4.キャズムを超えろ!
「申し訳ありません。私はこれから別の用事がありますので本日はこれで失礼いたします。コースケさん、お店のことをどうぞよろしくお願いいたします」
短いおやつタイムが終わると、アンナは皆に見送られ店を後にする。
サラと同い年とはいえ立場は領主令嬢。
地方視察や来客対応など、抱えている仕事は多岐に渡る。
重要案件とはいえ、魔道具店だけに時間を投入することは叶わない。
「では、続きを行いましょうか」
馬車が遠ざかる音を背にすると、幸助は仕切りなおす。
先ほどまでの打ち合わせで、店舗の立て直しは魔道コンロに委ねることにした。
メリット、デメリットはたくさん出た。
しかし、まだ情報は足らない。
もう少し現状把握を進めるため幸助はニーナへ質問する。
「ニーナさん、魔道コンロの在庫はどのくらいありますか?」
「在庫? けっこうあるよ。ついてきて」
そう言うとニーナは立ち上がり、店舗の奥へ歩き出す。
幸助とサラが後に続く。
ひんやりとした薄暗い通路を奥へ進むと、すぐに大きなスペースが広がる。
ルティアの店と同様、この店も店舗の裏が倉庫になっているようだ。
ただしその広さは比ではない。
「うわぁ、すごいですね。宝の山みたいです」
「ほんと、たくさんあるね!」
「フフッ。宝の山だなんて、良い表現ね」
倉庫には棚が整然と並んでおり、それぞれの棚には様々な魔道具や部品らしきものが収納されている。
幸助も男子である。メカ的なものには目を惹かれるのだ。
傍らでは従業員がせっせと何かを出し入れしている。
武骨なものや小さなものなどその姿は様々である。技術者の試行錯誤が詰め込まれているようだ。
その倉庫の中でもひときわ目を引くのが魔道コンロの多さである。
同じ形のものがぎっしりと棚に詰まっている。
「この宝の山が現金化されてないことが問題なんだよなぁ」
「うっ、コースケ。あなた涼しい顔しながら辛辣なこと言うのね」
「あっ、すいません。独り言のつもりだったのが聞こえちゃいましたね」
つい心から本音が漏れたことで焦る幸助。
素早く話題を切り替える。
「魔道コンロの在庫はどのくらいあるんですか?」
「そうね……。二百個以上はあるかな。少ないながらも一時売上が増えたことがあってね。たくさん作ったんだ」
その後はごらんの通りだけどね、と言いながらニーナは肩をすくめる。
(一時的とはいえこれだけ在庫を作るくらい売り上げが増えたとこがあるんだ。
そうなるとますます原因はあれに絞られてきたな)
「ついでに二階の研究室も見てみる?」
「あ、はい。是非お願いします」
倉庫横の階段を上ると廊下を挟んで左右にいくつもの部屋が並んでいる。
会議室を通り過ぎると、残りはすべて研究室だ。
幸助とサラは小窓越しに研究室の中を窺う。
ある部屋ではニーナ同様に白衣を着た研究者が部品を手に論議している。
別な部屋では何かの魔道具の実験が行われている。
「皆さん真剣に取り組んでますね」
「フフッ。魔道具オタクばかりが集結してるからね」
「みんなすごいなぁ」
ボンッ!!!
幸助たちが話をしていたその時、研究室の一つから大きな爆発音が響いた。
「キャッ!」
その音に驚いたサラから小さな悲鳴が漏れる。
間を開けずして発生源である研究室の扉が開かれる。
「ゴホッ、ゴホッ」
煙が漏れる部屋から一人の若い男性が這い出てきた。
元は白衣であっただろう服も顔も真っ黒である。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ、あれくらい。ここではよく見かける光景よ」
「結構盛大に爆発したような気がしますけど……」
研究中の何かが暴走でもしたんでしょとニーナは続ける。
何も気にしない様子に呆気にとられる幸助とサラ。
「に、ニーナさんが大丈夫とおっしゃるのなら……」
「ええ、大丈夫よ。さ、下に戻りましょうか」
気を取り直した幸助とサラはニーナに続き店頭へ戻るとソファーへ座る。
若干のトラブルはあったものの、現状はおおよそ把握できた。
次のテーマは便利な魔道具をどうやって売るかだ。
「では、続きを行います」
幸助は今まで得た情報から、魔道具販売が直面している現象を予想している。
そして頭の中ではその対処方法もイメージできた。
幸助は二人にそれぞれ視線を送ると説明を始める。
「恐らくなんですが魔道コンロは今、キャズムを迎えています」
「キャズム?」二人の声がハモる。
「キャズムというのは、先端技術を使った商品がある程度売れた後に訪れる、売れない壁のことです」
厳密にはキャズムとはハイテク業界において新製品・新技術を市場に浸透させていく際に見られる、初期市場からメインストリーム市場への移行を阻害する深い溝のことである。(*1)
ただそれをそのまま説明してもピンと来ないだろうと思い、幸助は噛み砕いた説明をした。
「具体的には?」
「まずは新しい物好きの人。とにかく新しければ買うって人が一定数いるんです」
「なるほどね」
「たぶん最初は物珍しさで買ってくれた人も多いんじゃないでしょうか?」
ニーナは領主から魔道具店を任される前は、自宅で細々と魔道具の受託開発をしていた。
その時は先端技術好きや購入者からのクチコミで売れたことを思い出すニーナ。
「その次にお店を出してからです。その頃から実利を追求した人が購入し始めたのではないでしょうか」
「確かに。店を始めてちょっとしてから、商人経由で飲食店へも売れ始めたよ」
「サラのお父さん、アロルドさんはパスタ店を経営してて魔道コンロを導入してるんですが、たぶんここに該当すると思います」
そう言うと幸助はサラを見る。
うんうんと頷いていたサラは幸助へ言葉を返す。
「うん。魔道コンロを買ったのは一年くらい前だからね!」
「アロルドさんは、安定した火力が出せる魔道コンロで味を追求しました。物珍しさよりも実利を求めた結果、買ってくれたんです」
「うーん、どうして見てもないことがわかるんだ? 不思議だね」
「コースケさんは何でも知ってるんですよ!」
「いや、何でも知ってるってわけではないですけどね……」
色々勉強はさせてもらいましたと続けながらポリポリと後頭部をかく幸助。
サラからいつも過剰に褒められっぱなしだが、それでも嬉しいものである。
「問題はここから先です。実はここから先もっと多くの人へ売ろうとする場合、今までとは違う販売手法が必要になるんです」
ここからが幸助の腕の見せ所である。
いかに直接答えを言うことなくサラとニーナからアイディアを引き出せるかだ。
「ニーナさん、さっきデメリットを挙げている時に、コンロのサイズについての話がありましたよね」
「ああ、あの話ね。そこの家は五人暮らしでお手伝いさんのいない家だからね」
こう見えても、というと失礼になるがニーナも男爵家の娘である。
自宅にはメイドなど数名の手伝いが勤めている。
「ここから先もっと多く販売するとなると、一般家庭をターゲットにする必要があります」
「うん。貴族の世帯数は限られてるからね」
「それで質問ですが、この街の一般家庭でいうと五人暮らしっていうのは少ない方ですか?」
幸助からの質問にニーナは少し考えると、サラへ目を向ける。
それを察したサラは代わりに答える。
「普通だよ! ほとんどの家が三人から六人くらいだから」
「なるほど。それで今売っている魔道コンロはどのくらいの人数が賄えるんでしょうか?」
「高出力を追求したからね。百人くらいスープが飲める大きな鍋でも平気だよ」
そこまで話すとサラが何かに気付いたようだ。
ガタッと幸助の方を見ると口を開く。
「あ! そうするともっと小さな魔道コンロにした方が売れるんじゃないかな?」
「サラ、正解!」
「小さくするの? せっかく高出力を追求したのに勿体ないじゃない」
ニーナは不服のようだ。
技術者として今まで高出力を追求してきたのだから。
「貴族の屋敷や料理店であれば大きな鍋を使うと思いますが、一般家庭はそうではありません」
「それは分かるけど……。火力ならスイッチで調整可能だよ?」
ニーナは大は小を兼ねるという認識のようだ。
確かに今の魔道コンロでも出力の調整は可能だ。
「それでもやはり一般家庭には過剰性能だと思います」
そう言うと幸助は横を向きサラに問題を投げかける。
「サラ、魔道コンロを欲しいと思ってもらえたら次にクリアしないといけない壁は何だったっけ?」
「えっと、買えるか買えないかだね!」
「正解! よく覚えてたね」
幸助はサラの頭をポンポンする。
サラは「えへへ」とご満悦の様子だ。
「ということなんです、ニーナさん」
「どういうこと?」
「えっとですね、魔道コンロが欲しいと思っても価格が高ければ買えないってことです」
「だからサイズや出力を小さくして価格を安くしなきゃいけないってことね」
「そうです」
魔道具はそれなりに高価なものである。
量産で価格が下がったとはいえ、過剰な機能を排除することで更に安くできるのであれば、取り組むに越したことはない。
「言いたいことは分かったよ。でも……」
「うん? どうしました」
「あのさ、高出力を追求してきたのに今更小さなのを作れなんて、みんな納得するかなぁ」
「そこは目標になる軸を変えれば大丈夫だと思いますよ」
「軸?」
幸助が言っているのは技術者が魂を注ぐ技術の軸である。
自動車業界は、高馬力で最高速度を競っていた時代から低燃費にシフトした。
それと同様にコンロの高出力から高効率へシフトしてもらおうと考えたのだ。
数値的スペックの向上でしのぎを削っているのはどちらも同じだ。
「同じ魔石で稼働する時間を極限まで長くするんです」
「なるほど! それだったら具体的な目標値も定めやすいね」
「ライバルは薪ですから、可能なことなら薪代よりも運用コストが安くなるのが理想です」
「フフッ、任せておきなさい」
ニーナは人差し指で眼鏡の位置を直す。
幸助の提案はニーナの技術者魂に触れることができたようだ。
キラリと光る眼鏡の奥からは、自信にあふれた瞳が窺える。
「そしてもう一つ。これは相談なんですが……」
「なんだい?」
僕は素人だからよくわからないんですが、と前置きしながら幸助は続ける。
「魔道コンロ用の魔石を専用設計にして、この店で加工したものしか装着できないようにできませんか?」
「そりゃできるけど、何でわざわざ?」
幸助がニーナに相談したのは消耗品ビジネスの可能性を探るためである。
ジレットモデルともいうが、幸助の頭の中ではインクジェットプリンタの交換インクをイメージしている。
本体をできるだけ安くたくさん販売して、消耗品で利益を稼ぎ出すビジネスモデルだ。
「消耗品である魔石で継続的に売上を作ることができれば、魔道コンロ本体は原価ギリギリまで安くしても大丈夫ですよね」
「おぉ、確かに継続的に利益が出るね! そんな方法があるとは」
「コースケさん、すごいアイディアだね!」
「では、その方向で行ってみましょう!」
こうしてニーナたちは小型省エネタイプの魔道コンロを開発することになった。
「では試作品ができたらまた来ますね」
幸助とサラはニーナに見送られ帰途につく。
そして店に残ったニーナはというと……。
「さて、と。みんなにも伝えないとね」
足早に階段を上ると従業員に声をかける。
「みんな! これから会議をするよ。すぐ集まってー!」
それほど大きくない会議室に従業員が集まる。
突然の招集に、察しの良い人は今後の方針を聞く準備をし、そうでない人は隣の人と「なんだろう」と話している。
「揃ったね。これから大事な話をするよ」
その言葉にざわついていた室内が静かになる。
窓から注ぐ西日がニーナの白衣をオレンジ色に染めている。
「このお店は領主様から頂いている資金で運営していることは知ってるよね?」
会議室を見回すニーナ。
頷く従業員の姿を認めると続ける。
「あと三ヶ月で実績が出なかったら、資金提供は終わり、この事業は中止になることが決まったよ!」
反応を窺うが、特に混乱は見られない。
この情報は既に皆へ行きわたっていたようだ。
「でも安心して。まだ事業を続けられる可能性が残っていたの」
再び室内を見回すニーナ。
若い男性従業員と目が合うと、その男性が発言する。
「それは、どんな可能性ですか?」
良い質問ねと言いながらニーナは言葉を返す。
「新型の魔道コンロ開発するの。みんな! 今日から魔道コンロの開発に集中するよ!!」
ざわめく室内。
今までは次々と新しい魔道具を開発するということがミッションであった研究者たち。
正反対の方針が発表され、一様に困惑の表情を浮かべる。
「今までの魔道コンロとは違うよ。小型化と省エネを追求するのが新たなミッションなの」
取り組むことは単純だ。技術的には難しいのかもしれないが。
一つは小型化。
家庭の小さな鍋でちょうどいい出力に抑えてコンロそのもののコストを抑える。
もう一つは魔石からの熱変換効率を向上させ、運用コストを下げることだ。
「ライバルは薪。薪よりも運用コストが低くなるくらい魔力の熱交換効率を上げるんだよ!」
更にざわめきが増す室内。
熱交換効率の向上という具体的目標が出たことでスイッチが入った研究者が何人かいるようだ。
「地味な作業になっちゃうかもしれない。でもこれで魔道具が世界中に流行ったら、それは私たちの成果だって自慢できるからね! それにこれがうまくいったら、また好きな魔道具を開発できるんだから」
少し間をあけるとニーナは力強く声をかける。
「みんな、楽しい魔道具開発がこれからも続けられるよう、一緒に頑張ろう!」
「はい!」
(*1)キャズムの説明はITメディア・情報システム用語事典より引用




