番外編:新年会
時おり雪がちらつく冬の午後。
ひらひらと舞い降りる雪は石畳へ落ちるとその姿を保つことなく小さな染みとなる。
いつもであればひっきりなしに人々が行き交うメインストリート。
しかし今日はその賑わいが無い。
時おり外套を着込んだ人が早足に通り過ぎるだけである。
暦は一月一日。
新年の祝日である。
ちなみにこの国の新年は、暦が新しくなった一月一日のみが祝日となるだけである。
日本でいうところの冬休みは存在しない。
祝祭日は新年以外にも存在する。
初代国王の生誕記念日や建国記念日、収穫祭などだ。
特に収穫祭は大きく盛り上がる。
小麦の収穫が終わった夏の一週間、町中がお祭り騒ぎになるのだ。
当然、お洒落な外観のレストラン『アロルドのパスタ亭』も休日である。
しかし、店内は暖かな賑わいに包まれている……。
「本年が我々にとって幸多き年になるよう。乾杯!」
「かんぱーい!」
「あけおめー!」
幸助はアヴィーラ伯爵領を訪れてから初めての新年をアロルドたちと共に迎えている。
本来は家族や親戚とともに新年を過ごすのがこの国の定番だ。
しかし、そうなると幸助は一人ぼっちになってしまう。
そのため、アロルドへ一緒に新年会をやらないかと提案したのだ。
「コースケさん、今年もいい年にしようね!」
「うん、サラ。今年もいろいろ頑張って去年よりもいい年にしようね」
幸助はここ最近、必死に魔道コンロの販売代理店政策に走っている。
久しぶりに訪れる穏やかな時間に安堵する。
「で、コースケ。今のあけおめって何だ?」
「うん、確かに聞いたことないね。コースケさんの故郷の挨拶?」
アロルドとサラの疑問に幸助が答える。
「うん。そうだよ。あけましておめでとうございますの略。一般的な新年のあいさつだね」
「ふうん」
「あけおめなの!」
幸助の真似をし元気に声を上げたのは猫獣人の女の子、パロだ。
今日は父親であるホルガーと共に新年会へ訪れている。
年中無休の冒険者相手の商売に切り替えたホルガー。
しかし、流石に新年から武器屋の需要はないということで、参加してくれたのだ。
ちなみにルティアにも声をかけたのだが、新年は親戚と過ごすのが恒例とのことで、残念ながら欠席となった。
「それにしてもまさかな。新年をこんなに盛大に迎えられるとはな」
「そうだな」アロルドの声に、ホルガーも続く。
アロルド、ホルガー共に、昨年は幸助から多大な影響をもたらされた。
潰れかけの店を、みごとに立て直すことができたのだから。
もちろん影響をもたらされたのは店主だけでなく、サラ、母のミレーヌ、そしてパロたち家族もである。
ごく一部、幸助の無茶振りで迷惑をこうむってるかもしれない人もいるのだが、それはご愛嬌。
「コースケさんのおかげだよ!」
「ありがとなの!」
「僕こそ、みなさん去年はありがとうございました。こんな僕が役に立てる機会をくださって……」
「なに言ってんだコースケ。今更謙遜なんてするなよ」
「そうよコースケ。もう仲間なんだからね」
皆の褒め殺しにポリポリと後頭部をかく幸助。
やはりこの場所が一番落ち着ける場所なんだなと再確認する。
幸助自身も昨年は大きな変化を体験した。
運悪くこの世界に召喚されて半年。
たまたま訪れた街。たまたま歩いていた道にバジルの香りが流れてなければこの出会いは無かったのだ。
サラの役に立ちたい。下心交じりの軽い気持ちから始まった経営改善。
それが今では領主まで巻き込む一大事業になっている。
一人ひとりの縁を大切にしろと社畜時代に先輩から教わっていたが、それにしても、である。
全てはこの店から始まったといっても過言ではない。
「しんみりとした話はこれくらいにして食べましょう、これ」
「そうだね!」
「早く食べたいの!」
「そう急かすなよ。切り分けてやる、待ってろ」
幸助たちの目の前には巨大な鳥の丸焼きが鎮座している。
以前幸助もランディと宿屋で食べたことのある鳥の丸焼きバージョンである。
未だにどのような種類なのかはわかっていないが、ニワトリでないことは確かだ。
「ウチの新年はこれで始めるのが定番なんだ」
「今年のはとびっきり大きいけどね!」
ナイフを手にし鳥を切り分けるアロルド。
パリッと裂ける皮。断面から溢れてくる肉汁。
思わず生唾を飲み込む幸助。
ピクピク耳が動かし、待ちきれない様子のパロ。
皆の視線が鳥の丸焼きに注がれている。
「よし、ここが一番柔らかいからパロにやろう」
「ありがとなの!」
肉を小さく切り、腹の中で蒸し焼きになった野菜を皿に添えるとパロの前へ置く。
フォークを手にすると迷わず肉を刺し、口へ運ぶ。
「どう、パロちゃん?」
「おいひいお!」
もきゅもきゅと一心不乱に肉を頬張るパロを横目にせっせと肉を切り分けるアロルド。
その姿を見て、休日なのに働かせてしまってるみたいだなと少しだけ気にする幸助。
しかし自分の前に大きな肉が運ばれるとその考えをすぐに忘れる。
幸助に切り分けられたのはジューシーなモモ肉だ。
ナイフで小さく切ると、こんがりした皮と一緒に口へ放り込む。
「!?」
幸助は今まで味わったことの無い風味に目を見開く。
パリっと焼けた皮の香ばしさ。ジューシーな肉。
そして何より幸助が驚いたのは香草の風味だ。
「うまいだろ。普段は使わないが帝国産のハーブをたっぷり使ったからな」
「へえ、バジルだけでは無かったんですね」
「あったり前だろ! 何言ってんだ、お前」
射抜かんばかり視線で幸助を睨むアロルド。
子犬のように小さくなる幸助。
「さ……、流石です」
「うん。お父さんやっぱり美味しいね!」
「ま、まあな」
サラの機転により危機を脱出した幸助。
にこりとほほ笑むサラに感謝の視線を送る。
「アロルドさん、早くこっちもやりましょうよ」
「その前に俺にも肉を食わせろ!」
幸助の視線の先にある物。
それは現在絶賛売り出し中の魔道コンロだ。
その上には土鍋が置かれている。
幸助はコンロのスイッチを「弱」にセットする。
「あ、お前っ。勝手にはじめやがったな!」
鍋が温まると予め用意されていたチーズが溶け出す。
焦って肉を食べるアロルドを放置し、幸助はゆっくりと鍋をかき混ぜる。
魔道コンロがあるからこそできる料理。
幸助の今年初のリクエスト料理。
それは、チーズフォンデュだ。
「ほら、パロ。こうやってパンをチーズにつけて食べるんだよ」
幸助はチーズが良い頃合いになるとパンを串に刺し、チーズを絡め取りパロに手渡す。
「初めてみるの!」
「チーズフォンデュって言うんだよ。熱いから気を付けてね」
ふーふーと息をかけるパロ。
幸助は自分の分も手に取るとチーズを絡め取り、アツアツのまま口へ送り込む。
その様子を見たサラが幸助に続く。
「うん。美味しい。やっぱりこのチーズは最高だな」
「美味しいね!」
「あっ、あついの!」
どうやらパロは猫舌のようだ。
慌ててカップを手にすると、果実のジュースをクピクピと飲む。
「ほらお前ら、肉とパンばかりじゃなく野菜も食べろよ」
「はーい」
それから皆、思い思いの食材にチーズを絡めて食べる。
ガタイの良いアロルドとホルガーの食欲は旺盛である。
あっという間にチーズは空になり、鶏は骨だけとなった。
「美味しかったですね」
「もう食べられないの」
腹をさする幸助とパロ。
動作は同じはずなのに幸助はオヤジ臭く、パロは微笑ましく見えるのは気のせいでないはずだ。
「まだアレがあるよ」
「アレって?」サラの言葉に幸助が聞き返す。
「もちろん、食後のデザート。ケーキだよ!!」
ケーキという言葉にパロの耳がピン! と張る。
いつの日かと同じリアクションである。
アロルドのケーキはかなり中毒性があるようだ。
「はい、どうぞ」
ミレーヌが切り分けたケーキを皆の前に配る。
「んー、あまくてフワフワなの!」
どうやらパロにも別腹は存在したようだ。
当然とばかりホルガーの分もペロリと平らげる。
その後もお茶を飲みながらの歓談は続く。
幸助にとって、皆にとって良い一年となりそうな楽しいスタートを切るのであった。
パロや番外編のリクエストをくださった方、
チーズフォンデュのアイディアをくださった方、
ありがとうございます。




