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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第5章 造船工房編
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7.彩のある街

 魔物の襲来から十日後。

 既に街はのんびりとした日常を取り戻している。


 水路には最終的に五十艘の船が臨時投入された。

 これにより、心配されていた人や物の停滞は最小限に留まる。

 かき集められたのは、倉庫で長年埃をかぶっていたり退役して薪になる直前だったボロ船がほとんどだ。

 しかし、投入された船の中でひときわ異彩を放つ船が二十艘ある。

 そう、ウィルゴの船だ。


 それ以来、水路の光景が少しだけ変わった。

 白い建物に挟まれた水路に鮮やかな船。

 コントラストが実にマッチしている。


 市民の反応も上々だ。

 大人は「これからは船もお洒落じゃなきゃね」と話題にし、子どもは「あ、赤の船みっけ!」とか「黄色が二回目だ、今日はラッキー!」などという反応を見せている。

「こんなの船じゃない。今時の奴らは」という反応はごく一部の人からしか聞こえない。

 まあ、そういう人に限って声は大きいのだが。


 そして幸助はというと……。


「はぁ、今回は結局何もできなかったなぁ」


 宿の窓から水路をのんびりと眺める幸助。

 魔物の襲来があるまでは、ウィルゴが抱えている在庫の現金化を真剣に考えていた。


 耐久性が強いという強みを前面に打ち出し、現金一括で買える客の開拓。

 小型化し、安価なタイプの船を開発。

 船頭に対するレンタルや、観光客に対する屋形船のようなサービスの展開。

 それらが非現実的であれば造船組合への直談判。


 それが全てが計画倒れとなってしまった。

 無理やり新製品の開発や決済方法を検討する必要が、ほぼ無くなったからだ。


「ウィルゴさん、うまくやってるかなぁ?」


 今、ウィルゴは造船組合へ行っている。

 再び組合へ加盟するためだ。


 ウィルゴの船を無償貸出しした後も、幸助は船の配置などの情報をもらうため何度か組合に出入りをしていた。

 そこで、組合の現状を探っていたのだ。

 結果、事務員の言葉通り、ウィルゴは再加盟できる可能性が非常に高いことが判明。


 理由は組合員の世代交代にある。


 ウィルゴが脱退してから程なく、ケンカ相手の元組合長は高齢により引退。

 その後、他の人も世代交代が進み、若い組合員が増加した。

 ウィルゴのことを異端扱いしていた層は多くがいなくなっていたのだ。


 だから幸助は、改善の着地点を「組合へ戻る」ということに絞る。


 船の修理で忙しかったウィルゴ。

 店が落ち着きを取り戻した頃、幸助は組合の事務員から預かった言葉を伝える。

「組合に戻ってきてください」という言葉だ。


 当初は幸助の予想通りウィルゴは激しい抵抗をした。

 世代交代が進んだということを伝えても同じ。

 しかし、ウィルゴの船は組合内でも評価されているという話を伝えると態度は変わる。

 異端の原因となった船が評価されているとは思わなかったようだ。


 結果、組合へ戻ることを決意する。

 そして理事会が開催される今日、ウィルゴは組合に向かったのだ。



   ◇



「以上、魔物襲撃以降の報告でした」


 造船組合の会議室では、組合の理事会が開催されている。

 本日の議題は主に二つだ。

 一つ目は魔物襲撃による影響とその後の活動の報告。

 二つ目は新規加盟希望者の承認だ。


「では、次の議題へ入ります。今月の加盟希望者は一名、ウィルゴさんです」


 会議室のドアが開くと、神妙な面持ちのウィルゴが入室する。

 正面に立つと自己紹介をする。


「知ってる人も多いと思うけど、あたしはウィルゴよ」


 ウィルゴにとっては二回目の経験である。

 手短に言葉を終えると司会へ視線を送る。


 組合へ加入するには入会金や年会費に合わせ、組合理事の過半数の賛成が必要となる。

 これからその判断が下されるのだ。


「それではウィルゴさんの加盟を承認する方は挙手してください」


 ひとり、そしてまたひとり。

 司会の声に合わせ、参加者が挙手をする。

 過半数の手が挙がったことを確認すると、司会は続ける。


「六名手が挙がりました。賛成者多数でウィルゴさんの造船組合加盟を認め……」

「異議あり!!」


 司会の言葉は大きな声で遮られる。

 白髪交じりの男が異議を唱えたのだ。


「一度脱退した奴の再入会など認めない!」

「会則にはそのような条項はありませんが……」

「だったら今その条項を加えればいい。緊急動議だ!」

「宜しいでしょうか?」


 ここで別な女性が挙手をすると司会は「どうぞ」と指名する。


「何故再入会が認められないのでしょうか? 具体的におっしゃっていただかないと」

「あいつの船は気に食わん!」


 腕を組みながらそっぽを向く白髪男。

 答えが答えになっていない。


「どのように気に食わないのですか。可決されたことに異議を唱えるのですから合理的な説明を望みます」

「そうだそうだ!」別の若い男性も加勢する。


 議論が紛糾する。

 既に司会の進行は役に立っていない。

 呆気にとられながら成り行きを見守るウィルゴ。


「お前ら正気か? アイツのやってる塗装をすると耐久性が増えるんだぞ。そうしたらメンテナンスで儲からなくなるだろ!」

「そのぶん装備を充実して単価を上げればいいんじゃないかしら。他にも考えれば色々見つかるでしょうに」

「客のメリットにも繋がってるし、街でも評判ですよ。ウィルゴさんの船」

「とにかく俺は認めん!」

「魔道具は進化してるっていうのに。だから造船は旧態依然としてるんだよ」

「そうだ! 古い思考は組合の弊害だ!」


 みるみる顔が赤くなる白髪男。

 バン! と机をたたくと立ち上がる。


「もう知らん! 勝手にしろ!」


 その言葉を残し、会議室から出ていってしまった。

 しばらく室内が沈黙に包まれるが、己の職務を思い出した司会が仕切りなおす。


「ええっと、では改めまして。賛成多数でウィルゴさんの加盟を承認します」


 パチパチと拍手が湧き上がる。

「待ってたよ!」というヤジも飛ぶ。

 照れくさそうに頭を下げるウィルゴ。


「ではウィルゴさん。ひとことお願いします」

「初めましての人もお久しぶりの人も、改めてよろしくっ」

「異議も無いようですので、これで理事会を閉会します」


 理事会が終了すると、続々とウィルゴの周りに人が集まる。

 ウィルゴにとっては懐かしい顔が多い。

 もちろんふてぶてしい顔で退室した人もいる。

 加盟に反対した人たちだ。


「ウィルゴさん、お帰りなさい!」

「あらぁたー坊、大きくなったじゃない、横に。みっちゃん久しぶりね」

「ウィルゴさん、あのときはごめんね。ほら。前組合長は権力持ってたし反対できない雰囲気だったでしょ。だからあの時は同調するしかなかったんだ」

「うん。いいの。あたしもあの時は頭に血が上っちゃって、ちゃんとした判断ができなかったからね」

「それより、塗装した船。あれいいね! 市民からも問い合わせが入ってるんだよね。あの素敵な船はどこで手に入るのかって」

「えー、もうそんな問い合わせがあるの!?」


 ウィルゴを中心とした賑やかな時間はそれからしばらく続くことになる。

 こうしてウィルゴは、商売を継続するうえで最大の問題を解消したのであった。



   ◇



「ウィルゴさん、明日には街を出ようと思います」

「コースケちゃーん、もう帰っちゃうの? 寂しいなぁ」


 ウィルゴの加盟が決まった翌日。

 幸助はウィルゴの店でその結果を耳にすると、別れの挨拶をする。

 アヴィーラ伯爵領行きの馬車が出る日程をランディから聞いていた。

 加盟が決まったらこれ以上幸助にできることは無い。

 当初の目的である魔道コンロの販売も無事に始まった。

 だから帰ると決めていたのだ。


「クレト君も元気でね」

「うん!」


 元気な返事をするとクレトはウィルゴと目を合わせ、ニヤッと笑う。


「俺、工房を継ぐって親父に言ったんだ」

「そっか。偉いぞ、クレト君」


 頭をガシガシと撫でる幸助。

「やめろよー」とクレトは言っているが、満更でもない様子だ。


「よかったですね、ウィルゴさん。後継者問題も解決ですね」

「んもぉ、コースケちゃんのおかげよ!」

「船の修理をしてる親父、カッコよかったんだ。お客さんがみんな喜んでくれてさ。こんなに人の役に立ってるんだって知ったんだよ。俺も親父みたいに立派な造船工になるよ!」

「うぅぅ……クレトぉ」


 ウィルゴが両手を広げ、ガシッとクレトに抱き付こうとすると、クレトはひらりと躱す。


「ちょ、ちょっと。何で逃げんのよ」

「やめろよ親父、恥ずかしいだろ!」

「あははは」


 幸助が笑うとつられて親子も笑う。


「では僕はこれで。またいずれ遊びに来ますね」

「うん。コースケちゃん、元気でね!」

「にーちゃん、魔道具のこともよろしくね!」

「もちろん!」

「えっ、クレト。魔道具のことって?」

「それはこっちの話」

「ずるいよぉ、内緒ごとは」


 ウィルゴの声を背後に幸助は『ウィルゴーゴー』を後にする。

 店頭には組合加盟店の証であるプレートが掲げられていた。


 そして翌日。

 行きと同様ランディ達の護衛の下、幸助は帰途につく。

 ランディ達も魔物襲来の報酬を受け取り、ひとしきりこの街を楽しんだようである。


 アヴィーラ伯爵領に到着したのは、出発してから約一ヵ月後である。




 夜、街へ到着した幸助はいつもの宿屋で夜を明かすと、ランチタイム前に『アロルドのパスタ亭』へ向かう。


 一ヵ月前と変わらず店頭にはパスタの立て看板が立っている。

 毎日ちゃんと働いているようだ。

 たった一ヵ月であるがひどく懐かしく感じる幸助。


 ギィ。

 ドアが開き、店内に光が差し込む。

 トマトバジルソースの香りが幸助を迎える。


 背中を向けせっせと開店準備をしているサラ。

 来訪者に気付くと口を開きながら振り返る。


「まだ営業してません……。コースケ、さん?」

「久しぶり、サラ」


 目が合う二人。

 手にした布巾を落とすサラ。

 みるみる表情が崩れていく。


「コースケさん!!」


 幸助へ駆け寄るとガシッと抱き付く。


「もう、コースケさんのバカバカバカ…………バカ」

「えっ、サラ?」


 嗚咽しながらバカと繰り返すサラ。

 状況が呑み込めない幸助は厨房からやって来たアロルドを見る。


「お前が隣町に行ってからずっと心配してたんだぞ」

「何か……、悪い予感がして……。それで、コースケさん、大丈夫かなって……。心配してたんだから!」


 ようやく理解する幸助。

 両手をサラの肩に置き少し伸ばす。

 顔はもう涙でぐしゃぐしゃだ。


「そっか。サラ、ありがとね」


 そう言いながらサラの頭の優しくポンポンする幸助。


「うん……、無事でよかった。コースケさん」

「それにしても、やっぱりサラは泣き虫さんだな」

「ち……、違うもん!」


 いつの日かのようにサラの涙を拭う幸助。

 サラもようやく落ち着いてきたようで、幸助から離れる。


「コースケさん、何か忘れてる」

「うん? お土産なら持ってきたよ」

「違うよ!」


 出発前に何か約束してなかった必死に思い出そうとする幸助。

 しかし何も思いつかない。


「もしかして、帰りが遅くなったこと怒ってる?」

「違うよ、もう……。帰ってきたら何て言うの?」


 サラの意図を理解する幸助。

 ここまで聞いたら答えは一つしかない。


「ただいま、サラ」


 サラは満面の笑みで答える。


「おかえりなさい、コースケさん!」


というわけで、5章は終了です。

ここまでお読みいただきありがとうございます。



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