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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第4章 魔道具店編
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2.残念な作品たち

「わぁ、コースケさん。大きい建物がいっぱいだね!」

「あはは、テンション高いね。サラ」


 誕生日パーティーを開催した数日後。

 幸助とサラは問題の魔道具店へ向かうため馬車に揺られていた。

 馬車はアンナから差し向けられたものだ。

 幸助は何度か乗ったことがあるがサラは初めての乗車である。

 従ってテンションが高めである。


「お迎えの馬車だなんて何だか偉い人になったみたいだよ! 乗り心地もいいし」

「確かに乗り心地はいいよね」


 市民の足となっている乗合馬車と違い、座席にはクッションがある。

 領主一家が乗る馬車と比べると装飾は無く地味ではあるが、それでもその差は歴然だ。


「隙間風が入ってこないから寒くないねっ。それにこれもあるから」


 そう言いながらサラは首に巻いた白いマフラーをきゅっと握る。

 幸助から誕生日プレゼントとしてももらったマフラーだ。

 空気はひんやりとしているが、馬車の中は風が当たらないのでそれほど寒くない。

 だが、サラはマフラーを大切そうに巻いている。

 幸助からもらったということが相当嬉しいようだ。


「あ! あそこの家、庭に池があるよ。すごーい!」


 窓を流れていく景色にいちいち大きな反応するサラ。

 右へ、左へ顔を振るたびに真っ赤なポニーテールも揺れる。

 それを見て、東京へ遊びに来た姪を案内した時のことを思い出す幸助。

 大きなビルやおしゃれな店が相当刺激的だったようで、サラと同じような反応をしていたのだ。


「サラはこっちにはあまり来ること無かったっけ?」

「貴族街なんて来る用事無いもん」


 馬車は南北を貫くメインストリートを貴族街へ向かい北上している。

 アヴィーラ伯爵領は、北に領主の館を含む貴族や裕福な商人などが住む街があり、東に住宅街、西に商業街、南に工業街という分布となる。

 通り沿いの建物は最初は見慣れた木造の建物が多かったが、馬車が進むにつれ石造りの大きな建物が増えてきた。

 一軒当たりの敷地面積も広く、一般市民の住むエリアにある密集感は無い。


 日用品からぜいたく品まで、必要なものは全て貴族街にある店舗またはお抱えの商人で賄うことができる。

 そのため、一般市民が貴族街へ行くことも、その逆もあまりない。

 貴族も来店するようになった『アロルドのパスタ亭』という店もあるが、それは例外である。


 景色の中に店舗が増えてくると、馬車はメインストリートを外れ一本中の道へ入る。

 道幅は狭くなるが、それでも余裕で馬車がすれ違うことができる広さだ。


「もうすぐかな」


 幸助がそうつぶやいた直後、馬車はとある建物の前で停まった。

 建物の前にはもう一台馬車が停まっている。アンナは既に到着しているようだ。


「お待たせ致しました。こちらの建物でございます」


 御者が馬車のドアを開けると、幸助とサラは馬車から降り建物の前に立つ。

 薄いグレーの石で造られた建物は二階建てだ。

 こげ茶色の木製のドアには『魔道具店』という小さなプレートだけがついている。

 ドアを手前に引くと幸助は店内に入る。サラがその後ろに続く。


「こんにちは」


 声をかけると同時に店内を見渡す幸助。

 店内に商品の陳列棚は無く、黒色で重厚感のある二人掛けのソファーがテーブルを挟んで向かい合っている。

 テーブルの上にはいくつか魔道具が置かれており、ソファーには既にアンナが腰かけていた。

 アンナの隣にはもう一人別の女性が座っている。


「こんにちは、コースケさんにサラさん。こちらへどうぞ」


 アンナに促され、空いている席へ座る二人。

 大きめの手荷物をソファーの横へ置くと幸助は向かい合うことになった初対面の女性を窺う。

 歳は二十代後半であろうか。黒に近い茶色の髪を無造作に後ろで束ねている。

 身に纏っている白衣はヨレヨレだが、この世界では高価な眼鏡をつけている。


「いらっしゃいませ」


 タイミングを見計らったように店員であろう別の女性が現れ、暖かな紅茶が運ばれる。

 紅茶は領地の名産品でもある。幸助にもなじみの味だ。

 女性が背を向けたところでアンナは口を開く。


「こちらの方が店長のニーナ・アロソンさんです」

「ニーナよ。よろしくね」


 ニーナ・アロソンは、アロソン男爵の長女として生まれた。

 幼いころ魔道具制作の能力を開花させ、数年前までは自宅で顧客より依頼された魔道具を細々と作成していた。

 その製品は領主の館へも納品したことがある。

 当然魔道具好きである領主の目に留まり、領主肝いりで始めたこの事業の店長に任命されたのだった。

 逆にニーナがいたからこそ領主はこの事業を始められたという節もある。


「幸助と申します。よろしくお願いします」

「サラです。コースケさんの手伝いをしてます」


 サラは武器店であるホルガーの店の看板を描いたりアイディアを出したりと、少しずつ幸助の仕事を手伝えるようになっている。

 先入観がなく何でもスポンジのように知識を吸収するので、幸助も将来を楽しみにしている。


「では早速ですが、現状を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ。少し長くなるよ」


 そう言うと、人差し指でメガネの位置を直しフフッと笑うニーナ。


「まずね、領主様の発案でこの事業が始まったの。それで私がその店長。そこまでは聞いた?」

「はい。アンナさんから」

「それでね、最初はよく作ったことのある魔道コンロと魔道冷却庫を製品化して販売したの」

「両方とも見たことはありますね」


 コンロはアロルドの店で。

 冷却庫はルティアの店でそれぞれ見たことのある幸助。


「でね、コンロは少しだけ売れたの。冷却庫はもっと少しだけ。性能が悪かったからね。で、それからが続かなくて……」

「それ以外は何を作ったんですか?」

「フフッ。よくぞ聞いてくれたね」


 キラリとニーナの眼鏡が光る。

 テーブルの上に置いてある三つの魔道具のうち、ニーナは右端にある箱型の物を手にする。


「これはね、魔道金庫」


 そう言うとニーナはふたを開けポケットから出した銀貨を一枚中に入れる。

 ふたを閉じるとスイッチを押して幸助へ渡す。


「開けてごらん」


 受け取った幸助は金庫のふたを開けようとする。

 しかし、どれだけ力を入れてもビクともしない。

 スイッチを触っても反応は無い。

 意地になり全身の力を込めてこじ開けようとするがそれでも開かない。幸助の顔だけが赤くなった。


「はぁはぁ……。開かないですね」


 荒れた息を整える幸助。

 確実に運動不足である。


「スイッチを入れた人しか開けられない仕組みなの」

「へぇ、便利そうですね」

「お店のお金をしまっておくのに便利そうだね! コースケさん」サラも続く。


 幸助がニーナに魔道金庫を返すと、ニーナはいとも簡単にふたを開けてみせる。


「でもね、問題があるの」

「それはどのような?」

「エネルギー源である魔石がね、一日で枯渇しちゃうの」

「魔石が枯渇するとどうなるんですか?」

「誰でもふたが開けられちゃう」

「……」


 開発する時は「これ画期的だねー」などと仲間内で盛り上がっていたのだろうと推察する幸助。

 しかし誰でも開けられるならば何の意味もない。しかも燃費が悪く運用コストがかさむ。


(あちゃー。こりゃ需要無視で自分の欲求に忠実型のエンジニアだなぁ。

 この様子だと製品ありきで作ってから売ってみるってスタイルみたいだし、他の魔道具も怪しいぞ)


 静まり返る室内。

 サラは居心地が悪いのかテーブルから視線を逸らしている。

 この残念な作品に誰かが突っ込まなければならない。

 幸助は恐る恐る切り出す。


「なら、普通の鍵の方がいいですよね……」

「フフッ。その通り」


 ガクッと項垂れる幸助とサラ、そしてアンナ。


「ニーナさん、それならばこちらを説明してくださいませ」


 気を取り直したアンナに促され、テーブルに乗っているもう一つの魔道具を手に取るニーナ。

 円筒形でペットボトルのような形だ。


「これはスゴイよ」


 見ててねと続けるとニーナは魔道具を手に取りそっと上に向かって投げる。

 三十センチほど飛んだところでその魔道具は突然風を吹き出し、勢いよく天井へ衝突した。


 ゴンゴンゴンゴゴゴゴ……。


 数秒間天井に張り付くと、魔道具は力を失い床に落ちる。


「空飛ぶ魔道具、すごいでしょ」

「すごいですわ。私たちが鳥のように空を飛べる日も近づいたのですね!」

「空飛べるなんてすごいよ!」


 女性二人の反応はすこぶるよい。

 しかし幸助は腕を組み複雑な顔をする。


(うーん、これってどう見てもオモチャだよなぁ。

 とても今すぐ売り上げを作るための商品にはなりえないぞ)


 玩具としての価値を一瞬考えた幸助だが、すぐにその考えを捨てる。

 衣食住だけで所得のほとんどを使い切る世帯が多いこの世界。

 高価になるであろう玩具が経営を立て直すほど売れるとは考えにくい。

 そして幸助はニーナへ質問する。


「これって飛ばす方向や強さなどの制御はできますか?」

「……」

「そして何かを乗せて飛ばすほどの出力は出せそうでしょうか? それができれば輸送や軍事での需要はありそうですが」

「そ、それはね……」


 再び沈黙が店内を支配する。

 ニーナは床に落下した魔道具を拾いソファーへ戻ると口を開く。


「あと十年くらい……研究できれば可能、かも」

「ならすぐに売り上げを作る材料にはなり得ませんね」

「ぐぅ……」


 確かに画期的な魔道具ではある。

 軍事に力を入れている領地であれば、その価値を見いだしさえすれば開発のための資金投入が期待できる。

 しかし生憎ここは戦争とは無縁な土地だ。それは期待できない。


「他にはどんな魔道具があるんですか?」


 幸助からの質問に俯くニーナ。


「実は、見せられるのはこれだけしかないんだ。他はガラクタばかりでね」

「光る魔道具は作ってませんか? 夜の部屋を照らせると便利ですが……」


 現代では照明は当たり前の存在である。

 うまくいけば全ての建物に対して需要が期待できる。


「それも考えたんだけどね。温めるか冷やす、あとは爆発させるくらいしか成功してないんだ」

「そ、そうですか……」


 爆発は失敗作じゃないのかという考えがよぎった幸助であるが、スルーする。


「やっぱり、店を続けるのは難しそう、かな?」

「いや、少ししか話を聞いてませんから。まだ断定はできないですよ」


 そう言うと幸助は少し冷めた紅茶で乾いた口を潤す。

 そして商売を続けるうえで重要なことを質問する。


「手元の資金はあとどのくらい持ちそうですか?」

「このまま十分な収益が上がらなければ、あと三ヶ月も持たないね」

「三ヶ月、ですか……」


 想像以上に逼迫していることに驚く幸助。

 三か月間で良い兆しが見えたとしても資金が尽きればそれでお終いだ。


「新製品の目途は立ってますか?」

「全然。暖めるとか冷やすくらいなら術式がシンプルだから作りやすいんだけど、それ以外となると難しくて……」


(となるとやっぱりこれで行くしかないか。

 というよりも、うまくやれば絶対に売れるぞ、これ)


 幸助はテーブルの上にある最後の一つの魔道具へ視線を向けながらそう考える。


「やっぱりダメかもしれないね……」


 小さくつぶやくニーナの声に思考を中断する幸助。

 皆の視線がニーナに集まるが、その姿に誰も話すことができない。

 膝の上に置かれた手は固く握られている。

 少しの間沈黙が続いた後、ニーナが弱々しく語り始める。


「この店ができるまで、ずっと一人で魔道具作っててね。実はちょっと寂しかったんだ。黙々と作り続けることがさ……。ううん、もちろん作ることができるだけで楽しいよ! でも、こんなのできたよって分かち合える人がいなかったからさ……」


 黙ってニーナの言葉に耳を傾ける三人。

 遠巻きに従業員も様子を窺っている。


「それでこのお店ができて、仲間ができて。すごい充実してたんだ。みんなと意見言い合ったり技術を教え合ったりして……。時には失敗もするんだけどね。でも失敗だってみんなで笑っちゃえばそれで終わり。また次を頑張ろうって思えるんだよね。こんなに楽しい毎日が送れるなんて思いもしなかったよ」


 頷く幸助。

 仲間がいることのありがたみは痛いほど知っている。


「でも、仲間と研究ができるのは領主様の資金、いや、市民の税金から来てることをすっかり忘れちゃっててさ。コンロと保冷庫が少し売れてるからそれでいいと思ってたんだよね。あと数ヶ月で成果が出なかったら打ち切りって言われたときに頭が真っ白になっちゃって……」


 膝の上に置かれた手がプルプルと震えだす。


「店が続けられなくなるなんてのは……、いやだよ……」


 眼鏡を外し、袖で目を拭うニーナ。


「ありがとうございます。話をしてくれて」

「うん……」

「僕はこのお店を繁盛させるためにやってきたんです」

「うん。そう聞いてる」

「ニーナさん」


 幸助の呼びかけにニーナは眼鏡をかけ直すとゆっくりと顔を上げる。

 ニーナと視線が合う。

 そして幸助は宣言する。


「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」


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