8.領主の館にて
魔道コンロの販売を開始してから二ヶ月が経った。
販売数は爆発的とは言えないまでも、順調に推移している。
まず『ルティアの小麦店』について。
最初の一台こそ試食販売の日に売れたが、その後は試食なしでも売れるようになった。
そのため、その後の実演はお湯を沸かすだけに留めている。
消耗品である魔石も少しずつ流通するようになっている。
購入者に聞いてみたところ、ほとんどの人が実演を見てすぐにでも欲しいと思ったそうだ。
商品力は間違いないということの何よりの証左である。
しかし価格が高い。
そのため一定期間悩んだ末、購入へ至るパターンが多かったようだ。
幸助はこの成果を引っ提げ、早速横展開を始めた。
とにかく魔道コンロの露出機会を増やし、事業継続が認められるだけの実績を作るためだ。
ここで言う横展開とは、魔道コンロとその販売方法をセットにして小売店に卸すことである。
ルティアの店で研究した実演販売方法と効果の高かった口説き文句がセットの対象だ。
それにより、販売方法を工夫するための負担を最小限にとどめることができる。
もちろん、反応をフィードバックしてもらいブラッシュアップすることも続けている。
手始めに、アロルドの伝手で包丁を販売している鍛冶屋に販売を依頼した。
キッチン用品つながりということもあり、すぐに受け入れてもらうことができた。
そして横展開した手法が他の店でも有効ということが判明した。
主に店主の奥さんが実演を行ったのだが、ルティアの店同様の口説き文句が効いたようである。
反面、ホルガーの店での売上は芳しくなかった。
まだ冒険者への需要を開拓することはできていない。
価格が高いということもあるが、店舗の特性上実演販売が向かないということも原因の一つであろう。
そして幸助は、商業ギルドを通じ販売代理店の募集をかけた。
魔道コンロは、感度の高い商売人にはすでに注目されていたため、かなり多くの手が挙がった。
メーカーが公営ということで得られる信頼感もそれを後押しした。
幸助はアンナ、ニーナと共に手が挙がった店舗の中から十店舗へ卸すことを決めた。
決め手は、他のコンロ販売店と距離が近くない、実演がちゃんとできそうという軸である。
各店舗への納品や説明、手伝いなどはニーナの魔道具店に勤めている従業員と手分けして行った。
それでもこの作業は幸助には相当の激務であった。
今まで増加傾向だった体重が減少したほどである。
もっとも、ぽっこり出ていた腹が引き締まって来たのは幸いである。
そうこうしている間に、タイムリミットである三ヶ月はあっという間に経過してしまった。
新年を迎え、寒さも一番厳しくなる季節。
領主の執務室には領主であるアルフレッド、令嬢のアンナ、魔道具店店長のニーナ、そして幸助が集まっている。
豪華なソファーに領主親子と向かい合って座る幸助とニーナ。
奥にある執務机には相変わらず大量の書類が山積みになっている。
暖炉には火がくべられており、時おり薪がパチッとはぜている。
ニーナはここ三ヶ月の取り組みをまとめた報告書をアルフレッドへ渡す。
報告書に目を通す姿を神妙な面持ちで見るニーナ。
あらかたの情報は事前に受け取っているアルフレッド。
さっと目を通すとニーナへ視線を送る。
ゴクリと生唾を飲み込むニーナ。
「抱えていた部品の在庫はかなり現金に変えることができたようだね」
「はい。不良在庫になっていた旧型の魔道コンロからも部品流用しましたので」
「本格的に売り出して二ヶ月程度でこれだけ市民に受け入れられるなんて、想定以上だよ」
「フフッ。ありがとうございます」
次にアルフレッドは幸助へ視線を移す。
「コースケ。この度の働き、心から礼を言う」
「とんでもないです。僕は自分のできることをしただけですから」
謙遜する幸助。
ニーナを始めとした技術者集団が改良に成功したからこそできたことだと思っている。
しかも魔道具店の経営はまだ黒字化していない。
すべきことはまだ沢山ある。
「それにしてもあのアイディアには感心しきりだったよ」
「アイディア、ですか?」
今回の改善でも様々なアイディアを出した幸助。
どれのことかと考える。
「魔石を専用品にしたってことと省コスト化するってこと。素晴らしいアイディアだったよ。魔道具開発の常識をあっさりと変えちゃったからね」
その言葉を聞いて、アルフレッドもニーナと同じく技術者肌だったなと思い出す幸助。
今までの魔道具はとにかく高出力を追求する傾向にあり、技術者たちもそれが当たり前と思っていた。
「しかも魔道具というものは贅沢品という認識だから、お金に余裕のある貴族や富裕層しか買ってくれないものだと思い込んでいたんだ」
「確かに店舗も貴族街にありますしね」
勤めている人たちも皆それなりの家の者たちである。
最初から富裕層をターゲットにしていたのだろうと幸助は考えていた。
「市民の方々が中心となって購入してくれるなんて、僕の夢だった町おこしに一歩どころじゃなく十歩以上近づいたよ」
「過分なお言葉、ありがとうございます」
座ったまま小さく頭を下げる幸助。
「それにコースケさん、噂によるとコンロを活用できる鍋料理という料理も開発されたそうではありませんか」
いちど食べてみたいわと続けるアンナ。
それを聞き苦笑しながら幸助は答える。
「鍋料理は典型的な庶民向けの料理ですから、アンナさんには似合わないと思いますよ」
「あら。市民の皆様が普段から親しまれている料理を食べることも、また私の仕事ですわ」
「そ、そうですか……。でしたらまたアロルドさんの店へお越しの際は是非」
「あはは、アンナは相変わらず食べることが大好きなんだから」
実際には鍋料理はそれほど市民に浸透していない。
どこからその情報を仕入れたのかと感心する。
幸助とアンナが会話をすると、かなりの確率で食事の話題にそれる。
その後もレッドボアの赤ワイン煮込みやケーキの話題で軽く盛り上がる室内。
しかし、場の空気とは似つかわしくない表情をした人が一人いる。
ニーナだ。
「盛り上がってるところ申し訳ないのですが、領主様。よろしいですか」
「なんだい?」
「在庫が現金化されて来月の資金繰りは大丈夫になりました」
「そのようだね」
「しかし、次の生産は在庫の部品で賄えなくなりますから来月からは仕入が発生します。魔石から継続的な収益が発生するまでに資金が尽きてしまいます……」
魔道具店には多くの従業員が勤めている。
その給料だけでも相当な資金が必要となる。
今までは領主からの資金投入が続いていたのでやりくりできていたが、それも終わってしまった。
売上げを稼ぎ出さなければ資金繰りが行き詰ってしまうのだ。
静かになった室内に暖炉の薪がバチッとはぜる音だけが聞こえる。
「ああ、そのことなら心配しないで」
「……とおっしゃいますと?」
きょとんとした表情を浮かべるニーナ。
アルフレッドは笑顔を作りながら答える。
「もう決めたんだけど、これから半年分の運転資金を融資することに決めたよ」
アルフレッドは悩んだ結果、追加の資金投入をすることに決めたのだった。
当初は今まで通り返済不要の資金投入をしようとした。
しかし側近から反対が上がった。
騎士団の武器のように、また他へしわ寄せがいくのを心配したのだ。
そのため、今までのような提供ではなく融資という形に落ち着いたのだ。
「せっかく花開きそうな魔道コンロを見捨てるなんて僕にはできないからね」
「あ、ありがとうございます!!!」
身を乗り出しアルフレッドの両手をガシッと握るニーナ。
リストラという苦渋の決断をしなければと考えていたのだ。
辛い宣告をせずに済むことに安堵する。
「それで、今のところ資金以外に何か困ったことや気づいたことはあるかな?」
アルフレッドの質問に幸助が答える。
「恐らくコンロが流通するにつれて何らかの問題が発生してくると思います」
「それはどんな問題?」
「開発者側の想定しえない使い方による事故や故障などです」
なるほどねと言いながらアルフレッドは頷く。
幸助は初期不良や継続使用による劣化など、具体的なことまで考えている。
しかし、発想力豊かな使用者がどのような活用をするかは未知数だ。
日本でもカセットコンロを二つ並べて鉄板焼きをしたことにより、爆発する事故が起きている。
ちなみに模倣品については、参入障壁の高い事業のため今のところ心配していない。
「いち早くそれらの情報を把握して、商品の改善を続けることが必要になってくると思います。それと……」
「それと?」
「今後事業を安定されるためには魔石の安定供給が肝要となります」
せっかく薪代と競えるくらい省エネ化したのに、魔石の供給量が減り価格が上がってしまうことを幸助は心配していた。
「そこは心配しないでいいよ。領内から一定量の採掘ができることは確認済みだから」
「魔石が採れるからこそお父様は魔道具を伸ばそうとしたのですよ」
「あれ? コースケは知らなかったんだ?」
どうやら知らなかったのは幸助だけのようである。
魔石は魔力の溜まっている場所を掘ることで採掘できる。
ただし魔力の溜まる場所には魔物がつきもののため、採掘には相応のコストが発生する。
「あ、そうなんですね……。なら、安心です」
ガクッと項垂れる幸助。
なら実演販売でチマチマせずもっと湯水のように魔石を使えばよかったという思考が頭をよぎる。
「それでね、今後の方針なんだけど」
アルフレッドは幸助とニーナの顔をそれぞれ見ると話を続ける。
「王都に魔道具の販売専門店を出すことに決めたよ」
「王都にですか?」幸助とニーナがハモる。
マドリー王国の王都は、幸助たちのいるアヴィーラ伯爵領から馬車でおよそ七日間の距離にある。
人口はおよそ三十万人。アヴィーラ伯爵領のおよそ六倍だ。
規模は違えど東京と同じく流行に敏感な人々が多く集まっている。
最先端の魔道具を売るにはもってこいの街だ。
幸助も召喚後、アヴィーラ伯爵領にたどり着くまでの道中で数日間滞在したことがある。
賑わいはこの街の比ではない。
「まだ店舗の選定もできてないから数カ月先になるけどね」
「王都を通して国中に広めることができるのですね。フフッ」
「それで、ニーナには王都の店を任せようと思うから。また苦労を掛けるけど、よろしくね」
融資に続いてもたらされた良いニュースに不敵な笑みを浮かべるニーナ。
「コースケ、引き続き君の力も借りることになると思うけど、よろしく頼むね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「コースケさん、私からもよろしくお願い申し上げます」
その後四人はケーキの話題でひとしきり盛り上がる。
しかし食べたことの無いアルフレッドは置いてけぼりだ。
次回はアルフレッドにもお土産として持ってくることを約束し、幸助とニーナは領主の館を出る。
「ニーナさん。魔道具販売、どんどん発展していきそうですね」
「フフッ、そうだね。これからもいろいろと世話になるよ。よろしくね」
「こちらこそ!」
送迎の馬車へ向かい歩く二人。
気温は低いが柔らかな陽光が二人の背を優しく照らす。
こうして幸助は魔道具店の改善を行い、廃業の危機から救ったのだった。
しかし市場への本格的な普及はまだこれからだ。
魔道具店の改善は続く。
これで第4章は終了です。
お読みいただきありがとうございます。
魔道具販売はこれだけでは終わりません。
普及率が上がるとまた違う問題が発生するのは世の常。
次章では別の店舗改善を行い、その次あたりに魔道具店がまた登場します。
(5/14追記:次の次の章になりそうです)




