
「メインストリートに一番近い店あったでしょ。大きい店」
あの店とは先ほど幸助が覗いた店のことであった。
確かに豊富な品揃えで、パロ用にと検討した赤い靴は銀貨五枚の価格設定だ。
素材が違うので単純比較はよくないが、六倍の価格差である。
「斜向かいにも似たような店がありましたよね」
「そうなの。あの店に追従しちゃったんだよね。それからだよ。同業者もどんどん店を閉めちゃって。靴屋通りって名前も過去のものになりそうだよ」
そう言うと、はぁと大きなため息をつく店主。
この店だけでなく、通り全体の問題のようである。
状況が気になった幸助は、店主へ言葉を投げる。
「もしよかったら詳しく状況を教えてもらえませんか? もしかしたら力になれるかもしれません」
「うん、どうして?」
「実は……」
そう言うと幸助は、自身の仕事や開示できる範囲の実績について説明する。
もちろんパロの父、ホルガーの武器屋の話もだ。
最後に契約云々はさておき、とりあえず話すだけでも気が楽になりますよと告げる。
「そうなんだ。なら話だけでも聞いてもらおうかな。あっ、そういえばまだ名乗ってなかったね。僕はアラノ。あの二人は僕の娘でココとミミ。水色がココでピンクがミミ。双子だよ」
「僕は幸助です。あの子はパロ。先ほどお話した武器屋の娘さんです」
よろしくおねがいしますと頭を下げると幸助はアラノへ質問する。
「もう閉店の時期は決まってるんですか?」
「ううん、まだだよ。いつかまたお客さんが戻ってくるんじゃないかと思うと、なかなか決断できなくてね」
開業するときは夢も希望もあり勢いに乗れるのでそれほど苦にならない場合が多い。
だが、廃業するタイミングは難しい。
まだ何とかなるかもしれないという想いと「廃業」という後ろめたさが堅実な判断を邪魔するのだ。
全財産を失ってからでは廃業後の行動に大きな制約が出てしまう。
特に借入金がある場合は、減るどころか増える借入金を返済し続けるため、廃業すら難しい場合もある。
廃業時には借入金を完済しないといけない。だが、それができるだけの現金が無いからだ。
その後数十分、幸助とアラノの会話は続く。
話を聞く限り、アラノの店はまさに廃業という判断をしなければならないギリギリの状況であった。
ここで幸助はホルガーの店でも聞いた質問をする。
「アラノさんはお店を続けたいと思ってますか?」
「そりゃ代々続いてきた店だし、娘たちのことを考えるとね」
そう言いながらキャッキャと遊ぶ子ども達へ視線を送るアラノ。
その視線に気付いたのか、三人が幸助とアラノの下へ戻ってくる。
娘の頭を撫でるとアラノは続ける。
「この子の友達とも離れ離れになっちゃうし」
アラノもホルガーと同様のことを口にする。
子を愛する親の想いは異世界でも変わらない。
「ということは、店をたたんだ後のことは決まってるんですね」
「うん。妻の実家が別の村で農家をやっててね。もし店をたたんだら、そこを手伝う予定なんだ」
「そうですか……」
「ココちゃんミミちゃんと遊べなくなっちゃうの?」
パロの質問にアラノは辛そうな顔で答える。
「今すぐじゃないけどいずれは……ね」
ココとミミ姉妹も不安げな表情で父の顔を窺っている。
「おとーさん、パロちゃんと遊べなくなっちゃうの?」
「おとーさん、パロちゃんともっと遊びたいよ」
言葉が詰まるアラノ。
これは子ども達のためにも何とかしなければならない。
強い想いが湧き上がる幸助。
「アラノさん」
「うん?」
視線の合う二人。
その様子を不安げにみる女の子三人。
幸助はいつものセリフを声高らかに宣言する。
「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」




