4.冒険者の事情
その日の夕方。
東西を貫くメインストリートは、雲の切れ目から姿を現した夕日で真っ赤に染められている。
長い影を曳いた人々が足早に家路へ急いでいる。
通りの店は多くが閉まり、昼間の賑わいはもう無い。
しかし、外が暗くなるにつれ賑わいを見せる場所がある。
宿屋の一階である。
この世界では宿屋の一階に食堂が併設されるのが定番だ。
宿泊者の食堂も兼ねている場所であるが、夕方以降は酒場として営業している。
ランプで淡く照らされた店内は喧騒で包まれている。
冒険者や商人など多種多様な人が酒杯を交わしている。
とあるテーブルでは依頼に成功でもしたのか中央に骨のついた大きな肉が置かれ、体格の良い冒険者たちが我先にとその肉をつついている。
カウンター席に目を向けると、一人の男の背中が見えた。幸助である。
カウンターに置かれたジョッキを持ち上げると一気にそれを傾ける。
飲み切ったのか「プハァ」と息をつくと、席を立ちあがり喧騒の中心地へと向かう。
特に用事がない場合、大抵幸助はアロルドの店かこの酒場で夕食を摂っている。
普段であればこのままカウンター席でさっと夕食を済ませるのだが、今日は違う。
勇気を出して冒険者たちの酒宴に顔をはさみ、武器についての意見を聞こうとしているのだ。
「こんばんは」
大きな肉が置かれたテーブルを訪れると勇気を振り絞り声をかける幸助。
四人の冒険者につつかれた肉は、既にその半分が骨だけになっている。
声をかけた相手はは三十歳くらいであろうスキンヘッドの大男だ。
装備の上からでも、その体が立派な筋肉の鎧で包まれていることがわかる。
男の隣には彼の武器であろう、大ぶりの剣が立てかけられている。
「お? 兄ちゃん珍しいな。いつもあっちで一人寂しく食べてたよな。今日はどうした?」
声をかけた相手は、同じ宿に泊まっている冒険者である。
会話は初めてであるが、酒場や廊下ですれ違っているので顔くらいはお互い知っていた。
しかし、ぼっち認定を受けているとは露ほども知らなかった幸助。少し凹む。
「あ、はい。いつも一人っていうのも寂しくて……。よかったら混ぜてもらえませんか?」
「おう! いいぞ。いつも同じ顔ばかりだと飽きるからな。兄ちゃんは酒いけるよな?」
「はい。大丈夫です」
「こいつら飲めないから丁度良いや。おーい! こっちにエールをもう一杯!」
程なくして幸助の前にエールが運ばれると各々がジョッキやカップを手に取る。
「乾杯!!!」
エールがなみなみに注がれた木製のジョッキをガシッと合わせると、その勢いで少しだけ中身がこぼれる。
それを気にせず幸助は一気に半分ほど煽る。
「いい飲みっぷりだな! じゃあ自己紹介といこうか。まず俺はランクDの冒険者、ランディだ」
「僕は幸助といいます」
「こいつらは俺のパーティーメンバーだ」
そしてランディのパーティーメンバー三人とも自己紹介を交わす幸助。
ランディ以外は皆ランクFの冒険者であった。
ちなみにこの世界の冒険者はその実力でランクAからFに分類されている。
ランクFが初心者、ランクAは大ベテランである。
「ランディさんとはこの宿屋でよくすれ違いますけど、ずっとアヴィーラ伯爵領を拠点にしてるんですか?」
「ずっとではないがな。今は拠点にしてる」
「ランディさん、後輩の面倒見がいいんっすよ。こないだも……、あてっ!」
「お前は余計なことを言うな」
若い冒険者を軽くはたくランディ。
どうやら褒められることが苦手なようである。
「僕ら近くの村出身なんですが、ランディさんに鍛えてもらってるんです」
この世界の田舎は働き口が極端に少ない。
畑など家督を継ぐことができる者はよいが、そうでない者の方が多い。
従って冒険者登録ができる十二歳を過ぎると、冒険者ギルドのあるこの街へ近隣の村々から駆け出しの冒険者が集まってくるのだ。
ランディはそのような駆け出しの冒険者をパーティーメンバーに迎え入れ、依頼をこなしながらある程度成長するまで面倒を見ているのだ。
「それでコースケ。お前は何をしてるんだ?」
「今はわけあって知り合いの武器屋を手伝ってます」
「ふーん、珍しいことしてるんだな。ちなみにどこの武器屋だ?」
「冒険者ギルドを越えて十五分ほど行ったところにあるホルガーさんって人がやってる武器屋です」
ランディは顎に手を当て少しだけ思案する。
数秒経つと思い出したのか幸助へ視線を送る。
「ああ、あそこな! 騎士団向けの武器ばかり置いてあるところだ」
「はい。そこです」
やはり騎士団向けの店というイメージが強いようだ。
「また、何でだ?」
「最近、粗悪な武器の破損で駆け出しの冒険者の怪我が増えてるって聞きました。だから丈夫で長く使える初心者向けの武器を作ってもらおうとしてるんです」
本当は騎士団の仕事が無いというところは端折り、これからの予定を話す幸助。
「ほう?」
眉がピクッと動くランディ。
思いがけない幸助の言葉に興味を惹かれたようだ。
右手に持っているジョッキの中身を一息にあけると隣を通りかかった給仕へ「もう一杯」と言いながらそれを渡す。
そして真面目な表情になり幸助へ質問をする。
「初心者向けの武器か。質はどの程度になる?」
「僕は武器のことはまだ詳しくわかりませんが、鋳物ではなく焼きの入った鍛造になるはずです」
「おぉ!!!」
ランディ達がどよめく。
全員が同様の反応なので、余程のことなのだろうと幸助は推察する。
とそこへエールを持つ給仕がやってきた。
ランディはジョッキを受け取るとそのまま豪快に喉を鳴らしながら胃へとエールを流し込む。
「でも、質はよくてもあまり高いと僕は買えないよ」若い冒険者が口を開く。
「それはそうだな。駆け出しの冒険者は貧乏っつうのが相場だ」
幸助もそれは把握している。
だからどのくらいなら買えるか調べることも今回の目的の一つである。
「確かにそうですよね……。ちなみに皆さんは一年間で武器代にどれくらいお金をかけてますか?」
考え込む四人。
そして一番若い青年が最初に口を開く。
「僕はランディさんから譲ってもらった剣を使ってるからメンテナンス代くらいかな」
「自分は弓だけどよく憶えてないなぁ」
「僕は大銀貨五枚の槍を三回は買ったかな。ランディさんからの借金がなかなか減らないよ」
「お前よく壊すもんな」
「わははは! 確かに」
「槍が脆いだけだよ!」
冒険者たちが口々に自分の装備について発言する。
ランディは剣を使い、ほかの冒険者はそれぞれ剣、槍、弓という構成であった。
具体的な金額について得られた情報は大銀貨五枚の槍が三本ということだけであったが、それでも幸助の参考にはなる。
「ちなみに普段どこの武器屋を使ってますか?」
この質問の回答は一人を除き例の競合店であった。
弓使いの一人だけは弓や狩猟道具を揃えているもう一つの武器店を使用していた。
幸助は知らなかったのだが、アロルドが包丁を購入しているのもこの店である。
「ありがとうございます。参考にしますね」
「お前も言った通り、初心者向けの武器が悪くてな。戦闘中に破損すると命にもかかわる」
「そうですよね」
「売り出すことが決まったら俺にも教えてくれ」
「わかりました」
「よし、固い話は終わりにしよう。コースケも遠慮せずに食え!」
その後も酒を交えた語らいは続く。
初心者は何本もの武器を使いつぶして買い換えるのが当たり前になっていること。
ランディが武器屋にかけあっても初心者向けの武器の質は上がらなかったこと。
剣よりもリーチの長い槍の方が冒険者の受けが良いこと。
ここ最近魔物の数が増えていること。
ギルドの受付嬢の好みのこと。
ランディの女癖が悪いこと。
……などなどである。
こうして、意気投合した幸助と冒険者たちとの夜は更けていった。
◇
「あたた、痛ってー。昨日、飲みすぎたな」
幸助はベッドから起き上がると頭を手で押さえる。
テーブルにある水差しからカップへ水を注ぎ、一気に飲み干す。
どろっとした感覚の残る胃に、冷たくも暖かくもない水が染み渡る。
昨日、結局幸助はその後数時間にわたりランディ達と飲んでいた。
まだ若干の酒が残っている。
ちなみに代金はランディが払ってくれると言ったのだが、情報の礼として幸助が全て払った。
「こんだけ飲んだのはアロルドさんの店で打ち上げをした時以来かな」
朝食を食べる時間も胃の余裕も無いので、身支度をするとすぐにサラを迎えに行く。
「おはよ! コースケさん?」
「おはよう」
「コースケさん、顔色悪いよ? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。昨日武器の話を聞くために冒険者たちと一緒に遅くまで飲んでたからね。ちょっと飲みすぎただけ」
冒険者たちに武器のことを聞いていたこと。
その後意気投合して遅くまで飲み明かしたことなどを話しながらホルガーの店へ向かう。
「そっか。コースケさんはやっぱり働き者だね! 夜遅くまでお疲れ様!」
「あ、ありがとう」
(サラの中では頑張って仕事したって評価なんだ。九割以上は下世話な話だったとは口が裂けても言えないな)
幸助とサラはいつもの時間より少し遅れてホルガーの店へ到着した。
昨日と同様ホルガーとパロが二人を出迎える。
既にミーティング用の丸椅子も設置済みだ。
「おはよなの!」
「パロ、おはよう。今日は元気だね」
「うん! パパがパロの好きな朝ごはん作ってくれたの」
「よかったじゃないか」
満面の笑みと一緒にピコピコと動く耳に癒される幸助とサラ。
定位置とばかりホルガーの横にちょこんと座る。
全員が腰かけるとミーティングが開始される。
「ホルガーさん、昨日冒険者に話を聞いたんですが、剣よりも槍の方が人気があるんですね」
「ああ。剣より使い勝手がいい」
幸助の中では刀の影響が強かったのか、武器といえば剣だと思い込んでした。
だが、そう思っていたのは幸助だけだったようだ。
「やはり槍一択のようですね」
売上数を稼ぐには、使用者の多い商品や流行っている分野へ手を出すのが鉄板である。
斧専門店といったマイナーな武器に特化したポジショニングを取る手法もあるが、あまりにも市場規模が小さいので幸助の中で却下されている。
「それでホルガーさん。初心者向けの武器のイメージはできましたか?」
「ああ。昨日の槍。あれをベースにする」
昨日の槍とは幸助が競合店から買って来た粗悪な槍である。
「あの大きさで、穂先を俺の打ったものにする。使いやすさも工夫できる」
「分かりました。それでどのくらいの売価になりそうですか?」
ここは重要である。
アロルドの料理やルティアのオリーブオイルも、値付けにはかなり気を使っている。
安すぎれば利益が出ないし高すぎれば買い手がつかない。そして高くて利益が出ないのは論外だ。
「金貨一枚だ」
ホルガーから提示された金額は、彼のラインナップからすれば安いのだが、競合店の二倍である。
いくら品質の違いがあるとはいえこの差は大きい。
オリーブオイルの場合はブレンドすることにより低価格帯の商品もできた。
しかし槍の場合はその手法は使えない。
悩みこむ幸助。
「金貨一枚ですか……」
「ああ。ここでは鋳物の倍以上が鍛造の相場だ」
二倍が相場と聞いても、金のない駆け出しの冒険者が買うにはハードルが高いと感じる幸助。
幸助も初めて自分のパソコンを買ったとき、本当は十万円近いものが欲しかったのだが妥協して五万円のパソコンにしたことがある。
結局その後ネットゲームに手を出して自分の選択を後悔することになったのだが、買うときは値段を重視してしまった。
金がなかったのだから仕方ない。
冒険者のためにはできるだけ安くしたい。
しかし、安易に安売りするのはよくない。
フリーランスとして独立した人で、受注を取るために自分の技術を安売りした人を幸助は何人も見てきた。
その人たちは最初だけはよかったものの、その後忙しいけど儲からないという状況に陥り苦しんでいたのだ。
「わかりました。ではその価格でいきましょう。それで、ホルガーさんと僕との契約のことなんですが……」
その後ホルガーと幸助は報酬に関する細かな条件を詰める。
武器は購入サイクルの長い商品なので幸助が報酬を得るのも遅くなりそうであったが、ホルガーには現状の儲けがほとんど無い。
結果的にはアロルドの店と同様に経費は幸助の建て替えで、報酬は儲かった時払いということで落ち着いた。




