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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第5章 造船工房編
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4.「こだわり」を別の言葉で言い換える

 ウィルゴの店へ入ると、ふわっと木の香りが幸助の鼻をくすぐる。

 まだ午前の早い時刻である。

 客はもちろん、ウィルゴの姿も見当たらない。


「こんにちはー、幸助です!」


 声を張ると「はいはーい」と言いながら一人の女性がやって来る。

 ウィルゴのように細身ではない、しっかりとした安定感のある女性である。


「コースケさんですね。話は伺っております。主人を呼んで参りますのでしばらくお待ちください」

「はい。よろしくお願いします」


 丁寧な対応を受ける幸助。

 この世界の商売人にしては珍しい。

 育ちがいい女性なのかもしれないと幸助は考える。


 ウィルゴを待つ間、幸助は店内の様子を観察する。

 掃除が行き届いた店の中央には、製造途中の船が台座に乗せられている。

 形はよく見るスタンダードなものだ。


 壁面には船を動かすための棹や乗客が座る椅子などの部品が並んでいる。

 大きな布は雨の日に使う幌用であろうか。


 そして店の一番奥。

 そこには幸助が一番目を惹かれたものが並んでいる。

 色とりどりに塗られた船の在庫だ。


 店舗の外装と同じ赤や深緑、紺などの濃い色からパステルカラーのものまで。

 パッと見で把握できないほどの在庫量である。


(確かにこの船が水路にあると、さらに街が華やかになるかもしれないなぁ。

 でもこの在庫はどうなんだろう。

 造船工房の目安は知らないけど多すぎじゃないか)


 ルティアの小麦店やニーナの魔道具店も大量の在庫を抱えていた。

 この世界の商店は、在庫に対する認識が幸助のそれとは違うのかもしれない。


「お待たせっ。コースケちゃん」

「おはようございます、ウィルゴさん」


 今日のウィルゴの服装は眩しいほどの黄色だ。上下とも。

 チカチカしたその姿に目がくらみそうになる幸助。


「お洒落なお店ですね」

「でしょでしょ。外装の赤と黄色がウチのイメージカラーなの」


 ヴィヴィッドな赤と黄色の場合ファーストフードをイメージさせる。

 だが、ウィルゴのイメージカラーには黒味も混ざっているので安っぽさは無い。

 だったら服も蛍光色ではなくイメージカラーに合わせればいいのにと思う幸助。


「それでそれで、今日は何をするの?」

「とりあえず色々質問をしてもいいですか?」

「もちろんっ」


 そう言うとウィルゴは店の奥にあるテーブルへ幸助を案内する。

 薪ストーブが焚かれているので奥は暖かだ。

 この世界の商店は、大抵奥が暖かく表に近くなるほど寒くなる。

 店頭を開け放たないと客が入りにくくなるためだ。


「温かいお茶です。どうぞ」

「ありがとうございます」


 腰を下ろしたタイミングでウィルゴの妻が紅茶を持ってきた。

 ひと口飲み喉を潤すと、幸助は始める。


「まず現状についてですが、以前と今とで販売数はどのくらい変わりました?」

「うーん、そうね……」


 顎に人差し指を当てながら考えるウィルゴ。


「一番いい時は毎月二艘売れてて、今は半年に一艘かな」

「だいぶ減ったんですね。生活は大丈夫ですか?」

「それは大丈夫。昔はすごい儲かってたからね。蓄えはあるの」


 毎月二艘が半年に一艘ということは単純計算で十二分の一である。

 それでも生活ができているということは、本当に昔は繁盛店であったようだ。

 腕は確かであることの裏付けでもある。


「それにしても在庫がすごいことになってますよね」

「うーん、そうなの。作り続けないと腕がなまっちゃうような気がしてね」


 こういうところは職人っぽいなと感心する幸助。


「ちなみにこの状況が続くとどうですか?」

「それはねぇ、今年いっぱいは持たないかも……。最低毎月一艘は売らないとね」


 やはり現状が続くと行き詰ってしまうようだ。

 手持ちの現金が在庫へと変化し続けている状態である。

 早急に在庫が継続的に現金化できる仕組みを作らなければならない。


「次は造船組合のことです。今朝知ったんですが、脱退するとお客さんは便利な制度を受けられなくなるんですね」

「あれ、それもう調べちゃったんだ。さすがコースケちゃんね。その通りだよ」


 早速幸助は船頭から聞いた情報を確かめる。

 無利息融資と一年間の保証が受けられる、という話であった。


「それで、無利息の分割払いという制度は、どのくらいのお客さんが使ってたんですか?」

「うーん、ほぼ全員かなぁ」

「ほぼ全員、ですか……」


 確かに魅力的な制度ではある。

 幸助も、もし自分が買うなら使っていただろうと考えていた。

 それにしてもほぼ全員とは思ってもいなかった幸助。天井を仰ぎ見「うーん」と唸る。


「それならば組合に戻れば問題は解決するんじゃないですか?」

「それはイヤよ。だってあいつら皆あたしのことバカにするんだもん。特に元組合長、アイツのことを思い出すだけでも怒りが込み上げてくるよ」


 前日の話で異端と呼ばれたということは聞いていた幸助。

 組合との溝はそこまで深いのかと推察する。


「元組合長ってことは今はどうしてるんですか?」

「もう引退して組合も脱退したよ。後継者がいなかったんだよ。ざまぁって感じよね」

「そ、そうなんですね……」


 意外と根に持つ性格が判明し、苦笑する幸助。

 あまり触れてほしくない話題かもしれない。組合について必要な情報は得られた。

 そう考えた幸助は次の質問をふる。


「ちなみに一艘どのくらいの値段で販売してるんですか?」


 まだ幸助は船の相場を知らない。

 自動車一台分なのかパソコン一台分なのかで対策は変わってくる。

 ウィルゴは横を向くと、工房で加工中の船を指差し答える。


「この六人乗りのが一般的なんだけどね、これで金貨十枚よ」

「金貨十枚ですか。やっぱり結構するんですね……」


 金貨十枚といえば一般家庭が五ヵ月生活できる金額である。

 相場的には自動車に近い。

 そうなると、やはり販売するためには何らかの分割手段を用意しなければならない。

 しかし幸助は、その難しさを身に染みるほど感じている。

 だからこそホルガーの武器屋はギルド認定制度という解決手法になったのだ。


 目の前の壁の高さに黙り込む幸助。

 いつも口にしている「買えるか買えないか」という壁が今回は果てしなく高い。


 商品は客のニーズまたはウォンツを満たさないと売れない。

 ニーズは商品の必要性だ。これがないと生活できなかったり困る物などがこれにあたる。

 ウォンツは欲しいという欲求だ。趣味の購入などはこちらにあたる。

 もちろん両方が混在する場合もある。


 この街で船はニーズのある商品である。

 しかしウィルゴの店はニーズはあるのに買ってもらえない状況なのだ。

 次の言葉が出せなくなる幸助。


「…………」

「……」

「ど、どしたの? コースケちゃん」


 沈黙に耐えられなくなったウィルゴが声をかける。

 対する幸助は、腕を組み遠くを見ながら考え込む。


(どうしよう。本当に困ったな。組合に加盟する以外、解決方法が思いつかないや。

 店単独で分割払いを受け付けるなんて自殺行為だし、ギルドは巻き込めないし……。

 うん。これ以上考えても仕方ないから決済手段は後回しにして別の話に切り替えるか)


「コースケちゃーん?」


 ウィルゴは幸助の眼の前で手を振る。

 思考の世界から帰ってきた幸助はゆっくりと口を開く。


「あ、すいません。考え込んじゃいました。聞きたいことはおおよそ聞けましたので、今度は船を見せてもらってもいいですか?」

「もちろんっ。ついてきて」


 そう言うとウィルゴは立ち上がり、在庫の並んでいる場所へ移動する。

 改めて数を拾うと、ちょうど二十艘だった。

 在庫日数、実に十年分だ。

 食品ではないので消費期限は存在しない。

 しかし材料は木である。

 全く劣化しないということは無いであろう。


「あまり長く在庫しておくと劣化しちゃいません?」

「それは気にしなくても大丈夫よ。この塗装、オシャレなだけじゃなくて耐久性もアップするの。出荷前に塗りなおせば新品にも見えるし他所の船より長持ちよっ」


 その代わり少し値段は高いんだけどねとウィルゴは続ける。

 形はほとんど他所の船と同じである。しかしお洒落で耐久性は高い。

 意外な強みが分かり、幸助はテンションが上がる。


「へぇ、そうなんですか。それはかなりの強みですね!」

「でしょでしょ。少し高くても長く使えるから結果的には安く済むんだよ」


 幸助の判断基準から考えれば、この船を買わない理由が存在しない。

 ますます問題は決済手段に絞り込まれていく。


「それで、数は少ないにしても買ってくれる人はいるんですよね? どんな人が買ってくれてるんですか?」

「ここ最近で買ってくれたのはアルセニオっちだけかな。だいぶ前なら他の商会も買ってくれたけど」

「なるほど。まとまったお金のある商会だから買ってくれたってことですね」

「そうそう。だからそれ以外からの売上はゼロね」


 もしかしたら家庭用をやめて業販一本に絞れば打開策が見つかるかもしれない。

 そう思い幸助はウィルゴへ尋ねる。


「ならば大きめの商会にターゲットを絞って売り込んだらどうですか?」

「無理ね、それは」

「何故ですか?」

「だって、大きな商会なんて2・3件しかないもん」


 ガクッと項垂れる幸助。

 客先が存在しなければ売ることはできない。

 やはり一般的な客層に買ってもらえる手段を探さなければならないようだ。

 この問題については幸助の中では後回しにすると決めているので、別の話題を振る。


「そういえばウィルゴさんは昔から塗装した船を売ってたんですか?」

「ううん、昔は他と同じのを造ってたよ。こだわり始めたのはここ数年ね」

「ということは、方針を変更したきっかけが何かあったんですよね」


 生活のためであれば同じことを続けていればよかった。

 ウィルゴの魂を刺激した何かがあったはずである。

 組合と喧嘩別れするくらい強い動機になる何かが。


 質問の狙いは「こだわり」を明文化することだ。

 幸助は社畜時代に売り手から「この商品はこだわっている」という言葉をよく聞いていた。

 その都度「こだわり」を別な言葉で表現してもらっていたのだ。

 そこに買い手が共感するストーリーが隠れていることが多いからである。


「もちろん。あの衝撃的な出会いは五年くらい前だったかしら……」


 堰を切ったようにウィルゴの一人語りが始まる。

 その話によると、衝撃的な出会いとは塗料との出合いのことであった。

 たまたま行商人が持っていた塗料を面白半分で船に試したそうだ。

 その結果、船がお洒落になり、さらには塩水に強いという特性も判明し、耐久性が増したのだ。


 この塗装を施したほうが船を買ってくれる客のためになる。

 そして水路が賑やかになれば観光客も楽しくなる。

 結果、街全体が豊かになる。

 そう思った。

 それ以来、ずっと塗装済みの船のみを造っているそうだ。


「ウィルゴさん、すばらしい考えですよ!」

「ほ、ほんとに?」


 ウィルゴの「こだわり」は客だけでなく街全体を考えてのことであった。

 想像以上の収穫に幸助のテンションは更に上がる。


「本当です。何とかして街の至る所でウィルゴさんの船が見られる状態にしましょう」

「うぅ、コースケちゃーん。あたし、がんばるよ」

「はい。一緒に頑張りましょう!」


 幸助とウィルゴは固い握手を交わす。

 他人が仲間になった瞬間だ。


 時間もだいぶ経過した。

 決済手段という大きな壁はここで考えても解決できそうにない。

 その後、次回打ち合わせの日程だけ調整すると、幸助はウィルゴの店を後にする。




「はぁ、あんなこと言っちゃったけど、どうしたらいいんだろう」


 ウィルゴの店を出ると、水路沿いの歩道を幸助は歩く。

 先ほどまでのテンションと打って変わって今は気分が下降中だ。

 決済手段のことを考えると頭が痛い。


 やはりプライドを捨ててもらってでも組合に戻ってもらうか。

 それとも新たな決済手段を考え出すか。

 結論の出ない問答が頭をぐるぐると巡る。


「こういうときにサラがいてくれたら、僕の考えつかないアイディアを出してくれるのになぁ……」


 一度思考の壁にぶつかるとなかなかそこから抜け出せなくなる幸助。

 ホルガーの武器をどうやって販売するか悩んでいる時にも、とりあえず冒険者に使ってもらおうと言ってくれた。

 魔道コンロの時はユーザーとしての意見を出してくれた。

 サラがいないことでサラに助けられていたことに気付く幸助。


「気分転換に何か美味しいものでも食べるか」


 時刻はもう昼を過ぎている。

 早く何か食べないと腹の虫が騒ぎ出しそうである。

 この街の店舗は大抵水路沿いにある。

 水路の無い裏道はほとんど住宅だ。


 ブラブラと歩くこと十五分。

 魚とフォークが描かれた看板の店を見つけると、ドアを開け店内に入る。


「らっしゃい!」


 店内を見渡すとテーブルが十席ほどあり、数名の客が料理に舌鼓を打っている。


「ここのお勧めは何ですか?」

「今朝獲れたばかりの新鮮なソードヘッドシャークだな。パンとスープとセットで銀貨一枚だ」


 昨夜ランディと食べた最高に美味だった魚、いや、魔物の名前を聞き即決する幸助。


「じゃあ、それをお願いします。ついでにエールも一杯」

「あいよ! 好きな席で待っててくれ」


 サラリーマンだった幸助には未だに背徳感がぬぐえない昼間の酒。

 この世界に来てからもまだそれは変わらない。


 しかし気分転換は必要だ。

 知らない街で観光気分でもある。


「お待ち!」


 しばらく待つと料理がやって来た。

 昨日と同様ジュウジュウと音を立てている。

 エールをグイッと飲むと、ソードヘッドシャークを口へ放り込む。


「うん。やっぱり最高だな、これ」


 その後しばらく幸助は悩みを忘れ、満ち足りた時間を過ごすのだった。


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