5.寒い日はこれを食べるに限る
新型の魔道コンロを開発すると決めた一週間後。
幸助とサラは再び魔道具店を訪れる。
「それにしても一週間って、かなり早くできましたね」
ニーナから早くも新型コンロの試作品ができたという知らせが入ったのだ。
テーブルの上には直径三十センチくらいであろうか。以前と比べるとかなり小さな魔道コンロが置かれている。
見た目は武骨ではあるが、販売初期はこれでいい。
競合が出てきたらデザインや更なる省エネ化でしのぎを削ることになるのであろう。
テーブルを挟み向かい合っているニーナの顔を見る幸助。
眼にはくまができている。
この一週間、ろくに寝ず頑張っていたのだろうと考える。
「だって結果を出すまで三ヶ月しかないんだよ。開発に手間取ってられないよ」
「確かにそうですね。開発が早いのは助かります」
幸助は開発に一か月以上はかかると考えていた。
最悪は燃費の悪い旧来品のまま売り出す覚悟もしていたのだ。
時間に余裕があればあるほど販売もじっくりと取り組むことができる。
「見たところ小型化には成功したようですね。省エネ性能の具合はどうですか?」
「フフッ、よくぞ聞いてくれたね」
ニーナは人差し指で眼鏡を直すと幸助へ鋭い視線を送る。
「なんと、もう少しで薪に勝てるとこまで来たよ」
「おお!」幸助とサラがハモる。
「すごいじゃないですか! 流石は凄腕集団」
「フフッ、照れるねぇ」
驚くことに、ニーナと研究者たちはこの短期間で無謀とも思われた目標にかなり近づいていたのだ。
旧来品のおよそ三倍の効率化である。
今後の改良次第では薪を超えることもできるかもしれない。
明確な目標を持った技術者集団は強し、である。
「それで、コンロ本体の値段はどのくらいになりそうですか?」
ここは重要である。
ターゲットが一般市民である以上、あまり高額なものは受け入れてもらえない。
「いろいろ計算したんだけどね。魔石で安定的な利益が期待できるから小売価格は大銀貨八枚でも大丈夫かな」
大銀貨八枚は日本円で八万円相当である。
絶妙な価格設定に唸る幸助。
「そんなに安くなるんですか? 金貨数枚の世界だと思ってました」
「省コスト化を追求したら構造もシンプルになってね、部品点数も減ったんだよ」
「そうなんですね。あと、直接販売だけじゃなくて商会を通すことにもなります。最終的な小売価格が大銀貨八枚ってことで大丈夫ですよね?」
「もちろん。それも計算済みだよ」
そう言うとニーナはフフッと笑う。
いつもであればそれで終わりだが今日は笑いが止まらないようである。
「フフッ、それにしても家庭で消費する薪代が魔石の売り上げになると思うとフフフフ……」
「に、ニーナさん、ちょっとキャラがおかしくなってますよ」
「おっと、失礼」
賢いニーナのことである。
寝ずに開発だけでなく収益の皮算用をしたのであろうと推察する幸助。
大変な現実や不安な将来ばかり考えているとどうしても商売が辛くなってしまいがちだ。
皮算用とはいえ、将来の良いビジョンを妄想することも大切である。
値段の話が落ち着くと幸助は新型のコンロを手に取る。
上から横から、そして下から見回す。
スイッチ類や魔石を嵌める場所は大型のものと同じである。
部品を使いまわしたのであろう。
「贅沢を言えば一つだけ改善できたらなという部分があります」
「うん? なんだい」
「このスイッチなんですが……」
そう言うと幸助はコンロのスイッチ部分をニーナに向ける。
そこには四つのスイッチがついており、それぞれ「止・弱・中・強」と文字が書かれている。
「ああ、それね。部品は使いまわしだよ」
「はい。これでも問題ないんですが、できれば文字を絵に変えて頂けませんか?」
まだ幸助の想定していたスケジュールと比べると余裕があるため、そう提案する。
幸助の言葉にサラは何か気づいたようで、声を上げる。
「あっ! ウチの店の看板と同じだね!」
「そう。新型のコンロは一般家庭を主な販売ターゲットとします。そうすると文字を読めない人も多いので、絵で直感的に判断できると親切なんです」
「なるほどね。それは私たちでは気づかなかったよ」
魔道具研究者はそう簡単になれるものではない。
従ってここに努めている従業員は、研究者だけでなく事務員なども皆それぞれそれなりの教育を受けた者ばかりだ。
「ところで試作品ってどのくらいできてますか?」
「えっとね、三台だったかな」
「それって借りることはできますか? 魔石も何個か合わせて」
「もちろんいいよ。せっかくだからすぐにスイッチの文字を絵にするね」
ちょっと待っててねと言い残すとニーナは従業員に指示を出しに店の奥へ向かった。
「コースケさん。新しいこのコンロ、ウチの店でも使ってみたいな」
「うん? お店には大きなのがあるよね?」
「あのね、大鍋で仕込んでる時は便利なんだけど一台しかないし、一人分の調理をするのは不便なんだ」
確かに魔道コンロ以外にも薪を使う窯があったことを思い出す幸助。
営業時間中ずっと火を絶やすことはできない。
新型コンロを導入するだけでもかなり省コスト化できるかもしれないと考える。
「そっか。確かにずっと同じ大鍋が乗ってたもんね。なら一つはアロルドさん用だね」
「コースケさんありがと! 私も最近料理を教えてもらってるからいっぱい使ってみるね」
首を軽く傾げながら笑顔で答えるサラ。
その姿にドキっとする幸助。
とそこへ、店の奥から足早にニーナが戻って来た。
「お待たせ! 文字を絵にするのはあと三十分くらいでできるって」
「わかりました。では待っている間に販売プランの話をしましょう」
そう言うとテーブルの上に前回使用したマインドマップを広げる。
その内容を指でなぞりながら幸助は話し始める。
「先日話したとき、今までの販売方法はクチコミか出入りの商人経由という話でしたよね?」
「ええ、そうだよ」
「僕たち一般市民は基本的に出入りの商人はいないし、貴族街まで買いに来ることもありません」
出入りの商人がいるのはそれなりの購買力のある富裕層や事業者だけだ。
良い商品があるとクチコミで知ったとしても貴族街にある店には行きづらい。
「だから今までとは全く違う販売方法を取る必要があります」
「やっぱり魔道コンロも実演販売がいいよね!」
「そう。実演販売で体験してもらうのが一番です。よく思いついたね、サラ」
「えへへ」
ホルガーの武器屋では店主の性格上、槍の実演販売はできなかった。
結果、冒険者ギルド認定商品というかたちに落ち着いた。
それができたのも「槍」という武器から予測される機能についての認識があったからだ。
魔道コンロを導入することによるメリットは、先日の打ち合わせでたくさん挙がった。
しかし、それを言葉で説明するのは難しい。
だからこそ実演販売が必須だと幸助は考えている。
「実演販売ってどこでやるんだい? さっきの話だとウチの店には来てもらえないだろ?」
「はい。まずはサラのお父さんの店『アロルドのパスタ亭』でやってみようと思います」
「ウチのお店? コンロを使うのは厨房の中だから実演にはならないよ?」
サラの意見はもっともである。
しかし幸助はちゃんと考えている。
己の食欲を原動力にして。
これからもっと寒くなるこの季節。
日本人なら誰でも食べたくなる料理。
手間いらずで様々な食材を楽しめる料理。
皆でわいわいとつつく団らんの中心にある料理。
そう。鍋である。
テーブルの中央に魔道コンロと鍋を置き、熱々の料理を食べてもらう。
そうすればコンロのメリットは一目瞭然だ。
そこでコンロをすぐに買う人は少ないだろうが、その存在とメリットを知ってもらうことはできる。
「アロルドさんに鍋料理を開発してもらおうと思います」
「鍋料理?」二人の声が重なる。
幸助は鍋料理のあらましを二人に説明する。
聞いたことのない料理に興味津々のようである。
だんだんサラの口元がゆるんでいく。
「なるほどね。それなら実演もできるし料理も売れるし一石二鳥だね」
「私も早く食べてみたいな! 鍋料理」
後でアロルドさんにレシピを説明するねと言うと幸助は続ける。
「あと実演販売の候補として小麦を売ってるルティアさんの店にもお願いしようと思います」
今回のコンロ販売は、幸助の持っている人脈を可能な限り活かそうと考えているのだ。
しかし、それを聞いたサラの顔が少し曇る。
「えっ、ルティアさんの店でもやるの?」
「え、何かまずかった?」
「いや、でも……」
「通りに面した小売店だし、実演販売には向いてると思うよ」
「うん。そうだけど……」
何か言いたそうだが口にしないサラ。
少し間をあけるとサラは続ける。
「ならコースケさんが行くときは私も絶対ついて行く!」
「わ、わかったよ」
普段から幸助の仕事についてきているサラ。
改めてわざわざ宣言しなくてもと感じる幸助であった。
◇
「これが新型の魔道コンロか。確かに小さいな」
魔道具店での打ち合わせが終わると、幸助とサラは試作品を手にアロルドの店へ戻ると早速披露する。
「今のが魔石を毎月二十個ぐらい食うからこれなら六・七個で済むのか」
「最高出力が低いから大鍋には使えませんけどね」
口にしながら高出力の旧来品も省エネ化の取り組みをしなければと考える幸助。
「これからは小さいのを一人分の調理に使ってみようよ、お父さん」
「あ、厨房専用にするのは少し待ってもらっていいですか?」
「コースケさん何で?」
「サラ、大事なことを忘れてない? な・べ・りょ・う・り」
「あっ、そうだったね! 鍋料理食べるんだった」
鍋料理という単語はこの国には存在していない。
二人の会話についてこれないアロルド。
「うん? 何だそれ?」
「コースケさんが食べたいって言ってる料理だよ」
「またお前の好みか!」
やれやれという顔をしつつも幸助の口から出る新作料理のアイディアに期待するアロルド。
ハンバーグからカルボナーラ、最近のケーキなど幸助のアイディアは当たり続きである。
当の本人は普段日本で食べていたものを食べたいと要求していただけなのだが……。
「で、それはどんな料理だ」
「寒い冬という季節とこの魔道コンロがあればこそできる料理なんです」
「具体的には?」
「鍋にスープを入れて好みの肉とか野菜を煮ます」
頷きながら幸助の説明を聞くアロルド。
ここまでは馴染みのある調理法である。
「それで?」
「それだけです」
「ああ?」
アロルドの頬がピクピクする。
そしてその顔から送られる険しい視線にひるむ幸助。
ここで負けでしまっては美味しい鍋料理にはありつけない。
必死に言葉を続ける幸助。
「で、ですから、この魔道コンロをテーブルに置いて、温めながら食べるんです」
「それで?」
「肉も野菜も好みの火加減で食べられますし、最後まで熱々で身も心もポカポカになれますよ」
「そういうことか、面白いな。最初からそれを言えよ!」
バシバシと幸助の肩をたたくアロルド。
「で、味付けは?」
「お任せします! 僕の故郷ではスープそのものがしっかり味のついたものと、薄味のスープにつけダレというパターンもありました」
「肝心なところはまた丸投げか!」
まあいい早速作ってやるから待っとけ、と言い残しアロルドは厨房へ戻る。
時刻は夜の営業時間が始まる頃だ。
小さな窓から見えるメインストリートを往く人の影は長く伸びている。
日が経つにつれ早まる夜の訪れに、行き交う人々の足も心なしか足早だ。
「サラは夜の営業手伝わなくても大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。夜はお昼ほど忙しくならないからね」
それを聞いてホッとする幸助。
宿屋では冒険者ランディからボッチ認定を受けていた。
一人寂しくつつく鍋だけは避けたかったのだ。
しばらく待つと鍋を手にしたアロルドがやって来る。
「待たせたな。ベースは普段出してるスープを使ったぞ」
普段出しているスープとは、ランチでも出しているベーコン入りコンソメ風スープのことである。
鍋がコンロの上に置かれるのを確認すると、幸助はスイッチを入れる。
厨房で予め加熱されているので、すぐにクツクツと沸騰し始める。
鍋を覗くと薄い金色のスープに色とりどりの野菜と薄切りの肉が詰まっている。
肉は恐らくいつもの魔物のものであろう。
「わぁ、おいしそうですね」
「だろ。そのまま食べてもいいがこれをつけて食べるのも美味いぞ」
そう言うとアロルドは幸助とサラの前に取り皿を二枚ずつ置く。
片方の皿には赤いソースがたっぷりと入っている。
アロルド自慢のトマトバジルソースだ。
「肉が足らなくなったら言ってくれ。ただしこの季節トマトが高いからソースはそれだけな」
そう言い残すとアロルドは厨房へ戻る。
「いただきます」
「フーフー。ハフハフ……。おいひいへ」
「うん、やっぱり寒い日は鍋に限るや!」
その後、鍋が空になるまで幸助とサラは談笑しながら舌鼓を打つ。
来店した他の客に「これは何?」と尋ねられた時に、抜かりなく宣伝をしておいたことは言うまでもない。




