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1.お土産行脚

 ある日の午後。

 晴れ渡った空の下。

 きりっと冷える空気の中。

 アヴィーラ伯爵領のとある広場では、キャッキャと子ども達が遊び、戯れている。


 この広場は商業街と工業街の境目にある。

 それほど広くはないが、冬でも葉を落とすことのない広葉樹やちょっとしたアスレチック遊具などが整備されている。

 街の中央にあるロータリー広場と合わせ、数少ない市民の憩いの場だ。


「久しぶりなの!」

「久しぶりかな? パロちゃん」

「久しぶりだね! パロちゃん」


 子ども達の中にパロがいた。

 商売のターゲットを冒険者へ切り替えてからは、広場では見かけなくなった姿である。

 久しぶりの登場に、興奮気味に迎え入れられている。


「あっちであそぶ? パロちゃん」

「あっちであそぼ! パロちゃん」

「あそぶの!」


 そう声をかけあうと、三人は大きな木の下へ手を繋いで走り出す。

 パロを中心に、右に水色髪の女の子。左にピンク髪の女の子だ。

 背は頭半分パロの方が高い。

 どうやら、かなり仲の良い友人同士のようである。

 転げまわりながら追いかけっこをしたかと思えば地面に座ってごっこ遊びを始める。


 パロの父ホルガーはそんな様子を暖かな眼差しで見つめる。

 しかし毎日遅くまで働き詰めだったホルガーを眠気が襲う。

 大きなあくびを一度すると、ベンチに腰かけたまま腕を組み目を閉じる。


 …………。


 どれくらい時間が経過しただろうか。

 ホルガーが目を開けると日はだいぶ傾いていた。


「!? もう夕方か」


 パロ達は相変わらずごっこ遊びをしているようだ。

 地面に引かれた線は部屋の壁のようである。

 ホルガーがパロの側により声をかける。


「パロ、帰るぞ」

「えー、もっと遊びたいの!」

「また連れて来てやる」


 ごっこ遊びでお母さん役になり切っていたパロは、残念そうに耳を垂らす。

 また遊んでやってくれと二人の友達に言い残すと、ホルガーはパロの手を引き家路へと向かう。



   ◇



「アロルドさん。はい、お土産です」


 幸助が隣街から戻り『アロルドのパスタ亭』での再会を済ませた後のこと。

 開店前の店内にて、幸助は土産の詰まった袋をテーブルへ置く。

 どすっと音を立てる袋。大きさは相当ある。スーパーに売っている十キロの米を軽く上回る。


「何が入ってるんだ、これ?」

「干し貝です」


 袋の中にぎっしり詰まっていたのは、アサリのような貝のむき身を干したものだ。

 袋を開けると中身を手に取るアロルド。

 海鮮の香りが広がる。


 造船工房であるウィルゴの店の改善は、魔物の襲撃により思わぬ方向に着地した。

 幸助の改善案はどれも実行されることがなかったため、報酬の受け取りを遠慮したのだ。

 それでもウィルゴは、改善のめどが立ったのだから報酬を払うと言ってくれた。


 だが、幸助は固辞した。

 ならばせめて気持ちだけでもと渡されたのが、この干し貝である。

 何でも奥さんの実家で取り扱っている商品だそう。


「どこからどう見ても干し貝だな」

「アロルドさん、これ、パスタの材料に使えませんか?」

「パスタにか? そういえば陸の食材しか使ってなかったからな。面白いことになりそうだな」


 もともと自慢のトマトバジルソースで勝負をしていたアロルド。

 パスタ以外の追加メニューも肉が中心である。

 今まで海鮮を扱おうとは微塵も思っていなかった。


「で、コースケ。お前は何が食べたいんだ?」


 幸助との付き合いも長くなったアロルド。

 行動パターンが読めてきたようである。


「貝といえば……」

「貝といえば?」

「もちろん、ボンゴレです!」

「ボンゴレ? 何だそれ」

「貝の旨みが出たパスタです。白ワインを入れて作るのが僕の好みです」


 またしても大雑把な説明をする幸助。

 もちろん食べる専門だ。作ったことは無い。

 友人の経営する店で食べた時に、カウンター越しに作る姿を見たことがあるだけだ。


「僕が食べたことがあるのは生の貝を使ったもので、干し貝ではどうなるか分かりません。アロルドさん、あとはお任せします!」

「また丸投げか!」

「うんうん。やっぱりこれだよ!」


 ここでサラが会話に入る。

 いつものやり取りが戻ってきたことで、サラの顔に自然な笑顔が戻る。


 ここでふと幸助は厨房を見ると、せっせと大鍋をかき回している青年がいることに気付く。


「アロルドさん、厨房にいる人は誰ですか?」

「ああ、あいつか。見習いを雇った」

「へぇ、見習いですか」


 隣町に出る前に、そろそろ見習いもと話していたことを思い出す幸助。

 あれから一ヵ月しか経っていない。

 アロルドのフットワークが軽いことに驚く。


「せっかくだから紹介する。おい、マルコ! ちょっとこっちに来い」


 アロルドが厨房に声をかけると、マルコと呼ばれた青年がやって来る。

 まだ少しあどけなさが残る顔に茶色の髪。

 年の頃はサラと同じくらいであろうか。


「アロルドさん、何ですか?」

「こいつを紹介する。コースケっていって、たまに無茶な料理のリクエストをしてくる奴だ」

「何ですか、その紹介。ま、いいや。僕は幸助だよ。よろしくね」

「あ、ああ……」


 幸助は目を合わせようとしないマルコに違和感を感じる。

 避けられる理由もない。人見知りなのかもしれないと考える。


「コースケさんはね、いろいろすごいんだよ!」

「そっか……。じゃあ、俺は仕込みがあるから戻るよ」


 そう言うとマルコはそそくさと厨房へ戻る。

 覇気のない背中に三人の視線が注がれる。


「何だあいつ、不愛想だな」

「人見知りなんですかね?」

「そんなことなかったけどなぁ」


 首をかしげるサラ。

 マルコの態度はあまりにも素っ気なかった。

 混ぜていた鍋の具合が気になっていたのだろうと幸助は考えることにした。


「そうだ。そういえばお前に味見してもらいたいものがある。飯食っていくよな?」

「もちろん。トマトバジルパスタを食べに来ましたから」

「ならパスタと一緒に持っていく。待ってろ」


 パスタが来るまでの間、幸助はサラへ土産話をする。

 もちろん話題の中心は魔物の襲撃のことだ。


「へぇ。やっぱり私の悪い予感は当たってたんだ」

「まあ、半分かな。直接の脅威は無かったからね」

「でも船に乗ってたら危なかったじゃん!」

「そ、そうだね……」


 幸助がサラの言葉にタジタジになったその時、アロルドが皿を手にやって来る。

 コトリと幸助の前に置かれた皿は二つ。

 一つはいつものトマトバジルパスタ。もう一つの皿には黄色のクリームのようなものが無造作に入っているだけだ。

 幸助は謎の物体を指差しアロルドへ質問する。


「これは何ですか?」

「牛の乳と卵、砂糖を混ぜて作った甘いクリームだ。生クリームばかりだと飽きるってミレーヌが言うから作ってみた」


 どうやらアロルドは妻から別なスイーツを要求されたようだ。

 業績が向上したらそれはそれで色々大変なようである。


 幸助はスプーンでクリームを掬うと口へ入れる。

 口の中で広がるのは懐かしいあの味であった。


「これは!」

「どうした?」

「紛うことなきカスタードクリームです」

「カスタードクリーム? なんだ。お前の知っているものだったか」


 残念そうな表情を浮かべるアロルド。

 慌てて幸助はフォローする。


「僕は作り方まで知らないですから。すごい美味しいです!」

「そ、そうか」

「これって、たくさんありますか?」

「いや、試作だからもう無いぞ」

「ならお願いなんですが……」


 そう言うと幸助は、カスタードクリームをパンの中に入れたものを幾つか作ってほしいとリクエストする。

 そう、クリームパンである。

 アロルドの快諾を受けると幸助はペロリとパスタを平らげ、店を後にする。


「ふぅ、やっぱりアロルドさんのパスタは最高だな」


 久しぶりの味に満足する幸助。

 メインストリートを西へ向かう。

 行先は、小麦店であるルティアの店だ。


「こんにちはー、ルティアさん」

「あら、コースケ。帰ってきてたのね。サラちゃんには会った? だいぶ心配してたよ」

「はい。さっき会ってきました」

「そう。ならよかった。それで、今日はどうしたの?」

「隣町のお土産を持って来ました」


 そう言うと幸助はルティアにも干し貝が詰まった袋を渡す。

 袋のサイズはアロルドへ渡したものよりもかなり小さめだ。


「なあに、それ?」

「干し貝です。炙ってよし。アヒージョによし。そのまま売ってもよし」

「ふふ。せっかくコースケからもらったのに売るわけないじゃない。酒のあてにさせてもらうよ」


 長くてしっとりした紫色の髪をかきあげながら、ありがとねと言うルティア。


「おかわりが必要だったらまた言ってください。いっぱいありますから」

「こんなにあったら、すぐには食べきれないでしょ。もしかして、一緒に食べてくれるのかしら?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるルティア。

 幸助は久しぶりのオトナの洗礼に慌てる。


「あ、それはその……」

「うふふ。冗談よ」


 ルティアの手のひらで転がされてしまった幸助。

 必死に別の話題に振り替える。


「そ、それでルティアさんは、最近商売の方はどうですか?」

「オリーブオイルはもう供給不足ね」

「絶好調ってことですね」


 オリーブを栽培しているのは親戚である。

 もともとは生産過剰になっていたオリーブオイルをルティアの店で無理に扱ってもらっていた。

 しかし、幸助が関わることにより人気に火がつく。

 あっという間に供給不足になってしまったそうだ。

 すぐに増産できるものでもない。

 今では新規客の購入は受け付けてないとのことだ。


 一通りの話が済むと幸助はルティアへ別れを告げる。


「それでは。ルティアさん」

「また来てね、コースケ」



   ◇



 翌日。

 午前中に幸助はニーナの魔道具店へ行き、隣街の報告を済ます。

 もちろん大量の干し貝持参だったことは言うまでもない。


 ちなみに王都の店舗計画は、場所も決まり順調に進んでいるようだ。

 今のところ幸助の手伝いは無くても大丈夫とのことであった。


 午後になると幸助はアロルドの店で約束のクリームパンを受け取り、ホルガーの店へ向かう。

 パンが少し硬めなのは残念であるが、出来上がったものは間違いなくクリームパンであった。


「こんにちはー」

「あっ、コースケお兄ちゃん。久しぶりなの!」

「久しぶり、パロ。ホルガーさんいるかな?」

「待っててなの!」


 トテトテと奥へ行くパロ。

 歩き方に少し違和感がある。

 足の怪我でもしたのかなと幸助は心配する。


 店内を見渡すと、初心者用の槍と剣がかなり幅を利かせている。

 特に槍は幸助が必死に奔走した結果、製品化されたものだ。

 感慨深げに眺める幸助。


「おまたせなの!」

「久しぶりだな」


 程なくしてパロはホルガーを連れて戻って来た。


「お久しぶりです、ホルガーさん」

「今日はどうした?」

「ちょっと隣町まで行ってましたので、お土産持ってきました」


 そう言うと干し貝の詰まった袋をホルガーへ渡す。

 家庭用の消費しか期待できないので、袋のサイズは手に乗る程度である。

 お土産と聞いてキラキラの眼差しで袋をロックオンするパロ。


「何だ、これ?」

「干し貝です。そのまま炙って食べてよし。料理に使ってよし。いいツマミになりすよ」

「そうか。有難くいただく」


 その様子を見ていたパロはしょぼんと耳を垂らす。

 期待した甘いものでなかったからだ。


「パロ。はい、これはパロへのお土産」


 幸助に渡された包みを開くパロ。

 中から出てきたのは一見普通のパンである。


「パン……なの?」

「そうだよ。食べてごらん」


 幸助がそう言うとパロはホルガーの顔を窺う。

 黙って頷くのを確認すると、ハムッとパンにかぶりつく。

 そしてモグモグと数回咀嚼するとパロは目を真ん丸に見開き、耳をビン! と立てる。


「甘くておいしいの!」

「でしょ、クリームパンっていうんだ」


 パロは一心不乱にパンへかぶりつく。

 その姿を横目に幸助はホルガーへ質問する。


「ホルガーさん、さっきパロの歩きがおかしかったような気がしましたが、怪我でもしたんですか?」

「靴が合わなくて。広場で走り回ったら痛めた」

「そうなんですか。小さい子は成長が早いですからね」

「ああ」


 今パロが履いているのはサンダルだ。室内用であろう。


「そういえば広場に行ったってことは、店を留守にできるようになったんですか?」

「見習いが来てる」

「てことは、商売は繁盛してるってことですね!」

「そうだ」


 ホルガーの店にも見習いが来ているようだ。

 幸助の中では一番頭を悩ませた店だけに、喜びもひとしおだ。


「それを聞いて安心しました。では長居して仕事の邪魔をしてもいけないので僕はこれで」

「わかった」

「また来てなの!」


 パロに手を振り幸助は店を後にする。




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