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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第1章 パスタレストラン編
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4.ご褒美は魔物のステーキ

「よいしょ、よいしょ。これでよし、と」


 翌日の朝、サラは立て看板を店の外に設置した。

 昨日三人で一生懸命制作した看板だ。

 大きな赤いパスタの絵の下には大銅貨が八枚並んでいる。

 祝福するかのような朝の陽光がサラをやさしく包む。


「これでお客さんたくさん来てくれるかなぁ。うん、コースケさんを信じよう」


 店内に戻り日課の掃除を始める。

 テーブルと椅子をを一度隅に固めて床をふく。

 もとの位置に戻すと今度はテーブルをふく。

 時刻は朝十時。まだまだ開店までは時間がある。


「ふぁあ……。昨日なかなか寝られなかったなぁ」


 今日のことで期待と不安が混じりなかなか寝付けなかったサラ。

 眠気が少しだけ残っている。

 パンッと両手で顔をたたき、気を引き締める。


「よし、これで大丈夫」


 残りの作業をしているうちに、待ちに待った開店の時刻である午前十一時が訪れる。

 ドアのカギを開け、営業中を示すため店名の入ったプレートを表向きにする。


「お願いです。お客さんいっぱいきてください!」


 そう祈りながら客の来店を待つサラ。


 待つこと十分。


「来ないなぁ。みんな立て看板見てくれてるかな」


 そわそわと店内をうろつく。

 店の外からは通りを往来する人の声や馬車の音だけが聞こえてくる。


 更に待つこと十分。


「来ないなぁ。まだ時間が早いからだよね。きっとおなかをすかした人が看板を見たら食べたくなるもん」


 不安が募るサラ。

 用もないのにテーブル上の小物の位置を整える。右へやったり左へ戻したり。もう、十回以上整えなおした。


 そして更に待つこと二十分。

 店外から複数の声が聞こえてきた。


「あら、ここにこんなお店あったかしら?」

「新規オープンしたんじゃないかな。見たことないぞ」

「パスタが大銅貨八枚ですって」

「いいんじゃないかな。おいしそうだよ」


 サラは期待に胸を高鳴らせる。


(お願い、来て頂戴!)


 その直後、ギィという音とともに、明るい光が店内に差し込んできた。


「いらっしゃいませ!」


 弾むようなサラの声が本日最初の客を迎える。


「こちらの席へどうぞ」


 四名の客を席へ案内する。


「外に描いてあったトマトのパスタ、四人前ね」

「はい。ありがとうございます! ご一緒にオニオンスープもいかがですか? セットなら大銅貨三枚のところ二枚になりますよ」

「どうする?」

「合わせて銀貨一枚か」


 互いに顔を見渡す来店客。

 銀貨一枚ということは、この街のランチでは許容範囲の上限金額だ。


「ベーコンも少しですけど入っていますよ」ともうひと押しするサラ。

「なら私、頂こうかしら」

「俺も」「私も」「じゃぁ私も」

「ありがとうございます! 少々お待ちください」


 そう告げるとパタパタと厨房へ向い、注文を通しに行く。


 ちなみに「ご一緒に~」という接客用語も幸助と一緒に考えたものだ。

 といっても幸助にとっては、普段よく行っていたファーストフード店の決まり文句を真似しただけだが……。


 ギィ。

 サラが厨房へ先ほどの注文を通した直後、また扉の開く音がした。

 今度は男性一人だ。


「いらっしゃいませ!」

「あのぅ、その看板に描いてある赤いパスタって、トマト味なの?」

「はい、そうですよ。当店自慢のトマトバジルパスタです」

「金額って大銅貨八枚で間違いない?」

「はい。間違いないです」


(そうか、この方は文字がわからない方なんだね。絵の効果抜群だ!)


「ならそれを一つもらおうか」

「ありがとうございます! ご一緒にベーコン入りのオニオンスープもいかがですか? セットなら大銅貨三枚のところ二枚になりますよ」


 先ほどと同様にスープを押すサラ。


「スープはいらないや」

「はい。かしこまりました。では、こちらの席にかけてお待ちください!」


 その後もパラパラと客の来店は続き、店内の客数がゼロになることは無かった。



  ◇



「ありがとうございました!」


 昼の営業が終了した午後三時。

 サラは最後の客を送り出すと、店名のプレートを裏返す。

 そしてその隣にある立て看板をそっとなぜる。


「ありがと、看板さん」


 その顔からは笑顔があふれている。

 プロジェクト成功なのは誰の目にも明らかだ。


 ギィ。

 サラがせっせと閉店後の片づけをしていると、幸助がやってきた。

 ちなみに幸助は通りの向こうから通行人の動向を観察していたので、おおよその来店客数は把握している。


「コースケさん!」

「その顔を見ると、うまくいったようだね」

「うん! こんなにお客さんが来てくれたの、開店の時以来だよ。コースケさん、本当にすごい!」

「いやいや、サラとアロルドさんが頑張ったからだよ」

「ううん、私たちだけだったら絶対できなかったもん。それに、『ご一緒に』っていうあの言葉もすごいの。別料金なのに十人もスープ注文してくれたんだよ。まるで魔法だね!」


 本日の実績は二十名の来店であった。

 満席には程遠いが、今までの状況からすると奇跡に近い実績である。

 無料で提供していたスープをセットメニューにしたことで、客一人当たりの売上である客単価も向上。

 薄利だったメニューが適正価格になったことで、利益率も申し分ない。

 常連だった隣の奥さんも来店してくれたが、スープが別料金になったことは何も咎められなかった。むしろ、無理してるんじゃないかなと心配してくれていたそうだ。


「すまん、正直おまえのこと疑ってた」


 いつの間にかアロルドが厨房からやってきたようだ。


「いいんですよ。いきなり知らない人が来て変な提案をしたのに、アロルドさんはそれを受け入れてくれたんですから。僕が感謝したいくらいです」

「そうか。そう言ってくれるなら助かる」


 客席に三人が腰かける。


「それにしても、あんな立て看板一枚でここまで違うとはな」

「これが認知ってやつですよ。もう、街の皆にアロルドさんのパスタは世界一って言って回りましょうよ。もっと認知されますよ」

「賛成!」

「そんな恥ずかしいことはやめてくれ」

「はは、冗談ですよ」

「それで、だな。コースケ、お前は看板以外にもできることが沢山あるとか言っていたよな」


(お、アロルドさん、挨拶の時以来初めて僕のことを名前で呼んでくれた!)


「はい。立て看板は小さなとっかかりにしか過ぎません」

「他にはどんな手があるんだ?」

「立て看板よりも簡単なことから店舗の改装、はたまたそれ以外もいろいろありますよ」


 幸助が本当にしたいと思っていることは店舗の改装だった。

 照明器具を火に頼るこの世界では、夜は暗い。

 それなのにアロルドの店はデザイン重視で窓が小さく、昼も暗い。

 だからいっそのこと壁を蛇腹にして、オープンテラスカフェっぽくしたかったのだ。

 ただ、今の外装がアロルドの拘りということや予算のことを考えると完全に無理なので、具体的な提案をするつもりはなかったのだが。


「改装って、店の外観は変えんぞ」


(そ、そうですよねー)


「もちろん、改装はあくまで手法の一例ですし、取っつきやすいこともいっぱいありますよ」

「ならば昨日言っていた正式な契約とやらについてなんだが」

「はい。お店が儲かった時払いの契約のことですね」

「おう。それはどうなった時にどれだけ払えばいいんだ?」


 こうしてアロルドは幸助と諸条件を詰め、正式に店舗改善の仕事を請け負うこととなった。

 大人の話なので契約の場にはサラは外れてもらっている。


 この世界では、商業ギルドが銀行の役割も果たすため、報酬の受け取りはギルドを通すこととなった。

 これであれば、いつでも報酬を振り込んでもらうことができる。

 ちなみに幸助はフレン王国からの謝罪金を受け取った時、それを預けるため商業ギルドに口座を作っていたのだった。

 商業ギルドの役割は銀行業務以外に、商売に対する課税、仕事の斡旋、技術指導など多岐に渡る。


「それにしても気前のいい奴だな。普通こういうのは前払いが相場だぞ」

「いいんですよ、アロルドさん。気にしないでください。好きでやってることですから」


(金に困ってないなんて、金に困っている人の前では言えないな)


「いつまでも儲からなかったっつって払わないこともできるんだぞ」

「その時は僕の人を見る目がなかったと諦めますよ」

「どこまでも気前のいい奴だな」




 幸助とアロルドが打ち合わせを終えた頃、表の通りを往く人々の影は長く伸びていた。

 もうすぐ夜の営業時間が始まる時間だ。

 店内は随所にランプが灯っており、店内をやさしく照らし出している。


「もう、夜の営業時間になっちゃいますね」

「おう、もうそんな時間か。ちょうどいい、コースケ。今日は俺が夜の特別メニューをご馳走してやる。食べていかないか?」

「え、いいんですか?」

「これから長い付き合いになるかもしれないしな。お礼代りにうまい料理を出してやる」

「お店が儲かったら僕は要らなくなるんですから、あまり僕との付き合いは長くしちゃだめですよ」


 アロルドとの話で決めた幸助の役割は、店が黒字化するまで経営や企画に参画するということである。

 従って、幸助が長く関わるということは避けなければならない。


「まあ、細けえことはいいんだよ。でな、ウチはパスタがメインだが、夜は肉料理もやってるんだ」

「そうなんですか? パスタ専門だと思ってました」

「パスタだけだと客単価が高くならないからな。ま、食べて行けよ」

「では、お言葉に甘えます」


 少し待っとけという言葉を残して、アロルドは厨房へ戻っていった。

 入れ替わりに外のプレートを営業中に変えつつ外の掃除をしていたサラが戻ってきた。


「コースケさん。打ち合わせ、お疲れ様!」

「ありがとう、サラ。何か嬉しそうな顔してるね」

「うん! 私、初めて仕事が楽しいって思えたかも」

「よかったじゃないか、サラ。それは大事なことだよ」

「それでね、これからお店がどうなるのかなぁって考えたらすごいワクワクしてきたの。コースケさんウチに来てくれてありがと!」


 いえいえ、と日本人流の謙遜をしていると、サラを呼ぶアロルドの声が厨房から聞こえてきた。

 はーいと言いながらパタパタと厨房へ行くサラ。

 一人になった幸助は頭の中で今日の反省会を開く。


(それにしても立て看板一つですごい変化だな。それだけ今までこの店の存在が目に留まってなかったってことか。

 今日の来店が二十人。ほとんど新規みたいだからそのうちの一人でもリピーターになってくれたらだいぶ楽になるな。

 あと、スープを別料金にしたことによる反発も無かったみたいでよかった。ま、そういうことで反発する客はこの店にふさわしくないから今後一切来なくても問題ないか。

 せっかくいい機会をつかんだんだ。黒字化するまでに資金が尽きて廃業になることも避けなきゃな。あとは……)


 深く考え事をしている幸助。

 目の前に、ジュウジュウと音を立てている皿が置かれたことで思考を中断する。


「コースケさん、はい、これ。夜のイチオシメニュー、レッドボアのステーキだよ」


 レッドボアとは広い範囲の森に生息する体長二メートルくらいの猪の野獣だ。真っ赤な毛並みが特徴である。

 主に冒険者が狩ってきたものがギルドを通して市場に流通されている。


「レッドボアって、魔獣の……?」

「そうだよ。食べたことなかった?」

「うん。これまであまり魔獣の肉を食べる機会がなかったからね」


 無理もない。日本には魔獣なんて生物はいない。

 この世界に来てからの半年間でも、動物の肉は食べたことがあったが魔獣は見たことがなかった。


「コースケさん、魔獣の肉を食べたことがなかったなんて、どこか遠い国の出身なの?」


(しまった! 自分の設定を考えてなかった)


 突然降ってきた難問に俄かに焦る幸助。

 召喚されたということは内密にするという条件で謝罪金をもらっている。

 本当のことを話すわけにはいかないし、仮に話したとしても信じてもらえないだろう。


(ああ、そういえばフレン王国の市民権は持っていたな)


 謝罪金と同時に与えられたフレン王国の市民権のことを思い出した幸助は、そのままフレン王国出身という設定にすることにした。


「僕はフレン王国の人間だよ。ただ、名前すらないような田舎の漁村出身で肉はほとんど食べたことがなかったからね」

「ふうん、そうなんだ。じゃぁ、冷めないうちに食べてね! おいしいよ」


(ああ、サラは純真な娘でよかった)


 幸助はいただきますと言うとフォークを手に取り、きれいな焼け目のついた肉に手を伸ばす。

 一口サイズにカットされているので切る必要はない。

 初の魔獣肉ということで一瞬とまどったものの、豚肉のようなものだなと思ってそのまま口へ放り込む。

 奥歯で噛みしめると、じゅわっと口の中に肉の旨みと脂の甘みが広がる。そして香辛料がその味をピリッと引き立てる。


「うん。美味しい!」

「でしょ! パスタ以外もお父さんの料理は最高なの!」


 じゃぁ私は仕事に戻るからと言うとサラは厨房に戻っていった。

 幸助は先ほどの反省会を再開しつつ、ジューシーな肉を味わう。

 そして食べ終わった頃には、外は完全に真っ暗になっていた。


(うまくいって本当に良かったなぁ……)


 幸助の心は美味しいものを食べた満足感と、自分の居場所が見つかった充足感に満ちていた。


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