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かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~  作者: 秦本幸弥
第1章 パスタレストラン編
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2.店の問題点と強み

「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」


 声も高らかにそう宣言した幸助。

 困っているんだから受けてくれるだろう。絶対の自信をもってアロルドの返事を待つ。


(こっちに来てから目的もなくダラダラしっぱなしだったからな。もしかしたらこれでこの世界での自分の存在価値ができるのかもしれない)


 毎日仕事づめだったのが、召喚されたことにより突然やることが無くなってしまった幸助。

 家族や同僚とも会えなくなってしまった。

 しかもまだこちらの世界に来て、友と呼べる人もできていない。

 従って現在、絶賛人恋しいモードに入っている。

 サラと仲良くしたいなという下心を抱いていないと言えばそれは嘘になる。


「断る」

「はい、ではその解決法……、えっ!?」

「だから断ると言っている」

「ちょと、お父さん! 何言ってるの? お客さんが増えるってコースケさんが言ってるんだよ!」


 サラは黙っていろ、と言いながらアロルドは続ける。


「何バカなこと言ってんだ。料理一筋二十年の俺の味でもこんな有様なんだよ。お前みたいな若造に解決できるわけねえだろ。

 だいたい、このソースは俺が十年以上かけて完成させたものだ。味を変えるつもりなんて毛頭ねえぞ。帰った帰った」

「ちょ、まっ、待ってください!」


 アロルドは幸助の背中を押し、ドアへといざなう。


「ちゃんとパスタの代金は払ったか?」

「お代はまだ払ってませんし、話だけでも聞いてくださいよ。こんな素晴らしい料理を眠らせておくのは国にとっての損失ですよ!」


 幸助がそう言うと、背中を押していたアロルドの手がぴたっと止まる。

 そう、アロルドは味を変えるつもりはないといっているが、幸助もまた同じ意見である。

 それどころか、この世界で一番美味いとすら思っているのだから。


「お前、今なんて言った?」

「で、ですから素晴らしい料理を眠らせておくのは国にとっての損失、と」


 恐る恐る繰り返す幸助。

 ゆっくり振り返ると、アロルドの顔から険しさがみるみる消えていくところだった。


「国にとっての損失? お前は俺の料理をそこまで評価してるのか? ワハハハ、そうならそうと最初から言ってくれよ」


 今度はバシバシと幸助の背中をたたく。


「コースケと言ったっけな。俺はアロルドだ」

「アロルドさん、せ、背中、痛いです」

「すまんすまん。そこまで評価してくれると嬉しくてな」


 そう言うとアロルドは真面目な顔になる。


「だが、店舗経営の技術というのは門外不出というのが相場だ。それを教えるなんて高い金を請求してこないだろうな。第一、ウチには支払える金なんてねえぞ。材料すらツケの支払いを伸ばしてもらってるんだからな」

「お父さん、ちょっと情けない」


 ガクッと項垂れるサラ。


「そこは安心してください。報酬は頂きますが繁盛してからで結構です」


 幸助が日本で勤めていた会社では着手金+成功報酬という料金プランが人気であった。ちなみに全額後払いは無い。

 どう結果が転ぶかわからないことは、やはり後払いが安心できる。

 そして今の幸助にはフレン王国からもらった謝罪金がある。まだ優に一年は暮らせる金額が残っている。

 よって生活するには問題ないため、完全成功報酬プランを提示したのだった。


「何か裏がありそうだな。いや、いい。それならまずはお前の意見を聞こうか。いいか、まだ決めたわけではないからな」


 そういうとアロルドはドアを開け、店名の入ったプレートを裏返す。営業時間外を示すサインだ。


「コースケさん、ここに座ってください」とサラが先ほど幸助が食べていた席の隣のテーブルへ案内する。

 遅れて幸助の正面にアロルドが座る。

 サラは「お茶入れてくるね」と言い残し、幸助の食べ終わった食器を手に取るとパタパタと厨房へ入っていた。


「はい。では現状の問題点を説明します。まず、味についてですがこれは全く問題ありません。というか、人生の中で一番おいしいパスタでした」

「な、なんだ。面と向かって言われると照れるな」


 目を逸らしポリポリと頬をかくアロルド。


「ところで質問なのですが、このお店に常連客はいますか? そうですね、ひと月に二回以上来てくれているお客さんのことです」

「おう、もちろんいるぜ。隣の奥さんなんか週に一回はトマトバジルパスタを食べないと落ち着かないって言ってくれてな」

「ということは、味は受け入れられているといことの何よりの証拠ですね」

「そういことなのか? 俺はてっきりこの地方の人に受け入れられない味なのかもしれない、と思っていたんだが。違ったのか?」

「はい。問題は別なところにありますね」


(アロルドさん興味を持ってくれたみたいだ。懐柔作戦はひとまず成功かな。そろそろ核心へ掘り下げるか)


 お茶の用意ができたようでサラがお盆を手にして戻ってきた。

 幸助とアロルドそれぞれの前にカップを置き、自分用のカップをアロルドの隣に置くと、その席へ腰かける。


「このお茶もアヴィーラ伯爵領の名産品なの」

「へぇ、おいしそうだな。いただきます」


 ズズズッとお茶を啜った後、幸助は話を再開した。


「味が問題ではないということは今お話しした通りです。では、何が問題かわかりますか?」

「全然わからん。味以外のことは考えたこともなかったからな」


 即答したアロルドが隣を見るとサラもわからないと首をかしげる。

 しばし考えたのち、思い出したようにアロルドがポロっと言葉をこぼす。


「ああ、そうだ。値段かもしれないな。先月近所にカフェができてな。そこのランチは大銅貨五枚って値段だったぞ」

「そうだったね、お父さん。それが切っ掛けでスープの無料サービスを始めたもんね」


 うんうんと頷きながらサラが続けた。


「そう、スープがついてましたね、パスタに。実はこれも経営を苦しめる要因の一つだったかもしれませんよ」


 幸助がそう言うと、とたんにアロルドの表情が険しくなる。


「何だって、お前はスープは美味くなかったって言うのか!」

「い、いやいや、そういうことではないですよ。スープも美味しかったです。しかも高級品であるベーコンまで入ってましたし」

「なんだ、紛らわしい言い方をするなよ。やっぱりお前は味の分かるやつだな。はははっ」


 本当に職人気質かたぎだなと思いながら、幸助は今後の発言に注意しようと気を引き締める。


「スープは通常いくらで提供しているものですか?」

「ええと、大銅貨三枚ね」アロルドの代わりにサラが答える。

「ということは、実質パスタの価格は大銅貨五枚ってことで、近所のカフェと変わらないということになりますよね」

「そうなるのか?」

「はい、実質は。ということは、値段の問題でもないんです。サービスした結果客数が伸びていないならば、逆にスープのサービスは原価向上の要因になっていたんですよ。

 たぶんですが、隣の奥さんはスープのサービスが無くても毎週通ってくれたと思いますよ」

「ああ? そんなもんか?」

「断定はできないですけどそうだと思いますよ」

「じゃぁ、原因はいったい何だって言うんだ!」

「お父さん、もう少し落ちつこうよ」


(あ、アロルドさんがイラついてきた。そろそろ答えを言わないと)


「一番の問題は通行人に認知されていないということです」

「認知? コースケさん、認知というのはどういう意味?」

「俺も聞いたことがない言葉だぞ」


 幸助はそうですよねと言いながら、表が見える小さな窓を指さす。


「表の通りを見てください。僕はまだ昨日この街に来たばかりなので詳しいことは分かりませんが、人通りが多いですよね」

「ああ、この道は住宅街と市場をつなぐ道でな、このあたりのメインストリートと言ってもいいんだよ。で、それがどうかしたのか? 人通りが多いなんていつものことだが」

「はい。ではこの行き交う通行人の中でこのお店のことを知っている人はどれくらいいますか?」


 しばし外を眺めながら考え込むアロルド。

 …………。

 ……。

 数分間眺める。

 しかし知った顔は一人も通らない。


「いないな」


 その答えを聞き、少し間をあけから幸助が続ける。


「そういうことなんですよ」

「どういうことだ?」

「素晴らしい味と人通りの多い通り沿いという立地がこの店の強みです。逆に弱みはその立地を活かせていないことなんです。

 要するに、ここにパスタを提供するレストランがあるということに皆、気づいてないんです」


 この味を知らないなんて勿体ないことだと幸助は続けると、サラが何かに気付いたのか、はっと目を見開く。


「そうね! まだ出会ったことのない味なんて評価できなくても当然ね。そうすると私たちが先ずすべきことは、前の道を通ってる人に『ここにおいしいパスタがあるよ』って教えることだね!」

「正解!」


 パチパチと幸助は拍手をする。

 サラはさらに嬉しそうに満面の笑みを作る。

 アロルドはまだ納得していないようだ。うーんと唸りながら腕を組んでいる。


「アロルドさん、納得できない点があれば遠慮なく言ってくださいね」

「いや、な。仮にその認知ってやつが原因だとしてだ。何をしていいのかさっぱりわからん。店構えだって拘ったし『アロルドのパスタ亭』って名前だってついてる。これ見りゃ誰だって分かるんじゃないか?」


(あぁ、アロルドさんがこの店舗の外観を考えたのか。となると、どこから説明したらよいものか……)幸助は考えあぐねる。


「ええとサラ、この街というかこの国の識字率はどれくらいか知ってる?」

「識字率? それってどういう意味?」

「ええっと、街の人が十人いたら、そのうち何人文字が読めるかっていう意味」

「あぁ、それなら十人に三人くらいかな」

「なるほど」


 突破口が見つかった、と心の中でガッツポーズをする幸助。


「アロルドさん、この国の識字率は十人に三人くらいだそうです」

「それがどうした?」

「ええ。そうなると『アロルドのパスタ亭』って読めてお店の存在に気付く人は十人のうち三人しかいないってことですよね」

「あ、あぁ。そうなるな」

「それで、往来が激しいこの道でこの文字が目に留まる人ってどのくらいいるんでしょうか? 小さい文字ですし気づかずに通り過ぎる人が多いんじゃないでしょうか」

「……」


 アロルドは沈黙する。


「ほとんどいない……のかな」と代わりにサラが答える。

「そう、サラ。だから『アロルドのパスタ亭』というプレートだけではお客さんは呼び込めないんだよ」


 この答えにただでさえ赤かったアロルドの顔にさらに赤みが増す。


「もういい! 分かったよ! 認知については分かった。じゃあ、どうすりゃいいんだよ! でっかい看板つけるような金なんてねえぞ!」

「お父さん! 本当に落ち着こう。今はコースケさんの話を冷静に聞こうよ」

「安心して下さいアロルドさん。認知してもらうための手法はたくさんあります」


 すぐにできる方法は三つあります、と言いながら指を三本見せる幸助。


「先ず一つ目。一番安価で手っ取り早いのは、道往く人たちに声をかけることです。

 ただ、実質二人で回しているこのお店では現実的な方法ではないかもしれません。しかも効率も悪いです」


 うんうんとサラが食いつくように幸助を見る。


「二つ目は、チラシをまくこと。これは紙にお店の宣伝文句をかいて道往く人に配る、ということです。

 これも紙の値段を考えると効率が悪いのかもしれません」


 そう、この世界ではまだまだ紙は高級品なのだ。

 おいそれと配ることは適わない。


「最後に、これが一番オススメなんですが」


 そういいながら、幸助は間をあける。


「立て看板を置くことです」


 そう言うと、アロルドが呆れた顔をしながら言う。


「は? 立て看板? さっきおまえ文字が読めるやつが少ないから文字は意味ないって言ったばかりじゃないか」

「いや、立て看板の威力はバカにできないですよ。しかも看板に書けるのは文字だけではありませんし。

 この道をずっと向こうに行ったところに武器屋さんがありましたが、そこの看板はどうなってるか知ってますか?」


 幸助はその職業柄、看板やディスプレイを歩きながら観察する癖がついている。

 昨日たまたま見かけた武器屋の看板を覚えていたのだ。


「あ、私知ってる! 剣と槍が交差している、一目で武器屋と分かる看板だったよ」

「そう。ということは立て看板には何を描けばいいのかな?」

「トマトバジルパスタの絵!」元気にサラが答える。

「そうなんです。絵を描くんですよ。誰でもわかるように。しかもこのくらいのサイズの看板に」


 そういいながら幸助は立ち上がり、両手でその看板の大きさを表した。高さ一メートルくらいある。


「アロルドさん、この立て看板でまったく効果がなかったら僕はここから消えます。費用もこちらで建て替えますから、いちど試してもらえませんか?」

「そうだよお父さん、コースケさんを信じてみようよ。今まで私たちががんばっても何にも変わらなかったじゃない。今までやってなかったことをやる必要があるんだよ」


(サラ、あなたの姿が女神さまに見えてきましたよ)


「サラがそこまで言うなら……。その立て看板とやらだけ試してやる。これで効果がなかったら銅貨1枚たりとも払わないからな!」

「はい。それでもいいですよ。ならば早速やってみましょう」

「うん! コースケさん、よろしくお願いします!」


 こうして幸助はこの世界での初仕事「立て看板プロジェクト」を遂行することとなった。


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