7.伯爵令嬢
それからのギルドの動きは早かった。
時あまり経たずして『冒険者ギルド認定装備』という制度ができたのだ。
渋々ながらもギルドマスターのカミュが認定制度のことを本部へ報告したところ、すぐにでも実行するようにとの通達が入ったからだ。
上層部では既に認定制度のことを検討していたのだ。
制度の内容は、ギルドが設けた基準以上の品質を持つ武器や防具を認定の対象に設定。
冒険者が認定商品を購入する場合、最大で半額の融資をギルドから受けることができるという制度だ。
融資には一定割合の利息が伴い、返済は討伐達成報酬からの天引きとなる。
まずはアヴィーラ伯爵領で試験的に導入し、その後他所へ展開する予定だそうだ。
ちなみにホルガーの槍がその認定第一号となった。
もちろん競合店も基準をクリアすれば認定されるので、これだけで胡坐をかくわけにはいかない。
制度の隙間を狙って不正を働く輩が出てくる可能性もある。
コツコツと信頼を重ねていくことが肝要である。
「これで改善の目途はついたのかなぁ」
宿の部屋で寛いでいる幸助。
ずずっとお茶を啜る。
窓からは心地よい秋の風が吹き込んでくる。
認定制度が始まり一ヶ月。
ちらほらとホルガーの槍は売れ始めた。
購入者からの評判は上々だ。
長期的な結果が待たれるとこではあるが、今のところホルガーの武器を手にした冒険者は口々に魔物を仕留めやすくなったと言っている。
もともと買い替えのサイクルが長い商品だ。爆発的に売れることは無い。
しかしホルガーの魂に火をつけるには十分なきっかけだった。
今度は初心者向けの剣を作ると息巻いている。
「ふわぁ、眠いなぁ」
緊張続きの仕事がひと段落し、ダラダラする幸助。
ぐっと大きく伸びをしたところでドアをノックする音に気付く。
「誰だろ?」
幸助の部屋を訪れるのは宿のスタッフかランディくらいである。
今回もそのどちらかと思いドアを開ける。
しかし予想に反し、ドアの向こうにいたのは一人の騎士だった。
(騎士!? 何でここに)
騎士はこの街での警察の役割も司っている。
以前不正を働いた小麦屋の前でも見かけたことを思い出す幸助。
(法に触れることでもしちゃったか?)
運転中にサイレンの音を聞くと運転手はドキッとする。
税務署から電話がかかってくると経営者はドキッとする。
何も悪いことはしてないのに。
そのような心境が幸助を襲う。
「あなたがコースケさんで間違いありませんか?」
「はい、そうですが……」
名前を確認すると騎士は幸助にお辞儀をする。
「私はアヴィーラ伯爵領騎士団のマルコと申します。領主様のご息女アンナ様より手紙を預かっておりますのでお届けに参りました」
そう言うと騎士は一枚の封筒を取り出し、幸助へ手渡す。
「ぼ、僕にですか?」
「はい、間違いありません。あなたにです。では私はこれにて失礼いたします」
手紙だけ渡すと騎士はすぐに帰ってしまった。
状況が飲み込めず、封筒を手にしたまま立ち尽くす幸助。
窓の外から吹き込んだ風が頬をなでると幸助は我に返る。
ドアを閉めベッドへ腰かける。
「領主令嬢って……、何の用だろ」
封筒をよく見ると、領主の紋章で封蝋が施されている。
本当に領主家からの手紙で間違いないようだ。
この世界に来て約一年。封蝋の持つ意味は幸助も知っていた。
開封し中の手紙を取り出す。
柑橘系の香りがふわっと漂う。
「ん? 領主の館での昼食会に招待? 益々わけが分からないぞ」
◇
「お父様、どうされたのですか?」
時はアンナが幸助へ手紙を差し出す少し前に遡る。
ここは街の北にある領主の館。
領主の娘であるアンナは、父親であるアルフレッド・アヴィーラ伯爵の執務室を訪れている。
アルフレッドはこの地を代々治める伯爵家の一人息子として生まれた。
高齢を理由に引退した父親に代わり、数年前から領主としてこの地を治めている。
机の上には書類が山のように積まれている。
毎日激務なのであろう、顔は少しやつれて見える。
「冒険者ギルドから報告が上がってきてね。その中にちょっと気になる名前が見つかったんだ」
「あら、どなたのお名前でしょうか?」
小首を傾げるアンナ。
「コースケという名前なんだけど。この辺りでは珍しい名前だよね。聞いたことはある?」
「コースケさん! 今度はどのような事をなさったのですか?」
「やはり知っていたのか。市井のことはアンナが一番詳しいな」
アルフレッドは報告書に書かれていたことを説明する。
そこには、幸助がホルガーの店で初心者向けの槍を提案したことからギルドの認定制度が始まったこと。
そして暫定情報ではあるが初心者の事故が減ったことなどが事細かに記載されていた。
「まあ、コースケさんったら私の胃袋を鷲掴みにするだけではなく……、いえ、市民の食生活を豊かにするだけでなく冒険者の命まで救ってくださるとは」
「胃袋? 何のことだい?」
「私たちの食卓に出るかるぼなあら、そして上質なオリーブオイル。コースケさんがいたからこそ食べられるのです」
「そうだったんだ」
そう。屋敷のコックは試行錯誤の末、カルボナーラを完成させたのだ。
そして上質なオリーブオイルは多くの料理に活用されている。
「しかも、それらを販売しているお店の経営改善まで成し遂げているのです」
「うん? それは興味深い話だね」
アルフレッドの反応に、アンナの眼が鋭く光る。
以前よりアンナは幸助の手腕を気に留めていた。
そして可能なことならば領地が抱える問題を相談したいと思っていたのだ。
「お父様もそう思われます?」
「ああ」
「ではコースケさんを食事会に招待してもよろしいですか? 問題の解決手法など、いろいろお話を伺いたいです」
「彼をどこまで信じるかはさておき、話を聞いてみるのは良いと思うな」
「では早速コースケさんに手紙を認めますわ」
◇
「すごいとこに来ちゃったなぁ」
幸助は今、迎えの馬車に揺られ領主の館に到着したところだ。
住居だけでなく市役所の役割も担っている建物は石造りの四階建てである。
その姿は壮観の一言に尽きる。
「お待ちしておりました、コースケ様。どうぞ、こちらへお越しください」
迎えに出たメイドに続き、石の階段を十段ほど上り屋敷へ入る。
最初に幸助を迎えたのは直径二十メートルはあろうかという円形のエントランスホールだ。
彫刻の施された力強い柱。品のよい調度品。
その空気に圧倒される幸助。
厚みのある絨毯が敷かれた廊下を進むと、とある一室に通された。
「どうぞ。お掛けください」
「あ、ありがとうございます」
緊張で動きがぎこちない幸助。
椅子に腰かけると小さなため息をつく。
(やばい、緊張してきた。初めてクライアントの社長に会ったときみたいだよ。
いや、呼ばれた理由が分からないからもっと緊張してるかも)
大きく深呼吸をしているとドアが開かれる。
仕立ての良い服を着た男女が入って来た。
アンナとアルフレッドだ。
反射的に立ち上がり名刺入れを取り出そうとする幸助。
ポケットに手を伸ばしたところで、ここは異世界だと気づく。
「コースケさん。本日はわざわざお越しいただきありがとうございます。私が手紙の差出人、アンナです」
「松田幸助と申します」
「私はアルフレッド・アヴィーラ。アンナの父です」
「りょ、領主様!?」
「畏まらなくていいよ。私は今日はおまけだから」
「は、はい」
手紙の差出人はアンナであった。
まさか領主も来るとは思わなかった幸助。
自己紹介が済むとそれぞれが席に腰かける。
「お飲み物はいかが致しましょう。本日のお料理に合わせたワインも御座います」
メイドがタイミングよく幸助へ声をかける。
ちなみにアンナの執事セバスチャンは壁際で待機中だ。
「じゃぁ、そのワインをお願いします」
飲み物がそれぞれの前へ運ばれると食事会は始まる。
「まずはコースケさんに感謝を」
「ええっとですね……。僕、何かしましたか?」
領主令嬢に感謝される覚えのない幸助。
頭にはてなマークが浮かんでいる。
「何を仰るんですの。オリーブオイルにかるぼなあら、私の……いえ、市民の食生活を豊かにしてくださいました。それだけでなく冒険者の問題も解決してくださって」
ここでようやく今までの活動が領主の館まで届いていたことに気づく。
アロルドの店にアンナが来たことは聞いていた。
しかし、自分のことまで伝わっているとは思っていもいなかった幸助。
「いや、あれはほとんど店主たちの腕によるもので、僕はほんの少しだけ手伝っただけですよ」
「まあ、謙虚な方ですわね。それでも感謝致しますわ」
「あ、ありがとうございます」
呼ばれた理由がわかり、緊張も少しずつほぐれて来た幸助は料理に舌鼓を打つ。
前菜、そしてトマトのスープ。どれも極上の味わいだ。
そして次のメインディッシュが運ばれると幸助は目を見開く。
魚と貝が皿に散りばめられた、アクアパッツァのような料理が出されたのだ。
海から少し離れているこの街には今の季節、塩漬けか干物しか無いはずだ。
幸助の反応を見たアンナが笑顔を浮かべながら口を開く。
「氷の魔法が使える方に運んでもらいましたの」
普段はなかなか出来ませんが特別なお客様が見える時はこうしていますの、とアンナは続ける。
「へぇ、そうなんですね」
その後、領主の館流カルボナーラとデザートが続き、食事は終了した。
食後のお茶を飲みながらアンナは幸助に一番聞きたかったことを聞く。
「ところでコースケさん。変な質問をしてもいいですか?」
「はい」
「仮に大きな商会があったとして、それを魅力のある商会にするには何が必要だと思われますか?」
本当は商会ではなく領地なのだが、そこはぼかしている。
抽象的な質問にうーんと考え込む幸助。
「そうですね……。働いてる一人ひとりが、その仕事に誇りを持てるようにすることじゃないでしょうか」
発言してから社畜増殖を助長しかねないと気づいた幸助。
生活に困らない収入と仕事以外の時間があることは大前提ですけどね、と続ける。
実際、仕事以外の時間を持つことは大切だ。
会社という閉鎖的な空間だけにいると、そこだけの「当たり前」に支配され思考が固まってしまいかねない。
外で遊んだり違う経験を積むことで発想力や感性が豊かになる。
ひいては、それがまた仕事に活かされる。
「大変参考になりました。ありがとうございます」
こうしてドキドキの昼食会はお開きとなった。
「また別な機会にお話をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「僕でよろしければいつでも」
「ありがとうございます。ではごきげんよう」
馬車に乗り込む幸助を見送る親子。
「お父様、やはりコースケさんの力を借りてみてはいかがでしょう」
「そうだね。素性など気になるとこはあったけど、有能なことは間違いなさそうだね」
領地の抱える問題。
それはアルフレッドが領地を継いでから、有能な人材の流出が続いていることだ。
優柔不断なアルフレッドの方針を嫌い、先代はよかったのにと言い残し去っていく人が後を絶たない。
先日も騎士団でそれが露呈した。
支出を限りなく削減すれば評価されると思い込んだ新任の購買担当者が、調達する武器の質を落としていたのだ。
実際支出は削減された。しかしそれにより低品質の武器を支給された騎士の士気は落ちた。
中には別の領地へ出て行ってしまうものもいた。
見かねた騎士団長が領主に直訴したことでようやく把握できたのだ。
騎士団だけでもこの有様である。
アルフレッドの仕事は日ごとに増え、状況は悪化するばかりであった。
そこへ突然現れたのが幸助である。
懸念事項の一つでもあった冒険者の事故について、解決の兆しが見えてきたのだ。
幸助の手腕に淡い期待を寄せるのは無理もない。
幸助は今後、この領地とどのように関わっていくのか。
改善はまだまだ続く。
お読みいただきありがとうございます。
これで第3章は終了です。




