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3.冒険者ギルドと競合店

「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」


 声高らかに宣言する幸助。

 そしてホルガーの反応を窺う。

 アロルドの場合はこの後断られ、ルティアの場合は笑われた。

 今回はどのような返事が返ってくるのか気になる幸助。


「ああ、頼んだぞ」


 杞憂であった。即答である。

 そもそもホルガーは最初から頼むつもりでいたのだ。

 やはり紹介の力は偉大である。


「ありがとうございます。では今後の予定についてなんですが……」


 何はともあれ武器の知識がない幸助。

 まずは勉強も兼ねて市場調査をすると説明する。


「コースケさん、市場調査って何?」

「この街の人がどんな武器を必要としてるか調べることだよ。あとはどんな武器が売ってるかってとこだね」

「さっきのターゲティングと関係のある話だね!」

「そう! さすがサラ」

「えへへ」


 ほとんどの日本人がそうであるよう、幸助も武器屋など行ったことがない。

 だからここはしっかりと足を使って調べた方が得策だと幸助は考えた。


「それでホルガーさん、いろいろ質問があるのですが……」


 幸助は武器についての話を聞こうとする。

 しかしホルガーは極端に口数が少ない。

 結果、種類や材質のことくらいしか聞き取れず、この日は一旦お開きとすることにした。

 幸助とサラは翌日の朝にまた来ることを言い残し、店を後にする。


「ホルガーさんのお店、流行るようになるといいね」

「そうだね、サラ。僕たちの働き次第だから一緒に頑張ろうね」

「うん!」


 肩を並べ来た道を帰る幸助とサラ。

 太陽は大分高くなっているが、まだランチタイムが始まるまでには時間がある。


 アロルドは店のことは気にするなと言ってくれている。

 しかし人を雇う余裕はまだ無い。

 従って幸助は、可能な限りランチタイムにサラが店に入れるように配慮することにしたのだ。


 取り留めもない会話をしながら歩を進めること十数分。

 ちょうど冒険者ギルドの前に差し掛かったところで幸助がサラへ提案する。


「そうだ。ちょっと冒険者ギルドに寄っていかない?」

「うん! いいよ」


 開け放たれた冒険者ギルドの入り口をくぐる二人。


「ここが冒険者ギルドか」

「思ったより広いね」


 中に入ると石造りの広い空間が二人を迎える。

 前にサラが言った通り、日中の冒険者ギルドは人が少ない。


 正面には受付カウンターがあり、一人の女性が新たな訪問者の様子を窺っている。


 左手にはテーブルと椅子が並んでおり、数名の冒険者が早めの昼食か遅めの朝食をとっている。

 まだ駆け出しなのであろう。

 幼さの残る少年が身に着けている皮の鎧には、汚れや傷などがほとんど無い。


 右手の壁面には、何かが書かれた紙が所狭しと掲示されている。

 タイトルからは「討伐依頼」「採取依頼」といった文字が読み取れる。


「とりあえず受付の人に聞いてみよう」


 そのまま正面へ進む幸助とサラ。

 受付嬢が営業スマイルで二人を迎える。


「こんにちは、本日はどのようなご用件ですか?」

「すいません、冒険者ギルドのことで質問があるんですが、いいですか?」

「新規登録をご希望でしょうか?」


 少し首を傾げながら返答する受付嬢。

 商業ギルドに負けないくらい、こちらも美人である。


「あ、いや……。いずれはするかもしれないですけど今は話だけ」

「畏まりました」


 冒険者登録するつもりは無かったのだが、話の流れで冒険者志望となった幸助。

 受付嬢に聞いたところ、要点は次のようなことであった。


 まず、この街の冒険者について。

 ホルガーの言っていた通りこの街の周辺には凶暴な魔物はおらず、初級から中級者向けの依頼しかないそうだ。

 従ってある程度の腕を積むと、別の街へ旅立つ人が多いとのこと。


 そしてホルガーの競合店について。

 現在この街に武器屋は三軒ある。

 そのうちの一軒がかなり安い価格で武器を提供しているらしく、実質初心者の選択肢はその店一択のようである。

 ただ、やはり価格相応またはそれ以下の品質だそうだ。

 ギルドとしてもそれにより起きる事故を問題視しているとのこと。

 しかし商業への口出しはいろいろと制約があるようで、根本的な解決には至っていない。


 その後いくつかの質問をすると幸助は話を切り上げる。


「ありがとうございます」

「いえ。次は冒険者登録をお待ちしていますね」

「はっ、はい。いずれまた……」


 営業スマイルをたたえる受付嬢に背中を向け、冒険者ギルドを後にする。


 その後アロルドの店へ戻りランチを食べる。

 今日はペペロンチーノだ。

 具材が工夫されているようで、今日は鶏肉のようなものが入っていた。


「ごちそうさま。じゃぁ行ってくるね」

「コースケさん、いってらっしゃい!」


 白と黒のエプロンドレスに着替えたサラに見送られ、幸助は先ほど冒険者ギルドで聞いた競合店へ向かう。

 参考にするために武器を購入するつもりだ。


「ええっと、この辺って言ってたかな」


 幸助は再びメインストリートを南に下る。

 秋の入り口に入ったとはいえ、昼の日差しはまだ強い。

 額に浮かぶ汗を短い袖で拭う。


「おっ、これが防具店か」


 冒険者ギルドで聞いた目印となる防具店を通過すると、その次の路地を左へ入る。

 建物の影を歩くことができてホッとする幸助。

 しばらく歩くと、剣と槍の交差した看板が目に入る。

 武器屋の看板として定番のデザインのようだ。


 開かれている玄関をくぐり店内に入る幸助。


「らっしゃい!」


 細身だがしっかりと筋肉のついた店主が笑顔で幸助を迎える。

 最初の印象は悪くない。

 店内にはホルガーの店よりも多種多様な武器が並んでいる。


「あの、僕に合う武器を探してるんですが……」

「うん? 武器を持つのは初めてか?」

「はい」

「なら剣か槍がメジャーどころだが、どちらがいい?」

「まだ決めかねてます」

「そうか。本当は買う前に錬成所で適性を見てもらった方がいいんだがな。まあいいや、槍なら間違いないだろう」


 そう言うと店主は店頭の在庫から一本の槍を取り出す。

 その長さは軽く幸助の背を超えている。


「もう体格は大人みたいだからこれでどうだ?」


 穂先を上に向け、ひょいと渡す店主。

 それを両手で受け取る幸助。


「うわっ」


 渡された槍は幸助の手から滑り落ちる。

 石突きが床に当たり、ゴンッという音を立てる。


「槍って重たいんですね……」

「何だ。軟弱だなぁ、お前」


 再び槍を持ち上げてみる幸助。

 ずしっとその両手に重みがのしかかる。


「これは振り回せそうにないですね」

「ならこれはどうだ?」


 店主に槍を返すと今度は少し細身のものを持ってきた。

 これでもずっしりと重みを感じるが持てないほどではない。


「大丈夫そうですかね」

「よし、こうやって動かしてみろ」


 店主の身振りを真似して槍を扱う幸助。

 それを見ながらうんうんと頷く店主。


「よし、決まりだな」

「いくらになりますか?」

「大銀貨五枚だ」


 想定外の価格に驚く幸助。

 ホルガーの店では最安値の商品でも金貨五枚であった。

 初心者向けとはいえ、安くでも金貨二枚は必要だと思っていたのだ。


「そんなに安いんですか?」

「初心者向けだからな。あと、これはサービスだ。またうちの店を使ってくれよな」


 そう言うと店主は槍の穂先に木製の鞘を取り付ける。


「ありがとうございます」

「いいってことよ。それより怪我をしないように頑張れよ」


 代金を店主に渡し店を後にする幸助。

 ちょうど入れ違いで冒険者らしき客が店へ入っていく。


「おっちゃん! 前と同じ槍をくれ!」

「なんだ、もう壊したのか。もっと上達しろよな」


 店の外へ漏れ聞こえる会話を聞きつつ、その場を後にする幸助。


(それにしても、かなり感じのいい店だったぞ。

 やっぱり実際に買ってみないとわからないものだな。

 商品の品質はよくわからないけど、これなら繁盛するわけだ)


 商売人が競合店を視察するとき、どうしても経営者側の視点で店を観察してしまう。

 そうなると目につくのは商品そのものだったり価格など「物」に行きがちになってしまう。

 ただ視察するだけでなく、幸助のように純粋に客として購入を体験することでいろいろ見えてくることもあるのだ。



  ◇



 そして翌日の午前。

 約束した通り前日と同じ時間に幸助とサラはホルガーの店を訪れた。

 幸助の手には昨日買った初心者向けの槍が握られている。


「おはようございます、ホルガーさん。パロもおはよう」

「おはようなの」


 今日は二人とも店頭にいた。

 幸助とサラを待っていたのであろう。


「ホルガーさん。これ、例の店で買ってきました。見てもらってもいいですか?」

「ああ」


 幸助は持ってきた槍をホルガーへ渡す。

 受け取ったホルガーはその槍を手にした途端、顔をしかめる。

 穂先を覆っている鞘を無言で外すと、コツコツと自分の拳で叩く。


「鋳物だ。柄も柔らかい」


 槍を床に置くとホルガーは幸助へ尋ねる。


「これ、壊れてもいいか?」

「はい、問題ありませんよ。使い道もありませんし」


 その回答を聞くとホルガーは幸助たちに背を向け、工房へ通じる通路へ向かう。

 しばらく待つと槌を手にして戻ってきた。

 普段剣を叩いている槌である。


「少し離れて見てみろ。大きい音がするぞ」


 ホルガーの言葉で、槍から距離を取る三人。

 パロは耳をピタンと閉じ、サラの後ろに隠れながらそのワンピースの裾をキュッと握る。

 三人が槍から離れたことを確認すると、ホルガーはその手に持った槌で槍の穂先をたたく。


 ガギンッ


 金属同士がぶつかる鈍い音がすると、ものの見事にその槍の穂先は割れてしまった。

 ホルガーの様子からして、全力で叩いたようには見えない。


「割れちゃったの」

「こ、こんなに脆いんですか?」

「ああ。すが入ってる。こんなものだ」


 幸助が購入した槍は、相当な粗悪品だったようだ。

 ただの鋳物というだけでなく、すが入っているということは普通の鋳物よりも脆いということだ。

 二つに割れた穂先の周りには細かな粉も散らばっている。


「これじゃあ実際に使ってもそう長くは持ちそうにありませんね」

「ああ」


(だから僕の後からあの店に来た冒険者は同じのを買っていたのか。まるで消耗品みたいだな)


「安かろう悪かろう……ってことか。店のイメージは悪くなかったんだけどな」

「お店はよかったんだ?」

「うん。愛想もいいし色々アドバイスしてもらって、この槍を買ったんだ」


 店主の表情を思い出す幸助。

 終始真剣に幸助の武器選びを手伝ってくれたという印象が残っている。

 だからこそメインストリートに面してなくても繁盛しているのだと感じたのだ。


「そっか。接客が良くて安いから駆け出しの冒険者から支持されてるのかな?」

「そうだろうね」

「で、どうする? これから」


 ホルガーの言葉に、時間を確認する幸助。


「続きはまた明日にしましょう。明日の要点は駆け出しの冒険者でも買える武器についてです」

「ああ」

「ホルガーさんは初心者向けの武器についてどんなのが提供できるか考えてみてください」

「分かった」


 ルティアの場合、本人にオリーブオイル販売の方法も考えてもらった。

 しかしホルガーはアロルド以上に職人気質だ。

 従って、幸助が考えることのできない「商品」そのものだけを考えてもらうことにしたのだ。


「また明日なの」

「バイバイ、パロちゃん」


 サラがパロに手を振ると小さな手を振り返すパロ。

 耳が手と連動してピコピコ動く。


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