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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第5章 造船工房編
36/87

5.ウィルゴの息子

「なんだ、街を案内してほしいって?」


 海鮮ランチを堪能した日の夜。

 幸助はランディの部屋を訪れる。


 当初一週間程度の予定だったこの街での滞在期間は、ウィルゴとの出会いにより無期限延長となった。

 街を歩くことで、ウィルゴの船を販売するための解決策を見つけられるかもしれない。

 幸助はそう考えた。


 だが問題がある。

 一人だと寂しいのだ。


 観光案内マップなども無い世界である。

 ましてや幸助は社会人になってから旅行など行ったことがない。

 うまく街をめぐる方法が分からない。

 そして何より失敗が怖い。


 この世界に召喚された直後は特に苦労した。

 物の買い方ひとつ分からなかったのだから。

 当然失敗もあった。

 ぼったくられたり騙されそうになったり……。


 そこで頼りがいがあり、この街の地理感のあるランディへ相談したのだった。


「はい。街の見どころとか美味しい料理屋さんとか。一人だとなかなか回り切れそうになくて」

「うーん、案内してやりたいのはやまやまなんだがなぁ……」


 腕を組み渋い顔をするランディ。

 基本面倒見のいい男である。

 予定の合間に時間が作れないか考えているのだ。


「思い付きの相談なので、できればで大丈夫です」

「そうか。なら悪いな、討伐依頼を入れちまってるから今はそっちに集中させてくれ」

「わかりました。すいません、夜にお邪魔しちゃって」


 それでは、と言い残し部屋を後にする幸助。


「あ、コースケ!」


 ドアが閉まりかけた時、何かを思い出したようでランディが幸助を呼び止める。


「はいっ?」

「流しの船を一日貸切すると観光案内もしてくれるぞ。船頭は地元の人間だし俺よりも詳しいからいいんじゃないか?」


 ボルトー子爵領は観光にも力を入れている街だ。

 確かに幸助にはぴったりのサービスである。


「それは良さそうですね! そのサービスを使ってみます。いい情報ありがとうございます!」

「おう。気をつけんだぞ」




 翌朝。

 空には雲がかかっているが、青空も少しだけ見える。

 放射冷却が無かったおかげか、震えるほどの寒さは無い。

 夜まで天気は大丈夫と踏んだ幸助は、朝食を済ますとホテルの前で船を拾う。


「あ、昨日のお兄さん。毎度っ」


 見覚えのある船頭が幸助へ声をかける。

 昨日と同じ時間に同じ場所である。

 これがこの船頭の勤務パターンなのであろう。


「おはようございます。今日は一日貸切をお願いしてもいいですか?」

「荷物運び? それとも観光案内?」

「観光案内です。お勧めのスポットとか食べ物を教えて頂きたくて」

「それならお任せ! 大銀貨二枚、前払いね」


 幸助は船へ乗り込むと船頭へ料金を支払う。


「それで、どんな所に行きたいの?」

「そうですね。まずはこの街に来たら絶対に行っておかなきゃって場所はありますか?」

「もちろん! 街が一望できる絶景スポットがあるよ」

「なら最初はそこでお願いします」


 はいよっと言いながら船の操作を始める船頭。

 するすると音もなく滑るように船が動き出す。


「お兄さん、昨日は造船工房で何してたの? 観光するには渋い選択だよね」

「船についていろいろ教えてもらってたんです。たまたま知人の紹介がありまして」


 個別の内容に触れるわけにはいけないので、内容をぼかして説明する幸助。


「そうなんだ。それで、いろいろ勉強になったかい?」

「まだまだですね。船の世界も深いんだなって思いました」


 ちょうどそのタイミングで船は水路にかかる橋に差し掛かる。

 船頭と橋との隙間はギリギリだ。

 背の高い船頭は頭をぶつけそうである。


 橋を抜けると幸助は改めて船を観察する。

 今乗っているのは至る所で見かける、いわゆる標準型の船だ。

 一部腐食している部分や、周りと違う真新しい板が張られている場所もある。

 真新しい板は補修の後であろう。


 そして昨日ウィルゴの店で話したからこそ気になる部分がある。塗装である。

 ウィルゴも言っていた通り、塗装することで船の寿命は増す。

 しかし、足元を見ても塗装などが施された形跡はない。


「ん? お兄さんどうした。やっぱり船が気になるか?」

「あ、はい。ちょと……。船って防水のための塗装はしないのかなと思いまして」

「裏側は油を加工した防水剤が塗られてるよ。定期的に塗らないとすぐにダメになっちゃうからね」


 結構大変なんだよと船頭は続ける。

 確かにこれだけの大きさの船をメンテナンスするのは大変そうである。


「ちなみにどのくらいの頻度で塗り直しをしてるんですか?」

「二ヶ月に一回くらいかな。その度に工房へ一週間くらい預けないといけないんだ」

「へぇ、それは大変そうですね……」


 一週間預けるということは、その間船で稼ぐことはできなくなるということだ。

 しかもその都度費用も必要になる。


 ウィルゴの塗装がどれだけ持つかは聞いていない幸助。

 だが、あの話っぷりからすれば今よりは良くなるはずと考えている。


 耐久性だけではなく、所有者を煩雑さからも解放してあげることができる。

 新たに見つかった強みをしっかり心に刻む幸助。


「お兄さん、もうすぐだよ」


 入り組んだ水路の両岸に並ぶ建物が途切れると景色が開ける。

 ここから先は公園のようだ。

 それと同時に公園の中心にそびえ立つ白い塔が幸助の視界に入る。


「もしかして、絶景スポットって魔物を見張る塔のことですか?」

「そうだよ。あれ? もしかしてもう行ってた?」

「いえ。登れるとは思わなかったので」


 船から降りると改めてその景色を確認する幸助。

 塔の向こうには広大な海が広がっている。

 今来た水路は海までつながっており、海との境目には水門のようなものが見える。

 嵐のときなどは閉めるのであろうと幸助は想像する。


「では行ってきます」

「はいよ。ここで待ってるからゆっくり行ってきてね」


 船を降りると幸助は塔へ足を進める。


 公園には観光客であろう家族連れが何組もいる。

 ベンチからのんびりと海を眺める大人。

 歓声をあげながら走り回る子供たち。

 結局肝心なところは独りぼっちになってしまった幸助……。


「久しぶりだな。こんな背の高い建物」


 塔をふもとから見上げる幸助。

 高さはおよそ五十メートルくらいはある。

 東京では大したことのない高さだが、この世界では今のところ最大である。


 この塔も他の建物と同様に白い石が積まれてできているようだ。

 入口から螺旋状になった階段を上る幸助。


「はぁはぁ……。運動不足が身に染みるな」


 後ろから駆け上がっていく子どもたちに抜かれつつも、一歩ずつ階段を踏みしめる幸助。

 息も絶え絶えにようやく最上部まで登ると、バルコニーのようになった展望台へ出る。

 そこに広がる景色に幸助は息をのむ。


「わぉ、確かに絶景だ。観光案内があったら表紙の写真はここで確定だな」


 雲が広がっているのは残念だが、街が一望できるその景色は圧巻である。

 絨毯のように広がる屋根、そして屋根。

 その隙間に時おり見える水路と人々。

 遠くに目をやると、大陸の奥へ伸びている街道まで見える。


 反対側に回ると監視員が一人、海へと目を光らせている。

 景色は一面の海だ。視界内には島すら見当たらない。

 唯一見えるのは帆を張った大型の船が一隻だけだ。


 回れ右して塔の内側を見ると、そこには大きな鐘がぶら下がっている。

 魔物の脅威が発生した時に打ち鳴らされる鐘だ。


「さて、戻るか」


 十分に景色を堪能すると幸助は船へ戻る。

 その後、船頭の案内で製塩所や漁港、海鮮ランチなど島の名物を堪能する。

 残念ながら刺身を食べる文化は無かった。




「はぁ、疲れたなぁ」


 主な観光名所を一通り回った幸助。

 まだ帰るには早いが、時間よりも先に体力の限界が訪れたため、宿へ船を向けてもらっている。

 座りながらパンパンに張った足をほぐしていると、既視感のある場所に差し掛かる。


「あれ? ここ見たことのある景色だな」


 しばらく景色に目を向ける幸助。

 船が水路のカーブを抜けると赤い外壁の建物が目に入る。

 ウィルゴの店だ。


 船の上で立ち上がり店内を覗くと少年の姿が目に留まる。

 空き箱に腰かけ頬杖をつきながらぼうっと外を眺めている。


(もしかしたらウィルゴさんの息子さんかも。留守番してるのかな? ちょっと話してみよ)


「すいません、ここで一旦泊めてください」

「あれ、また造船工房に用事?」

「ええ、ちょっと思いついたことがありまして」


 船を降りると幸助は工房へ入る。

 中央で作業中の船は、昨日と同じ姿のように見える。


「こんにちはー。ウィルゴさんいるかな?」

「誰? 親父なら出かけてるよ」

「僕は幸助。ウィルゴさんと一緒に仕事をしてるんだ」

「見ない顔だね」

「この街には来たばかりだから」


 少し疑われているようだと幸助は感じる。

 初対面なので少年の反応はもっともである。


 幸助は造船についてどう思っているのか聞こうとしている。

 ウィルゴの話では造船は古くてダサいから継ぎたくないとのことであった。


 話を聞くには二人の距離を詰めなければならない。

 魔道具に興味を持っていると聞いていたので、話のきっかけを魔道具で掴む。


「隣町から魔道具を持って来てね。その関係でウィルゴさんと知り合ったんだ」

「なに! 兄ちゃん魔道具のこと知ってるの? 話聞かせてよ!」


 魔道具という言葉に一瞬で態度が変わる少年。

 キラキラ目を輝かせ少年が幸助へ熱い視線を送る。


「俺、クレト! よろしく!」

「改めて、僕は幸助だよ。よろしくね」


 そう言いながら幸助は隣にあった空き箱を裏返し、腰かける。

 場所はクレトの斜め横。

 正面よりも心を開いてもらいやすい効果があるからだ。


「それでそれで、どんな魔道具を持ってきたの?」

「魔道コンロ。薪がなくてもお湯が沸かせる便利な魔道具なんだけど、見たことある?」

「うん! あるよ!」


 クレトの話では領内の料理店で魔道コンロを見たことがあるそうだ。

 恐らく旧来の手法である受注生産方式で製造したものであろう。


「何でクレト君は魔道具に興味を持ってるの?」

「だって、すごいじゃん! 魔法が使えなくても魔法が使えるんだよ」

「確かに」


 禅問答のような回答だが、幸助はその応えに共感する。

 魔法が使えない人にとっては夢のようなアイテムであることは確かだ。


「コースケは魔道具作れるの?」

「ううん、僕は売る方がメインだから。でも作ってる人とは仲良しだよ」


 魔道コンロも一緒に開発したからねと幸助は続ける。

 作ってる人とはもちろんニーナのことである。


「すげーなー! それで、作ってる人ってのはどんな人なの?」

「そうだなぁ。かなりマニアックな女性ってイメージかな。とてもお貴族様の娘には見えないよ。あ、親しみやすいって意味でね」


 そこまで話すと幸助はクレトの反応を窺う。

 しかしクレトはというと、下を向いて黙ってしまった。


「どうしたの? クレト君」

「やっぱり……、魔道具を作るには貴族じゃなきゃダメなの? 親父は『お貴族様の道楽』ってよく言ってたんだ」

「うーん、小さな頃から魔道具の研究者になるために勉強してきた人ばかりだからね」

「そっか。なら俺はもう手遅れなんだ……」


 深いため息をつくクレト。

 歳はまだ十二歳だ。手遅れというわけではない。

 だが、魔道具研究者になるためには教育のための資金が要る。

 家庭環境も大切だ。ウィルゴは反対派である。

 夢をかなえるには相当険しい道が待っているのは容易に想像できる。


 ここで諦めろというのなら誰にでもできる。

 だが、それではただのウィルゴの回し者でしかなくなる。

 それでは余計な反発を生みかねない。

 そこで幸助は話題を切り替える。


「クレト君は船を造ることはできるの?」

「もちろん。親父はなんて言ってるか知らないけど、将来のためにちゃんと手伝いはしてきたからね」


 この言葉に幸助は安心する。

 親の言葉に反発したくなる年頃だ。

 クレトはちゃんと現実をとらえ、将来のことを考えているようである。


「それで、もしも将来的に魔道具で動く船が造れるようになったらどう思う?」

「それ、どういう意味?」

「棹を使わなくても、魔道具を操作するだけで自在に操れる船を造れるようになったらどう思うってこと」


 魔道具店の将来的な展望として、幸助は熱操作の次に回転運動による動力を考えているのだ。

 ニーナには口頭で打診しただけの状況ではあるが、できるだろうという回答は得ている。

 馬車にモーターを。

 船には船外機を。

 活用の幅はかなり広い。


「…………」

「……」

「めっちゃカッコイイよ! それ!!」

「まだ研究もこれからだけど、実現できるといいね」

「うん!」


 クレトとの話を終えると、幸助はウィルゴの店を後にする。

 朝から曇り空であったが夕方になり、さらに雲の厚みが増す。

 雨になるかもしれない。そう思いながら幸助は宿へ帰る。




 その夜。

 歩き回って疲れ果てた幸助は、軽めの夕食を済ますと部屋へ戻る。

 幸助が宿についた頃パラパラ降り始めた雨は勢いを増し、容赦なく建物を、水路を叩いている。


(はぁ、日中は天気がもってよかったなぁ。それにしても今日は疲れた。明日に備えてさっさと寝よう)


 そう思いなら幸助がベッドに入った刹那。


 カン! カン! カン! カン!

 カン! カン! カン! カン!


 街中に悲鳴にも似た鐘の音が響き渡る。


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