2.水の街での出会い
「わぉ、すごい景色だなぁ!」
馬車での移動の最終日。
幸助達は広大な穀倉地帯を抜け、街の入口に到着した。
「コースケは初めてか?」
「はい。初めて来ました。それにしてもすごい眺めですね!」
「なら宿まで俺が案内してやる。護衛の依頼はここまでだが、俺らもしばらくは街にいる予定だからな」
「ぜひ!」
馬車を降りた幸助は、眼の前に広がる景色にテンションを上げる。
懐かしい潮の香りが景色と重なり、海まで来たということを実感させる。
「島が街になってたんですね」
「そうだ。ここから先は船で移動するぞ。ついてこい」
海岸からそれほど離れていないその先に島が見える。
島までの最短距離はおよそ百メートル程度であろうか。
島には建物がひしめき合っており、ひっきりなしに小型の船が往復している。
沖には大きめの船も一隻見える。
ボルトー子爵領は別名「水の街」とも言われている。
その名が示す通り、街の大部分はこの島にあるのだ。
大陸側には馬車を駐車させるための施設や乗船の待機場など、最低限の機能しかない。
船着き場は、大勢の人が織りなす喧騒に包まれている。
長旅を終えた商人やこれから旅に出る一般市民らしき人。警備をしている騎士。そしてマッチョな男たち。
交易品や農作物はここで全て船に積み替えられる。
マッチョな男たちがせっせと積み荷を抱え、馬車へ船へ荷物を運んでいる。
幸助はここで一旦積み荷である魔道コンロとお別れだ。
専門の運搬業者が受取人である商会まで運んでくれる。
従って幸助は後日、体一つで商会まで行くだけでよい。
慌ただしい光景を横目に、ランディに率いられた幸助たちはぐんぐん進む。
途中、係員に声をかけると示し合わせたように一艘の小船へ案内される。
「先に待ってる方がいるみたいですけど、いいんですか?」
「ああ、コースケのおかげで俺たちは貴族様の使者扱いだ。優先して乗せてもらえる」
昼食を食べてからかなり経つ。
このまま待っていたら乗船するまでに日が暮れていたかもしれない。
ニーナに感謝である。
ここで若干の優越感を味わえる幸助、やはり小市民である。
ぐらぐら揺れる足元に転びそうになりながら乗船する。
「全員お揃いですね。では参ります」
長い棹を持った船頭が声をかけると船は静かに離岸する。
海底を棹で突いて進む方式のようだ。
波もなく穏やかに滑るように船は進む。
あっという間に街が近づく。
しかし船頭は対岸の船着き場へ船を寄せず、その横の水路へと船を向ける。
「あれ? ここで降りるんじゃないんですか?」
「いや、宿屋まで送ってもらうように頼んである」
「えっ、もしかして宿屋まで船で行けたりするんですか?」
「そうだぞ」
「へぇ、水の街って言葉がこんなに似合う街は初めて来ましたよ」
幸助たちの乗った小さな船は、建物に挟まれた幅十メートルくらいの水路へ入る。
建物はどれも三階から四階建てくらいの高さがあり、密集感がある。
建物の間を縫うように進む感覚は、まるでテーマパークのアトラクションのようである。
建物と水路の間には歩道が整備され、時おり歩道から船へ乗り込む人の姿が見える。
ここがメインストリートの役割を担っているのかもしれないと幸助は考える。
「ランディさん、あの塔は何ですか?」
幸助の指さす先。
建物の隙間から遠くに灯台のような白い塔が見える。
「あれは魔物の監視塔だ」
海で隔てられているため陸上の魔物はやってこないが、海の魔物に対する対応は必要なのだ。
その後も船は複雑に入り組んだ水路をぐんぐん進む。
「迷子になりそうですね」
「初めての奴はみんなそう思うらしいな。でも船頭に目的地を告げれば迷うことはないぞ」
「なるほど。それがこの街の攻略法ですね」
幸助はランディという案内役がいることに感謝する。
召喚された直後は作法が分からず困ることがよくあったものだ。
その後、橋を何本かくぐると建物の一階に店舗が増えてきた。
「おっ、もうすぐ着くぞ。ここが宿屋だ」
船が停まり接岸すると幸助たちは歩道へ降りる。
ランディは船頭に何か渡している。運賃のようだ。
「すいません、運賃のことまで気が回りませんでした」
「気にするな。もともとここに来る予定だったし、コースケがいてもいなくても値段は変わらないからな」
幸助たちは宿屋に入ると受付でそれぞれの部屋を取る。
ちなみに幸助は最上階の五階を取った。景色がよさそうという理由である。
その後幸助がこの世界にはエレベーターが無いということを思い出すのに、それほど時間は要らなかった。
◇
翌日。
旅の疲れで朝寝坊した幸助は、遅めの朝食を終えると外へ出る。
朝食はパンにサラダ、スープというこの国の標準的なものであった。
幸助はランディに聞いた通り、宿屋の前で流しの船を捕まえると目的の商会を告げる。
船に描かれたカタツムリのようなマークがタクシー船を示すマークだ。
ボルトー子爵領は島の中心に貴族街があり、それを囲むように一般市民が生活する街がある。
目的地は貴族街との境目にあった。
人口密度の高い小さな島だ。あっという間に到着する。
「まいど。銀貨一枚ね」
船頭に料金を払い船を降りると、幸助は石造りで四階建ての建物の前に立つ。
この街の中ではかなり大きな建物だ。
かなり有力な商会かもしれないと幸助は考える。
一階は日用品の販売店になっている。
店頭では女性が店番をしている。他に客はいないようだ。
幸助は店番に近づくと声をかける。
「こんにちは、幸助といいますが魔道コンロの説明に参りました。アルセニオさんはお見えですか? これ、紹介状です」
「はいよ。呼んでくるからちょっと待っててね」
紹介状を受け取ると女性は店の奥へ行く。
待っている間、幸助は店内を観察する。
台所用品や工具。恐らく釣り用品であろう竿や網。
海の街ならではの品揃えである。
奥には板状に加工された木材など幅広い商品が陳列されている。
日本でいうところのホームセンターのようである。
「お待たせ。あんたがコースケか? 結構若いんだな」
幸助の前に現れたのは仕立ての良い服を着た四十代と思しき男性だ。
「こんにちは、僕が幸助です。ニーナさんからの荷物はもう届きましたか?」
「届いてるよ。魔道コンロ百台に修理用部品一式」
「それで、販売方法についての説明は今からでも大丈夫ですか?」
「もちろん。この日を楽しみにしてたからね」
その後、幸助は実演販売方法をアルセニオへ説明する。
相手はもともと多種多様な商材を扱っている商会のトップである。サクサクと話は進む。
そして一通りの説明と雑談も終わり幸助が帰ろうとしたその時、一人の客がアルセニオに声をかける。
「アルセニオっち。やっほー」
「あぁ、ウィルゴか」
顔見知りのようである。
黄色の短髪で細身のウィルゴと呼ばれた客がアルセニオに近づく。
一瞬幸助はその見た目で女性かと思ったが、低い声は男性そのものである。
「ちょうどいいとこにいたわ。いつもの木材、よろしくねっ」
「注文してもらえるのは嬉しいが、店のことは解決したのか?」
「うーん、それは言わない約束よっ」
唇の前に人差し指を当てて首をかしげるウィルゴ。
完全に語尾にハートマークがついている仕草である。
しかし、会話からすると造船関連の仕事をしているようだ。
幸助の用事は終わっていたが、興味の赴くままその場にい続ける。
「船を造るよりも先にすることがあるんじゃないか?」
「それは気にしない、気にしない。それよりアルセニオっち、このかわいい男の子は誰なのかしら?」
そう言うとウィルゴは幸助へ視線を流す。
その視線に本能で危険を感じる幸助。
無意識に尻へ力が入る。
「コースケって言ってな、アヴィーラ伯爵領から今度販売する魔道具を持ってきてくれたんだ」
「へぇ、カワイイ名前ね。あたしはウィルゴ。ウィルちゃんって呼んでね」
「は……はぁ」
どう相手してよいものか苦慮し横へ視線を向けると、アルセニオは苦笑しながらフォローする。
「コースケ、こいつはな古くからの友人でな、造船工房を経営してるんだ。こう見えて男だぞ」
「もぉ、アルセニオっちったらぁ。一言よ・ぶ・ん」
国は違えど、いや、世界は違えどお姉系キャラはいるんだなと妙な納得をする幸助。
アルセニオはウィルゴと幸助を交互に見遣ると何か思いついたようで、手をパチンと合わせる。
「そうだ! ウィルゴ。コースケはこの若さで隣町の領主様も認める凄腕の経営改善請負人だ。一度話でも聞いてみたらどうだ?」
「えー、そんなの別にいいよぉ」
「コースケはどのくらいこの街にいる予定だ?」
「しばらくは観光がてら滞在する予定です」
「こいつ、こんな楽観的な顔をしてるが悩みも多いんだ。もしよかったら話を聞いてやってくれないか?」
「僕は構いませんが……」
そう言いながらウィルゴの表情を窺う。
先ほどよりも少し影が差しているように感じる幸助。
「アルセニオっち、善意の押し売りはよくないぞっ」
「今押し売りしなくていつするんだ? せっかくの機会だぞ」
うんうん唸りながら考え込むウィルゴ。
悩み事の扱いは慎重にせねばならない。
アルセニオの押しはやや強引だったが、幸助はウィルゴが断ったらすぐに引こうと考えていた。
「経営改善って、コースケちゃんはどんな店を今までしてきたの?」
「ええっと、レストランに食品販売店、武器屋に魔道具店ですね。あとはアヴィーラ伯爵領の内政にもほんの少しだけ」
「あら、そんなとこまでしてるんだ。幅広いのね」
再び考え込むウィルゴ。
数秒の後、ウィルゴは幸助を見ると口を開く。
「うん、決めた。コースケちゃんは可愛いからぁ、まずはお茶でもしましょ」
「決定理由はそれかよ! まあいい。コースケ、こいつは安全だと俺が保証する。よろしく頼む」
「はい。わかりました。知らない街でこうやって出会うのも何かの縁ですから。こちらこそよろしくお願いします」
「じゃ、行こっ。コースケちゃん」
アルセニオとの話が終わると、幸助とウィルゴはカフェへ徒歩で向かう。
雑談をしながら水路沿いの歩道を十分ほど進むと、大きく開かれたオープンテラスのカフェに到着する。
寒い冬にもかかわらずコートを着込んだ人たちがワイワイとそれぞれの時間を楽しんでいる。
アヴィーラ伯爵領では見られない光景だ。
「お洒落な店ですね」
「でしょ。あたしのお気に入りなの」
二人が席に着くとウェイターが注文を取りに来る。
幸助は温かい紅茶を、ウィルゴはミックスジュースを注文する。
「それで早速なんですが、ウィルゴさんはどんなことを悩まれてるんですか?」
「息子のことなの。あたしの一番の悩みは」
息子さんがいるだなんて意外だなと失礼なことを考えつつも会話を続ける幸助。
「息子さん、ですか?」
「そうなの。将来はお店を継いでもらいたいんだけどね。造船なんて古くてダサい。魔道具がイケてるんだって言うんだよ」
十二歳にもなって何やってるんだかとウィルゴは続ける。
幸助は魔道具という言葉が出たことで苦笑する。
今回持ち込んだ魔道コンロが普及すれば、息子さんの想いは間違いなく加速してしまう。
「他に継げる兄弟とかお弟子さんはいないんですか?」
「長女がいるんだけど十五歳で嫁いだからね。弟子もいないし、坊主に継いでもらいたいの。あたしは」
「そうですか。でも何で造船がダサいってなっちゃうんですかね? この街の主要産業にも見えますけど……」
「でしょでしょ! コースケちゃんは話の分かるオトコで良かったよ!」
両手をお祈りポーズに組みクネクネしながらグイグイと幸助へ近づくウィルゴ。
丁度そのタイミングで、ひきつった顔のウェイターがドリンクを持ってくる。
幸助は冷えた手をカップに添え温めつつ質問をする。
「若者の中で魔道具が流行ってるんですか?」
「ううん、全然。ありゃお貴族様の道楽に見えるよ。あたしにはね」
確かにニーナの店にいる魔道具研究者は、家督を継ぐことのできない貴族の子息・息女が多い。
高度な教育が必要かつ開発そのものにも膨大な金が必要だからだ。
幸助は他にも質問を投げかけるがどれも問題の原因には繋がらなかった。
そもそも幸助の専門領域は店舗の売上アップだ。
事業継承は経験が無い。
ただ、事業そのものが魅力的でない場合、なかなか後継者が見つからないということは聞いたことがある。
紅茶がすっかりアイスティーになってしまった頃、幸助はウィルゴへ切り込む。
「ウィルゴさん。もしかして本当の悩みは船が売れないことだったりしません?」
「ありゃ、わかっちゃう?」
「何でアルセニオさんが僕を紹介してくれたのかを考えると、それが一番自然かなぁ、と」
「やだなぁ、さすがお貴族様も認めるオトコね」
息子の話題が出た時に幸助は違和感を感じていた。
やはりそうかと思いつつ、幸助はカップに残ったアイスティーを流し込む。
「お店はどんな状況ですか?」
「それがねぇ……」
それからウィルゴの話は一時間に渡り続くことになる。
要約するとこうだ。
この街は観光も重要な産業の一つである。
デザイン性豊かな船が溢れたら見た目にも楽しかろう。
その想いからウィルゴは持ち前のセンスを活かし、カラフルな船を造るようになった。
しかし、商業ギルドの下部組織である造船組合がそれを良しとしなかった。
理由は「今までの慣例と違うから」である。
それが原因で組合長から「異端」と呼ばわりされてしまう。
組合長と大げんかの末、捨て台詞を吐きつつ造船組合から脱退。
それがきっかけで客足も遠のいてしまったそうだ。
それほど組合の力は強いらしい。
「そんな事情があったんですね」
「あたしの目指すところと組合の目指すところが違っちゃってるの」
「デザイン性の高い船は良いと思うんですけど……」
同じ機能を持っていたとするならば、奇抜すぎる物はさておきデザイン性が高い方が商品価値は高まる。
だからこそ将来的には、デザイン性を追求した魔道コンロも開発してもらおうと幸助は考えていた。
「そんなこと言ってくれるの、コースケちゃんだけだよぉ」
「そんなはずないと思いますよ。きっと」
「コースケちゃん、ウチみたいな異端って言われちゃう店でも何とかなるのかな?」
造船はこの街の主要産業だ。
たとえ異端と言われようが必要な機能を満たしているならば販売の工夫で解決できる。
業界の常識と消費者のニーズは往々にしてずれることもある。「異端」が「常識」となる日も来るかもしれない。
幸助は大丈夫と確信する。
「ウィルゴさん」
「なあに?」
その言葉で、幸助とウィルゴの目が合う。
そして幸助は宣言する。
「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」




