1.領主肝いりの事業=領主の起こした問題
秋は深まり、寒い日も多くなってきた。
街を東西と南北に貫く二本のメインストリートには時おり枯葉が駆け抜ける。
冒険者ギルドの武器認定制度はその後、順調に冒険者へ浸透していった。
ホルガーの槍だけではなく剣や弓、防具に至るまで認定された装備は多岐に渡る。
制度を悪用し融資を受けたまま行方をくらます冒険者もいたのだが、その都度制度を見直しブラッシュアップをしているようだ。
魔物討伐の成功率が向上しギルドの収支が改善されたことも、積極的な取り組みを後押ししている。
今日は日曜日。
東西のメインストリートを行き交う人はそれほど多くない。
通りに面した黒い外壁のお洒落な店『アロルドのパスタ亭』も今日は定休日である。
しかし、本来であれば静寂に包まれているはずの店からは賑やかな声が漏れている。
「かんぱーい!」
カップを合わせる幸助たち。
店内では十五歳になるサラの誕生日パーティーが催されている。
十五歳になるということは、この国では成人の仲間入りをするということだ。
「誕生日おめでとう、サラ。はい、これプレゼント」
「ありがとう! コースケさん」
笑顔で幸助からのプレゼントを受け取るサラ。
包の中身はマフラーだ。
「わぁ、暖かそう!」
早速首に巻いて見せるサラ。
「うん。似合ってるよ」
「ありがと!」
クルッとひと回りするサラ。
白いマフラーが真っ赤な髪を引き立てている。
色の選択は成功だったようだ。
「でも何でここに……」
マフラーを外すとサラはギギギっと横を見る。
そこには清楚で仕立ての良い服を着た、グレー髪の少女がいた。
領主令嬢のアンナだ。
「あら? お友達がパーティーをするからと誘ってくださったのよ」
そう言いながら幸助を見るアンナ。
ここ最近幸助とアンナは仕事で頻繁に会っている。
騎士団の武器調達については政治的なことも絡むため多くは口出しできなかった。
だが、裏方の業務に関することは一般的な企業との共通点も多い。
今はアンナを通して業務の標準化に取り組んでいる。
一人の優秀な人に頼ることなく誰でも一定以上の成果が上げられるようにするための仕組み作りだ。
そのような取り組みの折、ふとした会話の中でパーティーの話題になった。
新作料理も出てくると聞きアンナは食いついてきたのだ。
ちなみに武器屋のホルガーとパロも誘ったのだが、年中無休の冒険者相手に店を空けることができないため欠席となった。
「それに私も来月誕生日ですの。同い年同士仲良くしましょう。はい。これは私からのプレゼント」
「あ、あ、あ、ありがとうございます! アンナ様!」
「あら、アンナ様だなんて他人行儀ですこと。もうお友達でしょ。呼び捨てでも結構ですのよ」
領主令嬢などサラにとって雲の上の存在である。
おいそれと呼び捨てなどできない。
おもむろに幸助の方を向くと大丈夫という表情で頷く。
それを見てアンナの名前を呼ぶサラ。
「アンナ……さん」
「まあ、それでも良いですわ。それよりも早く……」
テーブルへ熱い視線を送るアンナ。
色とりどりの料理が並んでいる。
その中でも今まで見たこともないひときわ目をひくものがあるのだ。
白くて丸い何か。
そう、誕生日ケーキである。
誕生日パーティーをやるということで幸助がアロルドにイメージを伝えたところ、見事に再現してくれたのだ。
「よし、切り分けてやる」
そう言うと包丁を取り出し六等分に切り分けるアロルド。
小皿に乗せ、皆へ配る。
「いただきます!」
口にした途端恍惚な表情を浮かべる女子三人。
「おいしいね! やっぱりお父さんの料理は最高だよ!」
「まあ、なんて素晴らしい味ですの! クリームの甘みと中に隠れているフルーツの酸味が絶妙なマリアージュを醸し出していますわ」
二人とは対照的に黙々と食べるサラの母ミレーヌ。
瞬く間に三人の皿からケーキは姿を消す。
評判上々でアロルドも気分がよさそうだ。
しかしここで重大な問題が発生した。
パーティーの参加メンバーは五人。アロルド一家に幸助とアンナだ。
それに対して切り分けたケーキは六つ。
じー。
女子三人が最後に残った一切れに視線を送っている。
激しい争奪戦のゴングは鳴った。
「私の誕生日なんだから当然これは私のものだよ!」
「私は滅多にここには来れないのですから食べる権利がありますわ」
「ここは年長者を敬わないとね」
熾烈な攻防戦を唖然と見つめるアロルド。
幸助はヤレヤレという感じに首を左右に振ると声を出す。
「アンナさん、僕のケーキをどうぞ。だからその残ったケーキはサラが食べたら?」
食後にと思いまだ手を付けてなかった皿をアンナに差し出す幸助。
「あら? お気遣い頂かなくてもよろしかったのに」
言葉とは裏腹に、何の戸惑いもなくケーキを受け取るアンナ。
それを見たサラは、すかさずテーブルの上にある最後の一つへ手を伸ばす。遠慮はしないようだ。
「ありがとう! コースケさん!」
そしてミレーヌはというと。
「……」
「なんだよ」
ミレーヌから注がれる視線が激しく突き刺さるアロルド。
アロルドのケーキは既にその半分が胃に納まっている。
「わかったよ。俺のはお前と半分ずつな」
「あら。半分じゃなくて私に全部くれてもよかったのに」
「もう食べたものは戻らん!」
ケーキ騒動がひと段落すると、アロルドはキッチンから湯気を立てた大皿を持ってきた。
色とりどりの料理が並ぶテーブルが更に賑やかになる。
「これが今日のメイン。レッドボアの赤ワイン煮込み。新作だ」
幸助にもおなじみとなった魔物レッドボアが、今回は煮込み料理として登場した。
これも幸助が漏らした「肉の煮込みが食べたい」というリクエストをアロルドが実現してくれたのだ。
アヴィーラ伯爵領の名産品であるトマトや赤ワインをふんだんに使用した料理である。
「おいしそうですね」
「だろ。長時間煮込んだからな。こういうのはやっぱり魔道コンロを使うに限る」
「へぇ、魔道コンロって便利なんですね」
「おう。もうこれが無きゃやってられないぞ」
魔道コンロといえば幸助がアロルドの店を経営改善する際に初めて見たものだ。
アロルドの店では一般的な火をくべる窯もあるが、煮込む必要がある料理にはこれが使用されている。
熱源は魔石である。
魔石には寿命があり、内包された魔力が枯渇すると使用できなくなるため、別の魔石に交換する必要がある。
「いただきまーす」
女性陣がレッドボア肉の煮込みを確保したのを確認すると、幸助も肉を自分の小皿へ取る。
大きな肉の塊にスプーンを入れる。
ほとんど抵抗なく肉は分断される。相当煮込まれているようだ。
黒に近い赤色のソースをたっぷり肉に絡めると、そのまま口へ送り込む。
「!!!」
程よい酸味と赤ワインの深み。そして濃厚な肉の旨みが口に広がる。
そしてほろっと崩れる肉の柔らかさ。
「すごく……柔らかいです」
「だろ。昨日から用意してたからな」
「うん! おいしいよ、お父さん!」
「これもまた素敵な味ですこと。屋敷のコックにも伝えなければ」
自分の世界に入る幸助。
頬に手を当て虫歯ポーズを決める女性達。
それぞれが口々にレッドボア煮込みの感想を漏らす。
その様子を見たアロルドは、レッドボアの赤ワイン煮込みをレギュラーメニュー入りさせることに決めるのであった。
「ところでコースケさん」
レッドボアの赤ワイン煮込みがほとんど皆の胃へ納まった頃、アンナは幸助へ声をかける。
「何ですか?」
「少しだけお仕事の話を宜しいでしょうか?」
「もちろん」
ここ最近の幸助とアンナの仕事は、領主の館に勤める人たちの業務標準化などだ。
その話かと思い心の準備をする幸助。
「先ほど話題に出ておりました魔道コンロのことなのですが……」
「魔道コンロがどうかしましたか? 屋敷でも導入したいとか」
「もちろん屋敷の調理場でも導入しております。そうではなくてですね……」
そう言うとアンナは目を伏せる。
あまり良い話題ではないらしい。
意を決したのかゆっくりと幸助へ視線を戻すと言葉を紡ぎだす。
「実は魔道具の販売はお父様の思い付きで始まった事業なのです」
「うん? それは公営の事業という意味ですか?」
「はい。そうです。しかし……」
それからアンナは幸助へ魔道具事業のあらましを説明する。
それによれば、領主であるアルフレッド・アヴィーラ伯爵は領地継承後、町おこしとして魔道具の生産に力を入れたそうだ。
魔道具といえば、職人が依頼主から「このようなものが欲しい」という依頼を受け生産するのが常識である。
その常識を覆し、決まった規格の魔道具を大量生産し安価に販売する事業を始めたのだ。
便利な魔道具が普及することでまずは市民の生活を豊かにする。
それを領地の特産品として他領へも売り込む。
このような計画であった。
領主肝いりの事業は即座にスタートされた。
まずは領内の魔道具職人を魔道具店の店長に任命。
そして予算をかけ国中から職人を招き開発に着手した。
しかし、完成したものは以前より実績のある魔道コンロと冷却庫のみで、新作はガラクタばかり。
更に悪いことに、魔道コンロと冷却庫も販売は芳しくなく、どんどん領地の予算、即ち税金を吸収していくばかりという状態が続いているそうだ。
「実は内政が手落ちになっていたのも、これが原因の一つなのかもしれないのです」
(こうやって話を聞くと魔道具ってのは現代でいう家電製品みたいなもんか。
となると内政の手落ちはさておき悪い取り組みには見えないよなぁ。
便利な魔道具が普及すれば皆の生活が楽になるのに。
現にアロルドさんは欠かせないって言うくらい活用してるし。
やってることは画期的なんだけど何が足らないんだろ)
あごに手をやり考え込む幸助。
家電製品があふれる世界で生活していた幸助には、魔道具のメリットはよくわかる。
しかし何かが原因で普及していない。領主がしっかり予算をかけているにもかかわらず。
サラが心配げな表情で二人の様子を見ている。
「何で領主様は町おこしに魔道具を選んだんでしょうか? 名産品ならワインやトマトもあるのに」
「ワインやトマトは他の領地でもふんだんに生産しております」
アンナの言う通り、これらはアヴィーラ伯爵領の名産品というよりはマドリー王国の名産品である。
しかもトマトは生鮮食品なので流通網の整っていないこの世界では輸出には向かない。
「では何か魔道具に思い入れがあるとか……ですか?」
「ええ。お父様は昔から魔道具をさわることが好きだったようです」
(なるほど、趣味が高じて……というところか)
合点がいく幸助。
以前食事会で会った時、領主の線の細さは印象に残っていた。
間違っても剛腕を振るうタイプの人間ではないと感じていたのだ。
室内に篭って魔道具いじりをしながら育ったのだろうと幸助は考える。
「うまくいけば市民の生活が豊かになると私は考えているのですが」
「それは間違いないと思います」
幸助の言葉にアンナの顔は一瞬明るくなる。
しかしそれは長く続かず、すぐに視線を下に落とす。
「しかしお父様も職人も、どうしたら良いのかわからず……。恥を忍んでご相談させていただいた次第です」
「状況はわかりました。できればもう少し詳しい話を聞きたいですね」
「私は全く関わっておりませんでしたので、後日私と一緒に魔道具店へ行っていただいても宜しいでしょうか?」
「はい。ではそうしましょう」
幸助に礼を言いながら頭を下げるアンナ。
その動作一つひとつが洗練されている。
やはり育ちのいい人は違うんだなと幸助は一人ごちる。
「ごめんなさいねサラさん。誕生日なのにお仕事の話をしてしまいまして」
頭を上げたアンナはサラへ向かいそう言った。
「いえいえ! とんでもないでしゅっ」
ぶんぶんと手を振るサラ。
言葉を噛んだ。
まだこの状況に慣れていないようだ。
「ほら、料理は肉だけじゃなくて他にもいろいろあるぞ」
アロルドの一言で場の雰囲気はパーティーモードに戻った。
幸助はワインを飲み、アンナは次の料理へ狙いを定める。
「ふふっ。こちらの料理も美味しそうですね」
「僕、これまだ食べてなかったや」
「あ、それ私もまだ食べてなかったのに!」
こうして今度はカルボナーラをめぐる戦いが勃発するのであった。




