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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第5章 造船工房編
32/87

1.隣町へ

「僕が隣町に納品に行くんですか?」


 ソファーに腰かけている幸助は素っ頓狂な声を上げる。

 季節は真冬。モダンな装飾が施された暖炉には火が焚かれている。


 ここは貴族街。出されている茶器一つとっても上質なものが使われている。

 向かい合っている眼鏡をかけた女性はフフッと笑うと幸助に応じる。


「悪いね。私たちは魔道コンロの生産に手いっぱいで、猫の手も借りたいくらいなんだよ」


 そう。幸助は魔道具店にいる。

 店長であるニーナから、頼みたいことがあると呼び出されたのだ。

 話を聞くと、魔道コンロを隣町の商会へ納品してほしいということであった。


 隣町とはボルトー子爵領のことである。

 マドリー王国西端の町で海に面しており、人口はここよりやや少なめの三万人。

 主な産業は漁業と製塩で、王都の塩はこの街が一手に担っている。

 猫獣人のパロがホルガーに保護された街でもある。


 しかし、隣町とはいっても移動には馬車で一週間以上かかる。

 しかも季節はまだ寒さの厳しい冬である。

 想定外の依頼に幸助は顔をしかめる。


「納品だったら僕じゃなくてもいいような気がしますが……」


 幸助が言うことはもっともなことである。

 両街間には荷馬車が定期的に往復している。

 コンロの配達ならば不慣れが幸助が行うよりも慣れた人に任せた方がよい。


「いや、今回はコースケじゃないとダメなんだよ」

「何故ですか? 僕は旅に慣れていませんよ」

「今回初めて領外にコンロを売り出すの。王都の店は私たちが常駐予定だけど今回はそうじゃないでしょ」


 ニーナの言葉を聞いた幸助は理解する。


「隣町の商会にも売り方を教えてほしい、ということですね」

「フフッ、話が早いね。そういうこと」


 あとは現地の反応も見てきてね、とニーナは続ける。

 確かに、市場の反応を調査することも大切である。

 やはり幸助が適任のようだ。


「それにしてもまた突然どうしてですか?」

「おかげで新型のコンロは販売が好調でね。その様子を知った隣町の領主様がウチの領主様と直接話をしたんだ。便利そうだからまとまった数が欲しいってね」

「両領地のトップ会談があったんですね」

「そう。まずは百台。フフフフッ。百台だよ。末端価格で金貨八十枚」

「そ……、そうですか」


 どす黒い笑みを浮かべるニーナに若干引き気味の幸助。

 末端価格という表現をされ、危険な白い粉の取引を思い浮かべる。


「道中は腕利きの護衛も頼んであるから。請けてくれないかな?」

「うーん、そうですね……」

「報酬もはずむからさ」

「それはもう十分頂いてますし……」

「水の町って言われてて街の雰囲気もいいし、何よりこの季節は海産物が美味しいんだよ」

「はい! 是非行かせてください!」


 海産物という言葉に幸助の心は瞬時に動く。

 この世界に来てから干物や燻製以外の魚介類は食べていない。

 唯一の例外は、領主の館でアンナと会食した時に出されたアクアパッツァだけだ。


「話は決まりね。はい、これ紹介状」

「さすが用意がいいですね」

「当たり前じゃない。何せ百台……。フフッ」


 封蝋の施された封筒を受け取る幸助。

 アヴィーラ家とは違う紋章が入っている。

 恐らくニーナの家であるアロソン家のものだろうと推察する幸助。


「受けてくれてありがとね。先方にもよろしく伝えておいて」

「はい。では失礼します」


 その後、日程や相手の情報などを聞いた幸助は魔道具店を後にする。


 この世界に召喚されてから一年と数ヶ月。

 当初は目的もなく西へ向かって旅をしていたことを思い出す。

 今回の行先も西方だ。

 そこは西の果てなのか。その先があるのか。どのような街なのか。そしてどのような食べ物と出合うのか。期待感が心の中で大きくなるのを感じる。


「久しぶりの旅、か。それはそれで楽しそうだな」



   ◇



「そういう訳で、しばらくこの街を留守にしますね」

「どのくらい留守にするんだ?」

「最短だと三週間くらいだと思いますが、現地で何かあればもう少し長くなる可能性もあります」


 出発の前日。

 幸助は『アロルドのパスタ亭』を訪れる。

 アロルドとサラにしばらく留守にすることを伝えるためである。


「それにしても突然だな」

「いや、少し前から決まってたんですが、ちょっと忙しくて」


 隣街行きが決まってから幸助は、既存の販売店へ情報収集に駆け回っていた。

 現地での販売に活かすためである。


「お父さん、私も一緒に行っていい?」

「ダメだ。さすがに三週間店を空けられると困る」

「何で? この前は店のこと気にするなって言ってくれたじゃん!」

「あ? 話が突然すぎる。ダメなもんはダメだ!」


 その言葉に不満げな視線を向けるサラ。

 確かにアロルドは過去に「店のことは気にするな」と言っていた。

 だが、いつもいる娘が突然三週間留守にすると言われて許せる親は少ないだろう。


「アロルドさんがダメって言ってるから、今回はあきらめようよ、サラ」

「だって!」

「今回はこの街でやって来たことと同じ魔道コンロの説明をするだけで、すぐ帰ってくるからさ」


 唇をかみ下を向くサラ。

 ここ数ヶ月はいつも幸助と行動を共にしていた。

 離れるのはどうしても嫌なようである。

 これ以上話をしても無理と悟ったのか、サラは席を外す。


「今回の件はさておき、アロルドさんもそろそろ弟子とかスタッフを雇った方がいいかもしれませんね」

「そうだな。いつまでも家族三人で回し続けるって訳にもいかないからな」


 新作メニューの数々はさておき、パスタなどの既存メニューは堅調な売上を維持している。

 家族以外のスタッフを雇う余裕も十分にある。


「アロルドさんと同じ味を出せる人が生まれたら、のれん分けでフランチャイズ展開もできますしね」

「のれん分け? フランチャイズ? 何だそれは。美味いのか?」


 ここで幸助がイメージしているのはカレーのチェーン店であるC○C○壱番屋だ。

 幸助の好みはロースカツカレーにチーズトッピングの二辛だ。

 冬はロースカツがカキフライに変わる。カレーと混ざり合った貝の旨みがたまらない。


 ここでは希望者は既存店で一定期間修行すると、のれん分け方式で独立することができる。

 しかも、初期費用の借入金は本部が保証人になってくれるという至れり尽くせりの制度まであるのだ。

 流石にそこまではできないにしても、いつかはアロルドの味を多店舗展開したいと幸助は考えている。


「食べ物じゃなくて店舗の展開方法のひとつです」

「なんだ。そうか」


 新しいレシピを手に入れることができるかもと期待したアロルドは少しだけ落胆する。

 幸助がもたらすレシピはアロルドにとって奇抜な発想ばかりである。

 メニューとして提供できない料理だとしても、料理人マインドが刺激されるものがほとんどだ。


「で、晩飯は食べてくんだろ。今日は何にする?」


 冬の昼は短い。

 窓の外に目をやると、外は既に暗くなり始めている。

 幸助は顎に手を当てながら少し考えると、アロルドにオーダーする。


「しばらくここにも来れませんから、原点のトマトバジルパスタを大盛りで!」

「わかったぞ。ちょっと待ってろ」


 そう言い残すとアロルドは回れ右をし、のそのそとキッチンへ行く。

 そこへ、店頭のプレートを表にし営業中のサインにしたサラが戻って来た。


「コースケさん、本当に行っちゃうの?」

「うん。すぐに帰ってくるからさ」

「分かってるけど……」


 それでもサラの額には「納得できない」という文字が書かれている。

 不服そうな視線を幸助へ向ける。


「僕がいない間にサラもコンロの改善点とか新しい魔道具のアイディア、いろいろ考えておいてよ。今後、魔道具は絶対に大きな展開になるからさ」

「うん……」

「最近のサラのアイディアはすごく役に立つから、僕も助かってるよ」


 その言葉にようやくサラの表情も和らいでくる。

 口まで出かかった不安をぐっと飲み込み、笑顔を作る。


「うん! わかったよ!」


 その後幸助は過激なほど大盛りのトマトバジルパスタを何とか平らげる。

 おまけでオニオンスープもサービスしてくれたので、腹ははちきれんばかりだ。


「サラ、それじゃまたね」

「うん。コースケさん、気を付けてね」

「アロルドさん、ご馳走様でした。今度大盛りを頼んだ時は、もう少し少なめで」

「なんだ! せっかくサービスで超大盛りにしてやったのに」


 交わす言葉はいつも通りだが、アロルドの視線は息子を案ずるような目であった。

 そんな視線を背に、幸助は店を後にする。

 ギィ、という音を立てドアが閉まる。

 しかしサラはその場を動かず、窓越しに幸助の姿を追い続ける。


「どうした? サラ」

「うん……。何だかちょっとイヤな予感がしたんだけど。きっと気のせいだよね!」


 そう言いながら頭を左右に振る。

 この時サラは自分の予感が的中するなど、知る由もなかった。




 そして翌日。

 幸助は大きな背嚢を背負い早朝に宿を出る。

 そして東西を走る乗合馬車に乗ると、約束の場所である西門を目指す。

 西門まで行くのは生クリーム探しに行った時以来である。


「ここでいいのかな?」


 西門に到着すると、門の先に二台の荷馬車が停まっていることを認める。

 この街と隣町であるボルトー子爵領はこのような荷馬車が定期的に往復しているのだ。

 幸助は門をくぐると馬車へと足を進める。


「お? コースケじゃないか。どうしたんだこんな朝早くから」


 聞き覚えのある声に呼び止められる幸助。

 声の主を探すと同じ宿に宿泊している冒険者のランディであった。

 周りにはパーティーメンバーもいる。


「あれ? 荷馬車の護衛ってランディさんのパーティーなんですか?」

「そうだが、何で知ってるんだ?」

「魔道具輸送の護衛に腕利きの冒険者を雇ったって聞きましたから」


 ランディは状況が呑み込めていないようだ。

 ツルツルの頭上にハテナマークが浮かんでいる。

 護衛依頼には同行人物の名前までは伝わっていなかったようだ。

 それぐらい事前情報で伝えておいてもいいのにと思う幸助。


「僕も荷馬車の荷物みたいなもんです。隣町で魔道具販売を手伝うんですよ」

「コースケ、武器屋の手伝いはどうしたんだ?」

「それはひと段落ついたので、今は魔道具店の手伝いをしてるんです」

「そういう事か。何だか見かけによらず忙しそうなヤツだな。まさか護衛対象がコースケとは思わなかったぞ」


 幸助とランディが会話をしているともう一台馬車が合流する。

 コンロ以外にも定期便の積み荷が載せられている馬車もある。

 今回は二頭立ての馬車が三台編成のようだ。

 全員が集合し、顔合わせと大まかな予定を打ち合わせをする。

 日程は八日間の予定で、途中は村や街道に整備された無人の小屋で夜を越すようだ。


 打ち合わせが済むと、御者とランディのパーティーメンバーはそれぞれの受け持つ馬車へ向かう。


「コースケはこっちだ」


 幸助はランディに案内された荷馬車に乗り込む。

 所狭しと積まれた魔道コンロの合間に荷物を置くと、小さく腰かける幸助。


「やっぱり荷馬車だけに環境は辛そうだなぁ……」


 出発を待っているとランディも荷馬車に入ってくる。

 狭苦しい車内に筋肉ガチムチの冒険者が加わることにより、密度が増す。


「あれ? 護衛も車内で大丈夫なんですか?」

「俺らの役割は積み荷と同行人の護衛だからな。ここにいるのも立派な仕事だ。周りは他の奴らが見張ってるから安心しろ」

「そうなんですね。頼りにしてます……」


 幸助がそう言ったところで馬車が動き出す。

 徐々にスピードが乗ると、サスペンションの無いダイレクトな振動が全身を揺らす。

 この揺れは未だに慣れない。

 いずれは馬車屋の改善にも携わりたいなと思う幸助であった。


「それにしてもコースケ、出世したな。護衛の依頼主は貴族様だったぞ」

「いえ、残念ながら出世はしてないんですよ。魔道具の販売を手伝ったらたまたま店長が貴族だっただけで、僕は平民のままです」

「でもすげぇぞ。貴族様がコースケの力を頼ってんだからな。よっぽど販売の腕があるんだろ」


 確かに販売には自信のある幸助。

 しかし販売するための商品は、関わった人たちの能力の賜物である。


「もともとの商品が良い物ばかりですからね」

「魔道コンロだっけか? 積み荷は」

「そうです。見てみますか?」

「ああ」


 ランディの返事を聞くと幸助は積み荷ではなく自身の背嚢からデモ用に用意したコンロを取り出す。

 受け取ったランディはしげしげとコンロを見回す。


「小さいな」

「はい。ここに魔石をセットしてボタンを押すだけでお湯が沸かせるんです」

「こんな簡単にか。便利な世の中になったもんだなぁ……」

「これって冒険者にも需要はありそうでしょうか?」


 ランディがコンロに興味を持ったところで幸助はそう質問する。

 今のところホルガーの武器屋では一台も売れていない。

 コンロを床に置くと腕を組んで考え込むランディ。


「貴族様だったら付き人が道中の料理をするから必要かもしれないが、俺らは要らないな」

「やっぱり火をたくことが大事だからですか?」

「ああ。調理中に魔物に襲われるのも鬱陶しいからな」




 その後、道中幾度か魔物に遭遇するが、その度にランディのパーティーがサクサクと倒していく。

 若い槍使いも立派に活躍しているようだ。

 ホルガーの武器の恩恵に与る幸助。

 物事は巡り巡って自分に返ってくるということを実感する。


 ちなみに幸助は馬車に閉じこもり冒険者の活躍を見ることは無かった。

 せっかく食べなれた愛着のある魔物の肉が食べられなくなるのを防止するため……でもある。


 そして八日後。

 ランディ達の活躍により被害もなく、幸助たちは無事ボルトー子爵領に到着した。


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