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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第4章 魔道具店編
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6.久しぶりの……

「あら。久しぶりじゃないの、コースケ」

「お久しぶりです、ルティアさん」

「こんにちは!」


 アロルドの店でプチ鍋パーティーをした翌日。

 幸助は久しぶりに『ルティアの小麦店』を訪れた。

 約束通りサラも一緒だ。


 晩秋ということもあり三人とも服装は厚手だ。

 ルティアは更にエプロンをつけているということもあり、その魅力的な部分は隠れてしまっている。

 幸助が早く夏が来るといいのにと思ったことは、サラには内緒である。


「オリーブオイルの販売が軌道に乗ったとたんに来てくれなくなるんだから。もう私のことなんて忘れちゃったのかと思ったよ」


 そう言いながら右手で紫色のしっとりとした髪をかき上げる。

 定期的にアロルドの店へは納品しているルティア。

 サラとは何度も顔を合わせていたが、幸助とは数ヶ月振りである。


「もちろん忘れてなんかいないですよ。あの後ちょっと忙しくなってしまって」


 反射的に言葉を返す幸助。

 ルティアとの仕事が落ち着いた後、確かにホルガーの武器屋で仕事をしていた。

 しかし、四六時中かかりっきりになっていたわけではない。

 ちょっと寄る時間くらいあった。


 しかし幸助は用事がないと人に会いにいかないタイプである。

 だからぼっちになることが多いのだが。


「そうなの? ま、いいや。それで今日はどうしたの?」


 その言葉で幸助はカバンから魔道コンロを取り出す。

 小型化に成功したので、持ち運びも便利である。

 それでもずっしりと重みはある。

 ただ、鍋を乗せた時の安定感を考えるとこれ以上軽くするのは危険である。


「これ魔道コンロなんですが、お店で実演販売してもらえないかなぁと思いまして」

「あら、ずいぶんと可愛いサイズね。これでちゃんと沸かせるのかしら?」

「もちろん。機能は折り紙つきですよ」

「それで。実演販売すると私にはどんないいことがあるのかしら?」


 商売人としてもっともな質問である。

 実演販売という手間に対する対価が気になるのは当然である。


「売上が増える……かもしれません」

「かも、なんだね」

「家庭ではあまり馴染みのない魔道具ですからね。オリーブオイルの時みたいに試行錯誤は必要になると思います」


 オリーブオイルの時は三種類の商品をラインナップし、パンと合わせて試食販売を行った。

 ちなみにルティアは今でも月に一回程度、試食販売を行っている。


「それで利益は?」

「本体は大銀貨八枚という小売価格に設定したんですが、利益は少ししかありません」

「残念。美味しい話じゃないのね」

「最初は、ですね。使い続けるにはこの魔石が一か月に一個くらい必要になります。これは薪と同じく継続的な利益が期待できるんです」

「なるほどねぇ」


 もちろん魔石の消耗速度は使用頻度で変化する。

 一ヶ月に一個はあくまでも目安である。


 うーんと唸りながら腕を組んで考えるルティア。

 厚手の布越しであるが双丘が強調される。

 ルティアは実演販売がうまくできるか心配しているのだ。

 未だに試食販売も苦手意識が残っているからだ。


「うん。決めた。世話になったコースケからの頼み事だしね。やってみるよ」

「ありがとうございます!」幸助とサラがハモる。


 その後幸助は店頭の台にコンロを置くと、簡単な操作説明をする。


「ここに入れてください」

「えっ、うまく入らないよ?」

「そこじゃなくてこっちです。こことここを合わせて。そう……」

「あっ」


 手の奥からカチッという音がする。

 コンロに魔石が装着された音だ。

 向きが分かりにくそうだったので改善の余地ありだ。


「はい。魔石はそれで大丈夫です。あとは火力に応じてこのスイッチを押すだけです」

「ふうん。簡単なのね」


 手をコンロの上にさっとかざし、温度を確かめるルティア。


「温かいね。当たり前だけど」

「はい。家庭で使う分には十分な出力もありますからね」


 コンロのスイッチを切り今後の予定を話そうとしたところ、一人の女性がルティアに近づく。

 客のようだ。


「ルティアちゃん。いつものオリーブオイルちょうだい!」

「あ、はーい。ちょっとお待ちくださいね!」


 ルティアは客から瓶を受け取ると小走りに店の奥へ行き、オリーブオイルを詰める。


「お待たせしました」

「はい。銀貨二枚ね」

「ありがとうございます!」


 どうやら中級品のオリーブオイルが売れたようだ。

 客が帰るとルティアは幸助とサラの近くに戻って来る。


「オリーブオイル、順調そうですね」

「おかげさまでね。サラちゃんとこも買ってくれるしね」

「ね! いつも持ってきてくれてありがと!」

「いえいえ。こちらこそいつも大量にありがとうね」


 アロルドは毎月一定量の最高級オイルをルティアから購入している。

 ペペロンチーノなど、それがなければ作れない料理があるほどだ。アロルドのプライド的に。


「あ、そうだ! ねえコースケ、聞いてよ!」

「うん? どうしました」

「オリーブオイル、なんと今じゃ領主様の屋敷にも卸してるんだよ。すごいでしょ」


 胸を張るルティア。

 もちろん幸助は知っている。

 その領主本人とも会食したくらいなのだから。


「すごいですね! 大躍進じゃないですか」

「でしょでしょ」


 盛り上げることを優先して初めて聞いた体を装う幸助。

 幸助の中では大人の対応をしたつもりである。

 これが吉と出るか凶と出るか、今は誰も知らない。


「ウチの店もアンナさんが来てくれたもんね」


 対抗するサラ。

 大人の対応が裏目に出るかもしれない。

 にわかに慌てる幸助。


「アンナさんって領主令嬢のかい? よかったじゃない。コースケと関わると面白いことがいっぱいだね」

「うん!」


(ルティアさん。大人の対応で助かりました!)


 ホッと胸をなでおろす幸助。

 話題がそれてしまったので軌道修正する。


「それで、販売方法についてですが……」


 それから幸助はルティアへ予めニーナと決めておいた諸条件を説明する。

 具体的な魔道コンロや魔石の卸価格。

 修理の受付や代替品について。

 発注してからの納期。

 売れてから仕入代金を払う委託販売でよいことなどである。


「ではルティアさん。また明日来ますので今夜はユーザーとしてコンロを使ってみてください」

「わかったよ」

「また明日!」




 そして翌日の午前中。

 まだ早い時刻に店内の隅に置かれた小さなテーブルに三人が集まる。

 もともと二人用のスペースに三人だ。

 それぞれの肩が触れそうである。

 テーブルの上には魔道コンロが置かれている。


「コースケ。コンロ使ってみたけど、これは便利ね!」

「よかったです。販売する人が便利って思えないものは売りにくいですからね」


 そう言いながら幸助は社畜時代でなく就職する前にしていたアルバイトを思い出したのだった。

 それぞれ職責に応じてノルマが課せられ、好きでもない季節商品の販売をしたのだ。

 もちろん仕事だからちゃんと取り組んだが、気乗りしなかった記憶がある。


「それで、どうやって実演販売しよっか?」

「サラ、何かいいアイディア考えてきた?」

「うん! 考えたよ、コースケさん」


 そう言うとサラはポケットからしわくちゃになった小さな紙を取り出す。

 以前にも見たような光景だ。


「えっとね、ルティアさんの店は食品を実際に調理する姿が見せられるといいと思うの」

「うん。それはいいと思うな」

「で、何を調理するのかな?」

「えっとね……、お肉とか?」


 他に挙がったのは芋を茹でてオリーブオイルと一緒に試食販売する。

 屋台のようにスープを販売する。

 取扱商品の豆を茹でてみせる、といったところだ。

 

「でも、そうするとコンロにかかりっきりで他のことができなくなっちゃいそうだよ」

「うーん、確かにそうかも……」


 メモをしまうサラの顔には少し影が差す。

 ルティアに現場のことを指摘されて考えが甘かったと感じたからだ。


「サラのアイディアはどれもいいと思うよ。コンロの機能がすぐにわかるしオリーブオイルのことまで考えられたからね」

「ほんと!?」

「うん。ただ、やっぱり屋台ではないから、食べてもらうのはルティアさんの負担になっちゃうかな」

「そっか。そうだよね」

「僕は鍋から湯気が上がっててお湯が沸いてるってのが一目瞭然になれば十分実演になると思うんだ」


 開発期間が短かったため、また時間には余裕がある。

 トライアルアンドエラーを繰り返せばいいと幸助は考えている。


「ここで決めたことが絶対ではないし。ルティアさんの負担になってもいけませんから、取り敢えずただのお湯だけでやってみませんか?」

「うん。それなら気張らなくていいしやり易いよ」


 その後幸助たちは今後のスケジュールについて話し合う。

 といっても電話もメールもない世界だ。

 量産品が完成したら店に届くように手配するといった大雑把な話だけを交わすと、幸助とサラはルティアの店を出る。




 ルティアの店を出ると二人は『アロルドのパスタ亭』へ帰る。


 ギィ。

 重厚なドアを開ける幸助。

 厨房にいるアロルドの姿を見つけると開口一番に尋ねる。


「アロルドさん、できてますか?」

「おう。できてるぞ。でもこれ以上増やすなよ。カルボナーラを作れる量が減っちまう」


 いつもより小さめの木箱を受け取る幸助。

 中身はごく一部の人にはお馴染みとなったケーキである。


 この街では貴重な乳製品。

 まだ十分な量は仕入れられないようである。

 メニュー入りもしていない。

 ただ、いざとなったらケーキを武器に牧場主の奥さんを取り込む作戦も幸助は考えている。


「じゃあね、コースケさん、行ってらっしゃい!」


 サラに見送られ幸助は店を出る。

 通りを西へ進むと大きなロータリー式の交差点を左折し、南に下る。

 ここ最近は馬車に揺られながら北に行くことが多かったが今日は反対の方角だ。


 冒険者ギルドを通り過ぎ、更に歩くこと十数分。

 剣と槍が交差する看板を掲げた店の前に着く。

 そう、ホルガーが経営する武器屋である。


「こんにちはー」

「いらっしゃいなの!」


 カウンターの奥からひょこんと顔を出すパロ。

 しっかりと父であるホルガーの手伝いをしているようだ。


「あ、コースケお兄ちゃん。久しぶりなの!」

「パロ、久しぶりだね。ホルガーさんはいるかな?」


 待っててなのと言い残し、トテトテと工房へ向かうパロ。

 店内を見渡すと見慣れた初心者向けの槍の横に、小ぶりの剣が置かれていた。

 初心者向けの剣も出来上がったのであろう。

 二・三分待つとパロがホルガーを連れて戻って来る。


「久しぶりだな」

「お久しぶりです、ホルガーさん」


 晩秋で気温は低いがホルガーは半そで一枚で首にタオルをかけている。

 最近は毎日休む間もなく工房で作業をしているのだ。


「すいません、忙しかったですね」

「いや、問題ない」


 身近な挨拶を交わすと幸助は手土産のケーキを取り出し、カウンターに置く。


「これ、お土産です」

「何だ?」

「ケーキというお菓子です。甘くておいしいですよ」


 お菓子という言葉にパロの耳がピン!と張る。


「お菓子! パロ食べたいの!」

「はい。どうぞ」


 ふたを開けてケーキを取り出し、パロの前に置く幸助。

 すぐに食べられるよう、既にカットされている。


「わぁ、真っ白なの!」


 カウンターの中からゴソゴソとフォークを取り出すと、そのまま食べ始める。


「ふわふわで甘いの!」

「おいしいでしょ。ハンバーグを食べたお店覚えてる? そのお店のアロルドさんが作ってくれたんだよ」

「ありがとなの!」


 ほのぼのとした時間はしばし続く。

 ちなみにホルガーは甘いものが苦手だったようで、ホルガーのケーキもパロの胃に収まることとなった。


 その後、幸助はホルガーに魔道コンロについての相談をする。

 護衛などで長旅をする冒険者たちの需要はないか聞くためである。


 ホルガーの回答は、火をたくことは魔物除けになるため微妙とのことであった。

 ただ、実際にはどう転ぶかわからない。

 取り敢えず目立つところに陳列しておくということでその日はお開きとなった。


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