7.動機づけ
「うわぁ、今日は寒いなぁ」
宿を出るとブルッと身震いする幸助。
乾いた風が頬をピリピリと刺激する。
試作品が完成してから数週間後。
もう季節は冬である。
空は晴れているが日の出時刻が遅いため、外はまだ薄暗い。
道往く人々も皆コートをしっかりと着込んでいる。
太陽が高く昇るのを待ち遠しく感じる幸助であった。
「コースケさん、お待たせ!」
幸助が振り返ると胸に手を当てながらハァハァと息を切らしているサラの姿があった。
服装は地味なグレーのコートに真っ白のマフラーだ。
「そんなに慌てなくてもよかったのに」
「寒くて布団からなかなか出られなかったから……」
(その気持ちはよくわかるな。
これだけ冷えてくると僕もダメ人間製造機、いや、コタツが恋しいや。
コンロと同じ熱操作だから、ニーナさんすぐに作ってくれるんじゃないかな)
「コースケさん、どうしたの?」
突然考え込む幸助にサラが声をかける。
「いや、新しい魔道具のアイディアが浮かんでね」
「すごい! それはどんな魔道具?」
肩を並べて歩きながらコタツの説明をする幸助。
向かう先は『ルティアの小麦店』である。
魔道コンロの量産品が届いたという知らせがあったので、実演販売を行うために行くのだ。
ちなみにアロルドの店では鍋料理のレギュラー販売が始まった。
そのために、立て看板の作成から取り組んだ。
昼はいつも通りのトマトバジルパスタ。
夜は鍋料理の絵という具合に昼夜で分けたのだ。
実際の販売は、売れない日の方が多かった。
常連が物珍しさで注文してくれるだけである。
この街では鍋料理の文化が無い。こればかりは仕方ない。
それでも一組注文してもらえれば、来店客全員の眼に触れることはできる。
そして拘りの強いアロルドは飲食店で魔道コンロを売ることに難色を示した。
ハンバーグや鍋まで始めたくらいだから何でもありじゃないかと聞くと、一貫性が無くなるとの回答が返って来たのだ。
確かに今のところアロルド自慢のトマトバジルソースが合うものだけがメニュー入りしている。
そのため、問い合わせがあった場合はルティアの店を宣伝してもらことにした。
「あ、もう着いちゃったね」
寒いとはいえ、会話をしながらの移動は時が経つのが早い。
二人はルティアの店へ到着した。
道中サラに力説したコタツの魅力も十分に理解してもらえたようである。
まだ開店前なので店は閉まっている。
裏口へ回ると幸助はドアをノックしながら声をかける。
「おはようございます、幸助です!」
はーいという声とともに二階から足音が近づいてくると、ドアが開く。
「おはよ。今日はまた一段と寒いね。さ、入って」
ルティアに促され裏口から入る幸助とサラ。
小麦の匂いが充満する薄暗い倉庫を通り抜ける三人。
在庫は以前見た時よりもだいぶ減っている。
仕入れと販売のバランスが取れ、適正量に調整できたのだろうと幸助は考える。
「あ、これですね。量産型の魔道コンロ」
幸助は店内に積まれていた木箱の姿に気付く。
そこには薄型の木箱が十個積まれている。
「こっちが魔石だね!」
サラの手には薄手の布袋に入れられた魔石が取られている。
袋を開けて中を取り出すサラ。
小さな手のひらにルビーレッドに光る魔石が煌めく。
「それで、今日から販売を開始するのよね?」
「はい。その予定です。ルティアさんは大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん」
ルティアはコンロが入っている木箱に視線を流すと続ける。
「それにしてもこの在庫、どれだけの期間で捌けるのかしらね」
「うーん、どうでしょう。全くの未知数ですね」
「あら。幸助でも想定はできないの?」
意外という目をするルティア。
一般家庭にはほとんど普及していない魔道具というカテゴリの商品。
幸助はそれがどれだけ受け入れられるのか心配しているのだ。
「便利なのは間違いないんですが……。その対価に大銀貨八枚の価値があるっていう判断をしてもらえるかは分かりませんね」
「ふーん、そっか」
「だから今日は僕とサラが中心になって実演販売をしますね」
武器よりはイメージしやすいものの、コンロも幸助自身が使う商品ではない。
実演販売を通してまずは感覚を掴もうと思っているのだ。
「いいの? 外は寒いよ」
以前オリーブオイルの試食販売をした時は、ほとんど店内から様子を見ていた幸助。
その時はルティアのためにそうしたのだが、今回はお願いする立場だ。
「はい。大丈夫です」
「わかったよ。さて、そろそろ時間だしお店あけるね」
その声で開店準備に入るルティアたち。
店頭を大きく開けると冷たい風が店内に注ぎ込む。
夏と同様冬も商業街の小売店は開口部が広めである。
「うっ、まだまだ寒いなぁ」
まだ太陽の高さはかなり低い。
ルティアはいつもの開店作業を行い、幸助とサラは店頭に実演セットを設置する。
試食販売でも使用した台に魔道コンロを乗せる。
そしてその上に水が半分くらい入った鍋を置く。
鍋はルティアが普段使用している物だ。
使用感に溢れているがそれでいい。リアル感が伝わるから。
「早くコンロつけよ! 暖まれるからさ」
「あはは、そうだね。本来の目的と違う使い方だけどとりあえずスイッチを入れようか」
そう言いながらコンロのスイッチを入れる幸助。
もちろん火力は強である。
「暖かいね! コースケさん」
早速コンロに手をかざすサラ。
その姿を見ながら幸助は中学生の頃を思い出す。
理科の実験でアルコールランプに手を向け「ファイア!」とやって先生に怒られたことがあるのだ。
数分間加熱すると鍋の底からプツプツと小さな泡が出てきた。
それが大きな泡になり沸騰すると、水蒸気は真っ白な湯気となり青い空へ立ち昇る。
「うん。これだけ盛大に湯気が挙がってると目立つな」
「そうだね!」
幸助はコンロの強さを弱にする。
デモ用の魔石はメーカー支給だが、無尽蔵にあるわけではない。
魔石の節約は大切である。
「さてと。サラ、始めようか」
「うん!」
幸助とサラは魔道コンロを挟み通行人へ声がけを始める。
「魔道コンロの実演をしています。よろしかったら見ていってくださーい!」
精一杯声を出したつもりだが幸助の声に反応は無くそのまま通り過ぎてしまう。
様々な店が軒を連ねる界隈である。
声がけの競争も熾烈である。
幸助の声は雑踏にまぎれてしまったようだ。
今度はサラが声を張る。
「料理に便利な魔道コンロです!」
幾人かへは声が届いたようでチラッと声の元――サラを見る。
そしてその中の一人がコンロの前にやって来る。
「何の実演だって?」
「魔道コンロという魔道具です」
「ふうん……。で、魔道具ってのは何? おいしいの?」
(そこから説明が必要だったのか!)
幸助は頭を抱える。
「えっと、魔力を動力源にした便利な道具のことです」
「ふうん、食べ物じゃないんだ」
そう言い残すと立ち去ってしまった。
ちょうど入れ替わりで様子を見に来たルティアがやって来る。
「お客さん第一号を逃しちゃいました」
「ああ、あの人ね。試食の時だけ必ず来る人だよ。気にしない、気にしない」
気を取り直して声がけを続ける二人。
ターゲットである主婦に興味は持ってもらえるものの、なかなか販売には結びつかない。
昼が過ぎ、更に道往く人の影が長くなるとルティアは店を閉める。
冬の営業時間は短い。
「はぁ、疲れた。物を売るって大変だなぁ」
「もー、コースケさんって意外と体力無いんだね!」
「うっ……」
「お疲れ様、二人とも。はいこれ、暖かいお茶」
ルティアから差し出されたお茶を無言で飲む幸助。
結局初日は一台も売ることができなかった。
想定していたとはいえ、売れないのは精神的にも疲れるものである。
そして翌日も初日と同様の結果になった。
「やっぱり高額品はそうそう売れませんね」
「そうみたいね」
片手で腰を押さえながら暖かいお茶を飲む幸助。
サラの顔にも疲労の様子が窺える。
明日もこのままでよいものかと幸助が悩んでいると、ルティアが口を開く。
「それで明日は月イチの試食販売の日だけど、どうする?」
「あっ! それなら私、キノコのオリーブオイル煮がいいと思う!」
サラの言葉に幸助も大きな反応をする。
「それいいね! オリーブオイルも試食できるしコンロも使えるし」
「それなら注文しておいたパンも使えるね」
マンネリ化してきた試食販売に変化がつけられる。
ルティアも賛成のようだ。
そして翌日。
幸助とサラは早朝の市場で食材を調達すると、試食販売の準備を始める。
フライパンにオリーブオイルを張り、唐辛子、にんにくを入れコンロのスイッチを入れる。
少し待つと買って来たばかりのキノコとアロルドの店から持ってきたベーコンを少しだけ入れる。
最後に塩で味を調整すれば出来上がりである。
サラの手つきは慣れたものである。
ルティアは試食用の小皿とパン、木串を用意している。
幸助はその様子をぼうっと眺めている。
フライパンから香りが立ってくると、近くを通る人の足が止まる。
ルティアが声をかける。
「今日は試食販売の日ですよ、いかがですか?」
「あら、もう一ヵ月たつの? 歳をとると時間が経つのが早いねぇ」
「奥さんったらご冗談をっ。さ、食べてみてください」
ルティアが客と会話している間にサラが用意した小皿を渡す。
「まあ、オリーブオイルを贅沢に使うと普通のキノコもこんなに美味しいのね」
「そうなの。ちょっと特別な日にいかがかしら?」
人が人を呼び、瞬く間に最初に用意した試食は無くなってしまった。
何人かは魔道コンロにも興味を持ったようで、幸助がその説明をする。
新しい試食を用意しているその時、一人の客が幸助に声をかける。
「あの、ルティアちゃんいるかな?」
「はい。いますよ。呼んできますね」
実演初日に幸助がコンロのデモンストレーションした客だ。
店の奥にいたルティアを呼ぶ幸助。
「あ、ミリアさん。いらっしゃいませ」
常連客のようである。
「あの魔道コンロ、どうしようかなと思ってね。相談しにきたの」
初めて具体的な商談のようだ。
幸助はルティアと客との会話を聞き洩らさないよう、耳をダ○ボにする。
「コンロ、気になりました?」
「うん。でもね、最後の踏ん切りがつかなくて……」
どうやら初日に幸助のデモを聞いた後、二日間悩んでいたようである。
ルティアはユーザー目線で動機づけをする。
「重い薪を買いに行かなくてもよくなりますよ」
「うーん……」
「火事になりにくくなりますよ」
「でもなぁ……」
「いつも家事を頑張ってる自分へのご褒美に」
「…………」
「……」
「……よし、決めた! 思い切って買っちゃおうかしら」
心の琴線に触れる言葉は人それぞれである。
いろいろ並べ立てたルティアの作戦勝ちである。
財布から金貨を一枚取り出す客。
普段から金貨を持ち歩くような人は少ない。
恐らくここに来る前から買うことを決めていたのだろう。
強引になるのはよくないが、時には迷っている人の背中をそっと押してあげることも必要である。
その先に必ず便利な未来が待っているのだから。
「ありがとうございます!」
三人に見送られ、客は来た道を帰る。
「あ、そうだ。購入者インタビューしてみよう」
突然思い立った幸助は、今しがた購入した客を追いかける。
なぜ購入してくれたのかという客の意見は、今後の販促に活用できるからだ。
「すいませーん!」
「ん? 私かい?」
「はい。ちょっとだけお時間宜しいでしょうか?」
「ああ、ルティアちゃんのお手伝いさんね。どうかしたのかい?」
「もしよろしければ、コンロの購入の決め手を教えて頂いても宜しいですか?」
幸助の言葉を聞くと購入者の女性は視線を遠くにやる。
「そうね……本当に迷ったわ」
「ですよね。安くない買い物ですし」
「ええ。昨日主人と話したらね、私が便利になるんだったらいいんじゃないかって。それに……」
「それに?」
「新しい時代のおとずれだってさ。それで『乗るしかない、このビッグ○ェーブに!』って言ってたわよ」
どこかで聞いたようなフレーズに苦笑する幸助。
世界は違えど購入の動機は同じようだ。
「絶対にいい買い物だと思います」
「そう? 使うのが楽しみだわ」
「本当にありがとうございました!」
高額品を購入した後には「本当に買ってよかったのか」という想いが頭をよぎることもある。
だから、購入したことを肯定してあげることも時には必要である。
閉店後。
「コースケ、お疲れ様」
「お疲れ様です。これで道筋が見えてきましたね」
「そうね。今日はいつも以上にオリーブオイルも売れたし。大収穫よ」
試食販売は大盛況で幕を閉じた。
結局コンロの販売台数は一台だけであったが、大きな一歩である。
「またよろしくね」
「ではまた!」
今後の予定を打ち合わせし、ルティアの店を後にする。
肩を並べ歩く幸助とサラ。
二人の足取りは軽やかだ。
そんな二人の下にフワフワと白いものが舞い降りて来た。
「わぁ、雪だよ! コースケさん」
足を止め両手を前に出し雪を受けとめようとするサラ。
なかなかうまく受けとめられないようである。
「よし、僕が先にキャッチしてやる」
「私が先だよ! コースケさんに負けないもん」
仲睦まじい二人の姿はアロルドの店へ帰るまで続くのであった。




