3.特徴の無い魔道具?
「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」
幸助はそう宣言すると、ニーナの反応を待つ。
サラとアンナも不安げな表情でニーナの様子を見ている。
眼鏡越しの茶色い瞳からは戸惑いとも期待感ともとれる様子が窺える。
「まだ……、何とかなるの?」
「何とかするんです。皆で力を合わせて」
その言葉にハッと目を見開くニーナ。
今まで、店舗運営などよくわからないと研究開発に逃げていた。
いつまでも領主からの資金補填があると思い込んでいた。
そのツケが今やってきたのだ。
もう後は無い。
何もやらなかったら結末は見えている。
ならば、やるしかない。
「さっき仲間がいて嬉しかったって言ってましたよね」
「うん、そう言った」
「僕たちもその仲間に入れてください。今だからこそできることを一緒に考えましょう!」
「フフッ、そうだよね、そうしよう」
ニーナの顔に笑顔が戻ると、アンナも安堵の表情を浮かべる。
自分の父親が始めた事業だ。
店舗運営の経験がないニーナに丸投げしたことに対する責任を少なからず感じている。
それに投入された資金は市民の税金だ。
当初の目的通り市民の生活を豊かにし、領地の名産品にしたいという想いは人一倍強い。
上品な仕草で紅茶を一口飲むアンナ。
カップをテーブルに置くと幸助へ言葉を投げかける。
「コースケさん。その様子ですと何かよい考えが浮かんでいるようですね」
「はい。これから新しい魔道具を開発するには時間的にも資金的にも余裕がなさそうです」
「そうですね。この二つの魔道具もそれぞれ開発に一年以上かかっているようですし」
「そうなんです。だから……」
幸助はそう言うとテーブルに視線を落とす。
テーブルの上にはニーナがデモンストレーションした残念な魔道具が二つと見慣れたものが一つ置いてある。
直径六十センチくらいの背の低い円柱形で、一見すると大きめの自動掃除機ル○バのようにも見える。
側面には四つのスイッチがついており、それぞれ「止・弱・中・強」と書かれており、その横には真っ赤な魔石がはめ込まれている。
そう、魔道コンロである。
「これで勝負をかけましょう」
幸助が指差す先、魔道コンロへ皆の視線が注がれる。
その表情には一様に驚きの成分が含まれている。
「魔道コンロ……で?」
「最初は少し売れたけれど今はほとんど売れてないとおっしゃってましたわよ」
「そう、今は売れてない。特徴の無いただ温めるだけの魔道具だよ?」
「それはどうして? コースケさん」
ニーナが少ししか売れなかったと言う魔道コンロ。
それで勝負をかけるという幸助へそれぞれが疑問を述べる。
「理由は二つあります」
そう言いながら指を二本立てて見せる幸助。
説明をする時に癖でよく使うポーズだ。
「一つ目。資金力の乏しい立ち上げたばかりの事業は一点突破が基本です」
多種多様な製品を開発し販売することができるのは理想ではある。
しかし、あれもこれも開発していると資金が分散してしまう。
結果どれも完成できないうちに資金ショートという事態になりかねない。
魔道コンロだけに絞れば仕入れる材料も絞ることができるし、マーケティングもシンプルになる。
他の製品を開発するのはコンロから利益が稼ぎ出されてからでも遅くはない。
『吸○力の変わらないただ一つの掃除機』というキャッチコピーで躍進した掃除機メーカーがイギリスにある。
今でこそ扇風機など他の製品を手掛けているメーカーであるが、当初は掃除機一本であった。
「二つ目。魔道コンロは絶対に便利な魔道具です。それだけは自信を持って言えます」
当たり前のように日本では普及していたコンロ。
自炊することはほとんど無かったが、それでもコンロが無い世界に来てから初めてそのありがたみを知った幸助。
ここは異世界である。
しかし熱源が電力やガス、魔力の違いだけで製品の果たす目的は同じだ。
だからこそこの世界でも全世帯に対して需要が期待できる。
「お父さんがお店で使ってるから便利なのは知ってるけど……」
サラはまだ売れなかったという事実を大きく受け止めているようだ。
しかし幸助も日本では当たり前のように普及していたという説明はできないので、話を切り替える。
「便利なんだけど広まらない理由が何かあるかもしれないから、一度魔道コンロについて情報の整理をしてみましょう。ニーナさん、紙とペンはありますか?」
「ええ、設計で使ってるのがたくさんあるよ」
ちょっと待ってねと言い残し店の裏へ向かうニーナ。
その間にテーブルの上を紙を広げるために整理する幸助。
ニーナはすぐにその手にペンと大きめの紙を持ち戻って来た。
幸助は受け取った紙をテーブルの上に置くと、中心に『魔道コンロ』と文字を書きマルで囲う。
「ではニーナさんに質問です。魔道コンロは今まで全く売れてなかったわけではないですよね?」
「ええ。貴族の家や料理店が買ってくれたね。ごくわずかだけど一般家庭もあったかな」
「それはどのようなルートで売れたんですか?」
幸助がこの店を初めて見たとき、お世辞にも営業しているようには見えなかった。
アロルドの店は匂いをふりまいていたが、魔道具店はそれすら無い。
店の存在が分からないくらいだ。
だからクチコミや紹介などで売れていたのかもしれないと考えたのだ。
「貴族や飲食店お抱えの商会に売ってもらったんだ。あとは横のつながりで誰々さんが便利って言ってたから欲しいってのもあったよ。貴族は見栄もあるからね。流行りそうなものはすぐに買うって家も多いんだ」
「なるほど、商会に卸すのとクチコミということですね」
幸助の考えは半分が正解であった。
ニーナの答えを聞いた幸助は、紙の中心に書かれた『魔道コンロ』の文字から線を引き『販売方法』と書く。
そして更にそこから線を二本枝分かれに描き、それぞれの枝に『商会へ卸す』『クチコミ』と書いた。
そして『貴族・飲食店が主な売り先』とその横に書き添える。
幸助が紙に書いているのはマインドマップだ。
情報整理のしやすさや関連するアイディアが出てきやすいことから、社畜時代にはよく使用していた手法である。
ネットで検索すると絵が描かれたカラフルな画像が多く出てくるが、幸助はシンプルに黒ボールペン一本で書く派であった。
自分のやりやすい方法で書くのが一番と先輩から教えられたからだ。
「では、次に魔道コンロのメリットについてです」
「魔道コンロを使うとこんなに便利になるってことだよね?」サラが尋ねる。
「そう、正解。では皆でできるだけたくさん挙げてみましょう」
そう言うと幸助は紙の中心から線を一本引き『メリット』と書く。
同様にまだ会話には出ていない『デメリット』も書く。
良いところばかり見ていては、そこから導き出されるアイディアも薄いものになってしまうからだ。
「そういえば屋敷のコックは火力が強く調理時間が短縮できるようになった、とおっしゃってましたわ」
「なるほど。それはコックさんにとっては大きなメリットですね」
そう言いながら『時間短縮』と書く幸助。
「サラはどうかな? アロルドさんがお店で使ってる様子を見て」
斜め上を見ながら考えるサラ。
普段からユーザー側として魔道コンロに接している。
何かを思いついたようで、「あっ」と言いながら幸助へ視線を送る。
「お父さんは薪の火と違って火力が一定になるって言ってたよ!」
「火起こしする手間もないね」
「火を焚かないから灰も出ないし煙も出ないね」
堰を切ったように次々と挙がる声を幸助は紙に記載していく。
他にも温度調整が簡単、掃除が楽、子どもでも使える、火事になりにくいなどのメリットが書き出された。
「メリットはこんなところですかね?」
「あとはステータス感かな」
「ステータス感?」
ニーナの言葉に幸助は同じ言葉で聞き返す。
人差し指で眼鏡の位置を直すと、ニーナは続ける。
「ほら、さ。最先端の魔道具がある生活って素敵じゃない? 置いてあるだけで嬉しいっていうかさ」
「ああ、そういうことですか。ならそれも書き足しておきましょう」
魔道コンロがなぜステータス、と疑問に思った幸助であったが、ニーナの言葉を聞いて納得する。
例えるならば、いち早く最新のスマホを持てた時のようなものであろう。
「一通り出尽くしましたね」
「そのようですわ」
「先ほどニーナさんは特徴のない魔道具とおっしゃってましたが、ユーザー視点で見るとこれだけメリットがあるんです」
ニーナは開発者視点で特徴が無いと思い込んでいた。
だからこそ斬新な機能を持つ新しい魔道具を開発しなければと躍起になっていたのだ。
「そのようだね。目からうろこだよ」
「では次はデメリットを挙げてみましょう。さっきとは逆のことです」
そう幸助が投げかけると、先ほどとは打って変わって静まり返る店内。
開発者にとっては特に目をそむけたくなるテーマである。
そんな静寂を最初に破ったのはサラだ。
「そういえばお父さん、薪よりお金はかかるって言ってたかも」
「あ、思い出したよ。友人の家に持って行ったら火力が強すぎって言われたな」
なるほどと言いながら幸助はデメリットを紙に記載する。
「他はどうでしょう?」
「コースケさん、魔道コンロがたくさん売れたら薪屋さんの売り上げが減っちゃうけど、これはデメリットになるの?」
「確かに薪屋さんは大変になるかもね。でもそれは魔道コンロのデメリットではないね」
「そっか。薪屋さんは何とかならないのかなぁ」
「あのね、サラ。時代は常に変化し続けるんだ。その変化に応じて柔軟に商売も変化させる必要もあるから、生き残るかは薪屋さんの努力次第じゃないかな」
そう言いながら幸助は日本のとあるフィルムメーカーのことを思い出していた。
デジカメやカメラ内蔵ケータイの普及でカメラフィルムの市場は激減した。
しかしそのメーカーは培ってきた技術を活かして見事に業態転換を遂げているのだ。
その反面、外国で同様の事業を行っていた企業は倒産の憂き目にあっている。
「そっか。じゃぁ、薪屋さんが困ったら私たちが改善の手伝いをすればいいね!」
「そ、そうだね……」
満面の笑みを湛えるサラに苦笑する幸助。
少しだけ悪いことをしている気持ちが頭をよぎったのは内緒の話だ。
「他にデメリットは無いでしょうか?」
「……」
なかなか挙がらない。
「では一旦デメリットは終わりにします。途中でも何か思いついたら教えてください」
そう言うと幸助はカップに少しだけ残った冷めた紅茶を口へ流し込む。
打ち合わせを始めてからもう二時間は経過している。
「少し疲れたね……」
「そうですね。普段しないことをすると余計に疲れますよね」
頭を使うのは疲れるものである。
以前ルティアの店でオリーブオイルについてミーティングをしている時も同様であった。
脳みそに汗をかく。そのような時は甘いものを食べるに限る。
「コースケさん、おやつにしよ!」
「うん。皆さん休憩にしましょう。実はケーキを持ってきたんです」
「まあ! ケーキですって!」
幸助の言葉に大きな反応をするアンナ。
その目はキラキラ輝いている。
余程アロルドの店で食べたケーキがおいしかったのであろう。
幸助は手荷物の中から箱を二つ取り出す。
「スタッフのみなさんも食べられるように二つ持ってきました。サラ、切り分けをお願いしてもいいかな」
「うん!」
持ってきたのは先日の誕生日パーティーで食べたのと同じケーキだ。
ニーナに呼ばれたスタッフと共に店舗の裏へ向かうサラ。
「ところで、ケーキって何?」ニーナが質問する。
「白くて、甘くて、ふわふわで……、それでいてフルーツの酸味が良いアクセントになっている究極のお菓子ですわ」
頬に手を当てうっとりとした表情で答えるアンナ。
ケーキはまだアロルドの店でも販売していないので、知っているのはあのパーティーに参加したメンバーだけである。
幸助もこの世界で食べるのは二回目……、いや、前回はアンナにあげたので、初めて食べることになる。
「お待たせしました!」
サラとスタッフが盆を手に戻って来た。
それぞれの前にケーキと新しい紅茶が配膳される。
一人当たりのケーキのサイズが小さい。
結構スタッフの人数が多いんだなと推察する幸助。
「いただきます」
サラが着席したところでケーキを食べ始める四人。
幸助もフォークで鋭角な先端から四センチほどを切り取り口へ運ぶ。
最初に濃厚な生クリームと強めの甘みが口に広がり、あとから果実の酸味が爽やかさを添える。
(懐かしい味だなぁ。さすがアロルドさん、十分に再現できてるや)
幸助の好きな甘さ控えめタイプではないが、それでも久しぶりのケーキは美味しい。
そして初めてケーキを口にしたニーナはというと。
「こ、これは……」
一口食べてから固まっている。
視線は宙を泳いでいる。
そしてようやく再起動したかと思うと残りを一気に食べ尽くす。
「どうですか? お父さんの作ったケーキ」
「すごい」
「……?」
「すごいよこれは! 歴史に残る大発明だ!!!」
部屋中にニーナの声が響き渡るのだった。




